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2006年10月 4日 (水)

聖骸布博物館

Museo_della_sindone 聖骸布博物館へ行く(19・9)

聖骸布 (sindone)はドゥオーモにあるのだが、聖骸布博物館は、それとは別の場所、数百メートル離れたサン・ドメニコという教会の地下にある。

15分ほどのヴィデオを見て、そのあとは、様々な展示品をヘッドホンからの解説付きで見る。聖骸布がどうやって出来たのかを解き明かそうとした過去の試みが、事細かに説明される。

結局は、聖骸布の成立を十全に説明しきれた人はまだ誰もいないというのが結論となる。

また、聖骸布がどのようにしてトリノに運ばれたか。また、現代にいたるまで、いかなる信仰の対象となってきたか(啓蒙思想・フランス革命の時代が、聖骸布に関する言及が減ったようだ)、トリノ以外の聖骸布にはどこにどんなものがあるかなど情報満載であるが、何となく疲れる。

帰ってきて、カフェ・プラッティで軽い食事。ここは作家のチェーザレ・パヴェーゼやフィアットのジョヴァンニ・アニェッリのひいきの店だったという。ここは駅前の大通りヴィットリオ・エマヌエーレ II 通りに面している。

Arte_povera 現代美術館の収蔵品、アルテ・ポーヴェラの一例(1968年)。

そこから、ほど近い、現代美術館(Galleria d'Arte Moderna, GAM) に行く。上のフロア別に19世紀、20世紀と見ていくと、1950年代あたりから、常識的に見てどこが美しいのか不明のコンセプチュアル・アートになることが判る。

つまり、レディ・メイドの物を、あるコンセプトで組み合わせていたり、絵とも彫刻ともつかないインスタレーションだったりするわけだが、なんだかこういったものは、新興宗教のようでもあるなあ、という気がする。

信じれば、それが素晴らしいものと思えるし、馬鹿馬鹿しいと思ってしまうと、幼児のがらくた遊びの延長のようにも見える。

思えば、それは、ダダイズム以降、これが美であるという確信や権威が崩壊したことの必然的帰結ではあるのだろう。とは思うのだが、自分が生きてきた時代が、索漠たる時代であったことの確認につながり、ふとため息ももれる。

早めに、トリノ郊外のカゼッレ空港にバスで行く。トリノカードの解説とは異なり、トリノカードを提示すると、バスの運転手が切符を買ってこいという。近くのバールに行って提示すると、トリノカードが使える割引券はないというので、普通券を購入。

トリノ・カゼッレ空港から、ローマ・フィウミチーノ空港へ。空はよく晴れ、案外低い所を飛んでいたため、海岸線やその付近の街がよく見えた。

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コメント

 素晴らしい! トリノに聖骸布があることは知っていました、それとなく、ぼんやりと、が他のところにもあったとは! 存じませんでした! カフェ・プラッティそしてアート。トリノを旅しました。一瞬、一瞬新鮮な思いで。もっともっと拝見しましょう。

投稿: sandrara | 2009年2月19日 (木) 15時51分

sandrara さん

こちらの博物館は、聖骸布にまつわる歴史や聖骸布の製法の可能性(これまで様々な人がチャレンジして失敗した)についてが、徹底的に展示されています。

もちろん聖骸布自体は、ドゥオーモにあり、めったに公開されません。この博物館では、なぜ聖骸布がトリノにあるのかという理由や、さまざまな写真が展示されているわけです。

投稿: panterino | 2009年2月21日 (土) 23時16分

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