2019年8月16日 (金)

ミュンヘンのユダヤ博物館

ミュンヘンのユダヤ人博物館を見た。市の中心部マリーエン広場から歩いて5分ほど。

ミュンヘンのユダヤ人コミュニティーはさほど大きくはなかったようだ。

13世紀後半には200人程度。

19世紀後半には3500−4000人。

20世紀初めには11,000人に急増するがこれはロシアでのユダヤ人迫害のせいらしい。

博物館は展示が3フロアーあるのだがユダヤ人の歴史については地下の1フロアーのみ。あとの2フロアーはある芸術家の

作品を展示していた。

というわけで数年前に訪れたベルリンのユダヤ博物館とは比較にならないコンパクトさである。そもそも扱っている対象が

ミュンヘンのユダヤ人に限定されていて、ベルリンのそれがドイツのユダヤ人の歴史全体というのと方針が異なっている。

近所にシナゴーグがあったが中には入れなかった。博物館もシナゴーグも明らかに近年の建造物である。

 

 

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2019年3月 7日 (木)

ヘンデル・アカデミー修了コンサート

ヘンデル・アカデミー修了コンサートを聴いた(カールスルーエ、クリストス教会)。

修了コンサートは2日間あり、筆者は滞在期間の関係で1日目のみを聴いた。1日目は会場が教会で曲目も宗教曲が中心、2日目は別の場所でオペラが中心のようであった。ボニタティブスのマスタークラスでD.スカルラッティのファルサの指導を聴講したがそれは2日目のコンサートで上演されたはずで、マスタークラスの時は平服で、コンサートの時はそれなりに衣装や髪型を登場人物にあわせたはずなので観られなかったのは残念だ。スカルラッティのものは父のものも息子のものもオペラ作品を観る機会がなかなかないが、マスタークラスで見たその一部分はなかなか愉快なものだったからだ。オペラ・ブッファのご先祖という感じのものだった。またちなみにボニタティブスのマスタークラスにはカウンターテナーを4人みかけたがテノールはおらず、バスは1人しかいなかった。カウンターテナーはそのうち1人は日本人Hayato Masuda さん、1人は中国人である。その他の学生の国籍は多岐に渡っているようだった。
さて教会でのコンサートは、はじめがD.スカルラッティのソナタ、K287をオルガンで。2曲目はバッハのカンタータ「キリストは死の網目につながれたり」BWV4から「死に打ち勝てるものたえてなかりき」。ソプラノ、カウンターテナー、チェロとオルガンの演奏なのだが、同じメンバーで前日、音楽大学の教室で聴いたのと全く響きが違うことに驚愕した。当たり前といえば当たり前なのだが、同じメンバーで同じ曲なのに、演奏する空間による響きの違いがこれほど大きいとは。教会のほうがはるかに天井が高く残響が長い。だから、歌手としてはあまり個性がなく、ボーイ・ソプラノ的なビブラートのかからない声が美しく聞こえるのだと納得。
次はヘンデルの9つのドイツ・アリア集から「歌え、魂よ、神を讃えて」。ソプラノとヴァイオリン、チェロとチェンバロの構成である。ヴァイオリンは Kazue Hamadaさんという日本人女性であるが、Hamada さんの話でも、大学と教会ではまったく響きが違うので奏法も変えるとのことだった。つまり、教会ではわんわんと響くからビブラートはかけないとのこと。
次がドメニコ・スカルラッティのSalve regina でソプラノ、アルト、チェロ、オルガンだったが、このアルトを歌った Pauline Stohr さんは注目の存在。非常に深い声の持ち主なのだが、教会だと目立たず、むしろその美声は音楽大学の講堂や教室のほうが良く聞き取れるのだった。つまり、宗教曲を歌う歌手というよりは、よりオペラ歌手に彼女の特質は向いているのだと思われる。
以下同様に、バッハのカンタータやマタイ受難曲から「憐れみたまえ、わが神よ、滴りおつるわが涙のゆえに」、スカルラッティのソナタ、ヘンデルの9つのドイツ・アリアから2曲やヘンデルのIl trionfo del tempo e del disinganno から'Tu del ciel ministro eletto'などが演奏された。マタイの曲はやはり教会できくべき曲なのだと再確認。
演奏会に日本人演奏者は3人いた。バロック・ヴァイオリンで先にあげたKazue Hamada さんと Tetsuro Kanai さん、オルガンのMarie  Otakaさんが複数回演奏に加わりアンサンブルの妙を聞かせてくれた。
曲目が宗教曲が中心なので、オペラとの違いを感じたが、それと同時に、ヘンデルとバッハの曲想の違いも感じた。ヘンデルの方が、歌詞が宗教的になってもほがらかな印象で、バッハは深く心に沈潜するという傾向がある。むろん、共通する要素もあり、あえて言えばということなのだが。

