Noventa, Giacomo (ノヴェンタ)

2009年4月17日 (金)

Noventa : Il dialetto

             方言

なぜ方言で書くのか...?
ダンテ、ペトラルカとあの十日物語の奴
彼らだってトスカナ語で書いた。

それに従ってる。

(訳者妄言)
ノヴェンタの詩。2行目の十日物語はボッカッチョの『デカメロン』のこと。ダンテやペトラルカ、ボッカッチョだって、今は古典となっているけれど、トスカナ方言で書いたのだ、自分がヴェネト方言で書いてなんの不思議があろうか、という開き直りにも似た宣言である。

原文は、

Perché scrivo in dialete...?
Dante, Petrarca e quel dai Diese Giorni
gà pur scrito in toscan.

Seguo l'esempio.



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月16日 (木)

Noventa : Soldi, soldi...(Inno patriottico)

             金、金...(愛国的讃歌)

金、金、金よ来い、
俺を売って、買いたい、
十分なワインを買いたい
国民を酔わせるだけの。

彼らが飲めば、俺は歌う
彼らが歌えば、俺は飲む
酔って、やつらの歌を聴きたい
やつらは酔って歌を聴く。

彼らに言葉をかけるだろう、
飲んだあとでも覚えてるだろう、
売女の息子、お前らの息子は、
お前らと同じ運命さ。

金、金、金よ来い、
俺を売って、買いたい、
十分なワインを買いたい
国民を酔わせるだけの。

(訳者妄言)
ノヴェンタの詩。1939年、第二次大戦開始の年に出版された詩である。ノヴェンタの社会に対する批判が出ている詩。

原文は、

Soldi, soldi, vegna i soldi,
Mi vùi venderme e comprar,
Comprar tanto vin che basti
'Na nazion a imbriagar.

Cantarò co' lori i beve,
Bevarò se i cantarà,
Imbriago vùi scoltarli,
Imbriaghi i scoltarà.

Ghè dirò 'na paroleta,
Che ghe resti dopo el vin,
Fioi de troie, i vostri fioi,
Gavarà 'l vostro destin.

Soldi, soldi, vegna i soldi,
Mi vùi venderme e comprar,
Comprar tanto vin che basti
'Na nazion a imbriagar.

イタリア語訳は、

Soldi, soldi, vengano i soldi,
voglio vendermi e comprare,
comprare tanto vino che basti
a ubriacare una nazione.

Canterò quando loro bevono,
berrò se conteranno,
ubriaco voglio ascoltarli,
ubriachi ascolteranno.

Gli dirò una paroletta
che gli resti dopo il vino
figli di troie, i vostri figli
avranno il vostro destino.

Soldi, soldi, vengano i soldi,
voglio vendermi e comprare,
comprare tanto vino che basti
a ubriacare una nazione.

第四連は、第一連を繰り返しており、サークルが閉じる構造となっている。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年4月15日 (水)

Noventa : Fusse un poeta...

          もし僕が詩人なら...

もし僕が詩人なら...
難解派で、
永遠について語るだろう:
僕のなかの良心について、
僕の上の星について、
僕にその言葉を
与えようとしたり、しなかったりする
海について(ああ、海の意地悪!)

でも僕は...
(なぜ言わないんだ?)
僕は詩人だ。

僕の船に君がいた。

我らのうえには星があったろう、
我らのなかには良心があったろう、
波がしゃべり始めることだったろう、
しかし、僕の船には君がいた、
(櫂は止まっていた)。
海の真ん中で。
          
          

(訳者妄言)     
ジャーコモ・ノヴェンタの詩。これもまた、詩と愛、詩という(現実に基づいてはいるが)人工的な世界と、現実の関係を、ユーモラスに、またアイロニックに描いている。

ユーモラスかつアイロニックなのは、詩人や詩論を書く人はともすれば、現実を越える力が詩にはあるという趣旨の詩や宣言を書く傾向があるのだが、ノヴェンタはそれを揶揄する詩を書く。つまり詩についての詩である。詩論になっている詩なのだ。

波が愛について語るかと思われた瞬間、君と僕は抱き合い(だから櫂が止まっている)、私的言語はそっちのけで、現実の愛の行為が優先してしまう。現実優位、愛が優先で言葉がかき消される。

方言で書かれた原文は

Fusse un poeta...
Ermetico,
Parlaria de l'Eterno:
De la coscienza in mi,
De le stele su mi,
E del mar che voleva e no' voleva
(Ah, canagia d'un mar!)
Darme le so parole.

