2009年6月 2日 (火)

《ポー川のひかり》

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映画《ポー川のひかり》(エルマンノ・オルミ監督)を観た。

知人から試写会の券をいただき、幸運にもオルミの映画を観ることができた(8月1日から神保町の岩波ホールでロードショー)。この映画、昨年のイタリア映画祭で上映されたのだが、昨年は、個人的な事情でイタリア映画祭に行くことができなかったのである。

この映画は、フィクションものの映画としてはオルミ最後の映画であると監督自らが語っている。ドキュメンタリー映画はこれからも撮るのだそうだ。

本編のストーリーはきわめて寓意的である。ボローニャ大学の宗教関係の古書が、大量に、太い釘を打ち付けられ、磔になったように床にばらまかれている事件からフィルムは始まる。

若い宗教学の教授が失踪し、ポー川のほとりの廃屋に住み始める。地域の村人たちと、ゆっくりと心を通わせ始めるが...という話である。

宗教がテーマであることは、ストレートに表現されている。主人公の世捨て人となった教授は、村人からイエスさんと呼ばれているし、また、村人は、不思議な夢を見たりすると、彼のところへ来て、聖書のエピソードを語ってくれと頼んだりもするのである。

現代人であった教授が、都会の生活を捨て、ポー川流域の村人たちの間に入っていき、自然の中で生活する。監督が問いたいのは、何であるか、きわめて明示的なのである。

それは言語の面でも現れている。主人公のラズ・デガンはいかにも現代のキリストにふさわしい容貌をしているが、イスラエル生まれであり、音声は吹き替えである。吹き替えであることより重要なのは、彼の話す言語は、まったくの標準語であるということだ。一方、村人の話す言葉は、方言そのもので、字幕なしでは、僕にはほとんど理解できない。

オルミには、標準語がしゃべれない、あるいはしゃべらない純朴な村人の宗教心こそが、魂からの宗教心だという思いがあるのだろう。書物が磔のような扱いをうけるのは、その象徴的行為だ。

若き教授と、あの被害にあった古い書物をあつめていた老教授の最後の対話は、きわめて印象的である。

イタリアにあって、歴史的に何度も繰り返されるてきたことだが、教会の組織、教義を重視する考え方と、魂からの信仰を重視する立場があって、教会の精神性が弱体化すると、後者の動きが教会組織を活性化してきたという面がある(アッシジの聖フランチェスコなど)。

この若き教授は、そういった革新者を思わせる人物なのだ。

現代人の心の安住できる場所、あるいは居場所、在り方はどんなものなのか、という問いに対するオープンエンドな解答が、ここにはポー川に反射する様々な時刻の光とともに描き出されている。

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2009年5月17日 (日)

《プッチーニと娘》

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パオロ・ベンヴェヌーティ監督の映画《プッチーニと娘》を見た(有楽町、朝日ホール)。

この映画に関しては、2年前の2007年8月29日の本ブログで(http://senese.cocolog-nifty.com/koukishin/2007/08/post_3cdb.html)紹介している。この時は、コッリエーレ紙の記事で、映画完成前の段階で、ベンヴェヌーティ監督がプッチーニ家のお手伝いさんドーリア自殺事件の真相解明したという報道を紹介したものである。

その解明された事実を基につくられたのがこの映画である。映画のつくりとしては、大変、禁欲的で、プッチーニにまつわる伝記的エピソードを知らないと理解できないのではないか、というくらい、会話が少なく(もちろん、説明的な台詞をいれすぎれば冗長となることは承知の上だが)、字幕も入らないので、上映後、友人、知人と話した際も、ストーリーというか、登場人物の人間関係が飲み込みにくかったようだ。

そこで、以下に情報を整理してみる。

従来の知られていた伝記的事実
プッチーニは、エルヴィーラ夫人と結婚する時はスキャンダラスな状況であった。夫人は既婚者で、連れ子があった(これが映画では新聞記者との浮気がばれるフォスカである)。一方、その当時、プッチーニ家には、ドーリアというお手伝いさんがいて、エルヴィーラ夫人は、彼女とプッチーニの間を疑い大騒ぎをし、ドーリアは自殺する。死後解剖で、ドリアは処女であったことが判明する。

ベンヴェヌーティ監督の発見した新事実
プッチーニが浮気していたのは、ドーリアではなく、ドーリアの従姉妹で、プッチーニ家の近くにあったバールの女主人ジュリア・マンフレーディだった。彼女がオペラ《西部の娘》のモデルとなった。

プッチーニの家もこのバールも、トーレ・デル・ラーゴの湖の畔にある。来日した監督自身の話では、一時は、自然環境が破壊されていたのだが、20年ほど前から、次第に、州政府などの働きかけで、自然環境が改善し、その結果ここでプッチーニ時代の植生や鳥の声を伝える環境が整い、ロケをしたとのことであった。

映画としては、ヴィスタサイズであることが惜しまれる。自然を舞台にするのであれば、視野角が広いほうがそこへの没入感が高まるからである。イタリア以外の観客にとっては、もう少し、字幕あるいは説明的役割を果たす台詞があってもよかったと思う。ただし、名のみ知るトーレ・デル・ラーゴの情景やそこを吹き渡る風、さえずる鳥は堪能した。プッチーニ・ファンであれば見逃せない一本と言える。


