2022年9月19日 (月)

バイロイトの天気と食事

9月6日から9月18日までバイロイト・バロック・オペラ・フェスティヴァルに参加したわけだが、その間に天気は激変したので簡単に記す。

こちらに着いた時には、夏といってよく皆、半袖を着ていた。最高気温は26,7度あった。エアコンもつけた。

それが、15日くらいから急激に寒くなり、最高気温が12度や13度、最低は10度を切るようになって、長袖、セーターあるいは上着が当たり前となり、町ゆくひとの大半がダウンジャケットを着ている。よく言われることだが、北国では夏からいきなり冬がやってくるのだ。もちろん本格的な冬になればもっと寒いに違いないが、東京の感覚からすれば冬といってよい気温だ。また、毎日、雨が降るようになった。すぐに上がるのだが、一日に何度も小雨が降る。

食事についての特徴は塩味にあるかもしれない。ビールを飲んでちょうどよい加減なのか、少し塩辛目なのだ。ジェラートやケーキは、砂糖が多いということはなく、ケーキは果物がたっぷりで甘さ控えめであった。ケーキ屋の数自体は少ない。

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2022年9月12日 (月)

ドイツのマスク事情

1年ぶりにドイツにやってきたので、去年のコロナ対策との違いを記す。場所は去年も今年もバイロイトなので定点観測の1例としてご参考になれば幸いである。

ホテルにチェックインの際、今年は提示したのはパスポートのみで、コロナ以前と同じ。念の為言えば、PCR検査の結果やワクチン接種証明書は求められない。

去年は、スーパーマーケットでもマスク着用というレベルではなく、FFPマスク着用が義務であったが、今年はマスクなしで何の問題もなし。

劇場に関して言えば、去年はワクチン接種証明書とパスポートを示して、紙製の腕輪を巻いてもらうという「儀式」を毎日繰り返していたし、劇場に入る際にはマスク着用が求められ、かつ、上演中も係員が違反する人には(例えば鼻がはみ出ていても)注意していた。

今年は、マスクは義務ではなく、ざっと見たところ、マスクをしているのは観客の5%程度だ。もちろん、マスクをしていないからといって、係員に注意されることはない。案内係や切符のチェック員もマスクなしであった。ただし、緊急事態に備えて控えている救急隊はマスクを着用していた。また、テレビカメラのカメラマン(女性もいました)は全員マスクを着用していた。

教会での演奏会でも、観客の中に数人はマスク着用の人がいたが、大半はノーマスクで、もちろん係員から注意を受けることはなかった。

去年とは異なり、劇場や教会の座席にばつ印などが記されていることはなく、満席にまで客が座るシステムに戻っていた。空席の場合、単に売れていないか、切符を買った人の都合が悪くなったせいと考えられる。

座席に関して言えば、ドイツではないが、イスタンブール空港の搭乗口のベンチには、ばつ印が書いてあり、一人おきにしか座れないようになっていた。

今、ドイツで全員がマスクをしているのは、バスと列車の中である。バス停留所でマスクを着けて、乗り込むという感じで、街を歩くときには大半の人は着用していない。街歩きの時にもマスクを着用しているのは、高齢者が多いように思われた。

 

 

 

 

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2022年3月13日 (日)

メメント・モーリ

今年度も、もうあと二週間あまりとなった。この項は、まったく個人的な雑感・所感であることをお断りしておきます。

今年度の前半、日本にいたときに、Nさんという僕より10歳ほど若い友人の突然の死を知った。Nさんは京都、私は東京に住んでいたので、実際に会うのは年に数回であったが、バロック・オペラの愛好者、研究者という縁で、不定期にメールのやりとりをしていた。彼女のメールは非常に機知に富んでいて、毎回どこかで爆笑させられるのだった。だからNさんからのメールは楽しみだった。また、拙ブログに対する感想を述べてくれる極めて数少ない読者の一人でもあった。演奏会評などについても、そこが知りたかったので助かったとか、私が聴いた時はこうこうでした、といった情報交換や、さりげなく、僕の知らないことを教えてくれることもたびたびあった。精力的にヨーロッパのオペラ上演を見て回っておられたので、まさかの訃報であった。