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2019年3月 3日 (日)

ヘンデルのレクチャー

マスタークラスの教授たちによる座談会形式のレクチャーを聞いた(カールスルーエ、音楽大学)。

この日は司会がヘンデル音楽祭の芸術監督ミヒャエル・フィヒテンホルツの司会、スピーカはマスタークラスを教える歌手のデボラ・ヨークとアンナ・ボニタティブス。間にマスタークラス受講生の演奏が入ったが、演奏は、興味深いもので、同じメロディの再利用。ヘンデルはオペラとオラトリオで、全く同じメロディを使っているのだが、キャラクターが全然異なるのだ。片一方は愛する人だったかミューズだったかで、もう一方は意地悪な司祭なのだ。それを音楽的に表現するために、ボニタティブスの指導により、司祭の時には、スタッカートを多くシャカシャカした神経質な感じの伴奏にし、愛する人(あるいはミューズ)はフレージングの終わりを少し伸ばして優しげにするという工夫をしていた。なるほど、である。古楽器だからこうという教条的な態度ではなく、性格の描き分けも考えるのは言われてみれば特にオペラでは肝心なことである。

 司会者からの質問で、演出家に台本にはないような妙な演技をしろと言われたらどうするかと尋ねられ、ボニタティブスは、2つの場合があると答えていた。1つは、演出家がちゃんとリブレットを読んでいる場合。ボニタティブスはイタリア人で大抵の台本はイタリア語で書かれているので、細かいニュアンスまで理解できると本人が述べていたし、それはマスタークラスでも明らかでそれに基づきレチタティーヴォの丁寧な指導があった。もし、演出家がリブレットを読んだ上で、新しい可能性を追求しているならできる限りのことはする。そうでない場合は、あなたがやっていることにはこういうリスクがあるが、と問いただした上で最終的に応じる場合は応じるとのことだった。