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《ミケランジェロのまなざし》

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映画《ミケランジェロのまなざし》(ミケランジェロ・アントニオーニ監督)を見た(有楽町・朝日ホール)。

監督自身(アントニオーニ)が、サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリというカヴール通りからちょっとはずれ所にある教会に入ってくる。このバジリカには、教皇ジュリオ(ユリウス)2世の墓所があり、そこにミケランジェロのモーゼ像があるのだ。

カメラは、バジリカ、墓所、そしてモーゼ像を様々な角度から写していくが、解説やナレーション、台詞は無い。

アントニオーニの視線(それは現実の視線とは限らず、この角度からも見てみたいという欲望の視線も含まれているだろう)と思われるショットから構成されている。

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2009年5月15日 (金)

《赤い肌の大地》

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マルコ・ベキス監督の《赤い肌の大地》を見た(有楽町、朝日ホール)。

ブラジルの南部、国境地帯の、先住民の保護区と白人の農園が舞台。先住民は、本来保護区にあるはずの森林が開発で減ってしまい、保護区での暮らしが苦しくなる。そのため、部族の生地で今は白人の農園の一部となっている土地に移住しようとするが、これが白人たちとの対立を招く。

これは相当部分事実に基づいた映画であるとのことだが、ブラジル人もこういった事情についてはよく知らないのだと主演のクラウディオ・サンタマリアは語っていた。

土地の既得権がからむと、人は先住民に対して、「良い人」にはなれない、という物語と解釈できる話であった。

ブラジルの先住民について、何も知らなかったので、いろいろ教えられることは多かった。言語はポルトガル語および先住民の部族の言葉である。

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2009年5月 6日 (水)

《ソネタウラー'樹の音’の物語》

Sonetaula 映画《ソネタウラーー“樹の音”の物語》(サルヴァトーレ・メレウ監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

1938年から第二次大戦後にかけてのサルデーニャ島が舞台の映画である。

ソネタウラとは、サルデーニャ方言で、木のこすれる音、主人公の少年があまりにやせていて、父親にひっぱたかれると、骨のこすれる音がしたから、というのが主人公のあだ名ソネタウラの由来なのだ。

今回の映画祭で最長の157分の映画で、見応えがあった。一つ一つのシークエンスを細切れにつながずに、ゆったりと、みっちりと撮っていく。そこに細切れで、効率のよい映画とは異なる独特のリズムが生まれる。

それは重いとも言えるし、手応えがあるとも言えるだろう。主人公は父親が無実の罪で、流刑になるが、彼自身も18歳の時に犯したある事件で、カラビニエーリに出頭せず、山を逃げ回る生活を選ぶ。そのハードな生活が淡々と映像化されていく。

言葉もサルデーニャ語(厳密に言うと、方言ではなく、独立した言語なのである)を用い、イタリア語字幕が出る。

監督自身は、プログラムによれば、キャスティングで、昔のサルデーニャ人の表情が出る若者を選ぶのに苦労し、苦労の甲斐あって、その雰囲気が出せたとしている。

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2009年5月 5日 (火)

《イル・ディーヴォ》

Photo 《イル・ディーヴォ》(パオロ・ソレンティーノ監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

見応えのあるフィルムであった。映像も迫力があるし、音の使い方にも一ひねりある。

ただし、これが日本の観客に受け入れられるためには、少し解説が必要であろう。

戦後7度も首相をつとめたジュリオ・アンドレオッティが主人公なので、イタリアでは最も有名な政治家であるが、日本では必ずしもその背景が既知のものであるとは言い難いからだ。

アンドレオッティはDC(キリスト教民主党)の政治家であり、DCは名前からも判る通りヴァティカンとの関係が密であった。(1990年代の大々的な汚職摘発により事実上解党した)。

アンドレオッティは、DCの中でも特にヴァティカンとの密接な関係が知られている。それは彼がローマ出身ということとも無縁ではないだろう。

映画の中で言及されるサンタンブロージョ銀行およびその頭取であったカルビがロンドンの橋で首吊りの死体で発見される事件(当初は自殺とされたが、後、裁判でも他殺であることが確認される)は、サンタンブロージョ銀行がヴァティカン御用達の銀行であり、ヴァティカンの幹部の事件への関与、またマネーロンダリングにマフィアが関わっていた疑いがあり、スキャンダラスな事件であった。

また、DCのアルド・モーロ元首相が極左集団「赤い旅団」に誘拐され、殺害された事件も、実際には、アメリカのCIAが関わっていたのではないかなどの様々な憶測があり、実態が解明されたとは言えない。誘拐事件の際に、モーロからの度重なる要請を断り、「赤い旅団」との交渉に応じなかったアンドレオッティの苦悩が映画では一つのポイントになっている。

さらに言えば、アンドレオッティという政治家は、米ソの冷戦体制に最もあるいは過剰に適応した政治家だったと言えよう。イタリアは、西側で最大の共産党を抱えていた国であったため、イデオロギー的に社会主義とどう対峙するかが政治家にとってまず問われる問題であったのだ。アンドレオッティは、社会主義、共産主義との妥協はあってはならないという立場の政治家で、そのためには、マフィアと手を組むこともいとわなかった、と考えられる。マフィアとの関係は、濃いグレーゾーンであって、また、彼の長い政治生活の間に変化があったと考えられる。

