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2008年10月

2008年10月21日 (火)

Montale: 《Mottetti XX》

     モッテッティ XX
   
・・・がこれでよい。コルネットの音が
樫の大群と対話する。
金星がきらめく貝の殻に
描かれた火山が、うれしそうに煙を吐く。
    
溶岩にはめ込まれたコインは
それもまたテーブルの上で輝き、
何枚かの紙をおさえる。広大に
見えた人生は、君のハンカチより短い。
   

(訳者妄言)
エウジェニオ・モンターレのモッテット連作の最後の詩。モッテット集は、1933-40年にかけて書かれた作品群であるが、この詩は、1937年に作られたもので、時間軸の上では最後に書かれたものではない。詩人が、意図的に最後に置いたのである。

書き出しが「・・・がこれでよい(...ma cosi' sia)」というのも、ひねってはいるが最後の詩にふさわしい言い回しとも言えよう。

二枚貝の殻に絵が描かれたもの、硬貨の埋め込まれた溶岩は、ナポリのみやげ物。何枚かの紙は、詩人の原稿であろう。

原文は、

...ma cosi' sia. Un suono di cornetta
dialoga con gli sciami del querceto.
Nella valva che il vespero riflette
un vulcano dipinto fuma lieto.

La moneta incassata nella lava
brilla anch'essa sul tavolo e trattiene
pochi fogli. La vita che sembrava
vasta e' piu' breve del tuo fazzoletto.

1行目の cosi' sia は祈りの文句アーメンの訳語でもある。韻は1,3,8行目がcornetta, riflette, fazzoletto で tt+母音という形を共通して持っている。さらに、6行目も trattiene で語末ではないが、語中にtt+母音を持っている。

2、4行はquerceto, lieto で韻を踏む。以上から、韻に関しては t の音が支配的であることが判る。さらに、tの音は、1行目、cornetta, 2行目querceto,3行目riflette, 4行目dipinto, lieto, 5行目moneta, incassata 6行目tavolo, trattiene, 7行目vita, 8行目vasta, tuo, fazzoletto と後半第二連のほうにより頻出する。

この詩で tの音とともに頻出するのは、vの音である。1,2行目こそないものの、3行目valva, vepsero, 4行目vulcano, 5行目lava, 6行目tavolo, 7行目vita, sembrava, 8行目vasta, breve である。

このtとvの頻出にはどんな意味があるのだろう? 僕は、モンターレがこの詩にvita (生命、生活) を埋め込んだのだと思う。この詩に出てくるコインを埋め込んだ溶岩のみやげ物のように、彼は、v と t (vita) を詩に散りばめて埋め込んだのだ。

彼女は遠くにいる。時代は暗い。そして、彼の詩の原稿がみやげ物によって抑えつけられていることに象徴されるように、詩や芸術は、人生の表象、再現に過ぎない。ある意味では、人生の代償行為とも言えるものだ。ではあるが、人生の断片を表現、再現することが出来る、とも言えるのだ。これしか出来ないと取るか、これが出来ると取るかである。

そういった意味で、彼の芸術論、詩論とも言える詩であり、シリーズのしめくくりにふさわしい詩と言えよう。

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2008年10月20日 (月)

Montale:《Mottetti XIX》

      モッテッティ XIX
   
春にその赤い
羽扇をふわふわと
脱ぎ捨てる葦(あし)、
溝の小道、黒い流れの
上に飛んでいるトンボ、
口に荷物をくわえて
あえぎながら家に戻る犬、
    
今日、ここには、見当たらないが
あそこの、照り返しが焼けつき、
雲が垂れ込んだ場所、いまや遠くなった
彼女の瞳を越えたところ、たった
二つの十字の光の束。
               時は過ぎていく。

    
(訳者妄言)
モンターレの連作のXIX。ダンテ・イゼッラのよると、モンターレの第二詩集Occasioni から第三詩集Bufera への移行する性格を示しているという。第二詩集では、無限に待つこと、そして瞬間的解放がうたわれていた。第三詩集では、クリツィアが世界形成者の役割を果たしている。
冒頭は葦(あし)の穂を羽扇(flabello)にたとえている。十字は苦しみの象徴である。

原文は、

La canna che dispiuma
mollemente il suo rosso
flabello a primavera;
la re'dola nel fosso, su la nera
correnti'a sorvolata di libellule;
e il cane trafelato che rincasa
col suo fardello in bocca,
   
oggi qui non mi tocca riconoscere;
ma la' dove il riverbero piu' cuoce
e il nuvolo s'abbassa, oltre le sue
pupille ormai remote, solo due
fasci di luce in croce.
                              E il tempo passa.

