2009年11月 9日 (月)

《副王家の一族》

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映画《副王家の一族》(ロベルト・ファエンツァ監督)を見た(渋谷・東急文化村/ル・シネマ)

歴史小説が原作である。シチリアのカターニャが舞台。原作者はフェデリーコ・デロベルト。

イタリアの国家統一、リソルジメント前後のシチリアの貴族の一家をその欲望を中心に、政治的信条の節操のなさを含め容赦なく描く時代劇。

見事なコスチューム劇と言えよう。また、リソルジメントの時期に流通した言説と、貴族の本音が見えて面白い。これは、歴史を信じない作家の書いた歴史小説が原作なのだ。

絶対君主的な家長をランド・ブッツァンカ、その父に反逆する息子コンサルヴォをアレッサンドロ・プレツィオージ、コンサルヴォの妹テレーザをクリスティアーナ・カポトンディが、いとこジョヴァンニ―ノをグイド・カプリーノが、大叔母フェルディナンダをルチア・ボゼーが演じている。

相続での骨肉の争い、家族の結婚に関する家長の権威、修道院の性的堕落など社会の裏面が容赦なく暴かれているが、映画としては不思議と重くはない。何といっても時間が短く、ひとつひとつのエピソードは軽くしか扱われないので、良くも悪くも重厚なタッチにはならない。

とても興味深い映画であった。自由な結婚が出来るようになると、万人の万人に対する競争状態となって決して、甘くはない世界なのだが、150年前のように、自分の意思で結婚が決められない状態が良かったかというと、とんでもないということがあらためて判るエピソードがある。

教会や修道院は、昔は、貴族の次男などは、信仰の浅い深いと関係なく、修道士にさせられたりしたことがわかる。女性もしかりである。このあたりは結構、皮肉たっぷり、風習喜劇的でもある。

時代的には1850年代から1880年代の事件が背景となっている。

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2009年6月 2日 (火)

《ポー川のひかり》

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映画《ポー川のひかり》(エルマンノ・オルミ監督)を観た。

知人から試写会の券をいただき、幸運にもオルミの映画を観ることができた(8月1日から神保町の岩波ホールでロードショー)。この映画、昨年のイタリア映画祭で上映されたのだが、昨年は、個人的な事情でイタリア映画祭に行くことができなかったのである。

この映画は、フィクションものの映画としてはオルミ最後の映画であると監督自らが語っている。ドキュメンタリー映画はこれからも撮るのだそうだ。

本編のストーリーはきわめて寓意的である。ボローニャ大学の宗教関係の古書が、大量に、太い釘を打ち付けられ、磔になったように床にばらまかれている事件からフィルムは始まる。

若い宗教学の教授が失踪し、ポー川のほとりの廃屋に住み始める。地域の村人たちと、ゆっくりと心を通わせ始めるが...という話である。

宗教がテーマであることは、ストレートに表現されている。主人公の世捨て人となった教授は、村人からイエスさんと呼ばれているし、また、村人は、不思議な夢を見たりすると、彼のところへ来て、聖書のエピソードを語ってくれと頼んだりもするのである。

現代人であった教授が、都会の生活を捨て、ポー川流域の村人たちの間に入っていき、自然の中で生活する。監督が問いたいのは、何であるか、きわめて明示的なのである。

それは言語の面でも現れている。主人公のラズ・デガンはいかにも現代のキリストにふさわしい容貌をしているが、イスラエル生まれであり、音声は吹き替えである。吹き替えであることより重要なのは、彼の話す言語は、まったくの標準語であるということだ。一方、村人の話す言葉は、方言そのもので、字幕なしでは、僕にはほとんど理解できない。

オルミには、標準語がしゃべれない、あるいはしゃべらない純朴な村人の宗教心こそが、魂からの宗教心だという思いがあるのだろう。書物が磔のような扱いをうけるのは、その象徴的行為だ。