Ma son...
(Perché no' dirlo?)
Son un poeta.

E ti ghe géri tì ne la me barca.

E le stele su nù ghe sarà stàe.
E la coscienza in nù.
E le onde se sarà messe a parlar.
Ma ti-ghe-géri ti ne la me barca.
(E gèra fermi i remi).
In mezzo al mar.

 イタリア語訳は、

Se io fosse un poeta...
ermetico,
parlerei dell'Eterno:
della coscienza in me,
delle stelle su di me,
e del mare che voleva e non
(ah, canaglia di un mare!)
darmi le sue parole.

Ma son...
(Perché no' dirlo?)
Son un poeta.

E ti ghe géri tì ne la me barca.

E le stele su nù ghe sarà stàe.
E la coscienza in nù.
E le onde se sarà messe a parlar,
Ma ti-ghe-géri tì ne la me barca,
(E gèra fermi i remi).
In mezzo al mar.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年4月12日 (日)

Noventa : Nei momenti che i basi fermemo

      キスを止める時

キスを止める時、
そうしたいからでなく、考えてのこと、
僕の恋人は僕が詩を書きたいと、
僕が口述し、それでよいのだと。

素っ裸で仕事を始める
それからブラウスを着る
そして叫ぶ、「なんて詩は寒いの!」
彼女はくしゃみをし、僕は彼女にキスをして、バイバイ。

「なんてこの詩は短いんだこと!」
と読んだ人は言うでしょう。
「ああ、なんてあのキスはよかったこと!」
と彼女は言うでしょう...あるいは愛の神が。

(訳者妄言)
ジャーコモ・ノヴェンタの詩。詩はヴェネツィア方言で書かれている。愛と詩の関係を、ユーモラスに、ちょっとエロチックに描いている。

恋人は、愛の行為を中断して、愛の描写(詩)にとりかかろうとするが、すぐに寒さでたまらず、ブラウスを着て、さらにはくしゃみをする始末。詩が寒いというのは、その状況とも言えるし、語り手の語った詩の中身をも指しているかもしれない。

原文は、

Nei momenti che i basi fermemo
No' par gusto ma par riflession,
La me amante vol scriver i versi,
Che mi digo e me basta de dir.

Tuta núa le se méte al lavoro, 
Po' la méte una blusa lisièra,
Po' la ziga 《che fredi xé i versi》.
La stranúa, mi la baso, e bondí.

《Ah che curti che xè 'sti poemi!》
Dirà queli che ne lezerà,
《Ah che boni che gèra quei basi!》
Dirà ela...o Amor lo dirà.

ヴェネト方言には、いくつかの特徴がある。標準語のriflessione がriflession になったり ,scrivere が scriver になるように、語尾の母音が落ちる。また Tutta が Tuta に mette がméte になるように、二重子音が一つの子音になる。あるいは、dico が digo になり、bacio が baso になるように、無声音が有声音になっている。

イタリア語訳は次の通り。

Nei momenti che interrompiamo i baci
non per gusto ma per riflessione
la mia amante vuole scrivere i versi
che io dico e mi basta di dire.

Tutta nuda si mette al lavoro
poi si mette una blusa leggera
poi grida 《come sono freddi i versi》,
starnuta, io la bacio, e addio.

《Ah che corti che sono questi poemi!》
diranno quelli che li leggeranno
《Ah che buoni che erano quei baci!》
dirà lei -- o Amor lo dirà.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月19日 (木)

Giacomo Noventa: Dove i me versi

     私の詩はどこに私を...