この映画はドキュメンタリーではないので、一つ一つの事件を丁寧に解説はしない。こうした政治家の生活をどう映画として見応えにするものができるのかということがソレンティーノにとっての挑戦であったかと思うが、彼はそれに成功していると思う。

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2009年5月 3日 (日)

《私を撮って》

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《私を撮って》(アンナ・ネグリ監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

ドキュメンタリー映画を撮るというストーリーの映画である。つまり、映画についての映画、メタ映画である。被写体になるのは、夫婦(1歳の子供あり)で、夫(マルコ・フォスキ)は俳優、妻(アルバ・ロルヴァケル)は映画編集者。二人の生活を非正規雇用者の生活をドキュメンタリー映画でとろうとする男二人(ステファノ・フレージとアレッサンドロ・アヴェローネ)。

ところが、夫婦は別居を始めてしまい、ドキュメンタリーは、並行して撮影を進めていくことになる。妻とその女友達の関係は、直接の場面と、一人一人のインタビューで本音と建て前の使い分け、落差がおかしいし、男の身勝手さも容赦なく描かれる。

知的な問題意識をもちつつ、現代の若者の生きにくさを、微妙なユーモアを交えて描いた作品である。

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《ジョヴァンナのパパ》

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《ジョヴァンナのパパ》(プーピ・アヴァーティ監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

この映画については、当ブログの2008年9月26日で扱った。もう一度観たのである。今回は日本語字幕がついていたので、ストーリーや演技の細部に関して、良く分かった。

ジョヴァンナ(アンナ・ロルヴァケル)と父(シルヴィオ・オルランド)の演技は素晴らしい。父が娘のことを思うのだが、見当違いで、それが重大事件の引き金ともなってしまう。それに気づいた父は、ずっと娘の面倒を見ていくことになる。

シルヴィオ・オルランドは自分の演じたこの役を、不完全な男といいいつつ、共感を示していたが、この父がとった行動が模範的であるかどうかは疑う余地は大いにあるのだが、その不完全な人物に共感できるようにこの映画の細部はできているし、オルランドもそういう演技をしている。自分の過ちに気づいてからは、この父は、自己犠牲をいとわないのである。

1930年代、40年代の生活の細部も見応えがある。シルヴィオ・オルランドによると、アヴァーティ監督は、同じセットを使って、もう一本映画を撮ったという。資源の有効活用というところか。


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《パ・ラ・ダ》

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《パ・ラ・ダ》(マルコ・ポンテコルヴォ監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

1992年チャウシェスク政権崩壊から3年後のルーマニア、首都ブカレストが舞台である。ストリート・チルドレンとそこにやってきたフランス人のNGOの活動家(ピエロやサーカスで子供たちを引きつける)が主人公。

ポンテコルヴォ監督は、会場での質疑応答に答えて、映画のきっかけは新聞記事で、そこから自分で調べ、さらに現地に行って子供たちにあったことで製作への気持ちが固まったという。

そういうわけで、NGOの活動家の一人にイタリア人女性が出てくるのだが、イタリア人映画監督の作品ではあるが、イタリア語はほとんどなく、ルーマニア語とフランス語が主である(もちろん、何語が話されているかが重要という映画ではないが)。

監督の目は一方で熱く主人公の活動を語るが、映画の最後には、ブカレストの現状も映し出される。一つの世界が変わることのむずかしさと、それでも希望を失わずに活動しつづける人間のいること、どちらに重点を置いて語るか、どちらに重点を置いた世界観を持つのか、という問いが浮かんだ。

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2009年5月 2日 (土)

《やればできるさ》

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《やればできるさ》(ジュリオ・マンフレドニア監督)を観た(有楽町・朝日ホール)。

1980年代のミラノが舞台。実話に基づいているのだが、バザーリア法が出来て、精神病棟が廃止され、患者たちが町へ、家族へと解放されていった時期の物語である。

バザーリア法は1978年5月に成立し、徐々に、精神病院や総合病院の精神科の病棟が閉鎖されていった時期である。

解放された患者の受け入れ先として協同組合が組織され、そこへ主人公のネッロがやってくる。彼は、市場原理を信じている当時としては異端の労働組合員であった。彼は、患者たちの根気や細部へのこだわりを活かすため寄せ木細工の事業を立ち上げる。ネッロはバザーリア法のことは何も知らなかったのだが、患者たちの中に人間性を認め、労働する能力を認めることで、はからずもバザーリア法の精神を体現化しようとする運動を開始することになる。

さらには、精神科医でバザーリア法の趣旨に賛同する医師と組んで、患者の投薬量を減らし、彼らの人間性回復をめざす。

しかし、道は平坦ではない。様々な事件、困難な事態が生じる。それをユーモラスに描いている。

《みわたすかぎり人生》でもそうだったが、この映画でも、扱いにくい素材を実に映画として、見事にエンターテイメント作品に仕上げている。

ネッロの私生活でのパートナーとの関係も、この映画を地に足のついたものにし、また、単なるメサイア・コンプレックス解消の映画ではないものとしている。

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2009年5月 1日 (金)

