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2008年6月 7日 (土)

ヴァレリオ・マグレッリ 4

このページは、空き部屋。
時折、壊れた椅子や
新聞をたばにして運びこみ、
隅に放る。他は何もない。
余ったものはここに置き、
使用との休戦のため、取っておく。
家の地平から出て、
澄んだ光のなかで没する前の
最後のモノの滞在所。

無題。Ora serrata retinae (1980) から。空き部屋は、発表前で消したり、書いたり、推敲中の原稿のメタファーかもしれない。あるいは、推敲は頭のなかで思案中で、脳のなかの推敲を実行している部分のメタファーなのかもしれない。

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Magrelli, Valerio (マグレッリ)」カテゴリの記事

コメント

書く.という行為についてたいへん啓発されます。そして連載式の訳行という行為もたいへん刺激的。印象深いものがあり、啓発されました。いろいろな試作、思索、詩作について考えさせていただいています。この詩と同様に、空間と時間の・・・詩業。

投稿: kudotomoko | 2008年6月 8日 (日) 15時23分

kudotomoko さま

おっしゃる通り、書く、思索する、詩作するというプロセスについて、いろんなことを考えさせられる詩ですね。

連載式の翻訳というのは、友人から、版権について、インターネット上の翻訳はほぼ問題がないと聞いて、思いつきました。
無論、翻訳書という本の形を否定するものではなく、それを補完する形の一つとして考えています。
文学の翻訳書は、小説も含め、すでに(本国や日本で)著名な作家は別として、出版社も二の足を踏みがちであるという事情もあります。

ご存じの通り、イタリアには、素晴らしい詩人が、今も昔もたくさんいるので、少しずつでもご紹介できれば幸いです。

投稿: panterino | 2008年6月 8日 (日) 17時44分

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