Raboni, Giovanni (ラボーニ)

2009年4月 4日 (土)

Giovanni Raboni : Risanamento

       再開発

ここはすべて
もう何も残っていない(あるいは何か
どこかの半ば砂利を敷いた通り、
飲み屋がまだあると、当てることもできる)。
ここは、父は言っていた、ナイフを持って
来るのがふさわしい地区だ...ああそうだ、運河は
すぐそば、霧は運河をおおう前が
もっと濃かった...が彼らの
やったこと、家の破壊、
ここそこでの地区の破壊は、
何の役に立つのか?悪は
そこの中、階段や中庭、
バルコニーにはない、あるとすれば
病気の元になる湿気で、もし父が
生きていれば、聞いてみたい。なんの
役に立つと思う?ただしいやり方かな?僕は
悪はものの中には決してないと思う、と言いたい。


(訳者妄言)
ジョヴァンニ・ラボーニの詩。詩集 A tantto caro sangue (1988)から。ラボーニは1932年、ミラノ生まれ。法学部を卒業するが、文学活動に携わる。出版者や雑誌、新聞の仕事、劇評などをしている。フランス文学の翻訳、アポリネール、ボードレール、フロベール、ラシーヌ、プルーストの『失われた時を求めて』全訳などがある。

1966年詩人として Le case della Vetra でデビュー。ラボーニの詩は、英語圏の詩人T.S.エリオットやパウンドの影響を受けている。

原文は

Di tutto questo
non c'è più niente (o forse qualcosa
s'indovina, c'è ancora qualche strada
acciottolata a mezzo, un'osteria).
Qui, diceva mio padre, conveniva
venirci col coltello...Eh sì, il Naviglio
è a due passi, la nebbia era più forte
prima che lo coprissero... Ma quello
che hanno fatto, distruggere le case,
distruggere quartieri, qui e altrove,
a cosa serve? Il male non era
lì dentro, nelle scale, nei cortili,
nel ballatoi, lì semmai c'era umido
da prendersi un malanno, Se mio padre
fosse vivo, chiederei anche a lui: ti sembra
che serva? è il modo? A me sembra che il male
non è mai nelle cose, gli direi.

この詩は初出は1963年であるが、1988年 A tanto caro sangue に収められる際に、大きな変更をくわえた。

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