Caproni, Giorgio (カプローニ)

2009年3月12日 (木)

Caproni: Indicazione

       指示

―悩むのを止めよ。
もし私に会いたくば
私のおらぬ所を捜せ。

他に指示するところは無い。

(訳者妄言)
カプローニの詩集 Il franco cacciatore (1982)から。詩集のタイトルはヴェーバーのオペラ《魔弾の射手》のイタリア語訳と同じである。狩のテーマは1986年の詩集 Il conte  di Kevenhuller にも継続している。

ここでは、狩といっても、神を探し求める狩であり、神は隠れた存在である。到達しえない神を求める読者に、どこを捜せばよいかを神が指示するのだが、その指示は禅問答のようでもある。

捜し出せるあてはないが、捜すのを止めることもできない現代人を象徴する詩とも言えよう。信仰に確信は持てないが、無関心ではいられないという現代のイタリア人と信仰の一つの典型的な関係を示している。

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2009年3月11日 (水)

Caproni: Anch'io

       私も

私も試してみた。
まったく爪の
戦いだった。今はそれが判る。誰も
地の壁に
穴をあけることはないだろうと。

(訳者妄言)
カプローニの詩集 Il muro della terra (1975) から。詩集のタイトルがこの詩の一部(地の壁)となっているが、そもそもダンテの『神曲』の地獄篇第10歌2行からの引用である。地の壁とは、地獄の最下層のルチーフェロ(悪魔)が墜ちた場所である。

運命と比する時、人間の力は爪にもたとえるべき小ささだ、ということだろう。

原文は、

Ho provato anch'io.
E' stata tutta una guerra
d'unghie. Ma ora so. Nessuno
potra' mai perforare
il muro della terra.

2行目は a の母音、そして ta が支配的な音になっている。4行目は p の音が allitterazione となり、また ra の音が繰り返され、それは2行目の guerra, 3行目の ora, さらに5行目でも terra となって現れている。

短い詩だが、ダンテの引用、濃密な音のテクスチャーが味わいを深めている。

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2009年3月10日 (火)

Caproni: Congedo del viaggiatore cerimonioso

 旅人の礼儀正しい暇乞い

                  アキッレ・ミッロに

友よ、私はまず荷物を
降ろしたほうが
よいと思う。
出発時間はよく知らないが、
自分の駅で降りる前に
どこの駅に停まるかも
知らないが、
たしかな印が私に告げる、
そうした場所についた時、
私の耳にとどくのだ、
あなたたちともうすぐお別れだと。

すこしばかりお邪魔したことを
お許しいただきたい。
あなたがたと出発から
ご一緒で幸せでしたし、
感謝しています、本当に、
いい旅のお伴を得られました。

もっとずっとお話していたいのですが。
まあ仕方がない。
移転先は、知らない場所です。
しかしあなたがたのことは、
何度も思い出すでしょう、
新たな場所で、
一方私の眼には、はや
車窓から、われらを覆う
濃霧のしめった
もやを越えて、私の駅の
赤信号が見える。

あなたがたにお暇申し上げます、
軽い、悲嘆を
隠しおおせはしませんが。
一緒に、真向かいに座って
お話しするのは、とても楽しかった。
誰が誰やら判らぬなかで
(タバコを交換しながら
もくもく吸い)、
自分のことをあれこれ
語り(でっちあげるのも
簡単だ、他人に語る時には)
はては、ついつい本当のことも。
窮地に追い込まれても、
(うかうかと)ここまで
打ち明けるとは思ってもみなかったのに。

(失礼。たいした物は入っていないのに
重いカバンで。
なぜ持ってきたのか
自問するほどです。
持っていて
どんな役に立つのか、
でも、持ってこなければならない、
慣習に従っているだけかもしれないが。
すみません、通してください。
ほら。カバンを通路に
置いたので、気が
楽になった。失礼しました。)

そうそう、一緒にいるのは
楽しかったと言ってたんでした。おしゃべりも。
いくらか口論も
しましたが、当然です。
われわれは―これもまた
自然なこと―一度ならず
憎み合ったけれど、礼儀のために
抑えたものです。
が、それがどうしたというのか。
何であれ、もう一度
心から、最上の旅の友であった
ことを感謝いたします。

お暇ごいをいたします、先生と、
その雄弁な学識に。
あなたにもお暇します、ほっそりした
お嬢さん、スポーツをしたり、野を
走り回ってうっすらと顔に浮かんだ
汗の匂いとも。顔の色は
穏やかだが、かるく紅潮していた。
お暇します、軍人さん
(そして水兵さん!地にも
空や海にも)
平和と戦争にお暇します。
そしてあなたにも、司祭さん、
お暇します、私にお尋ねになりました
(ご冗談でしょう!)私が
「本当」の神を信じる能力があるかと。

知にお別れし、
愛にお別れします。
宗教にもお別れします。
もう目的地につきました。

さて、いよいよブレーキの
きしむ音が強くなりました、本当に
みなさま、失礼します。さようなら。
これだけは確かです。私は
まさに静かな絶望にあり、
狼狽はしていません。