若き教授と、あの被害にあった古い書物をあつめていた老教授の最後の対話は、きわめて印象的である。

イタリアにあって、歴史的に何度も繰り返されるてきたことだが、教会の組織、教義を重視する考え方と、魂からの信仰を重視する立場があって、教会の精神性が弱体化すると、後者の動きが教会組織を活性化してきたという面がある(アッシジの聖フランチェスコなど)。

この若き教授は、そういった革新者を思わせる人物なのだ。

現代人の心の安住できる場所、あるいは居場所、在り方はどんなものなのか、という問いに対するオープンエンドな解答が、ここにはポー川に反射する様々な時刻の光とともに描き出されている。

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2009年5月17日 (日)

《プッチーニと娘》

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パオロ・ベンヴェヌーティ監督の映画《プッチーニと娘》を見た(有楽町、朝日ホール)。

この映画に関しては、2年前の2007年8月29日の本ブログで(http://senese.cocolog-nifty.com/koukishin/2007/08/post_3cdb.html)紹介している。この時は、コッリエーレ紙の記事で、映画完成前の段階で、ベンヴェヌーティ監督がプッチーニ家のお手伝いさんドーリア自殺事件の真相解明したという報道を紹介したものである。

その解明された事実を基につくられたのがこの映画である。映画のつくりとしては、大変、禁欲的で、プッチーニにまつわる伝記的エピソードを知らないと理解できないのではないか、というくらい、会話が少なく(もちろん、説明的な台詞をいれすぎれば冗長となることは承知の上だが)、字幕も入らないので、上映後、友人、知人と話した際も、ストーリーというか、登場人物の人間関係が飲み込みにくかったようだ。

そこで、以下に情報を整理してみる。

従来の知られていた伝記的事実
プッチーニは、エルヴィーラ夫人と結婚する時はスキャンダラスな状況であった。夫人は既婚者で、連れ子があった(これが映画では新聞記者との浮気がばれるフォスカである)。一方、その当時、プッチーニ家には、ドーリアというお手伝いさんがいて、エルヴィーラ夫人は、彼女とプッチーニの間を疑い大騒ぎをし、ドーリアは自殺する。死後解剖で、ドリアは処女であったことが判明する。

ベンヴェヌーティ監督の発見した新事実
プッチーニが浮気していたのは、ドーリアではなく、ドーリアの従姉妹で、プッチーニ家の近くにあったバールの女主人ジュリア・マンフレーディだった。彼女がオペラ《西部の娘》のモデルとなった。

プッチーニの家もこのバールも、トーレ・デル・ラーゴの湖の畔にある。来日した監督自身の話では、一時は、自然環境が破壊されていたのだが、20年ほど前から、次第に、州政府などの働きかけで、自然環境が改善し、その結果ここでプッチーニ時代の植生や鳥の声を伝える環境が整い、ロケをしたとのことであった。

映画としては、ヴィスタサイズであることが惜しまれる。自然を舞台にするのであれば、視野角が広いほうがそこへの没入感が高まるからである。イタリア以外の観客にとっては、もう少し、字幕あるいは説明的役割を果たす台詞があってもよかったと思う。ただし、名のみ知るトーレ・デル・ラーゴの情景やそこを吹き渡る風、さえずる鳥は堪能した。プッチーニ・ファンであれば見逃せない一本と言える。


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《ミケランジェロのまなざし》

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映画《ミケランジェロのまなざし》(ミケランジェロ・アントニオーニ監督)を見た(有楽町・朝日ホール)。

監督自身(アントニオーニ)が、サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリというカヴール通りからちょっとはずれ所にある教会に入ってくる。このバジリカには、教皇ジュリオ(ユリウス)2世の墓所があり、そこにミケランジェロのモーゼ像があるのだ。

カメラは、バジリカ、墓所、そしてモーゼ像を様々な角度から写していくが、解説やナレーション、台詞は無い。

アントニオーニの視線(それは現実の視線とは限らず、この角度からも見てみたいという欲望の視線も含まれているだろう)と思われるショットから構成されている。

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2009年5月15日 (金)

《赤い肌の大地》

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マルコ・ベキス監督の《赤い肌の大地》を見た(有楽町、朝日ホール)。

