2018年4月15日 (日)

コンサートのお知らせ

シエナの友人からコンサートのお知らせ。

シエナのキージ音楽院で、5月12日18時からバッハのコンサートがあるという。演奏は
Turin Baroque Orchestra と Ensemble  Sol Invictus でJ.S.バッハの音楽の捧げ物を演奏する。
1747年に5月17日に、プロシアのフリードリッヒ大王がバッハを長年招待していたのだが、やっとバッハがそれに応えた。バッハはテーマを与えられそれに基づき6声のフーガを作った。これは一種の論説のような音楽で、中身が濃い。
入場は無料だそうです。この時期、シエナにいらっしゃる方はどうぞ。

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2018年4月11日 (水)

『ベルルスコーニの時代』

村上信一郎著『ベルルスコーニの時代ー崩れゆくイタリア政治』(岩波新書)を読んだ。

274ページの新書であるが、非常に情報がきめ細かく読み応えがある。しかも、村上氏の書くものは他のものでもそうなのだが、政治学の専門家、イタリア政治の専門家でない者にはわからない可能性の高い言葉、人名には懇切丁寧な説明がついているので、いちいち辞書やインターネットで引く必要がない。それどころか、ややむずかしい漢字にはルビ(よみがな)が振ってあり、一般の大学生などにもとっつきやすいものとなっている。個人的には、漢字がやたらと平仮名に変わってしまうのには抵抗があり、最近の文庫、新書は少しずつ活字が大きくなっているので、ルビを振るのはとても良い考えだと思う。
肝心の中身であるが、第一章ではベルルスコーニがどう成り上がっていったかが事細かく描かれる。最初は不動産業者として、次にはテレビ業界の覇者として。
次の第2章が僕としては一番読み甲斐があった。ここで扱われるのは、ベルルスコーニだけでなくイタリア政界全体を巻き込んだP2と呼ばれるフリーメーソンの関わる事件なのだが、P2はイタリアの新聞などで現在でも言及されることが多いわりには、全体像を把握・理解することがとてもむづかしいのだ。今回、村上氏の痒いところに手がとどく懇切丁寧な叙述のおかげで自分の理解が大いに進んだ。P2というのはフリーメーソンの会所(ロッジャ)の1つなのだが、イタリアの政界・軍の重要人物が多く集まった極めて特殊な会所で、そこを舞台に、というかそこで出来た人脈を用いて、さまざまな陰謀や資金洗浄などの犯罪が企てられたのである。フリーメーソンの一般論をのぞいても、P2の話は出てこないので、これを理解するのはむずかしいのだ。また、このP2の人脈拡張のキーパーソンであったリーチョ・ジェッリ(なんとも鵺のような人物で面白い人物ではある)のバックグラウンドの説明も明快でかつ詳しい。
一般的なイタリア現代史といった類の本では1つのトピックをここまで掘り下げるのは叙述のバランスの点でむずかしいが、本書はベルルスコーニに焦点をあてているので、このようなことが可能になっているし、このP2と軍、警察やヴァチカン、そしてマフィアがどう関わっているのか複雑怪奇な関係がようやく飲み込めた気がする。
第3章のベルルスコーニが政界に進出することになった理由・背景も面白い。テレビ業界の経営がギリギリの所に追い詰められて打開策をもとめて政界に打って出たというのが村上氏の説明であり、説得力に富む。ベルルスコーニはイタリアの新聞でも、良くも悪くもベルルスコーニ中心に賛成・反対勢力が勝ったり負けたりしながらイタリア政界が20年を過ごしたと言われている。日本で言えば田中角栄が思い浮かぶだろうか。
第4章以下は、プローディらのオリーブの木とベルルスコーニ勢力との戦いの模様であるが、これもあらましは知っていたが、この本で新たに断片的な知識がこうつながっていたのか、という箇所がいくつもあった。イタリア政治を相当丁寧にフォローしていないと、個々の情報が断片でとどまり、情報どうしの連関が見えてこない場合が多いのだが、本書はそこの連関を見せてくれるのがありがたい。
ベルルスコーニに対して、イタリアの知識人がどういう反対の立場をとってか、どのような言葉・批判をしているかも丁寧に取り上げられている。
この本を読むと、イタリアの政治が腐っていて、崩壊していると思うかもしれないが、日本の政治、アメリカの政治、イギリスの政治等々がそんなに立派なものなのか?いやいや出鱈目なところがある、というのはNHKのBSニュースを見ているだけでもわかる。ベルルスコーニに関してきわめて特異と思われるのは彼がイタリアの主要民放をすべて間接的に所有して影響力を行使しているという点だ。ここまでのメディア王が首相になった国は例をしらない。
本書はイタリアおよびイタリアの歴史に関心のある人なら紐解いてみる価値があると思う。