8月にイタリアに来て、もうコロナも下火になってきたな、と思っていたところにオミクロンという新型が押し寄せてきた。周知のように、イタリアだけでなく、世界中に押し寄せたわけで、イタリア政府は3回目のワクチン接種を積極的に推進し、私もイタリアで3回目の接種を受けた。ワクチンに関しては、今回のワクチンがまったく新たなタイプのワクチンであることもあり、中長期的な懸念を表明している人もいることは承知している。言われてみれば、このタイプのワクチンを接種して20年、30年経過した人はいないわけで、将来どんな影響がたとえば免疫システムに対してあるか、ないかはデータがないのだから、わからないとしか言えないであろう。

オミクロンが大流行の間は、EU諸国の間の移動でもさまざまな制限が加わった。そのため当初予定していたヴィーンとマルタへの旅は断念した。海外で一人暮らしをしていて、コロナにかかったらどう対処すればよいのか、というのは一抹の不安があったが、ワクチンで重症化の可能性は低いと考え、食料や水の備蓄をするにとどめた。

3月に入って、研究会や委員会的な組織の活動でご一緒していたKさんが、昨年の11月に亡くなっていたことを知った。その訃報の情報から計算すると自分と2つしか歳が違わない。コロナになってから対面でお目にかかることがなくなり最後にいつ会ったのかは記憶にないのだが、病気がちという認識はまったくなかった(それを見せない人だったということなのかもしれないが)。

2月の末からはウクライナで戦争が始まり、3月13日時点で終わる気配はまったくない。昨日はフィレンツェのサンタ・クローチェ広場で平和を願う集会があり、2万人が集まったそうだが。

コロナ以来、当たり前だと思っていたこと、慣れ親しんでいたことには、見えなかった前提があり、その前提が崩れることによって、当たり前の風景が消えてしまうことを何度か経験した。

人間がこの世に存在していることも、思えばそういう面もある。長寿化とか、人生100年とか言われ、長寿の人が増えているのもたしかだ。しかしその一方で、50代、60代で亡くなる方もいる。人がこの世に生きていることは、生まれた以上当たり前のようでいて、必ずしも当たり前ではないのだ。明日は今日の続きのような気がしているが、そうとは限らない。死を忘れるな(メメント・モーリ)、という古くからの言葉が今年はいっそう身近に感じられる。

 

 

 

 

 

 

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2021年9月20日 (月)

コロナ時代のキス

コロナ時代のキスを目撃した。コロナ時代のキスという言い方も妙なものだが、これまでに目撃したことのなかったものなので、とりあえずこう呼んでおこう。一度はインスブルックで、オペラを観るために劇場に行った時。幕が上がる20分ほど前だったろうか、漠然と前方、舞台の方向を見ていると、60歳前後のカップルがやってきて座ったのだが、女性がいきなりマスクを下げて男性にキスをし、またマスクをつけた。劇場の客席であったし、わざわざマスクを下げて、キスをするという能動性が衝撃的であり感動的でもあった。彼らがどこから見ても若者でないことも。それでも家またはホテルに帰るまで我慢できない、と言うことなんでしょうね。

もう一つ。フィレンツェには近年トラム(路面電車)ができた。市の中心部と空港を往来する市電である。そこに2人の10代とおぼしき若者が座っていたのだが、トラムに乗る時は誰もがマスクをしている。彼・彼女もちゃんとマスクをして何か熱心に話していた。男の子がマスクをしたまま、女の子のマスクにキスをした。これは定義によってはキスと言えるのかどうか微妙だ。触れ合っているのは、彼のマスクと彼女のマスクであり、二人とも唇は出ていない。しかし気持ちから言えば彼・彼女はキスをしているのだと思った。それから数分後彼はまた同じ行為を繰り返した。彼女もそれに応えていた。

個人差があることは認めた上で言うのだが、日本人よりドイツ人、さらにイタリア人はボディ・ラングエッジを日常的に使う、いや使っていた。それがコロナで自由に使えなくなった不自由さは僕ら以上に痛切なものがあるのだと思う。だからマスクをつけている、つけることが求められる空間で、そのルールを突き抜けて愛の表現が新たに生まれている、そこに新鮮な驚きを感じた。