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ツェンチッチ・リサイタル

カウンターテナー歌手ツェンチッチのヘンデル・リサイタルを聴いた(カールスルーエ)。

オケはドイツ・ヘンデル・ゾリステン。指揮はペトルゥ。
曲目はまずヘンデルのコンチェルト・グロッソの1番。これには驚いた。
ヘンデル演奏のイメージがガラッと変わった。古楽器演奏によるヘンデルには慣れているつもりなのだが、彼の指揮は掴み方が大きく、アクセントのつけ方が大胆。例えばチェロなどある音形、フレーズをスタッカートばかりで弾き、その動きを際立たせる。1楽章はスピード感重視なので、コンサートミストレスは限界まで忙しく弓を動かす。しかしそれによって初めて見えてくる音の情景がたしかにある。
緩徐楽章は、優雅にエレガントにゆったり演奏すると、それがまた映える。
自分の中に、ヘンデルの作品の中ではコンチェルト・グロッソはやや平板な曲というイメージがあったのだが、見事に吹き飛んだ。
ここでツェンチッチ登場。CDのジャケットなどでは極彩色の派手なジャケットを着た写真を見慣れていたのでどんな衣装かと思ったら、黒のヘチマエリのタキシードにプレーンな白のシャツでノーネクタイ。靴もエナメルだが黒で、非常にシックでシンプルであった。
歌の1曲目は、ヘンデルのオペラ《エジプトのジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー=ユリウス・カエサル)》から’Dal ondoso periglio..aure, deh, per pieta''
静かな曲を嫋嫋と歌い上げる曲で、ツェンチッチの最も得意とするタイプの曲だ。ツェンチッチは、普通の歌手が歌うと平凡でつまらない曲に聞こえかねない地味な曲(テンポがスローで、派手なアジリタがない)の隠れた魅力を引き出すのが実に巧み、この人以上にその点で秀でてる人がいるのかと思うくらいだ。
 次は同オペラから'Empio, diro', tu sei'.
   このリサイタルは、ヘンデルの同時代のカストラート歌手セネジーノが初演した曲を集めたものらしい。
 次はオケで、ジャン・フィリップ・ラモー(1683ー1764)の「優雅なインドの国々」からの組曲(1735)。これも、ペトルゥの指揮は、目が覚めるような大胆かつ鮮やかでエクサイティングなものだった。フランス風の優雅さというイメージを払拭するような太鼓の激しい連打、ダイナミックなリズム、アラブ音楽的な響きも感じられ、ウルトラモダンな音楽だと感じた。これまでもチェンバロで聴くと斬新さを感じるのだがオケでここまで斬新なものは筆者は初めてだった。
 再びツェンチッチ登場でオペラ《フロリダンテ》から'Se dolce m'era gia'.舟歌風のゆったりしたリズム、テンポにのせて、「あなたと一緒に生きていたのは幸せだったから、死ぬのはもっと幸せ」と切々と歌うアリア。ツェンチッチの情感の込め方には雑なところが皆無で、ビブラートの1つ1つ、声の表情の明暗、強弱全てを完全にコントロールして表現の完璧を目指しているようだった。
ついで《ロデリンダ》から’Se fiera belva ha cinto'. これは元気の良い曲でアジリタの披露もある曲。安易な比較は意味がないと思うが、今回、《セルセ》上演に際しても気がついたことなのであるが、ファジョーリとツェンチッチを比較すると、アジリタの回転(フィギュアスケートでいう何回転ジャンプみたいなものか)はファジョーリの方が早く回る。ツェンチッチのアジリタはブレがなく端正。劇場で気がついたのは、ツェンチッチはメロディが平かな部分では出そうと思えばカウンターテナーとは思えない声量が溢れ出てくるということだ。ファジョーリは声量は通常のカウンターテナー並みと考えて良いかと思う。筆者は、二人の絶対的な優劣をつけたいなどと考えているわけでは毛頭ない。どちらも、心底素晴らしい敬愛するアーティストだ。ツェンチッチは、埋もれた作品、埋もれたアリアを発掘してプロデュースする才能を備えており、ファジョーリはよりスター性の強い存在であると言えるかもしれない。
 ここで休憩が入る。
 後半は《トロメオ》から’Still amare', 《オルランド》から'Cielo, se tu consenti'.
その後、オケでグルックの《オーリッドのイフィジェニー》からの組曲。グルックも普段は平かな曲想が多いと思っていたが、随分メリハリが効いていた。再び、ツェンチッチが登場で, 《オットーネ》から’Dopo l'orrore' そして最後が《アレッサンドロ》の'Vano amore'. これは叙情性とアジリタのある激情性を兼ね備えた実に聞きごたえのある曲であり、ツェンチッチもテクニックと叙情性の限りを尽くし満場の拍手。
アンコールは、《セルセ》のアルセメーネのアリア’Amor, tiranno amor'であった。ロミルダが条件付きでセルセの求婚を受け入れた(受け入れざるを得なかった)ことを知って絶望し、嘆くアリアである。ツェンチッチは、今までとは一段階ギアチェンジをしたようにフルヴォイスで、切々と歌い上げる。こちらがたじたじとなるような詠嘆の歌。通常であるならば、ヘンデルの様式からは云々と注文もいれたくなるところだが、この日のツェンチッチの歌には、そういう様式感とか(それを知悉している彼であることは言うまでもない)、バランスとかテクニック上のカテゴリーが無化される歌だった。非難の意味ではないのだが、何か毒気に当てられたというか、聞いてはいけないものを聞いてしまったような、 異様の感があった。魂自体が、叫んでいるかのような歌。これはバロックなのか。これもバロックなのだ(ろう)。うまく答えが出せないものを、ズンと突きつけられた。怖い歌手である。
 

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2019年3月 2日 (土)