詩全体は、endecasillabi (11音節)だが、最終行は、7音節と5音節の2行に分かれている。1-3行目および7行目も7音節である。

韻は3,4行目のprimavera, nera, 10,11 行目の sue, due .

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2008年10月17日 (金)

Montale:《Mottetti XVIII》

  モッテッティ XVIII
     
鋏(はさみ)よ、あの顔を切らないでくれ、
空(から)になる記憶のなかにのみにある顔を、
耳を傾ける彼女の大きな顔を
永遠にぼやけたものにしないでくれ。
   
寒さが降りてくる...厳しい一撃が枝を払う。
傷ついたアカシアは自ら
蝉(せみ)の殻を
11月の初ぬかるみに振り落とす。

   
(訳者妄言)
記憶のなかのクリツィアの顔。それを切り落とすのは、時間という鋏(はさみ)である。そうした切断を、アカシアの木の枝払いと重ね合わせている。

原文は、

Non recidere, forbice, quel volto,
solo nella memoria che si sfolla,
non far del grande suo viso in ascolto
la mia nebbia di sempre.
   
Un freddo cala...Duro il colpo svetta.
E l'acacia ferita da se' scrolla
il guscio di cicala
nella prima belletta di Novembre.

それぞれの連は、3行の endecasillabi (11音節の詩行)と settenario (7音節詩行、4行目と7行目)から構成されている。1行目と3行目のvolto, ascolto  が韻を踏み、これらと3行目の ascolto は母音韻(assonante) となっている。

行中の単語ではあるが、5行目のcala と 7行目のcicala, 5行目のsvetta と8行目のbelletta が韻を踏む。

5行目の行末は、Renzo Laurano に宛てた手紙に記された初稿では、 Il guizzo par d'accetta. (斧によって震えたようだ)となっていたが、Laurano がguizzo を寒さと解釈し、モンターレは鋏・斧ととりたかったので、書き換えられた。モンターレがこの詩についてLauranoに宛てた3通の手紙は、Sulla poesia (Mondadori, 1976)の79-80ページに掲載されている。   

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2008年10月15日 (水)

Montale:《Mottetti XVII》

     モッテッティ XVII
    
蛙(かえる)が、まず音を再び出そうとする
藺草(いぐさ)や空がわだちをつける
沼で。熱の無い太陽がその松明(たいまつ)を消す
ところで、もつれたイナゴマメノキが
さらさらと鳴り、遅れて花々で
いまだに樹液を吸うカブトムシたちのブーンという
羽音、最後の音たち、田園の貪欲な
生命。一吹きで、
時は消え去る。黒スレートの空は
痩せこけた馬が、ひづめの火花を散らし、
押し寄せるのに備えている。
     
    
(訳者妄言)
エウジェニオ・モンターレの連作のXVII. この連作中珍しく、クリツィアが出てこず、二連あるいはそれ以上の連に分割されていない。

前半は、田園にうごめく生き物の羅列である。後半は、黒雲に覆われた空は、いまにも嵐がやってきそうだという描写。この詩が書かれたのは1938年で、第二次大戦という大きな嵐の前夜であった。

原文は、

La rana, prima a ritentar la corda
dallo stagno che affossa
giunchi e nubi, stornire dei carrubi
conserti dove spenge le sue fiaccole
un sole senza caldo, tardo ai fiori
ronzio di coleotteri che suggono
ancora linfe, ultimi suoni, avara
vita della campagna. Con un soffio
l'ora s'estingue: un cielo di lavagna
si prepara a un irrompere di scarni
cavalli, alle scintille degli zoccoli.

