Cardarelli, Vincenzo (カルダレッリ)

2008年12月16日 (火)

Cardarelli: Rimorso

      悔い

  お前は僕のなかに沈んでいる、
海に財宝が沈んでいるように。
お前は、僕のあらゆる過ちの、原因であり
秘密、あるいは僕が信じない愛だ。
僕をつけまわす愛、
あらゆる境界を越えて、どこまでも、
まるで忠実な犬が
不実な主人を追うように。
お前から逃げるが無駄だ。
お前のことを考えないと、お前が迫ってくる、
悔いが、隠れた喘ぎが。
お前はきっとある日僕に追いつくだろう
死において。
そこでは、静かに休息して、お前の守護神が
僕の面倒をみてくれるだろう。
僕はその途方もない微笑みの
影で眠りたい。

(訳者妄言)
ヴィンチェンツォ・カルダレッリの詩。一見さらっと読むよりも、複雑な詩である。その複雑さは、彼の人生に対するアンビヴァレントな感情に由来するのであろう。

つまり、「お前」と呼ばれるものは、彼の心の奥深くに宿っているのだが、それを愛と呼びもするのだが、彼はそれを信じないと同時に言うのである。だから、悔いなのであろう。

悔い多き人生に対する入り組んだ、屈折した愛。しかし、その人生への愛から逃れることは出来ないのだ。死に達した時点では、自分と愛(悔い)が和解できるのだ、と詩の後半部分は解釈した。

原文は、

  Ti porto in me come il mare
un tesoro affondato.
Sei il lievito, il segreto
d'ogni mio male, o amore a cui non credo.
Amore che mi segui
oltre ogni limite, ovunque,
come un cane fedele
segue un padrone ingrato.
Ti fuggo invano.
Poi che meno ti penso piu' mi opprimi,
rimorso, celato affanno.
Tu certo un girno mi raggiungerai
nella morte.
La', riposato e cheto, il tuo buon Genio
mi assistera'.
Voglio dormire all'ombra
del suo tremendo sorriso.

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2008年12月14日 (日)

Cardarelli: Gabbiani

        かもめ

かもめはどこに巣があるのか、どこで
平安をえるのか、知らない。
僕は彼らに似ている、
いつまでも飛びつづける。
彼らが、食料を捕まえるために水をかすめるように
僕は生命をかすめる。
おそらくは彼らもそうであるように、僕は静けさ、
大いなる海の静けさを愛すが、
僕の運命は、
烈風のなかをよろけつつ生きることなのだ。

(訳者妄言)
Vincenzo Cardarelli の詩。1934年の Giorni in piena におさめられた。
詩人の、安定を求めつつも、それを得ることなく彷徨する人生が、カモメの生きように喩えられている。

原文は、

Non so dove i gabbiani abbiano il nido,
ove trovino pace,
Io son come loro,
in perpetuo volo,
La vita la sfioro
com'essi l'acqua ad acciuffare il cibo.
E come forse anch'essi amo la quiete,
la gran quiete marina,
ma il mio destino e' vivere
balenando in burrasca.

3行目loro と5行目sfioro は韻を踏んでいるが、同時にそれらは、4行目の volo と assonannza (母音韻、母音のみ同じで子音を異にする)となっている。
1行目の nido と6行目の cibo もassonanza となっている。
後半の4行(7−10行)は、行末で韻を踏んでいないが、7行目のessi は6行目のessi を繰り返しているし、7行目のquiete は8行目の半ばで繰り返されている。
最終行では、balenanndo と burrasca という長めの単語が二つあって、リズムがゆっくりとなって重厚に終わる。

(追記)
最終行の balenando (原形はbalenare) は、稲光が光るという意味と、よろめく、千鳥足で歩く、という意味がある。balenare の意味上の主語を語り手と取れば、拙訳のようになるし、嵐で烈風が吹きすさぶなか、稲妻も光っているという壮絶な光景ともとれる。

風吹き荒れ、雷の落ちる中を生きていくのが僕の運命だ、ということになる。どちらにもとれるように、双方の意味を響かせて、詩人は書いているのではないだろうか。

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2008年12月12日 (金)

Cardarelli: Autunno

      秋

秋。すでにその訪れを
八月の風に、
どしゃ降りやそぼ降る
九月の雨に感じ、
おののきが、今や
裸で悲しい大地、
迷える太陽を迎える大地を走った。
われわれの人生の最上の時は
言い表しがたくのろのろと
進みゆくこの秋に、
いまや過ぎいき傾いていき、
そしてゆっくりと我らに別れを告げる。