《見わたすかぎり人生》

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《見わたすかぎり人生》(パオロ・ヴィルツィ監督)を観た(有楽町朝日ホール)。

ストーリー展開の巧みさに舌をまく映画だ。扱っている題材は、プレカリアート(非正規労働者)の生活で、扱いようによっては地味で暗くなってしまいそうだが、この映画は、エネルギーに満ち、何度も笑え、しんみりもでき、ドキッとする映画になっているのである。

舞台は、いかがわしげな商品を売りつけるコールセンター。若い女性たちが、マニュアルに基づいた電話攻勢で、主婦にアポイントメントをとり、営業部員がそこに出かけていって売りつけるという仕組みだ。

主人公マルタは、大学の哲学科を優等で卒業するが、就職がなく、偶然ベビー・シッターの職を見いだす。その母親がつとめていたのがこのコールセンターでマルタも、そこで働くようになり、めきめき頭角をあらわす。

そのコールセンターのリーダー、ダニエーラをサブリーナ・フェリッリが演じているのが豪華といえば豪華なキャスティングである。マルタ役のイザベッラ・ラゴネーゼは、この映画が初出演で、本人は、上映後の観客との質疑応答で、自分が選ばれたのは、映画に世界に慣れていなくて、戸惑い、なじめずにいる(spaesata) 状態が、マルタがコールセンターで戸惑っているのと照応していることになるから、というのもあったろうとしている。

このストーリー展開が巧みなのは、ちゃんと非正規労働者を対象にした労働組合CGILの活動も描き込まれているのだが、説教くさくはなく、それどころか、組合員ジョルジョは女にだらしなかったりして、チャーミングでありつつも冴えない男(ヴァレリオ・マスタンドレア)なのだ。

コールセンターでは社員のやる気を高める歌や体操があって笑えるが、それは苦い笑いだ。その異様な世界にのめり込める人、のれない人が出てくる。そういったことも、うまくストーリーに溶け込ませて書き込んであるのである。

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《運命に逆らったシチリアの少女》

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《運命に逆らったシチリアの少女》(マルコ・アメンタ監督)を観た(有楽町朝日ホール)。

これは、シチリアのマフィアに立ち向かった少女リタ・アトリアの実話に基づく映画である。映画は、2008年のものだが、監督マルコ・アメンタは、以前にもこの素材を映画ではなくドキュメンタリー作品《マフィアに立ち向かった少女》(1997)で撮っている。

このドキュメンタリー作品は、NHKのETVカルチャースペシャルで放送されたので、ご覧になったかたも多いかもしれない。1997年ユーロフィルム製作で、1998年イタリア賞受賞作品であった。こちらは、リタ・アトリアの残された写真やヴィデオを用いてドキュメンタリーとして描いている。

さて、今回上映されたのは、映画作品で、同じ素材に基づいてはいるが、ストーリー性が高くなっている。リタは、幼いころ叔父に父を殺害され、復讐を誓う。日記をつけて、叔父の一家(マフィア)の悪行を記録する。それを検察に持ち込むところから話ははじまる。

検察側の判事は、ボルセリーノ判事(ジョヴァンニ・ファルコーネとともにマフィアの一斉検挙へ踏み出したがともに爆殺された)がモデルである。

ストーリーとしては、リタが殺された父と兄は正義の人であると思い込んでいるところから、父と兄もマフィアの一員であったのだと認識が展開するところに一つの鍵がある。

また、映画としてよく描けているのは、母親を通じて、リタがシチリアのマフィアに浸透された社会の側からみれば、いかに掟やぶりの破天荒な振る舞いをしているのかが判る仕組みになっていることだ。

リタは若い(17歳)く、当然、恋もするのだが、リタをめぐる男たちとの関係も、普通のラブストーリーとは全く異なるが、見応えがある。

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《よせよせ、ジョニー》

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ヴェンティヴォッリョの初監督映画《よせよせ、ジョニー》(lascia perdere, Johnny!)を観た(有楽町、朝日ホール)。

1976年のカゼルタ(ナポリのあるカンパーニャ州の町、王宮があるので有名)が舞台。ミュージシャンをめざす18歳のファウスティーノが主人公。母一人、子一人なので、兵役を免れる資格はあるのだが、それには定職についていることを証明しなくてはならない。

ミラノからオルネラ・ヴァノーニの元恋人というミュージシャン(ヴェンティヴォッリョ)が来て、バンドに参加するが、そこでいろいろなことが起こる。ファウスティーノは近所の美容師アンナマリア(ヴェレリア・ゴリーノ)に憧れ、恋心を抱いている。

あてにならない口約束や、にわか仕立ての歌手といったどさ回りのバンドの珍道中だが、脱力感というか、ヴェンティヴォッリョの醸し出す、独特の肩の力の抜けたリラックス感のある映画だ。

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2009年4月24日 (金)

《湖のほとりで》

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映画《湖のほとりで》を観た(京橋・映画美学校第二試写室にて)。非常にめずらしく、ありがたいことに試写会の案内をいただき観る機会を得た。

