再びトリノへ、学校博物館
9時少し前に、アスティのホテルを出る。受付で、騎手のマッシモ・コーゲが同宿だったことを告げられる(18・9)。
ホテルの出口で立ち話をしていたので、少し話を聞いてみる。昨日のパリオは、雨のせいで、非常に馬場が重く、走りにくかったとのこと。馬の脚がとられてしまって、前に進まないと言う。
一緒にいたのは、 アスティの獣医だが、非常に画期的な検査法を考案して、それは人体にも適応できて、従来の検査とは異なり、身体的苦痛なしに、いろいろな病気の兆候が判るというもので、是非、日本にも輸出したいと言っていた。
10時過ぎにトリノへ。アスティで乗り込んだ列車には、偶然アスティに来るときの車掌で、向こうも覚えていた(この路線だと日本人はそう多くはないのだろう)。
今度もホテルは、ポルタ・ヌオーヴァ(中央)駅から近いのだが、面している通りが XX Settembre なので、思いのほか、騒々しい。窓は、3重になっているが、ちょっと心配である。この予想は、思いがけぬ形で的中する。
学校博物館(Museo della scuola) に電話をしてみる。予約制と書いてあったのだ。10月までは閉まっているのだという。しかし、受付嬢のフランチェスカが同情してくれて、上役に相談し、開けてくれるという。感謝。
道に少し迷って(この博物館は、バローロ基金が運営しているのだが、同じ建物の中に、バローロ博物館もあり、最初はそちらに行ってしまったのだ)、11時半頃着く。
Prof.De Russo と Prof Vaglinano が出迎えてくれる。De Russo 教授が、ピエモンテの学校史の自著をくださる。Vaglinano 教授から研究センター(centro studi) の蔵書の説明を受ける。質問をまじえつつ、あっという間に一時すぎになる。
午後も来て構わないということだったので、外で食事をとり、他で用事をすませ、5時頃つく。フランチェスカが、博物館を詳しく案内してくれる。
ここの博物館は、『クオレ』の世界を再現しているのである。デ・アミーチスは、トリノに住んでいて、息子が地元の小学校に通い、それをモデルにして、『クオレ』を書いたのである。当時の子供のペン字の達筆なことに驚く。
学校博物館は、イタリアには4館あって、ローマ、パドヴァ、ボルツァーノとトリノにあるのだそうだ。ここは、2002年に出来たばかり。ローマのものが、非常に古くからあるという。しかし現在は、事実上、閉鎖中らしい。
イタリアには4つの学校博物館があるのだが、それでも、ドイツやフランスよりはずっと整備が遅れているのだそうだ。日本には、明治村のように建物が移築されているものはあるが、より体系的に学校史が研究できる設備としての博物館、研究センターは聞いたことがない。
ここには、数千冊の19世紀、20世紀の教科書、教師用指導書、教育学の本、絵本などが収集されている。
博物館には、昔の玩具も収集され、展示されている。
ここでは、教育や教育の歴史にまつわる展示会、ワークショップもなされている。
6時半に博物館を出る。
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