(訳者妄言)
ヴィンチェンツォ・カルダレッリの詩。1931年に雑誌に発表され、1934年に詩集 Giorni in piena に収められた。

時の過ぎ行くさだめを、季節の移ろいにのせて歌い、それは必然的に、人生の若さとの別れへと重ね合わせられていく、というのがこの詩の組み立てである。

秋の気配を、八月の風のなかにも感じ取るとするところは味わい深い。

原文は、

Autunno. Gia' lo sentimento venire
nel vento d'agosto,
nelle piogge di settembre
torrenziali e piangenti,
e un brivido percorse la terra
che ora, nuda e triste,
accoglie un sole smarrito.
Ora passa e declina,
in quest'autunno che incede
con lentezza indicibile,
il miglior tempo della nostra vita
e lungamente ci dice addio.

原文10行目の 'con lentezza indicibile' は意味だけをとれば、抽象的な言い方で、冴えないようにも思えるが、リズムを考えると、一行が3語だけで出来ており、遅さをまさに、言葉のリズムで表しているのである。つまり、lentezza と indicibile という長い単語が連続して、この一行全部が副詞句となり、passa e declina という動詞と il miglior tempo della nostra vita という主語との結合を、「遅い」ものにしているのだ。(Simona Costa の註を参照した)。

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2008年12月11日 (木)

Cardarelli: Ottobre

      十月
   
ずっと以前、夏のことだった、
あの火に、あの熱に、
僕の想像力は目覚めた。
今、僕は秋の気配を帯びる
陶酔させる色の
収穫をすでに終えた
ものうい季節が好きだ。
もはや僕に似るものはない、
もはや僕をなぐさめるものはない、
ブドウの絞り汁やワインを
嗅ぎつけるこの空気以上に、
略奪された葡萄畑の上に輝く
10月の年老いた太陽以上に。
秋の思いがけぬ太陽は、
彼岸のそれのように輝き、
やわらかな破滅と
流浪の幸福を持ち、
お前は消耗した私たちを見いだす、
ひどい様相と魂の死を見いだす。
だからお前が気に入るんだ
残照のみやびな太陽よ、
お前はさよならの言葉を知らず、
毎朝戻ってくる
まるで新たな奇蹟のように、
進んだだけより美しくなる、
お前は、そこで息づいている。
この信じがたい日々で
お前は季節を形成するが、
それは一つの甘美な苦悩にほかならない。

(訳者妄言)
ヴィンチェンツォ・カルダレッリの詩。カルダレッリの姓は母方から来ている。父親が認知しなかったためである。しかし、鉄道の駅のバールを経営したいた父と過ごしていた時期がむしろ長い。

小学校終了後は、独学で、レオパルディやボードレールを愛読した。19歳でローマに出た後は、様々な職業を転々とした後、社会党の機関紙《Avanti!》をはじめ、雑誌《La Voce》, 《Malzocco》, 《Lirica》で働き、バッケッリやチェッキとともに《La Ronda》(1919−1923)を創刊した。

10月の太陽は、日々、日照時間が短くなっていく。そこに、自然と、人の一生の後半生が重ね合わせられている。

原文は、

Un tempo, era d'estate,
era a quel fuoco, a quegli ardori,
che si destava la mia fantasia.
Inclino adesso all'autunno
dal colore che inebria,
amo la stanca stagione
che ha gia' vendemmiato,
Niente piu' mi somiglia,
nulla piu' mi consola,
di quest'aria che odora
di mosto e di vino,
di questo vecchio sole ottobrino
che splende sulle vigne saccheggiate.
Sole d'autunno inatteso,
che splendi come in un di la',
con tenera perdizione
e vagabonda felicita',
tu ci trovi fiaccati,
volti al peggio e la morte nell'anima.
Ecco perche' ci piaci,
vago sole superstite
che non sai dirci addio,
tornando ogni mattina
come un nuovo miracolo,
tanto piu' bello quanto piu' t'inoltri
e sei li' per spirare.
E di queste incredibili giornate
vai componendo la tua stagione
ch'e' tutta una dolcissima agonia.

