2017年2月 1日 (水)

『ガリバルディ イタリア建国の英雄』

藤沢

藤澤房俊著『ガリバルディ イタリア建国の英雄』(中公新書、820円)を読んだ。

大変に面白かった。藤澤氏のものは、新書であれ、専門書であれ、独特の語り口を持っている (ご本人がスピーチをする際には一層それが際立つのだが、ここでは省略)。
本書で言えば、「はじめに」に現れているように差し出すエピソードの鮮やかさがまず第一に挙げられよう。ここで挙げられているのは、2つ。1つは、ガリバルディに関する教理問答(本来はカトリックの教えを問いと答えにまとめたもので、これはそのパロディに当たるわけだが、こういうものが存在していたこと自体が驚きである)
質問は ガリバルディとは誰ですか? 何人のガリバルディがいますか? どこにガリバルディはいますか?(正直なイタリア人のすべての心のなかにいます)などなど。ガリバルディを巡る問いは、カトリックの教理問答 における神を巡る問いによく似ているわけなのだ。
もう1つのエピソードは明治期におけるガリバルディ熱で、三宅雪嶺がガリバルディと西郷隆盛を比較したこと、与謝野鉄幹は「妻をめとらば才長けて」で始まる「人を恋ふる歌」の7番で
妻子を忘れて家をすて
義のため恥をしのぶとや
遠く逃れて腕を摩す
ガリバルヂイや今いかん
こうした巧みな導入に誘われ、ガリバルディを巡る人間模様に引き込まれていく。ガリバルディがシチリアに千人隊で乗り込んだのは、クリスピ(後の首相)らシチリアの民主主義者の要請に応じてであったこと。ガリバルディはマッツィーニの影響を受けた共和主義者だったのだが、かなり早い時点からヴィットリオ・エマヌエーレ2世に忠誠を誓っていること。カヴールは、ガリバルディのカリスマや戦闘能力を評価しながらも、自分の指示に従わない厄介者扱いもしていること。ヴィットリオ・エマヌエーレが宰相カヴールとガリバルディの板挟みになっている面があることなどが、場面、場面に応じて描かれる。
さらにガリバルディが戦術には長けていたが、シチリアの農民の要望には考えを巡らしていなかったことや、彼の女性関係も簡潔だが、ポイントを押さえて叙述される。1860年50代前半の英雄ガリバルディは、18歳の侯爵令嬢と電撃結婚をするが、この令嬢がなかなかの食わせ物だった。晩年、カプレーラ島で彼の身の回りの世話をし、彼の子供を複数宿すフランチェスカと結婚するために、侯爵令嬢との離婚(婚姻無効)を獲得すべく苦労している。
ガリバルディは前述のように明治時代の日本でも注目を浴びたが、ガリバルディ熱は日本に留学していた崔南善(チェナムソン)によって、韓国にまで伝えられている。

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2016年11月 1日 (火)

