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2008年8月 2日 (土)

モンターレ:クセーニャII 14

           14
    
洪水が、家具、書類、絵画を
水没させた。それらは、地下室に
二重に南京錠をかけて詰め込まれていた。
たぶんモロッコの赤皮は、必死で
戦ったろう、デュ・ボアの破壊された献辞、
エズラ・パウンドの鬚つきの封蝋、
アランのヴァレリー論、『オルフェオの歌』
の初版、そして鬚そり用の
ブラシ、何千ものがらくた、
お前の兄シルヴィオの楽譜。
10日、12日、軽油と糞尿の残忍な
腐食のもとで。きっと彼らはアイデンティティを
失う前に苦しんだに違いない。
私も、初めから、戸籍上の身分が不確かで
首まで沈殿物で覆われていた。
泥炭が私を閉じこめていたのではない、信じがたく
一度も信じられなかった現実の出来事が閉じこめていたのだ。
それらに直面する私の勇気は、お前に最初に
貸し与えられたものだが、たぶん、お前は知らなかった。

     
(訳者妄言)
エウジェニオ・モンターレ(1896-1981)の詩集 Satura 1962-1970 (1971) の中の連作  Xenia II の14.Xenia は長年連れ添ったパートナー、モスカに捧げる連作詩で、シリーズIとシリーズIIがあり、どちらも14の詩から構成されるが、この詩はXenia II の掉尾を飾る詩である。

洪水というのは、1966年にフィレンツェでアルノ河が氾濫し、町中が飲み込まれた災害のことである。地下室は、当然水浸しになってしまうわけで、そこに汚泥も流れ込む。高級な装丁のモロッコ皮の本も台無しになったが、彼らは必死に抵抗したろう、と語り手は想像する。

そこから、自分のアイデンティティにも言及しているが、戸籍上の身分というのは独身とか結婚しているということで、モンターレの場合、モスカが元人妻であったためか、同棲はしているが、モスカが死ぬ前年まで結婚はしていない。1933年から39年まではアメリカ人イルマ・ブランダイス(Irma Brandeis) との交際もあり、モンターレとモスカの関係が常にほのぼのと平穏だったわけでは決してない。

おしまいの4行の原文が、

Non torba m'ha assediato, ma gli eventi
di una realta' incredibile e mai creduta.
Di fronte ad essi il mio coraggio fu il primo
dei tuoi prestiti e forse non l'hai saputo.

とあるように、モンターレは現実が確かな手応えを持って感じられなかったようだ。このシリーズ、クセーニャII 7でも同じような現実感覚の欠如を語っている。しかし、その不確かな現実に立ち向かっていく勇気を貸し与えてくれたのはモスカであったのだ。

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