原題はLa ragazza del lago で直訳すれば「湖の若い女」とでもなろうか。ミステリー仕立てなので、ストーリーを詳しく紹介することは避けるが、若い女性の死体が湖のほとりで発見され、その犯人捜しが一つの軸となっている。

しかし、同時に、これはイタリアの北部の小さな村で起こった事件なので、トニ・セルヴィッロ演じる刑事サンツィオが捜査を進めるうちに、村のなかの各家の人間関係、親子関係、夫婦関係のほころびが白日のもとにさらされていく。一見何事も起こらない平和そのものの湖のほとりにある村にも、当然ながら、人間の欲望、暗い情念がうずまいているのだ。

それが、捜査とともに、静かに明らかになっていく。カメラワークも基本的に穏やかで、それだけに時たま見せる技巧的なショットが印象に残るのだが、わざとらしくはなく、むしろ、それが心に染みるのである。それはここで用いられている音楽にも言えることで、殊更に、観客の感情をあおりたてる音楽はもちいられない。

基本的に静かなのだが、実はよく練られた語り口なので、退屈することはまったくない。ミステリーではあるが、暴力的シーンは無い。むしろ、観終わると、監督は、村の中の人間模様を描きたかったのだろうと思えてくる。また、ここにはさまざまな形での障碍をもった登場人物が出てくる。心の具合が悪い者もいるし、身体の具合が悪いものもいる。その微妙な健常者からの「ずれ」が、この映画の味わいには重要である。この映画は、障害者が気の毒とか、障碍があるのに健気に生きているといった方向性の話ではない。そうではなくて、われわれが現代社会にいだいているいわく言い難い違和感が、この様々な形の障碍者を通じて、絶妙な形で表出されていると思う。

トニ・セルヴィッロは、実に達者な役者で、まったく異なった役柄を実に自然にこなしているように見える。『パードレ・パドローネ』のオメロ・アントヌッティがさりげなく脇役で出ているし、ヴァレリア・ゴリーノ(数年前のイタリア映画祭で、A casa nostra という映画で検察官を熱演していた)が影のある母親役で出ているなど、イタリア映画としては豪華な配役なのだが、その使い方が実にさりげないので、逆にストーリーに厚みが出ている。そういう意味で贅沢な使い方をしていると思う。

この映画ドナテッロ賞に史上最高の10部門を独占したというが、じっくり観ると納得がいく。決して騒々しくなく、徐々に心に沁みてくる映画である。

(7月、銀座テアトルシネマ他で公開とのことである)。

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2009年4月 8日 (水)

磔刑像アート、ナポリで撤去される

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ナポリで芸術作品が、論議を呼び、市長が撤去を命ずる事態となった(3月21日、Corriere della Sera).

撤去されたのは、十字架にコンドームがかぶせられた磔刑像{写真上)である。下のものは、イエス、マリア、パードレ・ピオが漫画のコスチュームを着ている。

上の作品は、Sacred Love と名付けられたセバスティアーノ・デーヴァの作品で、Museo Pan に展示されていた。

形式的には、文化評議員のニコラ・オッダティによってだが、実質的にはローザ・ルッソ・イェルヴォリーノ市長の命令によってこの作品は撤去されることになる。市長は、この作品は、悪趣味が支配しており、芸術性が欠如していると評価を下している。

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2008年9月26日 (金)

映画 《Il papa di Giovanna》

Papa_di_giovanna プーピ・アヴァーティ監督の《Il papa di Giovanna》を観た。

以下、ネタバレとなるので、ストーリを知りたくないかたは読まないでください。

 

1930年代のボローニャが舞台である。シルヴィオ・オルランド(父)とアルバ・ロールヴァッヒェル(娘)の物語。父は高校の美術の教師、娘は同じ高校に通う高校生である。

この娘は、お母さんがコケティッシュであるにもかかわらず、野暮ったい感じなのである。その娘がある事件を起こし、裁判にかけられ、精神病院に入ってしまう。

母親は、娘を見放し、見舞いにもいかないが、父は娘との交流を続ける。その間に、ファシスト体制下で戦争が進展していく。

話は戦後の解放、およびその何年か後の母との再会で終わる。

まあ、こう書いてしまうと、味のない話に思えるが、それは僕の要約の仕方がそっけないせいなのである。画面には、1930年代の風俗、階級格差、ブルジョワの家にはお手伝いさんがいて、その住まいは、庶民とは段違いであったりする。 また、警察官の友人は、体制側なので、警察手帳を見せると、手にいれにくい物資が手にはいったり、映画館もただで入れてしまったりする。 この警察官は、ジョヴァンナの母に淡い恋心をずっと抱いている。夫と妻と夫妻の友人との関係は、向田邦子のテレビドラマ『あ・うん』に似ていなくもない。 シルヴィオ・オルランド演じる父は、精神病院の娘のもとへ通うが、その病院の様子も、現代とはまったく異なっており(現代では、イタリアでは精神病棟は、原則として閉鎖されている)、感慨深いものがある。 そういった風俗の差異は大きいのだが、ある意味で父娘の情愛というものは、数十年では変わるものではないのだろう。そこをオルランド、ロールヴァッヒェルの演技が見せる。ファシズム時代を扱っているという点では、これまでのアヴァーティ監督の作品と共通するが、観たあとの感じは微妙に異なっており、この作品の独自性が静かに迫ってきた。