降ります。どうぞそのまま良いご旅行を。

(訳者妄言)
カプローニの詩集Congedo del viaggiatore cerimonioso & altre prosopopee (1965)から。語り手は、旅の終着点に近いところにいて、旅をともにした人々に暇(いとま)ごいをしている。

旅の来し方を振り返ることが、これまでの人生を振り返ることと重ね合わせられている。つまり人生=旅で、旅の終わりは、人生の終わりの隠喩となっている。

この詩が捧げられているアキッレ・ミッロは1950年代、60年代に活躍した俳優。

この詩では、わざと平凡な、ありふれた挨拶の言葉、言い回しが用いられ、しかしそれは、人生との別れの挨拶でもあるという二重の意味を帯びるように構成されている。つまり、わざと地味な言葉づかい、決まり文句を利用して、そこに象徴的な意味合い(人生への別れの挨拶)を付与しているのである。

第5連の旅行鞄は、Simona Costa の註によると、人生で犯した悪、罪の象徴で、宗教的伝統によると、各人はその旅行鞄をあの世まで持っていくことになるのだという。

第6連の「地にも/空や海にも」の前後は、祈りの文句のもじりであろう。

各連の長さは異なるが、韻や母音韻(assonanza)は頻出する。

原文は、

Amici, credo che sia
meglio per me cominciare
a tirare giu' la valigia.
Anche se non so bene l'ora
d'arrivo, e neppure
conosca quali stazioni
precedano la mia,
sicuri segni mi dicono,
da quanto m'e' giunto all'orecchio
di questi luoghi, ch'io
vi dovro' presto lasciare.

Vogliatemi perdonare
quel po' di disturbo che reco.
Con voi sono stato lieto
dalla partenza, e molto
vi sono grato, credetemi,
per l'ottima compagnia.

Ancora vorrei conversare
a lungo con voi. Ma sia.
Il luogo del trasferimento
lo ignoro. Sento
pero' che vi dovro' ricordare
spesso, nella nuova sede,
mentre il mio occhio gia' vede
dal finestrino, oltre il fumo
umido del nebbione
che ci avvolge, rosso
il disco della mia stazione.

Chiedo congedo a voi
senza potervi nascondere,
lieve, una costernazione.
Era cosi' bello parlare
insieme, seduti di fronte;
cosi' bello confondere
i volti (fumare,
scambiandoci le sigarette),
e tutto quel raccontare
di noi (quell'inventare
facile, nel dire agli altri),
fino a poter confessare
quanto, anche messi alle strette,
mai avremmo osato un istante
(per sbaglio) confidare.

(Scusate. E' una valigia pesante
anche se non contiene gran che:
tanto ch'io mi domando perche'
l'ho recata, e quale
aiuto mi potra' dare
poi, quando l'avro' con me.
Ma pur la debbo portare,
non fosse che per seguire l'uso.
Lasciatemi, vi prego, passare.
Ecco. Ora ch'essa e'
nel corridoio, mi sento
piu' sciolto. Vogliate scusare).

Dicevo, ch'era bello stare
insieme. Chiacchierare.
Abbiamo avuto qualche
diverbio, e' naturale.
Ci siamo--ed e' normale
anche questo--odiati
su piu' d'un punto, e frenati
soltanto per cortesia.
Ma, cos'importa. Sia
come sia, torno
a dirvi, e di cuore, grazie
per l'ottima compagnia.

Congedo a lei, dottore,
e alla sua faconda dottrina.
Congedo a te, ragazzina
smilza, e al tuo lieve affore
di ricreatorio e di prato
sul volto, la cui tinta
mite, e' si' lieve spinta.
Congedo, o militare
(o marinaio! In terra
come in cielo ed in mare)
alla pace e alla guerra.
Ed anche a lei, sacerdote,
congedo, che m'ha chiesto s'io
(scherzava!) ho avuto in dote
di credere al vero Dio.

Congedo alla sapienza
e congedo all'amore.
Congedo anche alla religione.
Ormai sono a destinazione.

Ora che piu' forte sento
stridere il freno, vi lascio
davvero, amici. Addio.
Di questo, sono certo: io
son guisto alla disperazione
calma, senza sgomento.

Scendo. Buon proseguimento.

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2009年3月 9日 (月)

Caproni: Preghiera

         祈り

僕の、軽やかな魂よ
お願いだ、リヴォルノに行ってくれ。
お前の内気な
蝋燭で、夜中に
一回りしてくれ。時間があれば、
巡回し、精査して、
ひょっとしてアンナ・ピッキがまだ
生者の間で生きているかどうか書き知らせてくれ。

まさに今日、失望して
僕はリヴォルノから帰る。
しかしお前、僕よりずっと純粋なお前は
憶えているだろう、ブラウスや
真っ赤なルビーが、金の蛇の上にのり
彼女が胸につけ、そこで曇っていたのを。