ドイツ・ヘンデル・ゾリステン・コンサート

ドイツ・ヘンデル・ゾリステンのコンサートを聴いた(カールスルーエ、州立劇場第ホール)。

先日の室内コンサートは10人以下であったが、今日はフル・オーケストラかつ特殊な編成である。この日の中心部分はヘンデルのConcerto a due cori の第1番、第2番、第3番であり、これは直訳すると2つのコーラスの協奏曲となるのだが、合唱が登場するわけではない。オケの配置が左右対称になっていて、左側にオーボエ2、ファゴット2、ホルン2で右にも全く同じ人数。チェンバロも真ん中に左右1台ずつ。
つまりcori というのはこの場合、合唱ではなくアンサンブルなのだ。司会者によると、こういう形式はヴェネツィアのサンマルコ大聖堂で、合唱席のあっちとこっちで呼びかわす曲をガブリエーリらが作っていたのだという。
というわけで、この日は全体としてはファゴット4本、オーボエ4本、ホルン4本の大編成となっていた。呼びかわす場面もあるが、同時に吹くときもあり、相当な迫力(バロック時代の4管編成?!だ、と思ったりした)、音圧を感じた。
最初の曲はシャルパンティエ(1643-1704)作曲2つのトランペットとオーケストラのための3つのマーチ。3番目の曲はよくきく曲だ。ティンパニーなどが出てきて、祝祭的である。
次は マラン・マレ(1656ー1728)のセメレからのダンス組曲。ヘンデルだけでなくセメレを題材として様々な曲が作られたわけだ。この組曲は、華やかな中に哀感が漂う瞬間もあり、明らかにドイツのバロックとは違う雅びな魅力を持っている。
ここで指揮者エルヴェ・ニケについて。この人はどことなく井上道義的なオーラを持っていて、非常に明晰な指揮なのだが、単に明晰なだけでなく、パーフォマンスが派手なのだ。入ってくるときも入って歩いている間に、一拍目が始まったり、曲が終わったときも、拍手より前にグート!とか自ら言うのだ。オケを賞賛しているのではあろうが。さらに思ったのは、指揮者というのは、オケに対して、テンポや表情の指示をしているわけだが、身振りによっていま演奏している楽曲の性格を示すこともできるのだということを強く思った。攻撃的な曲なのか、穏やかな曲なのか、愛情を吐露する曲なのか、などなど。この人の指揮を見てると、ここが肝心なポイントだ、この楽器に注目といったことがすごくよく伝わってくる。こういうパフォーマー要素の強い指揮者もこれからより求め られるのだろうと思った。しかもマラン・マレの演奏は
オーボエ、ファゴットの響きも豊かで感銘を受けた。
三曲目は、ヘンデルのConcerto a due Coriの第2番。ホルンも4本(左右に2本ずつ)いて、豊饒なる世界だった。
ここで休憩。
後半はConcerto a due cori の第一番。これはホルンがない。マラン・マレのセメレからのシャコンヌ。最後は Concerto a due cori の第三番。
アンコールはなし。
Concerto a due cori はやはり生でオーケストラを見ながら聴かないと醍醐味がわかりにくいだろうと思った。その意味で今回これを聞けたのはラッキーだった。さらにマラン・マレーのフランス・バロックの魅力は(マラン・マレをFMやCDで聞いたことはあったが)初めての別次元の邂逅であった。マスタークラスでのルクレールと並び今日はフランス・バロックと出会う日出会った。
りにくいだろうと思った。その意味で今回これを聞けたのはラッキーだった。さらにマラン・マレのフランス・バロックの魅力は(マラン・マレをFMやCDで聞いたことはあったが)初めての別次元の邂逅であった。マスタークラスでのルクレールと並び今日はフランス・バロックと出会う日であった。