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2008年12月 9日 (火)

Cardarelli: Estiva

Vincenzo20cardarelli     夏の

横たわった夏、
濃密な気候の季節、
大いなる朝の、
騒音のない夜明けのーー
水槽のなかでのように、目覚めるーー
すっかり同じ日々、星のように
かげりや危機という
悲痛さの少ない季節
広がりの幸福、
何の現世の約束もないことが
僕の心に平安をもたらす
君の空からあふれる
太陽の確かさと同様に
極に達した季節、大いなる休息の中へと
挫かれ、ひれ伏し、
巨大な夢を金色に染め、
一日の境界の向こうへと
時を拡げるべく
君が光を運ぶ季節、
ぐずぐずして永遠に終わらぬカデンツァを
時折、君が、普通に進む
秩序の中に、入れ込んでいるように見える。

(訳者妄言)
ヴィンチェンツォ・カルダレッリ(1887-1959)の詩。独学で、19歳でローマに出て、ジャーナリズムに関わった。

タイトルのEstivo は estate (夏)の形容詞である。

原文は、

Distesa estate,
stagione dei densi climi,
dei grandi mattini,
dell'albe senza rumore--
ci si risveglia come in un acquario--
dei giorni identici, astrali,
stagione la meno dolente
d'oscuramenti e di crisi,
felicita' degli spazi,
nessuna promessa terrena
puo' dare pace al mio cuore
quanto la certezza di sole
che dal tuo cielo trabocca,
stagione estrema, che cadi
prostrata in riposi enormi,
dai oro ai piu' vasti sogni,
stagione che porti la luce
a distendere il tempo
di la' dai confini del giorno,
e sembri mettere a volte
nell'ordine che procede
qualche cadenza dell'indugio eterno.

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2008年12月 8日 (月)

Cardarelli: Passato

        過去

思い出、われわれの短い身躯の
あまりにも長いこの影、
生きながら、残す
死の引きずり跡、
痛ましく永続的な思い出、
ほら現れる。
暗い風につき動かされた
陰鬱で、おし黙った亡霊。
君はもう思い出にすぎない。
僕の記憶のなかへと移っていったんだ。
そうだ、だから今は
君は僕のもの
僕らの間に起こったことは
取り消せないものなのだ。
すべては終わった、あっという間に!
落ちるがごとく、軽やかに、
その時はやってきた。
つかの間に話は
すっかり閉じ、悲しい結末をむかえた。
僕たちは、愛が
生命を燃やし、時を飛翔させるのを知っているべきだった。


(訳者妄言)
カルダレッリの詩。1931年雑誌《Il Selvaggio》に掲載され、のちに詩集Giorni in piena (1934) に収められた。
過去の愛を、思い出、記憶、死というものと連関させつつ呼び起こしている。過去のものになってしまったがゆえに、自分のものとなった過去であり、「君」である。
愛が続くのはつかの間であり、別れのときは、「落ちるがごとく、軽やかに」、つまり、まっしぐらに、気がつかぬまにやってきたのだった。

原文は、

I ricordi, queste cmbre troppo lunghe
del nostro breve corpo,
questo strascico di morte
che noi lasciamo vivendo,
i lugubri e durevoli ricordi,
eccoli gia' apparire:
melanconici e muti
fantasmi agitati da un vento funebre.
E tu non sei piu' che un ricordo.
Sei trapassata nella mia memoria.
Ora si', posso dire
che m'appartieni
e qualche cosa fra di noi e' accaduto
irrevocabilmente.
Tutto fini', cosi' rapido!
Precipitoso e lieve
il tempo ci raggiunse.
Di fuggevoli istanti ordi' una storia
ben chiusa e triste.
Dovevamo saperlo che l'amore
brucia la vita e fa volare il tempo.

自由詩ではあるが、endecasillabo (11音詩行)と settenario (7音詩行)の使用が目立つ。

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2008年12月 7日 (日)

Vincenzo Cardarelli: Ritratto

    肖像

彫刻された口があり、
天使のように明快で曖昧な顔、
青白く、豊かな人
真珠の歯、
敏速な歩み、
彼女の微笑みは、
空気のようで、謎めいて、輝かしく
言い表しがたい光の現象のようだ。

(訳者妄言)
Vincenzo Cardarelli の詩。カルダレッリは本名をNazareno Caldarelli といい、1877年にCorneto Tarquiniaで生まれた。
この詩は、最初1916年6月に雑誌Voce に掲載され、のち彼の詩集Viaggi nel tempo (1920) に収められた。
ある女性の美を描いているが、2行目の「明快で曖昧」であるとか、「青白く、豊か」といった ossimoro (撞着語法)を駆使している。

原文は、

Esiste una bocca scolpita,
un volto d'angiolo chiaro e ambiguo,
una opulenta creatura pallida
dai denti di perla,
dal passo spedito,
esiste il suo sorriso,
aereo, dubbio, lampante,
come un indicibile evento di luce.

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