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2017年2月 1日 (水)

『ガリバルディ イタリア建国の英雄』

藤沢

藤澤房俊著『ガリバルディ イタリア建国の英雄』(中公新書、820円)を読んだ。

大変に面白かった。藤澤氏のものは、新書であれ、専門書であれ、独特の語り口を持っている (ご本人がスピーチをする際には一層それが際立つのだが、ここでは省略)。
本書で言えば、「はじめに」に現れているように差し出すエピソードの鮮やかさがまず第一に挙げられよう。ここで挙げられているのは、2つ。1つは、ガリバルディに関する教理問答(本来はカトリックの教えを問いと答えにまとめたもので、これはそのパロディに当たるわけだが、こういうものが存在していたこと自体が驚きである)
質問は ガリバルディとは誰ですか? 何人のガリバルディがいますか? どこにガリバルディはいますか?(正直なイタリア人のすべての心のなかにいます)などなど。ガリバルディを巡る問いは、カトリックの教理問答 における神を巡る問いによく似ているわけなのだ。
もう1つのエピソードは明治期におけるガリバルディ熱で、三宅雪嶺がガリバルディと西郷隆盛を比較したこと、与謝野鉄幹は「妻をめとらば才長けて」で始まる「人を恋ふる歌」の7番で
妻子を忘れて家をすて
義のため恥をしのぶとや
遠く逃れて腕を摩す
ガリバルヂイや今いかん
こうした巧みな導入に誘われ、ガリバルディを巡る人間模様に引き込まれていく。ガリバルディがシチリアに千人隊で乗り込んだのは、クリスピ(後の首相)らシチリアの民主主義者の要請に応じてであったこと。ガリバルディはマッツィーニの影響を受けた共和主義者だったのだが、かなり早い時点からヴィットリオ・エマヌエーレ2世に忠誠を誓っていること。カヴールは、ガリバルディのカリスマや戦闘能力を評価しながらも、自分の指示に従わない厄介者扱いもしていること。ヴィットリオ・エマヌエーレが宰相カヴールとガリバルディの板挟みになっている面があることなどが、場面、場面に応じて描かれる。
さらにガリバルディが戦術には長けていたが、シチリアの農民の要望には考えを巡らしていなかったことや、彼の女性関係も簡潔だが、ポイントを押さえて叙述される。1860年50代前半の英雄ガリバルディは、18歳の侯爵令嬢と電撃結婚をするが、この令嬢がなかなかの食わせ物だった。晩年、カプレーラ島で彼の身の回りの世話をし、彼の子供を複数宿すフランチェスカと結婚するために、侯爵令嬢との離婚(婚姻無効)を獲得すべく苦労している。
ガリバルディは前述のように明治時代の日本でも注目を浴びたが、ガリバルディ熱は日本に留学していた崔南善(チェナムソン)によって、韓国にまで伝えられている。

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2016年11月 1日 (火)