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2008年9月21日 (日)

映画《Un giorno perfetto》

Locandina  フェルザン・オズペテク監督の映画《Un giorno perfetto》を観た。

ひりひりするような心の痛みを感じさせる映画である。

以下、ネタバレになるので、ストーリーを先に知りたくない人は読まないでください。

               

            

            

             

           

              

               

          

ストーリーは、最初はわかりにくい。二時間弱のなかに多くの人物が詰め込まれているので、最初のうちは、人間関係がつかめないのである。

あとから判るが、この話は枠つきの物語で、最初の場面のあと、24時間前にもどって、あとは順に時間をたどっていって、最初の場面に戻っておわるのである。

主人公は、ヴァレリオ・マスタンドレア(夫)とイザベッラ・フェッラーリ(妻)と娘、息子である。夫婦は別居しているのだが、夫は妻が忘れられない。

しかし、忘れられないというのが単なるペーソスを感じさせる話ではなくて、むしろ強迫観念と化しているのである。まさにストーカー、家庭内暴力なのだが、別居してもそれは終わらない。

この夫は、いつもマッチョなのではなくて、普段は優しげな表情も見せるだけに、いったん変わった時は余計に怖い。

他は、国会議員の複合家族と、この家族の子供が同級生であることから、いくつかのエピソードが発生する。また、妻の母がステファニア・サンドレッリで、独特の味を出している。

終局は衝撃的で暴力的である。

そのことを断った上でであるが、この映画は、極めて逆説的な形で、つまり予定調和的な形でなく、現代イタリアの家族愛を描いた映画ではないかと思う。

人によっては観るのがつらい場面もあると思うので、決して万人向けではないが、たとえば、アルバン・ベルクのオペラ《ヴォツェック》や《ルル》の叙情性は、ひりひりするような叙情性といえるだろう。

その叙情性を高めているのは、ローマのゴージャスな美しさである。教会の荘厳さ、パラッツォの豪華さ、郊外の索漠とした不思議な美しさ、夢のようなパノラミックな現実がローマである。

欲を言えば、素材がこれだけあるにしては、映画の時間が短すぎて、一筆、二筆でおしまいで、後どうなるの、というエピソードもある。長いヴァージョンがあるのなら、それを観てみたい気がする映画である。

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2008年6月 8日 (日)

リヴォルノでフリーメーソンのリスト漏れる

Gm_3 リヴォルノで、300人のフリーメーソンの会員リストが暴露された(6月7日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

すっぱ抜いたのは、Corriere di Livorno(出来て一年足らずの新しい新聞)で、新聞の所有者は、元サッカー選手のクリスティアーノ・ルカレッリ。

リヴォルノで最初にフリーメソンの支部(loggia)《Union Parfait》ができたのは、1797年で、アヴィニヨンのFrancesco Morenas によるものだった。

今回暴露された300人は、14の支部(loggia)にまたがっている。その中には、Grande Oriente d'ItaliaやGran Loggia d'Italia が含まれている。リヴォルノはフィレンツェについで、イタリア第二のフリーメーソンの都市で、500人に1人がメンバーであり、その密度はイタリアで最も高い。

今回はメンバーの氏名、生年月日、支部名が明らかにされている。職業名はないが、この町ではお互い知り合いである。

事件のきっかけは、リヴォルノ検事局が、観光客の出入りを管理する会社《Porto2000》の放漫経営をめぐる調査を開始し、そこにフリーメーソンの関与の有無を確認するため会員リストを押収したことだった。

Grande Oriente d'Italiaは、1805年にミラノで設立され、初代のGran Maestro はナポレオンの継子Eugenio De Beauharnais だった。(写真は、現在のGran Maestroのグスターヴォ・ラッフィ)。

Gran Loggia d'Italia は1908年に設立され、スコットランドの儀式を守っている。

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2008年5月20日 (火)

Gomorra

Gomorra 映画 Gomorra を観た。

原作はロベルト・サヴィアーノの Gomorra で、この本はイタリアでは100万部を越えるベストセラーとなっている。

カモッラ(ナポリ周辺の犯罪組織)の実態を描いたドキュメンタリー小説で、サヴィアーノはカモッラから狙われる身となり、現在は24時間護衛がついている。

その原作から5つのエピソードを拾い上げて、原作者も加わって台本が書かれた。監督はマッテオ・ガッローネ。

ガッローネの映画は2003年のイタリア映画祭で『剥製師』が紹介されている。独特の息詰まるような雰囲気の映画であった。

映画『ゴモッラ』の主演トニ・セルヴィッロは、2005年のイタリア映画祭で上映された『愛の果てへの旅』の主演男優である。彼は最近ひっぱりだこで、『ゴモッラ』(カンヌ映画祭に出品)のほかに、政治家アンドレオッティを描いた映画にも主演し、アンドレオッティ役を演じている。この映画もカンヌ映画祭に出品されているのだ。