《エリオガバロ》

カヴァッリのオペラ《エリオガバロ》を観た(パリ、オペラ座ガルニエ)。

パリのオペラ座は2箇所あって、昔からオペラ座と言われていた方は、建築家の名をとってガルニエといい、新しい方は場所からバスティーユという。プログラムを見ると、演目名が並んでいて例えば《エリオガバロ》はガルニエで上演するが、《トスカ》はバスティーユで上演という具合だ。
オペラ座(ガルニエ)はナポレオン3世の時に建築が決定されたもので、建物はモニュメンタルに大きく、中は金ぴかというか絢爛豪華である。フォアイエも広い。
しかし、観客席はさほど多くはない感じだ。僕はたまたま指揮者の真後ろの席、補助席に座った。そのせいで、係りの人が指揮者の楽譜を持ってきた譜面が見えたのだが、バロックオペラでは珍しいことではないようだが、スコアと言ってもほとんどピアノ譜のようなもので、2、3段しかない。楽器の指定もない。
チェンバロが3台いて、リュートを弾く人が3人いた。リュートは向かって左に1人、右に2人なのだが、ちょっと複雑である。左の人は楽器を変えずリュートだけを引いていたのだが、右の2人はギターとリュートとテオルボ(大きなリュート)を何度も持ち替えていた。他にヴィオラ・ダ・ガンバもいて、この通奏低音奏者たちは指揮者に近いところをぐるっと囲んでいた。やや左奥に、ヴァイオリン。右奥にトランペット、その他の管楽器がいた。
もっと離れた席ではどう聞こえたのかわからないが、リュートがステレオで微妙にずれて聞こえてくるのは不思議な感じだった。彼ら(2人男で1人女)は細かいパッセージを奏でているが、直接楽譜にかかれているものではないのは、通奏低音の通例と言っても良いだろう。
指揮者が立っている時は譜面が見えないので確認はできなかったが、おそらくはあるメロディをヴァイオリンが弾いたり、管楽器が奏でたりするがその楽器指定は楽譜にあるのではなく、今回の楽譜を編纂した人、あるいは指揮者、あるいは奏者が選んだものではないかと思う。バロックの時代にはそれが通例だったようである。
カヴァッリの音楽は、モンテヴェルディ(カヴァッリはモンテヴェルディが楽長のもとでオルガニストを勤めていた)と比較すると、メロディが平らかで音楽の表情が穏やかで、どちらかというと旋律ラインをおぼえにくい。
演出は演劇やロックの演出をこれまでしてきたトマス・ジョリー。服装や舞台装置は蓋然的にローマ時代ということで違和感はなかったしレーザー光線の使用もなるほどというものだったが、レーザー光線の難点は、強い光なので目がくらんでしまいたとえばファジョーリの顔に金色の彩色がほどこされていたことが見えなくなってしまう、気がつかないということだ。あとでネットで画像を観て気がついたのである。ぼくの座席は一度目は最前列、二度目も10列以内だったから舞台から遠くはないので、遠いからではなく、まぶしい光のせいであったと思う。
歌手はタイトル・ロールがフランコ・ファジョリ。堂々たる舞台姿と歌であるが、曲自体にもっと超絶技巧を求める箇所があったらなどとないものねだりをしたくなる。アレッサンドロがポール・グリーヴズ。彼は、感情をこめて歌おうとする姿勢は悪くないのだが、時々音程が怪しいのがたまにキズ。ジュリアーノがサバドゥス。カウンターテナーで声量は大きくないがきれいな声で歌の様式にあう。それと対照的なのが女性歌手陣で、カウンターテナーと比較すると声は大きいのだが、歌の様式観に欠けるうらみがあるのだが、生身の女性が情感豊かに歌うと瞬間的にはカウンターテナーの歌を圧する感じになってしまうのだ。
今回の上演ではカウンターテナーは2人であったが、4人くらいカウンターテナーの方がよかったのではとも思えた。つまり女性役もカウンターテナーで歌の様式をそろえた方がよかったと思えた。女性歌手であれば、もう少しファジョーリやサバドゥスの歌と調和するような歌い方の歌手ならば、とも思ったが贅沢な要求かもしれない。
また、ガルニエの特性かもしれないが、歌手の声の反射音が聞こえず、すっと吸い込まれるようでカウンターテナーにとってはつらい劇場だろうと推察した。
しかしながら、メジャーな劇場では上演がまれなカヴァッリのオペラをシーズンのオープニングに持ってきたオペラ座の快挙は賞賛さるべきだと思う。ヨーロッパでは、ここまでバロック・オペラがオペラファンに浸透してきたのだとも言える。日本でも、来日歌劇場の演目、新国立の演目に変化が起こってもよいのではないだろうか。
 
 

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2016年8月31日 (水)

司教の言葉

イタリアの地震について司教の言葉が注目を浴びている(RAI).

