ヴァレリオ・マグレッリ
鉛筆になることは、密かな野心
紙の上で、ゆっくり燃えて
別の新しい形を起こして
紙に残る。
こうして、肉体から痕跡へ
道具から、ほっそりした
思考の骨組みになる。
だが、こうした甘美な
消滅が、認められるとは限らない。
肉体のまま、没するものもいて、
すると、別離はよけいつらい。
タイトルは無い。ヴァレリオ・マグレッリ(Valerio Magrelli) は、1957年ローマ生まれ。この詩は、1980年に発表された『網膜の閉じられた時』から。
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コメント
素晴らしい! 感謝。若い詩人の詩に接する機会をこうしてもつことができるとは! しかも日本語がとても、素晴らしい。新たな途が、街が、ひらけてきました。
感謝いたします。
それから、お心遣いありがとうございました。
投稿: kudotomoko | 2008年6月 6日 (金) 23時40分
kudo tomokoさま
お褒めいただきありがとうございます。
kudo さま、mikotta さんが寄せてくださったコメント、ザンゾットをはじめとするイタリア現代詩への熱い関心に共感し、新聞記事だけでなく、イタリア現代詩をご紹介することにいたしました。
投稿: panterino | 2008年6月 7日 (土) 00時25分