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2008年10月11日 (土)

Montale: 《Mottetti XVI》

    モッテッティ XVI
    
崖の縁に
連なる花
忘るな草は、
君と僕との間にかかる空間より
幸せな色でも、明るい色でもない。
   
軋(きし)る音が驀進し、我らを遠ざける
頑なな青は、再び現れない。
ほとんど目に見える蒸し暑さのなかで、
すでに暗い反対の行程に僕を運ぶ、ケーブルカー。

 
(訳者妄言)
モンターレの連作のXVI. 離れた恋人への思いを、異なった瞬間の異なった表情で表現している。

第一連は、視覚的、色彩的な情景であり、第二連は、音、触覚(蒸し暑さ)があって、最後に視覚(暗さ)のなかを突き進むケーブルカーが登場する。

忘れな草は、普通は、nontiscordardime' なのだが、微妙に異なった形をモンターレはしているので、忘るな草(牧野富太郎が、この名前を主張したそうである)という別名をあてた。

原文は、

Il fiore che ripete
dall'orlo del burrato
non scordarti di me,
non ha tinte piu' liete ne' piu' chiare
dello spazio gettato tra me e te.

Un cigoli'o si sferra, ci discosta,
l'azzurro pervicace non ricompare.
Nell'afa quasi visibile mi riporta all'opposta
tappa, gia' buia, la funicolare.

3行目、5行目のme, te が韻を踏み、4行目、7行目、9行目のchiare, ricompare, funicolare が韻を踏み、 6行目、8行目のdiscosta, opposta が韻を踏んでいる。片方が行末ではなくて、行中であるが、1行目のripete と3行目のliete は韻を踏んでいる。

1行目から3行目は、1行が短く7音節(settenari )であり、4,5行目は、11音節(endecasillabi)となっている。

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2008年10月 7日 (火)

Montale:《Mottetti XV》

    モッテッティ XV
    
最初の明るさ、突然の
鉄道の音が、僕に
空と水の混じった一瞬の光景
に照らし出される岩山のトンネル
に閉ざされ走りぬける人、を語る;

最初の暗さ、
机を虫喰いにする
鑿(のみ)がその熱を
強化し、番人の
歩みが近づいてくる、
明るいのと暗いのと、まだ人間的なたゆたい、
もし君が、その強い糸とより合わせ続けるなら。


(訳者妄言)
エウジェニオ・モンターレの連作のXV. モンターレ家の別荘のあったチンクエ・テッレは現在は、世界遺産となり有名になったが、5つの小さな漁村が切り立った崖のちいさな隙間にへばりつくようにして存在している。5つの漁村を結ぶ鉄道は、トンネルの連続で、時折、一瞬、海と空が見えるのである。その情景を歌ったのが第一連。

そこへ暗さが訪れるというのは、夜の訪れであり、時代の暗さをも反映しているだろう。単なる夜ではなく、番人、誰かに見張られているような暗さなのである。

クリツィアへの思いに、明暗があるように、語り手をとりまく日々にも明暗がある。

原文は、

Al primo chiaro, quando
subitaneo un rumore
di ferrovia mi parla
di chiusi uomini in corsa
nel traforo del sasso
illuminato a tagli
da cieli ed acque misti;

al primo buio, quando
il bulino che tarla
la scrivania rafforza
il suo fervore e il passo
del guardiano s'accosta:
al chiaro e al buio, soste ancora umane
se tu a intrecciarle col tuo refe insisti.

1行目と8行目はanafora であり、かつ行末は同語で韻を踏んでいる。5行目, 11行目のsasso, passo  は韻を踏んでいる。7行目、14行目のmisti, insisti も韻を踏んでいる。

(追記)
quattro quattro さんのご指摘をうけ、第一連の訳文を改めました。

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2008年10月 5日 (日)

Montale: 《Mottetti XIV》

      モッテッティ XIV

吹き荒れるのは、塩か雹(ひょう)か? ホタルブクロを
虐殺し、香水木(レモンヴァーベナ)を根こぎにする。
水中の鐘の音ー君がそれを目覚めさせたのだがー
が、近づき、そして遠ざかる。
       
冥界のピアノラ(自動ピアノ)は、みずから
音域を加速させ、氷の領域に
登っていく...ー君が
「鐘のアリア」で、軽やかなトリルを用い
ラクメを演じるときのように輝く。
              