アマトリーチェで国葬が行われたが、リエーティのドメニコ・ポンピーリ司教が、「人々を殺したのは地震ではない、むしろ人々のなした仕業である」との言葉を発した。
建築物の手抜き工事のことに言及したものと思われ、RAI3の討論番組でもその責任をどうチェックすべきかということなどが議論されていた。また、地震からの再建の過程で、復興資金がマフィアに回る恐れが大きいということも議論されている。
聖職者が地震の犠牲者を人災だとこれだけ明確に指弾したのは稀なことではないかと思われる。
これだけ書くとひどいことばかりのようだが、当地における消防や警察、ボランティアの働きは賞賛されているし、2ユーロずつ寄付して連帯しようという運動、アマトリチャーナを食べて寄付しようという運動も盛り上がりを見せており、RAI3の討論番組に出ていたダーチャ・マライーニも、イタリアの人々の素晴らしさを賞賛した上で、しかしながら、建物が責任を持って作られていれば、死ななくて良かった人がいることを考えると断腸の思いであり、その責任の所在を明らかにすべきだとしていた。

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2015年3月29日 (日)

夏時間

イタリアでは3月29日の午前2時に1時間時計の針が進められ、夏時間(l’ora legale)が始まった。期間は10月24日から25日の夜中まで。

その結果、日本との時差は7時間になった。

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2014年11月14日 (金)

須賀敦子翻訳賞

須賀敦子翻訳賞の授賞式がイタリア文化会館で開催された(東京、九段)。

この翻訳賞は今回創設されたのだが、以前にあったピーコ・デッラ・ミランドラ賞(2007年以来中断されていた)を受け継ぐものである。
受賞作品は2点で、いずれもピランデッロの短篇集。
  白崎容子、尾河直哉訳『ピランデッロ短篇集 カオス・シチリア物語』(白水社)
  関口英子訳『月を見つけたチャウラ ピランデッロ短篇集』(光文社)
ピランデッロの短篇は、短編だから人生の一コマを描いているのだが、そこにわれわれが生きている世界の不条理、不思議さ、時には滑稽さを容赦ない形で提出する。
授賞式はイタリア文化会館館長のジョルジョ・アミトラーノ氏の挨拶を含めすべてイタリア語、日本語を交互に(人によってイタリア語が先の人、日本語が先の人、順番がそれぞれ)本人が読み上げた。聴衆に日本人、イタリア人両方がいるからである。
アミトラーノ館長の挨拶のあと、松葉知子さんのピアノによるサティの演奏。竹下景子さんの須賀敦子作品の朗読。松葉さんのアルフレード・カゼッラ「9つの小品」より第5番パヴァーヌ。これはピランデッロの劇で用いられたらしいが、僕は初めて聞いた。2つの部分からなっていて、最初は静かながらも不協和音やシンコペーションでぎくしゃくとしたリズムを刻む部分がある。次は、リズムは規則的で、ややノスタルジックな曲想の、どこかドビュッシーの初期作品を想起させる部分からなっていた。
選考委員長の和田忠彦さんの総評。
いよいよ盾と副賞の贈呈。
そして最後は、受賞者が挨拶と受賞作品の一部を朗読した。
朗読のところだけは(竹下さんの場合も同じだが)日本語による朗読で、うしろのスクリーンにイタリア語の原文が写しだされた。適切な工夫だと感心した。
この賞が中断されることなく、20年、30年、いや50年、100年と続いていって欲しいと思う。

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2014年1月27日 (月)

Stefano Adami の『シエナのエズラ・パウンド』

ステファノ・アダミ(Stefano Adami)の Ezra Pound a Siena tra Accademia Chigiana e Monte dei Paschi (シエナのエズラ・パウンドーキージ音楽院とモンテ・デイ・パスキ銀行のはざまで)が出版された(出版社NIE,88ページ)
冒頭では、Pound への Pasolini によるインタビューが紹介されている。パウンドは
英米の金融資本主義に反対していた。Hugh Clifford Douglas や Silivio Gesell の反マルクス的社会主義に触発されているとされる。
しかし、パウンドが最も影響を受けたのは、シエナの銀行モンテ・デイ・パスキだった。民衆のための銀行という意味で、彼はそこに銀行の理想を見出した。いわゆる高利貸しでない銀行なのである。
またパウンドは愛人のオルガ・ラッジとともに音楽活動を展開しており、キージ音楽院と協力して、特にヴィヴァルディの手稿を発掘した。

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2013年12月 6日 (金)