 

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2021年9月 1日 (水)

インスブルックからミュンヘン

インスブルックからミュンヘンへ移動する際に、山道をいく鉄道に乗った(この項、イタリアと関係ありません)。

インスブルックからバイロイトに移動する際に、まずミュンヘンを通過するわけだが、これには東周り(トンネルが多く、早い)と西周り(ローカル線で時間はかかる)があって、今回、西周りで行ってみた。8月末日だが、8時半で外気温は11度。時間が経過するにつれて12度、13度とはあがっていくが15度どまりで、肌寒い。ほとんどの人はヤッケをはおっている。

インスブルックからミュンヘンまで3時間かかるいわば鈍行だが、味わい深い面もあって、最初の一時間はアルプスの風景が車窓を流れていく。アルプスといっても高い山々というよりは、窓から数百メートルしたの谷間や家々や向かいの山、丘が見える。山登りを目的としている観光客の姿もちらほらみかける。

一時間ほどすると、平地に出た感じがした。やがて、ミュンヘン郊外の湖として名高いシュタンベルガーゼーのほとりに出た。ルートヴィッヒ2世(ここで死亡)や鷗外の名が浮かぶが調べてみると大きさは浜名湖ほどである。

そこから先はSバーンと併走し、ミュンヘンに入る。ちなみに、オーストリアのインスブルックでも、ドイツのミュンヘンでもグリーンパスのチェックはなかった(8月末日)。こういう情報は変わる可能性があるので注意が必要だ。イタリアでは9月1日から長距離列車ではグリーンパスの提示が必要になるはずだ。ただし、今回の車中でも、車掌も客も全員がきっちりマスクをしている。

切符について。日本でネットでインスブルックからバイロイトの切符を買っていたのだが、ドイツ鉄道のサイトで買った。その後、時刻表の変化によりミュンヘンでの乗り継ぎのための時間が数分しかなくなってしまい危ういという警告のメールが来た。しかしインスブルックの駅(オーストリア)では、この切符はドイツ鉄道の切符だから払い戻しは出来ないということで(前にもイタリア鉄道のサイトで買った切符で同じことを言われた)、結局、インスブルックーミュンヘン間は買い直した。旅行日があらかじめ決まっていて早めに買うと割引率は高いので、トントンだったかもしれない。ドイツ鉄道からの警告メールはなおも来ていて、元の電車はさらに遅延があって、ミュンヘンの乗り換えに五分遅れで間に合わなかったとのことだった。大昔はともかく近年はドイツ鉄道も結構遅延するし、イタリアの鉄道だからといって数時間遅延するということは珍しくなった。お互いEUで平準化しているということか。ドイツ鉄道はこのところ運転手のストで4分の1程度の間引き運転の可能性のアラートもちょくちょくある。外務省のたびレジに登録しておくとそういうお知らせも来るので便利だ。

 

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2021年8月22日 (日)

google 翻訳のカメラ入力

google 翻訳のカメラ入力について。

google 翻訳自体は、以前から知っていて、日本語訳などは物笑いの種だった。当然予想できることであるが、ヨーロッパ言語の場合、日本語訳よりは英訳のほうが精度が高い。同じインド・ヨーロッパ語族なので、文法構造や文化的背景の共通性があって置き換えやすいのだと思う。

それでも1年半ほど前はドイツ語から英訳でも初歩的なミスがあったのだが、最近のものは精度があがったように思う。

さらに今回知ったのは、カメラ入力である。これまで、ネット上のテクストをコピペしてドイツ語から英語にという形で使っていたのだが、

インスブルック古楽祭のプログラムには英訳部分がない(オペラのあらすじのみが例外)。スマホや iPad でgoogle 翻訳のカメラ入力を起動し、スキャンをかける(画面上の丸く浮かびあがるものを押すだけ)と、1,2秒で英訳ができあがる。非常に便利。くどいようだが、日本語訳より精度が高い。

リブレットのように文学的レトリックを駆使したものはどの程度の能力があるのかはわからない。そもそもドイツ語はその文学的表現をこちらが理解できないから、イタリア語のリブレットで試してみないとたしかなことが言えないが、それはまたあらためて。