《エリオガバロ》

カヴァッリのオペラ《エリオガバロ》を観た(パリ、オペラ座ガルニエ)。

パリのオペラ座は2箇所あって、昔からオペラ座と言われていた方は、建築家の名をとってガルニエといい、新しい方は場所からバスティーユという。プログラムを見ると、演目名が並んでいて例えば《エリオガバロ》はガルニエで上演するが、《トスカ》はバスティーユで上演という具合だ。
オペラ座(ガルニエ)はナポレオン3世の時に建築が決定されたもので、建物はモニュメンタルに大きく、中は金ぴかというか絢爛豪華である。フォアイエも広い。
しかし、観客席はさほど多くはない感じだ。僕はたまたま指揮者の真後ろの席、補助席に座った。そのせいで、係りの人が指揮者の楽譜を持ってきた譜面が見えたのだが、バロックオペラでは珍しいことではないようだが、スコアと言ってもほとんどピアノ譜のようなもので、2、3段しかない。楽器の指定もない。
チェンバロが3台いて、リュートを弾く人が3人いた。リュートは向かって左に1人、右に2人なのだが、ちょっと複雑である。左の人は楽器を変えずリュートだけを引いていたのだが、右の2人はギターとリュートとテオルボ(大きなリュート)を何度も持ち替えていた。他にヴィオラ・ダ・ガンバもいて、この通奏低音奏者たちは指揮者に近いところをぐるっと囲んでいた。やや左奥に、ヴァイオリン。右奥にトランペット、その他の管楽器がいた。
もっと離れた席ではどう聞こえたのかわからないが、リュートがステレオで微妙にずれて聞こえてくるのは不思議な感じだった。彼ら(2人男で1人女)は細かいパッセージを奏でているが、直接楽譜にかかれているものではないのは、通奏低音の通例と言っても良いだろう。
指揮者が立っている時は譜面が見えないので確認はできなかったが、おそらくはあるメロディをヴァイオリンが弾いたり、管楽器が奏でたりするがその楽器指定は楽譜にあるのではなく、今回の楽譜を編纂した人、あるいは指揮者、あるいは奏者が選んだものではないかと思う。バロックの時代にはそれが通例だったようである。
カヴァッリの音楽は、モンテヴェルディ(カヴァッリはモンテヴェルディが楽長のもとでオルガニストを勤めていた)と比較すると、メロディが平らかで音楽の表情が穏やかで、どちらかというと旋律ラインをおぼえにくい。
演出は演劇やロックの演出をこれまでしてきたトマス・ジョリー。服装や舞台装置は蓋然的にローマ時代ということで違和感はなかったしレーザー光線の使用もなるほどというものだったが、レーザー光線の難点は、強い光なので目がくらんでしまいたとえばファジョーリの顔に金色の彩色がほどこされていたことが見えなくなってしまう、気がつかないということだ。あとでネットで画像を観て気がついたのである。ぼくの座席は一度目は最前列、二度目も10列以内だったから舞台から遠くはないので、遠いからではなく、まぶしい光のせいであったと思う。
歌手はタイトル・ロールがフランコ・ファジョリ。堂々たる舞台姿と歌であるが、曲自体にもっと超絶技巧を求める箇所があったらなどとないものねだりをしたくなる。アレッサンドロがポール・グリーヴズ。彼は、感情をこめて歌おうとする姿勢は悪くないのだが、時々音程が怪しいのがたまにキズ。ジュリアーノがサバドゥス。カウンターテナーで声量は大きくないがきれいな声で歌の様式にあう。それと対照的なのが女性歌手陣で、カウンターテナーと比較すると声は大きいのだが、歌の様式観に欠けるうらみがあるのだが、生身の女性が情感豊かに歌うと瞬間的にはカウンターテナーの歌を圧する感じになってしまうのだ。
今回の上演ではカウンターテナーは2人であったが、4人くらいカウンターテナーの方がよかったのではとも思えた。つまり女性役もカウンターテナーで歌の様式をそろえた方がよかったと思えた。女性歌手であれば、もう少しファジョーリやサバドゥスの歌と調和するような歌い方の歌手ならば、とも思ったが贅沢な要求かもしれない。
また、ガルニエの特性かもしれないが、歌手の声の反射音が聞こえず、すっと吸い込まれるようでカウンターテナーにとってはつらい劇場だろうと推察した。
しかしながら、メジャーな劇場では上演がまれなカヴァッリのオペラをシーズンのオープニングに持ってきたオペラ座の快挙は賞賛さるべきだと思う。ヨーロッパでは、ここまでバロック・オペラがオペラファンに浸透してきたのだとも言える。日本でも、来日歌劇場の演目、新国立の演目に変化が起こってもよいのではないだろうか。
 
 

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2016年8月31日 (水)

司教の言葉

イタリアの地震について司教の言葉が注目を浴びている(RAI).

アマトリーチェで国葬が行われたが、リエーティのドメニコ・ポンピーリ司教が、「人々を殺したのは地震ではない、むしろ人々のなした仕業である」との言葉を発した。
建築物の手抜き工事のことに言及したものと思われ、RAI3の討論番組でもその責任をどうチェックすべきかということなどが議論されていた。また、地震からの再建の過程で、復興資金がマフィアに回る恐れが大きいということも議論されている。
聖職者が地震の犠牲者を人災だとこれだけ明確に指弾したのは稀なことではないかと思われる。
これだけ書くとひどいことばかりのようだが、当地における消防や警察、ボランティアの働きは賞賛されているし、2ユーロずつ寄付して連帯しようという運動、アマトリチャーナを食べて寄付しようという運動も盛り上がりを見せており、RAI3の討論番組に出ていたダーチャ・マライーニも、イタリアの人々の素晴らしさを賞賛した上で、しかしながら、建物が責任を持って作られていれば、死ななくて良かった人がいることを考えると断腸の思いであり、その責任の所在を明らかにすべきだとしていた。