ブラジルの南部、国境地帯の、先住民の保護区と白人の農園が舞台。先住民は、本来保護区にあるはずの森林が開発で減ってしまい、保護区での暮らしが苦しくなる。そのため、部族の生地で今は白人の農園の一部となっている土地に移住しようとするが、これが白人たちとの対立を招く。

これは相当部分事実に基づいた映画であるとのことだが、ブラジル人もこういった事情についてはよく知らないのだと主演のクラウディオ・サンタマリアは語っていた。

土地の既得権がからむと、人は先住民に対して、「良い人」にはなれない、という物語と解釈できる話であった。

ブラジルの先住民について、何も知らなかったので、いろいろ教えられることは多かった。言語はポルトガル語および先住民の部族の言葉である。

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2009年5月 6日 (水)

《ソネタウラー'樹の音’の物語》

Sonetaula 映画《ソネタウラーー“樹の音”の物語》(サルヴァトーレ・メレウ監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

1938年から第二次大戦後にかけてのサルデーニャ島が舞台の映画である。

ソネタウラとは、サルデーニャ方言で、木のこすれる音、主人公の少年があまりにやせていて、父親にひっぱたかれると、骨のこすれる音がしたから、というのが主人公のあだ名ソネタウラの由来なのだ。

今回の映画祭で最長の157分の映画で、見応えがあった。一つ一つのシークエンスを細切れにつながずに、ゆったりと、みっちりと撮っていく。そこに細切れで、効率のよい映画とは異なる独特のリズムが生まれる。

それは重いとも言えるし、手応えがあるとも言えるだろう。主人公は父親が無実の罪で、流刑になるが、彼自身も18歳の時に犯したある事件で、カラビニエーリに出頭せず、山を逃げ回る生活を選ぶ。そのハードな生活が淡々と映像化されていく。

言葉もサルデーニャ語(厳密に言うと、方言ではなく、独立した言語なのである)を用い、イタリア語字幕が出る。

監督自身は、プログラムによれば、キャスティングで、昔のサルデーニャ人の表情が出る若者を選ぶのに苦労し、苦労の甲斐あって、その雰囲気が出せたとしている。

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2009年5月 5日 (火)

《イル・ディーヴォ》

Photo 《イル・ディーヴォ》(パオロ・ソレンティーノ監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

見応えのあるフィルムであった。映像も迫力があるし、音の使い方にも一ひねりある。

ただし、これが日本の観客に受け入れられるためには、少し解説が必要であろう。

戦後7度も首相をつとめたジュリオ・アンドレオッティが主人公なので、イタリアでは最も有名な政治家であるが、日本では必ずしもその背景が既知のものであるとは言い難いからだ。

アンドレオッティはDC(キリスト教民主党)の政治家であり、DCは名前からも判る通りヴァティカンとの関係が密であった。(1990年代の大々的な汚職摘発により事実上解党した)。

アンドレオッティは、DCの中でも特にヴァティカンとの密接な関係が知られている。それは彼がローマ出身ということとも無縁ではないだろう。

映画の中で言及されるサンタンブロージョ銀行およびその頭取であったカルビがロンドンの橋で首吊りの死体で発見される事件(当初は自殺とされたが、後、裁判でも他殺であることが確認される)は、サンタンブロージョ銀行がヴァティカン御用達の銀行であり、ヴァティカンの幹部の事件への関与、またマネーロンダリングにマフィアが関わっていた疑いがあり、スキャンダラスな事件であった。

また、DCのアルド・モーロ元首相が極左集団「赤い旅団」に誘拐され、殺害された事件も、実際には、アメリカのCIAが関わっていたのではないかなどの様々な憶測があり、実態が解明されたとは言えない。誘拐事件の際に、モーロからの度重なる要請を断り、「赤い旅団」との交渉に応じなかったアンドレオッティの苦悩が映画では一つのポイントになっている。