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2019年8月16日 (金)

ミュンヘンのユダヤ博物館

ミュンヘンのユダヤ人博物館を見た。市の中心部マリーエン広場から歩いて5分ほど。

ミュンヘンのユダヤ人コミュニティーはさほど大きくはなかったようだ。

13世紀後半には200人程度。

19世紀後半には3500−4000人。

20世紀初めには11,000人に急増するがこれはロシアでのユダヤ人迫害のせいらしい。

博物館は展示が3フロアーあるのだがユダヤ人の歴史については地下の1フロアーのみ。あとの2フロアーはある芸術家の

作品を展示していた。

というわけで数年前に訪れたベルリンのユダヤ博物館とは比較にならないコンパクトさである。そもそも扱っている対象が

ミュンヘンのユダヤ人に限定されていて、ベルリンのそれがドイツのユダヤ人の歴史全体というのと方針が異なっている。

近所にシナゴーグがあったが中には入れなかった。博物館もシナゴーグも明らかに近年の建造物である。

 

 

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2019年3月 7日 (木)

ヘンデル・アカデミー修了コンサート

ヘンデル・アカデミー修了コンサートを聴いた(カールスルーエ、クリストス教会)。

修了コンサートは2日間あり、筆者は滞在期間の関係で1日目のみを聴いた。1日目は会場が教会で曲目も宗教曲が中心、2日目は別の場所でオペラが中心のようであった。ボニタティブスのマスタークラスでD.スカルラッティのファルサの指導を聴講したがそれは2日目のコンサートで上演されたはずで、マスタークラスの時は平服で、コンサートの時はそれなりに衣装や髪型を登場人物にあわせたはずなので観られなかったのは残念だ。スカルラッティのものは父のものも息子のものもオペラ作品を観る機会がなかなかないが、マスタークラスで見たその一部分はなかなか愉快なものだったからだ。オペラ・ブッファのご先祖という感じのものだった。またちなみにボニタティブスのマスタークラスにはカウンターテナーを4人みかけたがテノールはおらず、バスは1人しかいなかった。カウンターテナーはそのうち1人は日本人Hayato Masuda さん、1人は中国人である。その他の学生の国籍は多岐に渡っているようだった。
さて教会でのコンサートは、はじめがD.スカルラッティのソナタ、K287をオルガンで。2曲目はバッハのカンタータ「キリストは死の網目につながれたり」BWV4から「死に打ち勝てるものたえてなかりき」。ソプラノ、カウンターテナー、チェロとオルガンの演奏なのだが、同じメンバーで前日、音楽大学の教室で聴いたのと全く響きが違うことに驚愕した。当たり前といえば当たり前なのだが、同じメンバーで同じ曲なのに、演奏する空間による響きの違いがこれほど大きいとは。教会のほうがはるかに天井が高く残響が長い。だから、歌手としてはあまり個性がなく、ボーイ・ソプラノ的なビブラートのかからない声が美しく聞こえるのだと納得。
次はヘンデルの9つのドイツ・アリア集から「歌え、魂よ、神を讃えて」。ソプラノとヴァイオリン、チェロとチェンバロの構成である。ヴァイオリンは Kazue Hamadaさんという日本人女性であるが、Hamada さんの話でも、大学と教会ではまったく響きが違うので奏法も変えるとのことだった。つまり、教会ではわんわんと響くからビブラートはかけないとのこと。
次がドメニコ・スカルラッティのSalve regina でソプラノ、アルト、チェロ、オルガンだったが、このアルトを歌った Pauline Stohr さんは注目の存在。非常に深い声の持ち主なのだが、教会だと目立たず、むしろその美声は音楽大学の講堂や教室のほうが良く聞き取れるのだった。つまり、宗教曲を歌う歌手というよりは、よりオペラ歌手に彼女の特質は向いているのだと思われる。
以下同様に、バッハのカンタータやマタイ受難曲から「憐れみたまえ、わが神よ、滴りおつるわが涙のゆえに」、スカルラッティのソナタ、ヘンデルの9つのドイツ・アリアから2曲やヘンデルのIl trionfo del tempo e del disinganno から'Tu del ciel ministro eletto'などが演奏された。マタイの曲はやはり教会できくべき曲なのだと再確認。
演奏会に日本人演奏者は3人いた。バロック・ヴァイオリンで先にあげたKazue Hamada さんと Tetsuro Kanai さん、オルガンのMarie  Otakaさんが複数回演奏に加わりアンサンブルの妙を聞かせてくれた。
曲目が宗教曲が中心なので、オペラとの違いを感じたが、それと同時に、ヘンデルとバッハの曲想の違いも感じた。ヘンデルの方が、歌詞が宗教的になってもほがらかな印象で、バッハは深く心に沈潜するという傾向がある。むろん、共通する要素もあり、あえて言えばということなのだが。