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マスターコース 

インターナショナル・ヘンデル・アカデミーのマスターコースを聴講した(カールスルーエ)。2日間に渡る受講だったが、同一講師によるものは1つにまとめて記述している。

いくつかのコースを聴講したが、まずはバロック・ヴァイオリンとチェンバロのデュオから。
ヴァイオリンは日本人女性で、《アルチーナ》の劇場で偶然お目にかかった。曲目はバッハのヴァイオリン・ソナタ6番、BWV1019。この教室の先生はチェンバロが専門で、チェンバロを中心に指導するとはいうものの、曲作りという点でヴァイオリンにもアドバイスはする。旋律の受け渡しがあって、ここではヴァイオリンの音量を控えめにとか、チェンバロが和音をつけながら伴奏しているのだが、通奏低音の骨格の例えばドソドというラインをきちんと出すようにと言った具合。メロディの美しさだけでなく、楽曲が展開していくときに、音が一見駆け回るがそれがどういうベースのラインを持っているかを表現させようとする。メロディと同時に曲の構造的美しさの表現を重視していた。
そのあと、アンナ・ボニタティブス氏の声楽の部屋へ。この日はすべての声域の生徒がヘンデルの《ジュリオ・チェーザレ》から自分の声域の曲を選んで歌っていたが、印象的であり、我が意を得たりと思ったのは、ボニタティブス氏がアリアもさることながら、レチタティーヴォ・アコンパニャートの部分を非常に丁寧に指導していたことだ。1つは発音、例えば affetto (アッフェット)のように f が二重子音である、tが二重子音であること、それは生徒だって見ればわかるわけだが、それが聴衆に伝わるように明晰に発音されねばならないのである。あるいは、bella (ベッラ)というごくごくありふれた単語をアポッジャトゥーラでベーーーーー-ーラとなるときの発音もその手前の節回しまで含めて何度も何度も指導して、最後にこれでよしとなったとき、ベッラという言葉の伝わりやすさ、分かりやすさ、響きの美しさが向上していることに心底驚いた。
 彼女の指導は無論、アリアの部分でも、例えばアジリタの多いアリアを歌うとき、あなたは歌い始めるときに緊張して口を閉じてしまっている。そこを直した方が良いなどど極めて具体的だ。さらには、装飾音に関しても、こういうやり方と別のこういうやり方があるけど、どっちがいいかと尋ね、それを決めたら変えちゃいけないわよ、という具合に実践的である。マスタークラスの学生は最後にクリストス教会で発表会があるのだが、その時はアリアを歌う場合、女性が少年の役だったり、お母さんの役だったり、男子学生が音楽教師の役だったりするのだが、少年だったら髪の後ろ側はこうしてとか、プレーンなシャツを着てとか、音楽教師の男の子には髪をもしゃもしゃになるべくベートーヴェン的にしてとか(D.スカルラッティのファルスの登場人物)、オペラを演じる(と言っても一場面ではあるが)ことが初めてと思われる学生に実に手とり足取り親切にアドバイスをしていた。
 ボニタティブス氏は学生が準備してこないと叱るし、でもフォローもして、褒める際も、あなたは今日は疲れてたけど、それをテクニックでよくカバーしていて良かったとか、今日は新しい試みをやってテクニック的にはすべてがうまく行っていたわけではないが、そういうチャレンジするところはすごくいい、とか一人一人に的確な褒め言葉、励ましを与えていて、見事だった。
 ボニタティブス氏のマスタークラスは翌日も長時間見たので2日分を合わせて書いてしまうが、テンポについても的確な指導がある。叙情的な曲で思いを込めて歌うとテンポが落ちがちだ、彼女はそんな時、腕を体の前で手前から向こうに何回か回転させテンポを上げるよう促す。また、カデンツァで遅くなった場合に、元に戻ったらa tempo で、すなわち元のテンポに戻してということも注意していた。この感情を込めたときに遅くない過ぎないで、という注意は、ボニタティブス氏の部屋にヴィオラ・ダ・ガンバ(あるいはバロック・チェロ)の学生と先生が来て、チェンバロ、ヴィオラ・ダ・ガンバの伴奏で、アリアを歌っているとき、やはりチェロの先生もテンポを上げるようにという仕草を一曲のうち2度していた。歌のメロディに溺れてしまうと
楽曲の構造的美しさ、推進力が弱くなってしまう。 
 その後、バロック・バイオリンの部屋で、最初は、ヘンデルのアリア、学生と先生1対1でボウイングやフレーズの細かい指導を見た。次は、ジャン・マリ・ルクレールのコンチェルトだったが、細かく指導を受けるというよりは、その楽譜を持ってきた学生に2人の学生と先生の4人でコンチェルトを弾いて行った。
とりわけ第3楽章が印象的で後でうかがうとジャン・マリ・ルクレールのヴィオリン協奏曲でop7の第一番である。ジャン・マリ・ルクレール(1697-1764)はルイ15世時代のフランス宮廷やハーグの宮廷でヘンデルの弟子だったオラニエ公妃に仕えたりしているが、最後は惨殺されている。同じ教室の中で、4人のヴァイオリン奏者にメロディーが受け渡され、ソロが超絶技巧を示すカデンツァなどがあり、単に技巧だけでなく音楽全体として圧倒された。ジャン・マリ・ルクレールという作曲家をFMやCDで漠然と聞いたことはあったのかもしれないが、この日初めてルクレールと出会った。この曲は心に刻まれた。4人のヴァイオリニストに感謝の他はない。

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2019年3月 1日 (金)

