Vittorio Sereni: Terrazza
テラス
突如わたしたちを夜がとらえる。
そして君は
どこで湖が果てるかわからなくなる、
囁きのみが
空中テラスの下にいる
僕らの人生をかすめる。
われわれはみな今晩
物音のしない出来事につるされて
そこへ哨戒艇の光
われわれを詮索し旋回し去る。
(訳者妄言)
ヴィットリオ・セレーニの詩。詩集 Frontiera (1941) から。セレーニは1913年マッジョーレ湖のほとりのルイーニに生まれた。ブレーシャおよびミラノ大で学び、グイド・ゴッツァーノで卒論を書いた。その間、文学者アントニア・ポッツィ、ルチャーノ・アンチェスキ、ダリア・メニカンティや哲学者エンツォ・パーチ、ラッファエーレ・デ・グラーダ、レーモ・カントーニ、ジュリオ・プレーティに出会った。彼らはアントニオ・バンフィの美学に影響されていた。
詩人として強い影響があったのは、ウンガレッティ、モンターレ、サーバ、クヮジーモドやシニスガッリ、ベルトルッチである。特にモンターレは重要で、ジルベルト・ロナルディによれば、1960年代までは一方通行の影響であったが、後には、散文的、日記的な詩を書くモンターレにセレーニが影響を与えた。
ガットやヴィゴレッリを通じてフィレンツェのグループともコンタクトを持つようになった。ミラノで1938年に若き日のエルネスト・トレッカーニによって創刊された《Corrente》に協力したが、反ファシスト的傾向のため弾圧をうける。1941年 Corrente から初の詩集 Frontiera を出版。
第二次大戦で捕虜となり、二年間、アルジェリアとモロッコで虜囚生活を送る。そこから生まれた本が Diario d'Algeria (1947) である。1956年ピレッリの広報、58年出版社のモンダドーリ社に入り、75年まで文学担当の責任者を勤める。1983年ミラノで死去。
この詩では、冒頭の 'Improvvisa' (突然の)は、受ける名詞がなく、宙に浮くが、それはこの夕べ、待ち受けられている出来事と、彷徨う感覚が同時に表出されているのだろう。そうした前景化をここで訳すのは困難だったので、変わりに、私たちに相当する言葉にヴァリエーションを与えてみた。
夜が訪れて、湖の対岸が見えなくなる。囁きというのは、湖水のさざなみのたてる波音である。
われわれは、何らかの出来事を待っており、光が当たってそれかと思うが、哨戒艇は、こちらを照らしたあと、向きをかえて、去っていってしまう。最終行は、動詞三つがカンマもなしにつながれ(asindeto, 連辞省略)、たたみかけるように終わる。
原文は、
Improvvisa ci coglie la sera.
Più non sai
dove il lavo finisca;
un murmure soltanto
sfiora la nostra vita
sotto una pensile terrazza.
Siamo tutti sospesi
a un tacito evento questa sera
entro quel raggio di torpediniera
che ci scruta poi gira se ne va.
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