2023年7月28日 (金)

映画《キアラ》

スザンナ・ニッキャレッリ監督の映画《キアラ》を観た(イタリア映画祭、オンライン上映)。

キアラというのは、アッシジのサン・フランチェスコと共に活動したサンタ・キアーラのことである。気負いなく、中世のイタリアの信仰が淡々と描かれていく。印象的なのは、キアラが当時の教皇庁の男女差別的な傾向に反発を感じるシーンだ。この映画にはキアラ・フルゴーニが深く関わっていて、映画自体が彼女に捧げられている。彼女の著書『アッシジのフランチェスコ』やその他の著作が日本語になっているのでおなじみの方も少なくないだろう。音楽も12,13世紀の音楽が用いられていて、ゼッフィレッリの『ブラザーサン、シスタームーン』とは様々な意味で対照的である。《キアラ》は、過剰なロマンティシズムを排しているところに好感が持てる。過剰なロマンティシズムを排しても、ドラマはあるし、男女の心の通いあいはある、のは言うまでもない。ヴァティカンの高位聖職者(後に教皇)をルイージ・ロ・カーショが演じている。

 

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2023年7月 9日 (日)

《乾いたローマ》

パオロ・ヴィルズィ監督の映画《乾いたローマ》を観た(イタリア映画祭、オンライン)。

ヴィルズィ監督お得意の、いくつもの筋が並行して走っているかに見えて、話が進むと、その複数の筋が互いに絡んでいることがわかってくる。社会の多面性を見せているとも言えるし、われわれの個が社会的存在であることを露わにしている作品とも言える。登場するのは、幻影を見るタクシー運転手、女性医師、水問題についてテレビでコメントする大学教授、アフリカからの難民青年、刑務所からひょんなことで出てしまった囚人など。SNSでつながっている登場人物もいれば、偶然の出会いもある。幾何学的な構成の脚本は、精緻であり人工的でもある。オーケストラが登場するが、指揮者は、バロック界の第一線で活躍する本物の指揮者フェデリーコ・マリア・サルデッリであった。わかる人にはわかる凝った配役である。

 

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2023年7月 5日 (水)

《デルタ》

ミケーレ・ヴァンヌッチ監督の映画《デルタ》を見た(イタリア映画祭、オンライン)。

移民問題に解決が見出せないように、この映画の中のイタリア人と不法移民の間にもコミュニケーションの道は困難を極める。

明るい話ではない。さしたるユーモアもない。ルーマニアから来た密猟者が、地元イタリアの漁師らと対立する。密猟者の中に実はイタリア人、しかも映画の舞台となった場所の出身者がいるのだ。勘ぐれば、彼が密猟者たちの中心人物となることで、人種差別的と非難されることを未然に防いでいるようにも見える。

人も死ぬ。仲立ちをしようという人物もいるのだが、それがそう簡単に効果をあげるわけでもない。アレッサンドロ・ボルギとルイージ・ロ・カーショが出演。

 

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《スイングライド》

キアラ・ベッロージ監督の映画《スイングライド》を観た(イタリア映画祭、オンライン)。

タイトルのスイングライドは、移動遊園地の乗り物で、巨大なブランコのようなものが、回転している乗り物である。

主人公は15歳の肥満に悩む少女ベネデッタと、移動遊園地の一員でトランスジェンダーのアマンダ。二人が知り合って、興味を持ち、アマンダがオーディションを受けたり、ベネデッタが家出をしてアマンダと一緒に移動するのだが、そこでいくつかの事件も発生する。ベネデッタの両親にも微妙な不和がある。ベネデッタはそれを見抜いている。思春期のうつろいやすさ、思いがけない変化を巧みにすくい取った映画である。

 

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《あなたのもとに走る》

リッカルド・ミラーニ監督の映画《あなたのもとに走る》を観た(イタリア映画祭、オンライン)。

49歳でスポーツ用品の会社社長かつ遊び人の男(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)が主人公。母の葬儀で故郷に帰り、ひょんなことから車椅子に乗った状態で若い美人と知り合い、車椅子が必要な人と誤解される。その美人の姉は本当に車椅子を必要とする女性キアラ(ミリアム・レオーネ)で、二人の間の交際が始まる。にせ車椅子の男は、ある意味では、とってもけしからん男なのだが、ユーモラスな展開に思わず引き込まれる。二人は奇跡を求めてルルドにも行く。ミリアム・レオーネのすがすがしい凜とした演技、メークのおかげで?暗い印象がない。フランス映画のリメイクとのこと。ただし、キアラの祖母役は、イタリア版のオリジナルである。

