ズヴェーヴォ展
午前中、トリエステの Museo Joyce に行く。ジョイス博物館というよりも、市の図書館の一角に、ジョイスのコーナーがある。ズヴェーヴォは写真展をやっていて、やはり一角にズヴェーヴォ関係の資料がある(8月30日)。
ズヴェーヴォの資料は娘さんからの寄贈があったようだ。その中にS崎Y子さんが彼女にプレゼントした日本語訳のズヴェーヴォおよびジョイスの「ジャーコモ・ジョイス」があった。
ジョイスに関しては、そこで約15分のドキュメンタリー映画を見せているのである。
ズヴェーヴォの資料は、そこの女性が親切にも、ズヴェーヴォ・ジョイス往復書簡を見せてくれた。大事に扱うようにと言われたものの、ジョイスがズヴェーヴォにあてた葉書やタイプでうった手紙(なかにはコピーのものもあったが)をじかに手にとることができたのは嬉しかった。葉書は、こころなしか、現在のものより、小ぶりである。
昼食は、その図書館の外はピアッツァ・オルティスという公園で、そこにはズヴェーヴォの像があって、人生はブルッタでもベッラでもない、オリジナーレなのだ、というゼーノからの引用が地面に刻まれているのだが、そのピアッツァに面したフィオーレで食す。50数ユーロなので、結構高い。
坂を上って、ヴぃア・ヴラマンテへ。そこにはジョイスがそこで、作品の想を得たというプレートがあった。坂を下って、Via del monte をくだる。途中で、サン・タポリナーレ教会の外で一休み、初老の女性と話す。Via del monte はサーバとゆかりの深い通りだったことがあとで判った。
そこから、Via S. Nicolo のサーバ書店に行く。マリオさんは、日本人慣れしていて、いろいろ話す。僕のジョイスや未来派に関する知識に驚き、トリエステのジョイスについて著作のあるクリヴェッリ教授に直接電話してくれたが、多忙というかヴァカンスに出ていて会えず。まあ、仕方がない。むしろマリオさんの親切に感謝。
テアトロ・ヴェルディに行ったら、閉まっていたのだが、そっと見せてくれた。観客は1300という。理想的広さ。馬蹄形で、内装も豪華。
テアトロ・ヴェルディの上演記録のアルキヴィオは別の場所にあるが、現在は開いていないことがわかった。残念。バスティアニー二に関する追加情報は得られず。バスティアニーニはここで、1950年代はじめに「マスネ」を歌っている。CDもある(ライヴで録音はよくないが、演奏はすばらしく、バスティアニーニの声の状態も最高である)。
雨がかなり激しく降った。インフォメーションに行き、ジョイス、ズヴェーヴォゆかりの場所を案内したリーフレットをもらう。
ホテルに帰る。
ジョイスの通った売春宿があったヴィア・ペスケリアを探す。結構判りにくいところであったが、やっと発見。Casa di toleranzaのあとは、まるで廃墟のようになっていた。赤い建物だが、それがいつ塗られたかも不明。現在は、空き家も多そうな感じ。隣の建物は、本格的リフォーム中だった。いかにも、どんづまりの地区であった。
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