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2019年3月 3日 (日)

ヘンデルのレクチャー

マスタークラスの教授たちによる座談会形式のレクチャーを聞いた(カールスルーエ、音楽大学)。

この日は司会がヘンデル音楽祭の芸術監督ミヒャエル・フィヒテンホルツの司会、スピーカはマスタークラスを教える歌手のデボラ・ヨークとアンナ・ボニタティブス。間にマスタークラス受講生の演奏が入ったが、演奏は、興味深いもので、同じメロディの再利用。ヘンデルはオペラとオラトリオで、全く同じメロディを使っているのだが、キャラクターが全然異なるのだ。片一方は愛する人だったかミューズだったかで、もう一方は意地悪な司祭なのだ。それを音楽的に表現するために、ボニタティブスの指導により、司祭の時には、スタッカートを多くシャカシャカした神経質な感じの伴奏にし、愛する人(あるいはミューズ)はフレージングの終わりを少し伸ばして優しげにするという工夫をしていた。なるほど、である。古楽器だからこうという教条的な態度ではなく、性格の描き分けも考えるのは言われてみれば特にオペラでは肝心なことである。

 司会者からの質問で、演出家に台本にはないような妙な演技をしろと言われたらどうするかと尋ねられ、ボニタティブスは、2つの場合があると答えていた。1つは、演出家がちゃんとリブレットを読んでいる場合。ボニタティブスはイタリア人で大抵の台本はイタリア語で書かれているので、細かいニュアンスまで理解できると本人が述べていたし、それはマスタークラスでも明らかでそれに基づきレチタティーヴォの丁寧な指導があった。もし、演出家がリブレットを読んだ上で、新しい可能性を追求しているならできる限りのことはする。そうでない場合は、あなたがやっていることにはこういうリスクがあるが、と問いただした上で最終的に応じる場合は応じるとのことだった。