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2015年3月29日 (日)

夏時間

イタリアでは3月29日の午前2時に1時間時計の針が進められ、夏時間(l’ora legale)が始まった。期間は10月24日から25日の夜中まで。

その結果、日本との時差は7時間になった。

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2014年11月14日 (金)

須賀敦子翻訳賞

須賀敦子翻訳賞の授賞式がイタリア文化会館で開催された(東京、九段)。

この翻訳賞は今回創設されたのだが、以前にあったピーコ・デッラ・ミランドラ賞(2007年以来中断されていた)を受け継ぐものである。
受賞作品は2点で、いずれもピランデッロの短篇集。
  白崎容子、尾河直哉訳『ピランデッロ短篇集 カオス・シチリア物語』(白水社)
  関口英子訳『月を見つけたチャウラ ピランデッロ短篇集』(光文社)
ピランデッロの短篇は、短編だから人生の一コマを描いているのだが、そこにわれわれが生きている世界の不条理、不思議さ、時には滑稽さを容赦ない形で提出する。
授賞式はイタリア文化会館館長のジョルジョ・アミトラーノ氏の挨拶を含めすべてイタリア語、日本語を交互に(人によってイタリア語が先の人、日本語が先の人、順番がそれぞれ)本人が読み上げた。聴衆に日本人、イタリア人両方がいるからである。
アミトラーノ館長の挨拶のあと、松葉知子さんのピアノによるサティの演奏。竹下景子さんの須賀敦子作品の朗読。松葉さんのアルフレード・カゼッラ「9つの小品」より第5番パヴァーヌ。これはピランデッロの劇で用いられたらしいが、僕は初めて聞いた。2つの部分からなっていて、最初は静かながらも不協和音やシンコペーションでぎくしゃくとしたリズムを刻む部分がある。次は、リズムは規則的で、ややノスタルジックな曲想の、どこかドビュッシーの初期作品を想起させる部分からなっていた。
選考委員長の和田忠彦さんの総評。
いよいよ盾と副賞の贈呈。
そして最後は、受賞者が挨拶と受賞作品の一部を朗読した。
朗読のところだけは(竹下さんの場合も同じだが)日本語による朗読で、うしろのスクリーンにイタリア語の原文が写しだされた。適切な工夫だと感心した。
この賞が中断されることなく、20年、30年、いや50年、100年と続いていって欲しいと思う。

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2014年1月27日 (月)

Stefano Adami の『シエナのエズラ・パウンド』

ステファノ・アダミ(Stefano Adami)の Ezra Pound a Siena tra Accademia Chigiana e Monte dei Paschi (シエナのエズラ・パウンドーキージ音楽院とモンテ・デイ・パスキ銀行のはざまで)が出版された(出版社NIE,88ページ)
冒頭では、Pound への Pasolini によるインタビューが紹介されている。パウンドは
英米の金融資本主義に反対していた。Hugh Clifford Douglas や Silivio Gesell の反マルクス的社会主義に触発されているとされる。
しかし、パウンドが最も影響を受けたのは、シエナの銀行モンテ・デイ・パスキだった。民衆のための銀行という意味で、彼はそこに銀行の理想を見出した。いわゆる高利貸しでない銀行なのである。
またパウンドは愛人のオルガ・ラッジとともに音楽活動を展開しており、キージ音楽院と協力して、特にヴィヴァルディの手稿を発掘した。

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2013年12月 6日 (金)

ダンヌンツィオ展

ダンヌンツィオ展を観た(東京大学駒場博物館)。

会期が延長になり12月13日まで。思いがけず、多くのダンヌンツィオの遺品が展示されている。スーツや靴、カラー(取り外しのきく襟)。ダンヌンツィオの足は、小さくて、幅はとても細かった。あの靴では、たいていの日本女性でも幅がきついのではと思われるほどであった。
ダンヌンツィオは、日本に飛行機でやってくる計画も持っていたが、様々な事情(主としてフィウメの情勢の緊迫)で頓挫した。
日本人との交流もあった。彼の最後の家であるヴィットリアーレはヴィデオ映像も含め詳しく紹介されている。
入場は無料で、しかも充実したパンフレットがこれまた無料である。

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2013年6月29日 (土)

Calvino の展覧会

http://www.casadellarchitettura.it/mostre/in-viaggio-con-calvino-4/

小説家、批評家のイタロ・カルヴィーノの博覧会がローマで開かれている。
期間は、6月13日から10月15日まで。
場所は、ローマのテルミニ駅からほど近いCasa dell'Architettura.

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