ダンヌンツィオ展

ダンヌンツィオ展を観た(東京大学駒場博物館)。

会期が延長になり12月13日まで。思いがけず、多くのダンヌンツィオの遺品が展示されている。スーツや靴、カラー(取り外しのきく襟)。ダンヌンツィオの足は、小さくて、幅はとても細かった。あの靴では、たいていの日本女性でも幅がきついのではと思われるほどであった。
ダンヌンツィオは、日本に飛行機でやってくる計画も持っていたが、様々な事情(主としてフィウメの情勢の緊迫)で頓挫した。
日本人との交流もあった。彼の最後の家であるヴィットリアーレはヴィデオ映像も含め詳しく紹介されている。
入場は無料で、しかも充実したパンフレットがこれまた無料である。

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2013年6月29日 (土)

Calvino の展覧会

http://www.casadellarchitettura.it/mostre/in-viaggio-con-calvino-4/

小説家、批評家のイタロ・カルヴィーノの博覧会がローマで開かれている。
期間は、6月13日から10月15日まで。
場所は、ローマのテルミニ駅からほど近いCasa dell'Architettura.

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2013年1月12日 (土)

《皇帝ティトゥスの慈悲》

Tito_2799alニューヨーク・メトロポリタン歌劇場のライブ・ビューイングでモーツァルト作曲《皇帝ティトゥスの慈悲》を観た(東銀座・東劇)。

ライブ・ビューイングは前にも記したように、上演を録画したものを映画館で上映している。

《皇帝ティトゥスの慈悲》(イタリア語読みでは皇帝ティートとなる、原題はLa clemanza di Tito である)は、モーツァルトが生きていた時に、オーストリア皇帝の代替わりがあってその新皇帝の戴冠をことほぐ目的で作られた。
リブレット(脚本)はメタスタージオが書いたものが元である。このメタスタージオの脚本には50もの作曲家が曲をつけている。最初はカルダーラという作曲家のためにリブレットを書いたのだが、カルダーラ(1734), レオ(1735)、ハッセ(1735)、グルック(1752)、ガルッピ(1760)という具合で、さらにヴェルディが故郷ブッセートで作曲をならったフェルディナンド・プロヴェージも《皇帝ティトゥスの慈悲》を作曲している。プロヴェージは1770年生まれのパルマ出身の作曲家だったが、華やかな成功はおさめられなかった。
モーツァルトの《皇帝ティトゥスの慈悲》の台本は、元になったものはメタスタージオだが、カテリーノ・マッツォラとモーツァルト自身により改作されている。
ストーリーは、ヴィテッリアとセストというカップルが中心に展開する。ヴィテッリアは、皇帝ティトゥスが自分を妃に選ばなかったのを恨みにおもって、セストにティトゥスを殺してくれという。しかしセストは、ティトゥスの友人であり、ティトゥスに目をかけられているので、困惑し、悩む。
しかし、セストはヴィテッリアに惚れているので、ついには折れてティトゥス殺害を承諾する。ティトゥスはセルヴィリア(セストの妹)と結婚しようとするが、セルヴィリアはアンニオを愛していると告白する。ティトゥスはセルヴィリアを断念する。
再び、ヴィテッリアがセストにティトゥス殺害を命じ、セストが悩みながらも承諾して出発した直後に、ティトゥスが妃としてヴィテッリアを選んだという報せが来る。
セストはあやまって別の人間を刺すが、犯行が露見し、逮捕される。セストの処刑が間近にせまったところで、ヴィテッリアが自分が犯行を依頼したことを告白する。ティトゥスは呆れながらも皆を赦す。全員がティトゥスの慈悲をほめたためて幕。
ストーリーから判るように、オペラ・ブッファの登場人物とは人物構成も異なるし、登場人物の抱く感情も異なる。筆者は、昔は《フィガロの結婚》や《ドン・ジョヴァンニ》、《コシ・ファン・トゥッテ》の方がずっと面白いし、自分が感情移入したり出来て味わえると思っていたが、今回は、この曲の魅力を大いに感じることが出来た。
おそらくは、時代の感性が変わりつつあって、バロック・オペラやロッシーニのオペラ・セリアが取り上げられることが増えたので、観る側(聴く側)の感性がよりオペラ・セリアに開かれたこともあるだろうし、またそれによって、ヨーロッパの芸術が表現しようとするものは喜怒哀楽には限らないということが理解されるようになってきたということもあると思う。
セストなどは友情と義務と愛の間で揺れ動く。皇帝ティトゥスは自分の友人でかつ恩義を感じているのに、愛する女性から強く求められて彼を殺害することを決意するわけだ。音楽はあくまでノーブルな形式を保ちつつ、激しく揺れ動く感情をも表現している。そこが感動的である。
ティトゥスはティトゥスで、友に裏切られた苦悩や、その友の死刑判決に署名すべきかどうかで苦悶する。それもきわめてノーブルに描かれる。こういった描き方を白々しいと受けとめるか、様式美にのっとった美ととるかで、作品への評価が分かれてくると思う。筆者の場合、今回やっと作品の素晴らしさを感じた次第である。
演奏はセストがエリーナ・ガランチャ。ズボン役であるが、彼女は演技も歌も様式観がこの曲にぴったりで実に良かった。皇帝ティトゥス(ティト)はジュゼッペ・フィリアノーティ。彼も演技、歌ともに様式観に問題はない。早いパッセージの転がし方と、高音の輝きがかすかにもの足りないが、ないものねだりであろう。
ヴィッテリアはバルバラ・フリットリ。のりのよい演技で見せた。アンニオのケイト・リンジー、セルヴィリアのルーシー・クロウ、プブリオのオレン・グラドゥスもそれぞれに熱演。指揮はハリー・ビケットで、メトのオケにピリオド楽器的な奏法をさせ、つまり、ビブラートをかけず、フレーズの終わりをぱっと切ることによって、ロマン派以降の音楽とはまったく違う響きを現代オーケストラから引き出しており、リズムもきびきびとして好感が持てた。
演出もポネルのオーソドックスなもの。心の奥で、深い満足を感じる作品・上演であった。