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ツェンチッチ・リサイタル

カウンターテナー歌手ツェンチッチのヘンデル・リサイタルを聴いた(カールスルーエ)。

オケはドイツ・ヘンデル・ゾリステン。指揮はペトルゥ。
曲目はまずヘンデルのコンチェルト・グロッソの1番。これには驚いた。
ヘンデル演奏のイメージがガラッと変わった。古楽器演奏によるヘンデルには慣れているつもりなのだが、彼の指揮は掴み方が大きく、アクセントのつけ方が大胆。例えばチェロなどある音形、フレーズをスタッカートばかりで弾き、その動きを際立たせる。1楽章はスピード感重視なので、コンサートミストレスは限界まで忙しく弓を動かす。しかしそれによって初めて見えてくる音の情景がたしかにある。
緩徐楽章は、優雅にエレガントにゆったり演奏すると、それがまた映える。
自分の中に、ヘンデルの作品の中ではコンチェルト・グロッソはやや平板な曲というイメージがあったのだが、見事に吹き飛んだ。
ここでツェンチッチ登場。CDのジャケットなどでは極彩色の派手なジャケットを着た写真を見慣れていたのでどんな衣装かと思ったら、黒のヘチマエリのタキシードにプレーンな白のシャツでノーネクタイ。靴もエナメルだが黒で、非常にシックでシンプルであった。
歌の1曲目は、ヘンデルのオペラ《エジプトのジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー=ユリウス・カエサル)》から’Dal ondoso periglio..aure, deh, per pieta''
静かな曲を嫋嫋と歌い上げる曲で、ツェンチッチの最も得意とするタイプの曲だ。ツェンチッチは、普通の歌手が歌うと平凡でつまらない曲に聞こえかねない地味な曲(テンポがスローで、派手なアジリタがない)の隠れた魅力を引き出すのが実に巧み、この人以上にその点で秀でてる人がいるのかと思うくらいだ。
 次は同オペラから'Empio, diro', tu sei'.
   このリサイタルは、ヘンデルの同時代のカストラート歌手セネジーノが初演した曲を集めたものらしい。
 次はオケで、ジャン・フィリップ・ラモー(1683ー1764)の「優雅なインドの国々」からの組曲(1735)。これも、ペトルゥの指揮は、目が覚めるような大胆かつ鮮やかでエクサイティングなものだった。フランス風の優雅さというイメージを払拭するような太鼓の激しい連打、ダイナミックなリズム、アラブ音楽的な響きも感じられ、ウルトラモダンな音楽だと感じた。これまでもチェンバロで聴くと斬新さを感じるのだがオケでここまで斬新なものは筆者は初めてだった。
 再びツェンチッチ登場でオペラ《フロリダンテ》から'Se dolce m'era gia'.舟歌風のゆったりしたリズム、テンポにのせて、「あなたと一緒に生きていたのは幸せだったから、死ぬのはもっと幸せ」と切々と歌うアリア。ツェンチッチの情感の込め方には雑なところが皆無で、ビブラートの1つ1つ、声の表情の明暗、強弱全てを完全にコントロールして表現の完璧を目指しているようだった。
ついで《ロデリンダ》から’Se fiera belva ha cinto'. これは元気の良い曲でアジリタの披露もある曲。安易な比較は意味がないと思うが、今回、《セルセ》上演に際しても気がついたことなのであるが、ファジョーリとツェンチッチを比較すると、アジリタの回転(フィギュアスケートでいう何回転ジャンプみたいなものか)はファジョーリの方が早く回る。ツェンチッチのアジリタはブレがなく端正。劇場で気がついたのは、ツェンチッチはメロディが平かな部分では出そうと思えばカウンターテナーとは思えない声量が溢れ出てくるということだ。ファジョーリは声量は通常のカウンターテナー並みと考えて良いかと思う。筆者は、二人の絶対的な優劣をつけたいなどと考えているわけでは毛頭ない。どちらも、心底素晴らしい敬愛するアーティストだ。ツェンチッチは、埋もれた作品、埋もれたアリアを発掘してプロデュースする才能を備えており、ファジョーリはよりスター性の強い存在であると言えるかもしれない。
 ここで休憩が入る。
 後半は《トロメオ》から’Still amare', 《オルランド》から'Cielo, se tu consenti'.
その後、オケでグルックの《オーリッドのイフィジェニー》からの組曲。グルックも普段は平かな曲想が多いと思っていたが、随分メリハリが効いていた。再び、ツェンチッチが登場で, 《オットーネ》から’Dopo l'orrore' そして最後が《アレッサンドロ》の'Vano amore'. これは叙情性とアジリタのある激情性を兼ね備えた実に聞きごたえのある曲であり、ツェンチッチもテクニックと叙情性の限りを尽くし満場の拍手。
アンコールは、《セルセ》のアルセメーネのアリア’Amor, tiranno amor'であった。ロミルダが条件付きでセルセの求婚を受け入れた(受け入れざるを得なかった)ことを知って絶望し、嘆くアリアである。ツェンチッチは、今までとは一段階ギアチェンジをしたようにフルヴォイスで、切々と歌い上げる。こちらがたじたじとなるような詠嘆の歌。通常であるならば、ヘンデルの様式からは云々と注文もいれたくなるところだが、この日のツェンチッチの歌には、そういう様式感とか(それを知悉している彼であることは言うまでもない)、バランスとかテクニック上のカテゴリーが無化される歌だった。非難の意味ではないのだが、何か毒気に当てられたというか、聞いてはいけないものを聞いてしまったような、 異様の感があった。魂自体が、叫んでいるかのような歌。これはバロックなのか。これもバロックなのだ(ろう)。うまく答えが出せないものを、ズンと突きつけられた。怖い歌手である。
 

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