マグレッリ:ティッセンー言葉なきもののために
Thyssen:per i senza parola
Continuano ad ardere come
come le lampade ad olio
ad olio della Bibbia.
‘’Che devo fare?’’, chiedeva.
Ma cosa fare quando
quando si e’ ormai sgusciati
sgusciati via dal corpo?
Erano usciti per sempre dalla loro custodia.
Continueranno ad ardere
Ardere per noi, stoppini
Stoppini di carne votiva.
‘’Non lasciatemi solo’’, sconguirava.
Bruciavano al dio del lavoro
lavoro di lingue di fiamma
di fiamma, di forza-lavoro.
ティッセン:言葉なき者のために
燃え続け、
あたかもオイル・ランプのように
聖書の油(オイル)の。
「何をすべきなのか?」と聞いていた。
しかし何をするのだ、
すでに、身体から
身体から滑り出してしまったら?
彼らは永遠にその保護下から出てしまった。
燃え続けるだろう
我々のために、芯が
誓願の肉の芯が。
「わたしを一人にしないで」と嘆願していた。
仕事の神に身を焼きつくす
炎の舌の仕事
炎の、力―仕事の。
ヴァレリオ・マグレッリの詩。この詩もローマの文学祭で発表されたもので、姉妹ブログと扱いが重複しています。テクストは新聞紙 Repubblicaから。
Valerio Magrelli は1957年ローマ生まれ。この詩は、2007年12月にトリノのティッセン(ティッセンクルップ)製鉄所で起こった火災事故で7人の労働者が死亡した事件を主題としているものと思われる。この事件では、ティッセンの工場の安全基準が不十分であった疑いが濃厚である。
詩は原文を見ると一目瞭然だが、行跨りになったものが、言葉を二度繰り返しているものが多い。1行目行末のcome と2行目冒頭のcome, 2行目行末の ad olio と3行目冒頭の ad olio, 間に一行の問いかけが入って、次の3行も同様で、5行目行末の quando と6行目冒頭の quando , 6行目行末のsgusciati と7行目冒頭の sgusciati。マグレッリは何故、繰り返すのか?
すべてのマグレッリの詩がこう書かれているわけではない。これは、言葉がなめらかに流れていかないための措置なのである。たどたどしく、言葉は、繰り返される。マグレッリ(語り手)は、怒りで言葉が喉につかえているのだと、僕は解釈した。言葉をかみしめながら、発していると取ることも出来るだろう。
上っ面のきれい事では済まされないのだという詩人の決意がうかがわれる。
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