Carabba, Carlo (カラッバ)

2008年7月19日 (土)

カラッバ 6

  私たちは、お前たちがそうなるところのものだった

ステップを上ると、僕が待っていた
バスは満員だった。
人々は朝の疲れた顔をし
厚着で、無気力のため
赤のたびに身体がずれた。
ある老人は穏やかそうに
膝に手をのせ
まなざしを他の乗客の
まなざしに向けていた。
僕は降り、歩いて進む。
学校の前を通ると、登校時だった。
何年もが経ち、服装は
変わったが、顔は同じ
姿勢も同じだ。
僕は絵、暗い中世の教会に
描かれたフレスコ画、
「死の凱旋」だ。
一つの集団から他の集団へと
移りゆき、骸骨の絵の上に
新たに皮膚がはえてくるのを感じる。
              
                  
(訳者妄言)
Carlo Carabba の Gli anni della pioggia (2008) から。タイトルは、 Eravamo come sarete で、似たような言葉は、教会で骸骨の絵や像などにつけられた題辞で見たことがあるが、このタイトルは少しそれをひねってある気もする(どう変化させているか、確認できたら追記します)。

おおまかには、メメント・モーリ、死を忘れるな、ということだろう。終盤に種明かし風に、語り手が「死の凱旋」(Trionfo della Morte)であったことが明らかにされる。

カラッバの詩は、ほとんどが語り手=詩人と思わせる(本当にそうなのかどうかは確かめようがないが)つくりなので、この詩は例外的である。

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2008年7月18日 (金)

カラッバ 5

    自画像
          
ローマが、四方をすべて
山に囲まれているのは、
空が澄みわたった
時にのみわかる。
ジャニコロの高みからの
眺めは
人間の地上での存在の
あらゆる印に満ちている。
家々やモニュメント
軍楽隊のコンサート
自動車やジェラートを売る
キャンピングカー、
何ヶ月も会っていなかった
元愛人のカジュアルな出会い。
時折、木々が
影のゾーンが、そして僕の町の
内から外へ広がる林が。
           
                 
(訳者妄言)
カルロ・カラッバのGli anni della pioggia(雨の歳月)(peQuod, 2008)から。Carabba は、Autoritratto (自画像)という題で、ローマを描いている。もちろん彼はローマ生まれであるのだが、自分とローマは一体なのだろうか。

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2008年7月17日 (木)

カラッバ 4

   魂を丈夫にするエクササイズ
           
30分は、千までゆっくりと数え、
眼を閉じて、僕がそこから逃げだしたい
あまりに狭い空間を
無視すれば
たいした時間ではない。
が、それは電車で、脇が
鉄の壁で閉じており、
行路を進み、僕が席を
立つことを許さない。
もし、ある声、リフレーン、
あるいは会話が僕の気を紛らわせてくれれば
僕は、その瞬間に
頭に描いた数字のことだけを考える、
それは続く数字に
追い越され、
さらにまた追い越される。
こんな風に10万まで数え、
倦怠のあまり死ぬのは
さほど辛いことではなかろう。

              
              
(訳者妄言)
語り手は、閉所が苦手のようだ。それを紛らすために30分間、どう過ごせばよいのか、というのが詩のテーマとなっている。奇想といえば、奇想である。

外の景色をみるのではなく、内なる風景(数字)を凝視するのである

また、それを大げさに「魂を丈夫にするエクササイズ」(Esercizio di irrobustimento dello spirito) という所がほのぼのおかしい。

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2008年7月16日 (水)

カラッバ 3

            ジョヴァンナへ

小さい頃、よく
電車に乗った、いまでも
そうするが。母は、
切符売りの男と話し、僕の客車には
ちゃんとした人が乗るかを
確かめた。
僕はおしゃべりをし、自分が成長したことを
見せようとし、ほとんど景色は
見なかった。駅では
父が微笑み
僕を家に連れて帰った。
自動車の中で、父は冗談を言い
二人は笑った。家には
お前がいた。僕は、お前の
唯一の愛の対象の息子だったが、
お前の息子ではなかった。彼が
帰ると、抱きしめるように、
お前は僕を抱きしめた、
僕にトマトソースの
ラヴィオリを作ってくれ、
週末は、幸せに
自然に過ぎていった。