『ゴモッラ』のストーリーの細部を語るのは避けるが、5つのエピソードは相互に絡みあっているという点では、中身はまったく異なるのだが、映画の構造という点では、『恋愛マニュアル』に似ている。

もちろん、『ゴモッラ』は犯罪組織の話であり、内容は『恋愛マニュアル』とは異なり笑える話ではない。ただし、ひっきりなしに殺戮が繰り広げられるという映画でもない。

ここから、かるくネタバレととられるかもしれない話なので、読みたくない人は読まないでください。

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さて、一つのエピソードは、ブランド製品をナポリの工場で中国人がつくっているという話である。(細部は省略します)。

その後、RAI3のReport というドキュメンタリーを見たら、現実はさらに進んでというか、悪化しているのである。グッチもドルチェ&ガッバーナも、シャネルも、ほぼあらゆる有名ブランドが、洋服も靴も、下請け、孫請けに出して、ナポリや東北部などの中国人の工場でつくっているのである。

だから、中国人はもはや模造品だけでなく、本物も作る技術をすっかり手中にしており、番組の中でも、取材したある有名ブランドの靴は、本物か偽ブランドかわからないと言っていた。

こうして、ごく一部のメーカーを除いて、イタリア人の職人はイタリアからも消えつつあるのだ。ブランド品ですらそうなのである。あるいは、中国でほとんど作っておいて、たとえばカバンの取っ手だけをイタリアでつけて、メイド・イン・イタリーを称しているものもあるという(これは、もちろん不正である)。

一つ興味深かったのは、ここに出てくる役者、出演者は、ナポリ方言の話者で、自然に語っており、時々イタリア語字幕が出たことである。字幕を見て、ああこう言っていたのかと逆に推測できることもあるが、まったく何を言っているのかわからない場合もある。まあ、だからこそ、イタリア人に対しても字幕をつけるのであろう。

僕が見たのは、土曜日の午後5時からの上映で、東京とは異なりそれがその日の第一回目の上映である。『ゴモッラ』は、原作はベストセラーで、映画もカンヌに出したこともあって、連日テレビでも紹介されており、映画館が混んでいないとよいのだが、と思っていったら、全くの杞憂であった。

一列あたり、一組のカップル、あるいは一人の観客がいるかいないかで、がらがらであった。値段は一般で7ユーロ(お年寄りや障害者は割引がある)。

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2008年4月25日 (金)

中絶数減る

Aborti イタリアの中絶数が、年間3%減った(4月23日、コッリエーレ・デッラ・セーラ)。

中絶数は、2006年の13万1018件から、2007年の12万7038件へと3%減少した。

それと同時に問題となっているのが、良心的拒否者(obiettore di coscienza) が増えていることだ。

各職種での、中絶手術拒否者の比率は次の通り。

婦人科医
2003年 58,7%
2007年 69,2%

麻酔専門医
2003年 45,7%
2007年 50,4%

医師以外の担当者
2003年 38,6%
2007年 42,6%

上の数字は全国平均であり、州によってはもっと高くなる。バジリカータは90%、カンパーニャ州も44,1%から83%にあがった。シチリア州も44,1%から84,2%にあがった。

移民の女性では中絶数が4,5%増えている。

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2007年9月23日 (日)

《題名のない子守唄》

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ジュゼッペ・トルナトーレ監督《題名のない子守唄》を見た(銀座シネスイッチ)。

原題は、《La sconosciuta》で見知らぬ女、正体不明の女という意味である。映画冒頭にトルナトーレからのメッセージとして結末は他の人に話さないでください、という意味の言葉が字幕ででたので、あらすじは詳しく書けないが、主人公の女性は、ウクライナ出身の女性で、それがイタリアのトリエステに住み込みのお手伝いさんとして働くという設定である。

この女性は、以前に犯罪組織のからんだ売春をさせられていた過去を持つ。トリエステでは、ある親子三人の家に、お手伝いとして雇われるが、彼女はそれが実現するために、さまざまな工作をする。なぜ、そんなことをするのか、というのが、ミステリー仕立てとなっている。また、それが彼女の過去とどうかかわっているのも、謎めいており、こちらの興味を引く。

予告篇で、主題歌のように扱われていた音楽は、彼女の出身のウクライナの子守唄のメロディーということになっているが、音楽担当のモリコーネのオリジナルであるらしい。全編にわたって、音楽と画面の関係は、でしゃばりすぎず、性格描写も適切で、実に素晴らしい。

R−15の指定となっており、やや刺激的な画面もあり、テーマも重いのであるが、観客を引っ張り込むしかけが随所にあり、子役は抜群にうまく、主人公の影のある女性の存在感も巧みに描かれ、一気に見終えてしまった。

ミケーレ・プラチド、マルゲリータ・ブイといったおなじみの男優、女優も出演している。プラチドの姿、役柄は、意外なもので、お楽しみの一つであろう。

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2007年7月 9日 (月)

《クリスマスの雪辱》

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プーピ・アヴァーティ監督《クリスマスの雪辱》を観た(イタリア文化会館)。

