Marin, Biagio (マリン)

2009年3月17日 (火)

Biagio Marin: Comò 'l popolo mio

     私の回りの人々のように

私の回りの人々のように
私は海の離れ小島に生まれた
海へ向かって飛ぶ鳥
水すれすれに、白いユリカモメ。

はるか海のむこうの土地は
水平線で青みを帯び
山の上に輝く
至高の雲を冠のごとくいただく。

その向こうには何もなく、ただ太陽と風のみ
空想がよみがえらせる
あの岸辺に囁きをもたらす
貨物船もない。

海は大きく、空はもっと大きい、
多くの雲がヴェールとなる、
僕は島の縁、
海と黄金の空の間に生きている。

もう暮らしてはいないが、僕は
あの沈黙に、あの光に、
すべての青さが溶け込み
「永遠」の川が過ぎゆくところに没入している。

(訳者妄言)
ビアジョ・マリンの詩。詩集 Nel silenzio più teso  (1980)から。

マリンは1891年グラード生まれ。グラードはヴェネツィアのようにラグーナの街で、フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州にある。ヴェネツィアとトリエステの間にあり、海に突き出した半島の先端の街である。

マリンは、1911年にフィレンツェに移り、雑誌《ヴォーチェ》のグループと接触し、そこで他のフリウリ出身のサーバ、ジョッティ、シピオ・ズラタペルと会い、「シピオの影」というあだ名さえつくようになる。

1912年ヴィーン大学哲学部に入るが、1918年ローマ大学を卒業する。第一次大戦には、志願兵として参加。ゴリツィアとトリエステで教職についた後、グラードとトリエステで様々な職につく。

1968年、グラードに引退し、1985年に亡くなるまで旺盛な執筆活動を続けた。

最初の詩集は Fiuri de tapo (1912) だが、1950年代から亡くなる年まで詩を書き続けた。

彼の詩は、生まれ故郷のグラードが中心で、そのミクロコスモスであるグラードを中心に回っている。彼に影響を与えたのは、パスコリ、スペインのヒメネス、そして同郷のサーバである。実験主義から遠く、伝統的な韻律やなめらかな音韻に身をゆだねた詩である。

この詩では、グラードの島が海と空の境界にある情景を描写しつつ、それが、海のはて、この世の彼方と、こちら側の形而上学的な比喩になっていく。物理的な時空が、現世と彼岸への思いへと自然に重なっていく詩である。

オリジナルと、E.セッラによるイタリア語版をあげる。

まず、オリジナルから。

Comò 'l popolo mio
son nato in sulitudini marine:
garghe oselo che svola verso 'l mar
a fior de l'aqua, bianche corcaline.

Un biavisâ a l'urizonte
de tere d'oltremar lontane
incoronae de nuvole sovrane
splindinti sora 'l monte.

E dopo ninte, solo sol e vento
e granche un bastimento
che porta sito a quele riva
che fantasia raviva.

Xe grando 'l mar, più grando el sielo
e tante nuvole va a velo:
me vivo qua su l'òro
de l'isola tra mar e sielo d'oro.

No vivo più, ma son surbìo
in quel silensio, in quela luse,
là che dute le biavitae xe fuse
e de l'Eterno passa el rio.

次に、E.セッラによるイタリア語版。

Come il popolo mio
son nato in solitudini marine:
qualche uccello che vola verso il mare
a fior dell'acqua, bianche gabbianelle.

Un azzurreggiare all'orizzonte
di terre d'oltremare lontane,
incoronate di nuvole sovrane
splendenti sopra il monte.

E dopo nulla, solo sole e vento
e neanche un bastimento
che porti zitto a quella riva
che fantasia ravviva.

E' grande il mare, più grande il cielo
e tante nuvole che vanno a velo:
io vivo qua sull'orlo
dell'isola tra mare e cielo d'oro.

Non vivo più, ma sono assorto
in quel silenzio, in quella luce,
là che tutte le azzurrità sono fuse
e passa il fiume dell'Eterno.

タイトルにあるpopolo mio は私の人民、私と同じ街、村にすむ住民の意であるが、なかなかぴったりくる日本語がない。拙訳も、なんだか自分が含まれているのか、いないのか判らぬ感じで、popolo mio の所有形容詞が失われてしまった感じである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)