                    

(訳者妄言)
per Giovannna という献辞がイタリックでついている。タイトルはない。
ジョヴァンナというのは、推察するに、語り手の父の代からずっといるお手伝いさん(婆やさん)、ひょっとしたら住み込みで、もう家族同様の老婦人かと思われる。
あるいは、語り手の祖母(父の母)ということも可能性としては考えられる。
tu で、気軽に呼んでいるのだけれど、二人の間の愛情がしっかり手応えをもって感じられる。
「僕は/お前の唯一の愛の対象の息子だったが...」は、ぎこちないが、原文は、Ero il figlio/dell'unico tuo amore, /pero' non tuo. である。tuo amore と呼ばれているのは、語り手の父ととった。イタリア、とくに中部、南部では、自分の子供や孫などを amore(愛) とか tesoro(宝) と呼んだりする。

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2008年7月15日 (火)

カラッバ 2

              だから、もう夜遅くに
              ふらふら出かけるのは止めよう
                       G.バイロン

雨の歳月が過ぎた
僕には妻も辛辣な言葉もない、
僕は同じ灯りのもとにすわる、
夜はそこで、眠らなければ、書き物をする。
大学で、僕は暮らした、午後と、
いくつかの午前をーー1月で、
バールには人気がなく、君は
夫がどう死んだかを語り
(君の息子がそこにいた)僕は聞いていた。
去年の9月、田舎で、
秋の初めの祭り、まるで
「もう夜は出かけないことにしよう...」
と呼ばれたかのような。
僕らは口論した、出かけるかどうか決まらずに、
一時間、道を行くのが、旅行でもあるかのように。
帰りには、心から笑った、
まるで、本当に
最後で、
夜はもう出かけないことに、するかのように。
ここから僕は出かけ
ここに僕は着かない。

                
               
Carlo Carabba の詩集 Gli anni della pioggia (2008)の表題詩である。多分に物語性を感じさせる詩である。子供を連れて、夫の死を語る女性は誰なのか、詩人(あるいは詩の語り手)との関係はどうなったのか、などなど、疑問はつきないが、最後の2行が暗示的な答えとなっているのだろうか。

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2008年7月14日 (月)

カラッバ 1

                     母へ

あなたは、自分が僕より先に
死ぬと知っている、そしてそれは正しい、
僕も、息子に先立たれる悲しみを
あなたに与えたくはない。
あなたが死ぬとき、僕はそばにいる、
と思いたい、言葉をかけ、
抱きしめられるように、
最後の日まで
あなたのそばで、きっとすぐには
それと理解できない別れの
前まで、どう考えたらよいのか、
どう説明したらよいのか、
わからないあの別離まで。
残るのが息子なのは、自然なことだ。
が、夜の物想いの中で、
あなたの書き物のリストを作ることに専念する中で
僕の悲しみを
和らげてくれる人が誰なのかは
知らない。

                                 
                        
(訳者妄言)
Carlo Carabbaの初詩集 Gli anni della pioggia (雨の歳月)(peQuod, 2008)から。カラッバは1980年ローマ生まれ。哲学科の博士課程に在学中。
ほんの少しのひねりはあるものの、ごくストレートに母親への愛情を歌っている。原文も読みやすい。たとえば冒頭の4行は、
                        a mia madre
Tu sai che morirai
prima di me, e' giusto,
e anch'io non voglio darti
il dolore di sopravvivermi.

である。tu をなんと訳すかは微妙なところである。
また sai (sapere) は、知る、という意味だけでなく、そう思っている、という意味もあり、ここでは、母親は自分の方が先に死ぬと思っている、という意味にもとれる。

(追記)
訳文では、当初、「母へ」がまるでタイトルのように画面上に現れてしまいましたが、イタリア語原文では、a mia madre はイタリックになった献辞であり、詩としては無題の詩です。

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