ウンガレッティ:夜を徹す
夜を徹す
一晩中
殺され
歯をむき出しにし
口を
満月にむけている
仲間の脇に
身を横たえた
彼の腕の
鬱血(うっけつ)が
僕の沈黙に
入り込む
僕は愛に満ちた
手紙を書いた
これほど
生に執着したことは
今までなかった
チーマ・クヮットロ 1915年12月23日
(訳者妄言)
ウンガレッティの『アッレグリア』より。ウンガレッティは長期にわたって塹壕戦を実際に経験している。真冬に、死者に添い寝をするかのように過ごす。死後硬直、鬱血が伝わってくる。まさに死に接しているのである。そこで、生への執着が猛然と沸いてくる。
「身を横たえた」と訳したが、原文の冒頭5行は、Un'intera nottata/buttato vicino/a un compagno/massacrato/con la sua bocca/...と切れ目なく、「手紙を書いた」、まで続いていく。nottata と buttato で t の音が連なり、なおかつ二重子音でノッタータ、ブッタートと強い音になる。単に一晩中なら Un'intera notte でも良いわけだが、ここは音の激しさおよびbuttato との組み合わせで、nottata の必然性が出てくる。意味的にも、buttato は放り出されたまま、うち捨てられている感じが強く出ている。訳文では、意味のわかりやすさを優先して、音や印象の強さが犠牲になってしまった。
それに対し、おしまいの3行は、Non sono mai stato/tanto/attacato alla vita となり、ここでも t 音が繰り返されるのだが、冒頭にくらべ穏やか、なめらかである。一つには行替えが、冒頭では、文法的な受け係りを断ち切って、ぶつぶつ切れるのに対し、おしまいの3行では、Non sono mai stato と一行でまとまりがあって、普通におさまりが良いのである。
激しい非日常のひりひりする状況と、日常への愛着を語る場面では、語彙もリズムも、構文の切り方も、あざやかに、この上なく適切に変えているのだ。
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コメント
Ungarettiに魅了されました。ありがとうございました。
言葉にならないほど魅了されました。
投稿: figliagiglia | 2008年7月10日 (木) 10時03分
彼の腕の
鬱血が
僕の沈黙に
入り込む
僕は愛に満ちた
手紙を書いた
忘れられません!
投稿: figliagiglia | 2008年7月10日 (木) 10時08分
figliagiliaさん
こちらこそ、ありがとうございます。
ウンガレッティの世界、イタリアの現代詩に新しい世界を切り開いたという文学史的な意味合いだけでなく、今、読んでも新鮮ですね。
そして、叙情的です。
引用して下さった部分、死(死体)と添い寝してこそ、生への意欲、そして愛が内からあふれ出たのでしょう。簡潔な表現で、強烈に迫ってきます。
最後の3行は、僕自身は、プッチーニのオペラ『トスカ』のカヴァラドッシのアリア「星はきらめき」を思い起こされました。これもまた、死(処刑)を目前にして、生への執着を強く感じるという歌ですね。
投稿: panterino | 2008年7月11日 (金) 05時50分