私の詩はどこに私を連れて行くのだろう、
君たちのように、詩を撫でまわしていたら、
僕には判らない、兄弟たちよ。
僕の価値観の限界に触れ、
きっと僕自身、自らを欺き、
芸術を神聖と信じ、栄光を
名誉より重んじる。

ああきっとそうすると判るのだ、
今よりも、私のより深くで、
詩が決して与えられぬものを。
聖人がどんなかは知らないが、
聖人たちの前に頭(こうべ)を垂れ、
私の魂のために祈るだろう、
私の祈りのなかに、自分の声は聞かずに。

(訳者妄言)
ジャーコモ・ノヴェンタの詩。詩集Versi e posie  (1956)から。

ジャーコモ・ノヴェンタは1898年生まれ。本名は Giacomo Ca' Zorzi だが、生まれ故郷の Noventa di Piave (ヴェネツィア県)からペンネームをつけた。

第一次大戦に志願兵として参戦し、1923年トリノ大学を卒業。トリノで、ピエロ・ゴベッティや雑誌《Rivoluzione liberale》に関わり、ジャーコモ・デベネデッティやマリオ・ソルダーティと親交を結んだ。

1925年から1935年ヨーロッパ各地に滞在したが、特にパリに長くいた。1935年帰国すると、ピエモンテに留まることを禁じられた。

1936年フィレンツェで、雑誌《ソラリア》の編集長だったアルベルト・カロッチとともに、雑誌《La Riforma letteraria》(文学改革)を創刊した。レアリズモやモラリズモをかかげたノヴェンタの姿勢は、フランコ・フォルティーニやジェーノ・パンパローニを引きつけた。

しかし、雑誌はファシスト政権により発売禁止となり、1939年に逮捕され、大学のある町には住むことを禁じられた。

戦後も他の雑誌を創刊し、カトリック、自由主義、社会主義を総合した独自の立場を貫いた。1960年にミラノで亡くなった。

彼の詩は1936年から雑誌《Riforma letteraria》にエミリオ・サルピのペンネームで掲載されはじめた。1956年、詩集 Versi e poesie
を出版した。

ノヴェンタは、同時代の詩の傾向にあらがい、エルメティズモから距離を置き、さらにはあらゆる20世紀の傾向にも与せず、18,19世紀のゲーテやハイネの影響を受けた。

というわけで、彼の方言の選択は、自分が認めない文学言語の拒絶と結びついている。彼は自分の方言と、ヴェネツィア方言、パドヴァ方言を混ぜ、イタリア語も方言化して取り入れている。

この詩は、彼の反エルメティズモ、彼の詩法の宣言となっている。芸術を神聖(sacro, scralità)で栄光にみちたものとみるエルメティズムから距離を取っている。彼にとっては聖人(santità)のほうが価値があるという態度をとっている。

ヴェネト方言とイタリアが混在するオリジナルと、メンガルドによるイタリア語訳をあげる。

まずオリジナルから。

Dove i me versi me portarìa,
Acarezandoli come voialtri,
No' so fradeli.
Tacodi i limiti del me valor,
Forse mi stesso me inganarìa,
Crederìa sacra l'arte, e la gloria,
Più che l'onor.

O forse alora mi capirìa,
Megio d'ancùo, più dentro in mi,
Quelo che i versi no' pol mai dar.
Pur no' savendo esser un santo,
A testa bassa de fronte ai santi,
Par la me ànema mi pregarìa,
No' più ascoltandome nel mio pregar.

つぎに、P.V.メンガルドのイタリア語訳(Poeti italiani del Novecento, Mondadori, Milano, 1978)。

Dove i miei versi mi porterebbero,
accarezzandoli come voi,
non so, fratelli.
Toccati i limiti del mio valore,
forse io stesso m'ingannerei,
crederei sacra l'arte, e la gloria,
più che l'onore.

O forse allora capirei,
meglio di oggi, più dentro in me stesso,
quello che i versi non possono mai dare.
Pur non sapendo essere un santo,
a testa bassa di fronte ai santi,
io pregherei per la mia anima,
non più ascoltandomi nel mio pregare.

| | コメント (2) | トラックバック (0)