Vittorio Sereni: Non sa più nulla, è alto sulle ali
もはや何も知らず、翼にのって高く
野戦病院127,1944年6月
もはや何も知らず、翼にのって高くにいる
ノルマンディーの浜辺で倒れた最初の者は。
それゆえ誰かが、今晩
ヨーロッパのための祈りを
つぶやきながら私の肩に触れた
その間新たなアルマーダ艦隊は
フランス沿岸に現れつつあった。
私は眠りのなかで答えた:ーそれは風だ、
風が妙な音楽を奏でたのだ。
もし君が本当に
ノルマンディーの浜辺で倒れた最初の者だったら
可能なら祈ってくれ、僕は、
戦争にも、平和にも、死んでいる
これはいまや音楽だ:
支柱にたたきつけるテントの。
天使の音楽ではない、わたしの
唯一の音楽で、それで十分だ。ーー
(訳者妄言)
ヴィットリオ・セレーニの詩。詩集 Diario d'Algeria (1947)から。セレーニはアルジェリアで捕虜となっている時に、連合軍がノルマンディー上陸するのを予感した。
一行目は、ノルマンディー上陸作戦での最初の死者が、飛行機に乗せられて上空(高いところ)を飛んでいる、ということである。
語り手の肩をたたいたのは、その最初の死者であろうか。
語り手は、捕虜になっていたため、戦争からも、平和のための戦い(パルチザン)からも、離れ、疎外された状況におかれていた(12-13行)。その苦悩が、この表現になっている。つまり、ノルマンディー上陸作戦で死んだものより、自分の方がもっと死んでいるのである、無益で、虚しい状態に置かれていたのである。
原文は、
Campo Ospedale 127, giugno 1944
Non sa più nulla, è alto sulle ali
il primo caduto bocconi sulla spiaggia normanna.
Per questo qualcuno stanotte
mi toccava la spalla mormorando
di pregar per l'Europa
mentre la Nuova Armada
si presentava alla costa di Francia.
Ho risposto nel sonno:-E' il vento,
il vento che fa musiche bizzare.
Ma se tu fossi davvero
il primo caduto bocconi sulla spiaggia normanna
prega tu se lo puoi, io sono morto
all guerra e alla pace.
Questa è la musica ora:
delle tende che sbattono sui pali.
Non è musica d'angeli, è la mia
sola musica e mi basta.-
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コメント
感動しました。以前アフリカ(?)の地でイタリア兵士が仰向けに倒れ死んでいる写真を見て、無言でした、ずっと。
そのこと思い出しました。このような作品をもっと読みたい。いつも、啓発されます。詩世界にふと投げこまれます。好ましい世界。あとが、この我、つづくのか...よろしくご指導のほどを。
投稿: accatto_ma | 2009年3月28日 (土) 11時45分
accatto_ma さん
静かに、しかし、鮮烈なイメージがまぶたの裏に焼き付くような詩ですね。
声高に叫ぶよりも、かえって心に残る詩であり、かつ、生者と死者の関係を省みさせられる詩行です。死あるいは死者と無縁の生(者)はないのだと。
投稿: panterino | 2009年3月29日 (日) 22時23分