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2023年7月 1日 (土)

《タイガー・ボーイ》

イタリア映画祭のオンライン上映で《タイガー・ボーイ》を観た。短編映画、約20分。ガブリエーレ・マイネッティ監督。短編は無料で観られる。

小学生の男の子がいつもタイガーマスクの仮面をかぶっている。プロレスのファンである。学校でも仮面をとらないことが問題となり、校長に呼ばれる。この校長が妙なふるまいをするのだが、男の子と校長の関係は、写実的にある種の小児性愛と捉えるのか、校長が権力の象徴であり、校長にさからう子どもは、権力にたてつく市民のアレゴリーなのか。短編なので、それを判断する材料は、十分に与えられていない。どちらに判断しても、あるいは二重に解釈してもよいのかもしれない。

 

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2023年6月30日 (金)

《ノスタルジア》

イタリア映画祭のオンライン上映で《ノスタルジア》を観た。監督はマリオ・マルトーネ。主演はピエルフランチェスコ・ファヴィーノ。主人公はナポリ出身だが、長らく海外にいて数十年ぶりに帰国し、母に再会する。母はまもなく世を去る。実は彼はエジプトに妻がいる。妻を呼び寄せてナポリに住もうかと思う。しかし、ナポリを少年時に去ったのにはわけがある。当時の彼の親友はカモッラのボスになっている。母の葬儀をとりしきった神父とは敵対している。神父が主人公を教区民たちに紹介する。この神父はカモッラの支配と戦っている。

主人公は親友と会おうとする。かつての友は早くエジプトへ帰れ、ここから出て行け、と言う。二人の思いは噛み合わず、ずれていくが主人公はその自覚が薄く、悲劇を招く。

ナポリの人間模様がいくつもの家族から浮かび上がってくる映画だ。

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2023年6月26日 (月)

《差し出がましいのですが》

イタリア映画祭のオンライン上映で、マルコ・ベロッキオ監督の《差し出がましいのですが》を観た。

短編2本は無料上映である。この映画の上演時間は20分。

不思議な味わいの映画で、ファウスト・ルッソ・アレジ演ずる中年男が町の中を歩きまわり、出会った初対面の女性に、次々とお節介なことをわざわざ言う。たとえばケーキを食べている女性に、「食べ過ぎではないですか。あなたは、もう少しやせれば、目がさらに綺麗に見える」などといったことを話しかけるのである。女性の対応は人それぞれ。具体的話で、具体的なエピソードなのだが、寓意的な色彩を帯びている。

 

 

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イタリア映画祭《奇妙なこと》

イタリア映画祭2023はしばらく前からオンライン上映が始まっている。

《奇妙なこと》を観た。監督はロベルト・アンドー。この映画は、ピランデッロが主人公だ。彼が故郷に帰り、葬儀に関わるが、埋葬までのプロセスで様々な不条理と二人の墓掘り人に遭遇する。ピランデッロを演じているのはトニ・セルヴィッロ。二人の墓掘り人は、サルヴァトーレ・フィカッラとヴァレンティーノ・ピコーネ。墓掘り人の二人は、素人演劇の練習をしており、ピランデッロをあのピランデッロと知らぬままに舞台に招待するが、その舞台では台本通りではなく、観客の介入、観客と役者とのやりとりがまま起こる。このドタバタ劇は、その後でピランデッロの『作者をさがす六人の登場人物』上演のイントロダクションになっている。つまり、監督のロベルト・アンドーやこの映画の脚本を書いた人は、ピランデッロの前衛的な芝居も、こうした実際にあった上演中のアクシデントがヒントになっている、あるいはそれを組織化して作品の中の要素にしてしまったものとでも言いたげであるし、その主張は十分説得力を持っていると感じた。

 

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2022年6月 5日 (日)

映画《スーパーヒーローズ》

パオロ・ジェノヴェーゼ監督の映画《スーパーヒーローズ》を観た(イタリア映画祭2022,オンライン上映)。

物理教師マルコ(アレッサンドロ・ボルギ)と漫画家アンナ(ジャスミン・トリンカ)の恋愛物語。時間軸を行ったり来たりするうちに、この二人の間にどんな事件が起こったのかが次第にわかっていく。

詳細は避けるが、二人とも病気にかかる。若い二人が、それぞれ病を得てそれが人生の転換点となるストーリーというところに、コロナ時代の間接的反映があるかもしれない。

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