D.スカルラッティのレクチャー

インターナショナル・ヘンデル・アカデミーでドメニコ・スカルラッティについての講義を聞いた(カールスルーエ)。

ドイツ語のレクチャーなので、語学力が全く追いつかないのだが、ピアノとチェンバロが講義室においてあって1曲は通して演奏がなされ(日本の女性で、ここで開かれているマスタークラスを受講している方であった)、レクチャーの途中で講師がピアノを弾いたり、チェンバロを一節弾いて説明するところがあり、そういう箇所は俄然話が具体的でこちらにとってはわかりやすくなるのだった。
一番興味深かったのは、楽譜のエディションの問題だ。原典版とロンゴ版で同じ曲を並べて、冒頭のところをチェンバロとピアノで弾き比べてくれた。ロンゴ版は1906-13年に出版されたのだが、ピアノで弾くことを前提とし、原曲に大きく手が入っている。例えば、勝手にスラーを長々とつけている。さらに、メトロノーム(もちろんスカルラッティの時には存在していない)での速度表示を書き加えている。一層決定的なのは、和音を書き換えているのだ。
 スカルラッティのオリジナルの和音は、アヴァンギャルドな響きを持っている。それはチェンバロで弾くとカッコいいというか、複雑な内面、心境を表現するのにふさわしい響きを持っている。ところがその不協和音をピアノで弾くと、アルペッジョにでもしないと汚い、野蛮な響きに聞こえてしまうのだ。ロンゴはピアノで弾くならこう書き換えようということで、書き換えてしまったのである。
 現在のように、バロック・チェンバロでの演奏が相対的に身近になってくると、原曲をチェンバロでの演奏で聴くことの魅力がよく理解できる。とはいえ、スカルラッティはピアノの名手の演奏で聴いても(ピアニストによって使用しているエディションは異なるのだろうが)魅力的な響きがするのも確かで、それが作曲家の器の大きさなのかもしれない。

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2019年2月27日 (水)

インターナショナル・ヘンデル・アカデミー

インターナショナル・ヘンデル・アカデミーのレクチャーを聞いた(カールスルーエ、音楽大学)

インターナショナル・ヘンデル・アカデミーは1986年にインターナショナル・ヘンデル・フェスティヴァルに増設する形で発足した。マスタークラスとアカデミックなシンポジウム、若手の養成を目的としている。去年は気がつかなかったなあ、と思ったら、パンフレットによると、2018年は財政的な理由のため中止せざるを得なかったとのこと。
2019年は、再開できるようになった。シンポジウムの代わりにランチタイム音楽トークがある(ランチタイムというものの2時から3時である。もっともドイツ語ではMittagsgespra¨che, とある、ウムラウトの位置がずれてしまいます、ご了承ください)。その他に歌やヴィオリン、チェロ、チェンバロのマスタークラスがある。マスタークラスも聴講したいところだが、体力、集中力の限界があるのでパスしている。
今日のレクチャーは音楽なしだったのでなかなか辛かった。明日からは、演奏家も参加のレクチャーとなるので、話がより具体的となるし、筆者のようにドイツ語理解力のごくごく低い人間にとってはヒントが増えると期待している。

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2019年2月26日 (火)