さらに言えば、アンドレオッティという政治家は、米ソの冷戦体制に最もあるいは過剰に適応した政治家だったと言えよう。イタリアは、西側で最大の共産党を抱えていた国であったため、イデオロギー的に社会主義とどう対峙するかが政治家にとってまず問われる問題であったのだ。アンドレオッティは、社会主義、共産主義との妥協はあってはならないという立場の政治家で、そのためには、マフィアと手を組むこともいとわなかった、と考えられる。マフィアとの関係は、濃いグレーゾーンであって、また、彼の長い政治生活の間に変化があったと考えられる。

この映画はドキュメンタリーではないので、一つ一つの事件を丁寧に解説はしない。こうした政治家の生活をどう映画として見応えにするものができるのかということがソレンティーノにとっての挑戦であったかと思うが、彼はそれに成功していると思う。

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2009年5月 3日 (日)

《私を撮って》

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《私を撮って》(アンナ・ネグリ監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

ドキュメンタリー映画を撮るというストーリーの映画である。つまり、映画についての映画、メタ映画である。被写体になるのは、夫婦(1歳の子供あり)で、夫(マルコ・フォスキ)は俳優、妻(アルバ・ロルヴァケル)は映画編集者。二人の生活を非正規雇用者の生活をドキュメンタリー映画でとろうとする男二人(ステファノ・フレージとアレッサンドロ・アヴェローネ)。

ところが、夫婦は別居を始めてしまい、ドキュメンタリーは、並行して撮影を進めていくことになる。妻とその女友達の関係は、直接の場面と、一人一人のインタビューで本音と建て前の使い分け、落差がおかしいし、男の身勝手さも容赦なく描かれる。

知的な問題意識をもちつつ、現代の若者の生きにくさを、微妙なユーモアを交えて描いた作品である。

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《ジョヴァンナのパパ》

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《ジョヴァンナのパパ》(プーピ・アヴァーティ監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

この映画については、当ブログの2008年9月26日で扱った。もう一度観たのである。今回は日本語字幕がついていたので、ストーリーや演技の細部に関して、良く分かった。

ジョヴァンナ(アンナ・ロルヴァケル)と父(シルヴィオ・オルランド)の演技は素晴らしい。父が娘のことを思うのだが、見当違いで、それが重大事件の引き金ともなってしまう。それに気づいた父は、ずっと娘の面倒を見ていくことになる。

シルヴィオ・オルランドは自分の演じたこの役を、不完全な男といいいつつ、共感を示していたが、この父がとった行動が模範的であるかどうかは疑う余地は大いにあるのだが、その不完全な人物に共感できるようにこの映画の細部はできているし、オルランドもそういう演技をしている。自分の過ちに気づいてからは、この父は、自己犠牲をいとわないのである。

1930年代、40年代の生活の細部も見応えがある。シルヴィオ・オルランドによると、アヴァーティ監督は、同じセットを使って、もう一本映画を撮ったという。資源の有効活用というところか。


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《パ・ラ・ダ》

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《パ・ラ・ダ》(マルコ・ポンテコルヴォ監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

1992年チャウシェスク政権崩壊から3年後のルーマニア、首都ブカレストが舞台である。ストリート・チルドレンとそこにやってきたフランス人のNGOの活動家(ピエロやサーカスで子供たちを引きつける)が主人公。

ポンテコルヴォ監督は、会場での質疑応答に答えて、映画のきっかけは新聞記事で、そこから自分で調べ、さらに現地に行って子供たちにあったことで製作への気持ちが固まったという。

そういうわけで、NGOの活動家の一人にイタリア人女性が出てくるのだが、イタリア人映画監督の作品ではあるが、イタリア語はほとんどなく、ルーマニア語とフランス語が主である(もちろん、何語が話されているかが重要という映画ではないが)。

監督の目は一方で熱く主人公の活動を語るが、映画の最後には、ブカレストの現状も映し出される。一つの世界が変わることのむずかしさと、それでも希望を失わずに活動しつづける人間のいること、どちらに重点を置いて語るか、どちらに重点を置いた世界観を持つのか、という問いが浮かんだ。

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