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2012年12月17日 (月)

歌劇場をめぐる数字

052_120現在国と深く関わっている歌劇場関係の基金は14あるが、そのうち12の経営実態が紹介されている(12月17日、Corriere della Sera).

数字があげられていない2つは、1つは アレーナ・ディ・ヴェローナでその特殊性から数字をあげていない。またもう1つはローマのアカデミア・ディ・サンタ・チェチーリアでこちらはコンサート活動しか行っていない。
さてあげられているのは、バーリのペトルッツェッリ劇場、ボローニャのテアトロ・コムナーレ、カリアリのテアトロ・リリコ、フィレンツェのマッジョ・フィオレンティーノ、ジェノヴァのカルロ・フェリーチェ、ミラノのスカラ座、ナポリのサン・カルロ、パレルモのテアトロ・マッシモ、ローマのオペラ座、トリノのテアトロ・レージョ、トリエステのテアトロ・リリコ、ヴェネツィアのフェニーチェ座である。
上演回数は、この順に13, 45, 35, 40, 49, 108 (スカラ座), 68, 90, 78, 71, 45, 109(フェニーチェ座)である。
観客数(定期会員数)は、27,600(1,415), 43, 306(2,770), 39,266 (6,605), 64,162 (3862), 46,342 (4,071),  188, 336(8,073スカラ座), 38,564 (2574), 76,916 (4,844), 98,600(3,297), 102, 418 (12, 466), 46, 913(4,437), 64, 905 (2,295).
観客で劇場が埋まっている割合(%)
77%, 88%, 84%, 68%, 77%, 86%, 81%, 63%, 90%(ローマ), 87%, 69%, 89%.
売り上げ(千ユーロ以下四捨五入、2011年)
82万、228万、155万、340万、301万、2755万(スカラ座)、416万、222万、603万、561万、207万、450万。
2011年の決算で黒字なのは、ミラノ・スカラ座、ナポリのテアトロ・サン・カルロ、パレルモのテアトロ・マッシモ、ローマのオペラ座である。他は赤字。

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