ドイツ・ヘンデル・ゾリステン室内コンサート

ドイツ・ヘンデル・ゾリステンの室内コンサートを聴いた(州立劇場小ホール、カールスルーエ)。

ドイツ・ヘンデル・ゾリステンの中の7人が演奏。オーボエ1、バイオリン1、ヴィオラ2、ヴィオラ・ダ・ガンバ1、テオルボ1、ファゴット1。ファゴットのローダ・パトリックがリーダー格で、進行も担当。《セルセ》の時は30数人、《アルチーナ》の時でも20数人で演奏しているので、7人になると音の厚みは薄くなるが、その分、響きの透明感が増す。何より、奏者との距離も近いので、対位法的な受け渡しが耳だけでなく、目でも見て取れるのが素晴らしい。音の、奏者同士の駆け引き、目配せ、息を合わせる調整が見える。音楽の呼吸を間近に感じることができるのは、オペラの時とは別種の魅力である。
最初はリュリのアルミードの組曲。リュリ(1632ー1687)はフィレンツェ生まれで1646年にフランスにつれていかれ、やがてフランスに帰化した。
次はヴィヴァルディのオーボエとファゴットのための二重協奏曲からラルゴ。
その次にヨハン・カスパー・フェルディナント・フィッシャー(1656-1746)の'Le Journal du Printemps' (春の日)第7組曲。ここで演奏者の奥の一段高くなった舞台にダンサーが2人登場。音楽に合わせてバロック・ダンスを披露した。これが本来の姿なのだろうと思う。すなわち、娯楽の要素として考えた時に、音楽を受け身で聞いているだけではなく、ダンスを見たり自分も踊ってみるという積極的なエンターテイメントだったのだろう。それを垣間見せてくれたダンサーの登場であった。フィッシャーはボヘミア出身だが、1695年にはバーデン・バーデン辺境伯の宮廷楽長となっている。カールスルーエから見ると地元のバロック作曲家ということになる。彼の音楽史的な位置付けはリュリによるフランス音楽をドイツにもたらしたということらしいが、確かに並べて聞くと類似は明白だった。バッハやヘンデルもフィッシャーの作品は知っていたとのことである。
ここで休憩。
後半は、まずヨハン・メルヒオール・モルター(1696-1765) の序曲ハ短調MWV3.9. ,モルターはさらにカールスルーエと縁が深い。バッハの生地アイゼナッハの近郊で生まれ、アイゼナッハのギムナジウムで教育を受け、1717年にはカールスルーエのバーデン=ドゥルラハ辺境伯の宮廷のヴァイオリニストになる。ここで結婚し8人の子をもうけている。1719−21年イタリアで作曲を学びヴィヴァルディ、アルビノーニ、A.スカルラッティらの影響を受けている。1722年から33年はカールスルーエの宮廷楽長を勤めて、晩年にはカールスルーエのギムナジウムで教えて、当地で亡くなった。まさにカールスルーエの作曲家なのである。ドイツ後期バロックから前古典派に至る過渡期の作曲家と言われれば確かにそんな感じのフレージングがある。旋律が対位法に受け渡されるのでなく、和音でジャジャジャジャと弾いてて受けたりするのだ(独特の面白さではあるのだが)。当然だが、過渡期の作曲家には独特の作風、興趣のあることもある。
最後はジャン・フィリップ・ラモー(1683-1764)のバレーオペラ《優雅なインドの国々》からの組曲。短い10数曲が演奏されたが、後半からバロックダンスの2人が加わった。たしかに、フランスのバロックは舞踊と強く結びついているし、一緒に演じた時に目と耳が同時に刺激されリズムの弾みに対してある相乗効果を感じるのだった。
以前にも触れたことがあるが、ヘンデル音楽祭は、単にヘンデルのオペラを上演する(それだけでも、このプロデュースのレベルは賛嘆に値いすると思うが)のみならず、ヘンデルを中心に時代の前後、地域的な隣接地域の同時代人に目配りがなされ、バロック音楽全般に対する理解、感性が深められるように構成されていることに気づく。ドイツの音楽文化の厚みに敬意を表したい。こういうプログラムによってより耳の開かれた聴衆が育つのだと思う。クラシックといえばウィーン古典派からロマン派という傾向が日本ではいまだに顕著である(日本でも小さめのグループの活躍は目をみはるものがあるのではあるが)が、そこから1歩、2歩、耳を開いてみれば、聞こえてくる音の風景は、異なる香り、異なる味わいに満ち、ワクワクするものだと思うのだが。

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「3人の天才」

ヘンデル音楽祭周辺のコンサートを聴いた(クリストス教会、カールスルーエ)。曲目は

ドメニコ・スカルラッティのカンタータ’Di Fille vendicarmi vorrei'
バッハのヴァイオリン・ソナタ ト長調、BWV 1021
スカルラッティ チェンバロのためのソナタ K132, K133, K87, K175
バッハ 無伴奏チェロ組曲 ニ短調 BWV1008
ヘンデル 9つのドイツ語のアリア集から HWV208
こういうコンサートは、演奏家の名人技を聞くというよりは、ヘンデルとその同時代人、その産出された作品群の多様性、豊かさに耳を傾け、身を委ねるべきものなのだろう。
三者三様の明るさ、暗さ、楽しさ、思索性など思うところ、感ずるところはあった。
1つだけあげれば、バッハの無伴奏チェロは、延々と独り言を(内容は濃いのかもしれないが)つぶやいているような感じがあり、ヘンデルの歌曲は、暗い墓穴から、というタイトルにも関わらず明るい雰囲気なのだ。宗教曲だからこう、とかいう問題ではなく、根本的に作曲家のキャラクターの問題なのかもしれない、といったら安易にすぎるだろうか。

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