          
(訳者妄言)
エウジェニオ・モンターレのモッテッティ連作のXIV。音楽からの引用が多い。3行目の水中の鐘の音は、ドビュッシーのピアノ曲《前奏曲集I》のなかの「沈める寺」(Cathe'drale engloutie) . 自由ピアノにはさまざまな商品名がありピアノラはその一つである。ロール・ペイパーを用いて、演奏者なしで、ピアノから音がでるしくみ。ラクメは、ドリーブのオペラ『ラクメ』の女主人公で、「鐘のアリア」は彼女によって歌われるソプラノのアリア。この役は、とりわけ高音が多く、コロラトゥーラ・ソプラノの軽い声が適している。たとえばレコードでは、マド・ロバンがデッカに録音した《ラクメ》の全曲盤でその高音を軽やかに転がる声おを堪能することができる。

「沈める寺」は、ケルト伝説を踏まえている。それによるとイスの町は、富と快楽の町として栄えていたが、神の使者によって、水門を開かれ、水没してしまう。そこで、沈んだ教会、大聖堂が生じるわけだが、そこでは今でもミサが行われており、地上の人間が交誦すると町が一瞬浮かび上がり、また沈んでしまう、と言われている。(この伝説には細部の異なるさまざまなヴァージョンがあるようだ)。

オペラ《ラクメ》の主人公ラクメは、インドのバラモン僧の娘なのだが、辻歌いの娘に身をやつし、父の命じるままに歌を歌う。これがアリア「鐘の歌」であり、内容的にはパリア(賤民)の娘の物語歌である。

この詩に登場する音楽は、引用であり、かつ、この世ならぬ異界の音である。沈める寺の鐘の音、冥界のピアノラは明らかに、現実ばなれした音だが、《鐘のアリア》のラクメも、声域があまりに高い点で普通でないのと、オペラの登場人物としてのラクメは、イギリス統治下のインドの娘ということで、エキゾチックな存在である。

こうした現実と非現実が交差し、スパークするところに、クリツィアは瞬間的に立ち現れ、また消えていってしまうのだろう。

原文は、

Infuria sale o grandine? Fa strage
di campanule, svelle la cedrina.
Un rintocco subacqueo s'avvicina,
quale tu lo destavi, e s'allontana.
          
La pianola degl'inferi da se'
accelera i registri, sale nelle
sfere del gelo...-brilla come te
quando fingevi col tuo trillo d'aria
Lakme' nell'Aria delle Campanelle.

音としては2,3行目のcedrina , avvicina が押韻。5,7行目の se', te が韻を踏み、6,9行目のnelle, Campanelle も韻を踏む。8行目、9行目のaria は、前者がコロラトゥーラ・ソプラノの軽やかな声を形容する言葉なのに対し、後者はオペラのなかのアリアという意味である。
            

    

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2008年10月 3日 (金)

Montale:《Mottetti XIII》

   モッテッティ XIII

タールとヒナゲシの強い
輝きの中をすべり行くゴンドラ、
大量の綱から立ち上る
いつわりの歌、あなたの上で
閉じる門と群れをなして逃げる
仮面の笑いー

千のなかの一晩、私の夜は
より深い!あそこで生気を
欠いた絡まりが高揚し、ぐいっと
僕に活力を与え、僕を
岸辺で鰻取りに夢中の
漁師に等しくする。

(訳者妄言)
モンターレのモッテッティ連作のXIII. ヴェネツィアのカーニバルが舞台装置。いつわりの歌は、歌劇《ホフマン物語》のなかで、奇術師ダッペルトゥットが歌うアリアをさすと、詩人自身の註にある。

イゼッラの註によれば、鰻を取る漁師は、思い出をさぐる詩人と重ねあわせられている。

原文は、

La gondola che scivola in un forte
bagliore di catrame e di papaveri,
la subdola canzone che s'alzava
da masse di cordame, l'arte porte
rinchiuse su di te e risa di maschere
che fuggivano a frotte-

una sera tra mille e la mia notte
e' piu' profonda! S'agita laggiu'
uno smorto groviglio che m'avviva
a stratti e mi fa eguale a quell'assorto
pescatore d'anguile dalla riva.

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