モンターレ:クセーニャ 13
お前の兄は夭逝した。お前は
髪がもしゃもしゃの子供で、肖像画の
楕円の中で、「ポーズを取って」私を見ている。
兄は音楽を書いたが、出版されず、聞くものもなく、
今はトランクの中に埋葬されているか、
古紙になってしまったかだ。ひょっとしたら、
誰かが、自分が書いたものはすでに書かれたものだと知らずに
再び作曲しているかもしれない。
お前以外には誰も彼のことを憶えていなかった。
わたしも調べはしなかった。今となっては無駄なこと。
お前の後、彼が存在していたという者は
私一人になった。が、ありうることだ、
なあ、亡霊を愛すること、われわれ自身が亡霊ということは。
死者についての想い、死者の想い出とは何か、という詩。モスカの兄の存在を知る人がいなくなったら、モスカの兄とは何であるのだろう。しかし、自分もそういう存在になるのだ。あるいは、すでにそうなっているのかもしれない。
モンターレの詩には、現世に存在している自分が、すでに(気づかぬうちに)亡霊のような存在になっているかもしれない、という感覚、認識が繰り返
されている。
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