レクイエム 3
V.
一粒の涙で、あなたは屈した、
平穏と悲哀の慰め...
知っていた、たぶん、知っていて、望みを持っていた。
「もうこれ以上はだめだったんだ、パトリツィア」
大きな威厳を持って、あなたは
あんなに腫れて、黄疸の足を運んでいた。
あの涙に免じて、父よ、許してください、
ただ一度の放棄の瞬間に免じて。
VI.
座って、あなたの苦しみに説いていた、
私たちに介護の苦しみを与えないようにと
あなたの苦しみはすべて心の中
あなたが祝福したわずかな人生を
あなたは名誉をもって、
一日、一日と失った、私たちはこんなに
死者の夏に、黄金の太陽をあびて生きているのに。
たぶん彼らにあなたの苦痛を語っていたのだ。
VII.
あなたは、きっと遠いいとおしい歳月に向かって走っていた
死者とともに、別の心を持って、
そして黙り、手を見つめていた。
日々を数え、時間を数えていた、
遠い日々の別の時間でもって、
きっと鼓動を数えていたのだ、
そしてわたしにショパンや第九に
つきあわせるべく語った。
VIII
ああ父よ、今わかりました
今やっと多くの人生をへて、
お願いしゃべって、もっとしゃべって。
私は堕落した娘、ある日
遠くに逃げ出し、その時から遠く
あなたのこと、あなたの人生は何も知らず、
あなたの喜び、苦悩も、まったく知らず、
私は40になりました、父よ、40歳に!
ヴァルドゥーガ(Patrizia Valduga)の『レクイエム』から。
(訳者妄言)この詩では、韻の関係もあるが、それ以上に、訴えかける行為のために繰り返しが多い。最後のVIIIを原文で記してみる。
Oh padre padre che conosco ora
soltanto ora dopo tanta vita
ti prego parlami, parlami ancora:
io fallita come figlia, fuggita
lontano un giorno, e lontana da allora,
non so niente di te, della tua vita,
niente delle tue gioie e degli affanni,
e ho quarant'anni, padre, quarant'anni!
実に平易な言葉で語られている。韻は、abababcc である。それでいて、彼女の父への痛切な想いが伝わる。型のための型、技巧のための技巧を越えた技である。
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