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2008年6月27日 (金)

ザンゾット:無題

Siccome un bel tacer non fu mai scritto
un bello scritto non fu mai tacere.
In ogni caso si forma un conflitto
al quale non si puo’ soprassedere.

Dell’ossimoro fatta la frittata
--tale fu la richiesta truffaldina--
si die’ inizio a una torbida abbuffata
Del pro e del contro in allegro manfrina.

Si’ parola, si’lenzio: infine assenzio.

良い沈黙は、書かれたことがないように、
良い文章は、黙っていることでは決してなかった。
ともあれ、そこに留まることのできない
葛藤を作り出すのだ。

撞着語法でできたオムレツ
――それが詐欺的要求だった――

そしてごちゃごちゃと大量の
賛成、反対が、陽気なマンフリーナ・ダンスのなかで始まった。

そう言葉、沈黙、ついにはアブサン。

                     

                          

(訳者妄言)

この詩は、姉妹ブログ「イタリアに好奇心」で扱いましたが、詩の技術的な解説は当ブログで展開すべきと考え、扱いが重複しています。

ザンゾット(Andrea Zanzotto)が2008年のローマの文学祭にヴィデオ参加した作品。(テクストは、新聞Repubbulica から)。ンゾットは1950年代に前衛的な言語を用いて詩壇に登場した。1963年のサングイネーティらのグルッポ63よりも10年ほど先行した試みだった。イタリアの詩の前衛は、20世紀初頭の未来派によるものがある。

この詩では、ザンゾットは文章と沈黙の間の矛盾、葛藤を歌いながら、第二連では、'fatta','frittata', 'truffadina', 'abbuffata'とfの音、tの音、aの母音が響く単語を次々と繰り出し、意味よりは音の重層性を重視しているように見える。そこで、意味は混沌とし、音が踊り出すのであろう。

最後も言葉遊びで、si' parola のあとに、si'lenzio とこれは沈黙(silenzio)という言葉に、si'(はい、という英語のyes に相当する言葉)を重ね合わせた綴り方になっている。

そのsi'lenzio と最後のassenzio が行内で韻を踏んでいる。

第一連、第二連の4行はそれぞれ、abab, cdcd の形で韻を踏み、最後の1行が内部韻である。ただし、先にのべたように第二連のcdは母音が重なっているため、似た韻が連続する感じを出して、たたみかける効果と意味を攪乱する効果を同時に出している。

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