僕の魂よ、聞き分けよく
彼女を捜しに行ってくれ。
もし道で会ったら、
何でもあげるから。

(訳者妄言)
カプローニの詩。詩集 Il seme del piangere  (涙の種、1959)に収められた詩。母アンナ・ピッキの死を嘆く歌だが、自らの魂に、母の住む街に行くよう懇願し、彼女と街で出会うこと(彼女がまだ生きている)ことを願う詩。

冒頭は、ダンテの同時代人Cavalcantiのballata 'Per'i' no spero' を模したもの。カヴァルカンティの冒頭は、‘Perch'i' no spero di tornar giammai,/ ballatetta, in Toscana,/ va' tu, leggera e piana,/ dritt'a la donna mia' となっており、呼びかけと‘leggera'という形容詞が共通している。

原文は

Anima mia, leggera
va' a Livorno, ti prego.
E con la tua candela
timida, di nottetempo
fa' un giro; e, se n'hai il tempo,
perlustra e scruta, e scrivi
se per caso Anna Picchi
e' ancor viva tra i vivi.

Proprio quest'oggi torno,
deluso, da Livorno.
Ma tu, tanto piu' netta
di me, la camicetta
ricorderai, e il rubino
di sangue, sul serpentino
d'oro che lei portava
sul petto, doce s'appannava.

Anima mia, sii brava
e va' in cerca di lei.
Tu sai cosa darei
se la incontrassi per strada.

7音節句(settenari)が多いが、第二連は rima baciata (連押韻、同じ押韻が2行続くこと)のみで出来ている。tornoと Livorno, netta と camicetta, rubino と serpentino, portava と s'appannava である。rima baciata は素朴な韻であり、それを積み重ねることで、語り手の飾りのない、純粋な悲しみを、気取りなくストレートに表現しようとしているのだと思う。とはいえ、同時に、その素朴さは、カヴァルカンティのバッラータを踏まえたものでもあるのだ。

単純で複雑、素朴で洗練されているという文学的な逆接が成立している詩といえよう。

第二連は、母が胸につけていたプローチは、金の蛇の形をしたルビーのブローチだったが、そのルビーが胸の体温で曇ったということになるが、s'appannava には「記憶がうすれる」という意味もあり、3行前の ricorderai (憶えているだろう)と縁語にもなっている。

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2009年3月 8日 (日)

Giorgio Caproni:Donna che apre riviere

     海岸を開く女

君は海辺の女、
海岸を開く女。
白い朝の
空気は、君の塩の
空気--それは風をうける
帆、広がる旗、これほど
明るいたっぷりとした君の服。

(訳者妄言)
ジョルジョ・カプローニの詩。(ゴッツァーノの詩は、いったんお休みします。後日、ふたたび扱う予定です)。以下、シモーナ・コスタの La poesia italiana del novecento (Arnoldo Mondadori Scuola) にしたがってカプローニの略歴を記す。

カプローニは、1912年トスカーナの港町リヴォルノ生まれ、1990年にローマで死去。10歳で両親とともにジェノヴァに引っ越し、ジェノヴァが「心の街」(citta' dell'anima)となった。

コンセルヴァトリオに通いヴァイオリンや作曲を学んだが、家庭の経済状況が不安定であったため、ヴァイオリニストから店員まで様々な職業をへて、小学校教員をアルタ・ヴァル・トリッビアで務めた際に、将来夫人となるリーナと出会い、2人の子供をもうけた。

その後、ローマに移り、第二次大戦中は抵抗運動に参加。1945年にはローマに居をかまえ、教職と並行して新聞、雑誌の記事を書き、フランス文学、プルースト、シャール、セリーヌ、モーパッサン、ジュネの翻訳をものした。

カプローニは詩人として、Come un 'allegoria (1936)、Ballo a Fontanigorda (1938) でデビューした。カプローニの詩は canzonetta や sonetto という形式を採用したこと、美しい調べに欠けてはいないこと、また物語性を持っていることからサーバの詩と並べて評されるようになった。

実際、彼の詩を批評するものはカルドゥッチに言及したり、同郷のリグーリアの詩人ボイネやスバルバロに言及したりした。

その後1959年にはIl seme del piangere 、1965年には Congedo del viaggiatore cerimonioso & altre prosopopee を出版した。

彼の詩のテーマは、都市、母、旅に集中し、それが相互に絡み合っている。

さて、'Donna che apre riviere' は、1941年の詩集 Frizioni (摩擦)に収められた詩である。

詩は、わかりやすい語を用いながら、女性と海の持つ始原性を相互に照らしだしている。

原文は

Sei donna di marine,
donna che apre riviere.
L'aria della mattina
bianca e' la tua aria
di sale--e sono vele
al vento, sono bandiere
spiegate a bordo l'ampie
vesti tue cosi' chiare.

海辺の女性が、その光景の広がりの大きさのなかで外形の細部が描かれるというよりは、むしろ寓意的に開かれた、開放的な雰囲気と、陽光の明るさによって、光る海と重なる存在として浮かび上がるような詩である。

形式的には7音節詩句(settenari)が多く、また enjambement (行跨り)が多い。

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