これは、監督の前口上のみがあった。《クリスマスの雪辱》は、《クリスマス・プレゼント》の続編である。しかし両者の間には17年の歳月が流れている。何故か? アヴァーティ監督は、続編は作らないつもりだった。ところが、出演者たちが続編を作りたいと申し出た。ならば、台本と監督を準備しなさい、それで私がオーケーすれば作れば良い。ところが、彼らは、最悪の台本を持ち込み、何とも言えない人物を監督として紹介した。これでは、と駄目だしをすると、ではあなたがやってくれ、と結局アヴァーティが引き受けざるをえない状況になった。

ここからネタバレあります。


前回賭けに負けたフランコは、現在は、映画のチェーン店を持つほど羽振りが良い。そこで、雪辱を晴らそうと一計を案じる。しかし敵もさるもの、すぐにフランコの意図は見破られてしまう。

映画批評を書いていたレレは落ちぶれているばかりか、肺癌の手術をしたところ。そこに医者のうら若い妖艶な妻とフランコの仲が進展してと、こちらの方が、前編よりも明示的に人間関係の複雑さ、うさんくささが示される。

ポーカーは意外な展開で、これは誰にも判らないだろうとアヴァーティ監督は、観るものへの挑戦だと言っていたので、ここには記さない。また、その説得力についても観る人の判断にまかせるほかはない。

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《クリスマス・プレゼント》

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プーピ・アヴァーティ監督《クリスマス・プレゼント》を観た(イタリア文化会館)。上の写真は白黒だが、本編はカラーである。

本作品の上映は、7月12日のみである。その後は、京都と名古屋で上映されるとのこと。

これも、アヴァーティ監督の舞台挨拶があった。アヴァーティ監督は、本作の前2本が興行的に大失敗に終わり、その結果、新作の金策に苦労することになった。それで、これまでで一番低予算で出来る映画を考え、5人の男がポーカーをやるという台本が出来上がったのだという。

5人のうち4人は若い頃からの友人・知り合いである。

ここからネタバレありです。


彼らの友情は、女性関係のもつれで、ひびが入った過去があり、その修復もかねて、ポーカーをしている(らしい)。女性が登場する回想場面は、男の姿は顔がなく、手や声のみなので、最初のうち、4人の男の顔と名前が一致しない時点では混乱する。もう一度、顔と名前が頭に入ったところで見直してみたい。

ポーカーは、結局、掛け金を相手があげてきた時に、それに応えるか、降りるかという選択肢があり、そこにはったりの余地があるわけで、それが見所を形成している。

友情と過去のわだかまり、ポーカーで誰と誰が密かに組んでいるか、見かけと実態が錯綜する面白さがある。

俳優は、ディエゴ・アバタントゥオーノ、ジャンニ・カヴィーナ、カルロ・デッレ・ピアーネ、ジョージ・イーストマン(身長が2メートルもあり、名前もアングロ・サクソン風だが、本名はイタリア系で、ジェノヴァ近郊に生まれている)。

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2007年7月 8日 (日)

《心は彼方に》

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プーピ・アヴァーティ監督《心は彼方に》を観た(イタリア文化会館)。

プーピ・アヴァーティ監督特集で、7月8日から12日まで彼の作品4本を特集。監督自身が来日し、上演の前後に挨拶および質疑応答があった。

本作品と《二度目の結婚》は、それぞれ別の年だが、ゴールデンウィークのイタリア映画祭で上演されたもの。《クリスマス・プレゼント》およびその続編《クリスマスの雪辱》が日本初公開である。

ここからネタバレです。


舞台挨拶で、アヴァーティ監督は、母親から聴いた話として、監督が子供のころ、修道院および修道女が運営する盲人施設で、健常者の男と会ってダンスをしたりする催しがあって、それにいくのはどんな男なのだろうと興味をそそられたとのことだった。この母親が与えた種は、この作品の重要な鍵をなすエピソードの一つである。

ローマで法王庁御用達の仕立て屋の息子に生まれたネッロは、高校のラテン語教師としてボローニャに赴任する。ローマの両親および叔父は、ネッロが女性とつきあうことを心待ちにしている。ネッロは堅物なのである。

ボローニャの下宿屋で同室となった男の紹介で、ネッロは、上述の盲人施設を訪れる。同室の男の恋人の姉が盲人で紹介されたのだが、ここで、事故のため目が見えなくなったアンジェラと出会う。アンジェラはブルジョワ(医者)の娘で、これまでにも数々の男を翻弄してきたが、事故のためグイドという婚約者に破談にされてしまった。

ネッロは、アンジェラに惹かれ、夢中になる。アンジェラの父親の忠告も功を奏さない。アンジェラの中には別の男への思いが消えないことを知っても彼の態度は変わらない。

ネッロとアンジェロはささやかな成就と、全体としては破局へ進むことは予想できる結末だ。

この物語を純愛ものとして捉えることは、決して間違いではないが、それで括りきれない要素をこの映画はたっぷりともっている。

1920年代の高校生活。彼は、標準的な《アエネーイス》ではなくて、ルクレティウスを教えている。この高校は共学になっているが、戦前にも共学の高校があったのだろうか?

男としては、ネッロの父親(ジャンカルロ・ジャンニーニ)は遊び人、その弟は同性愛者で、ネッロは堅物。ネッロは本来なら司祭向きだったとされている。実際、教室では小声で、女性にも消極的なネッロは、教会で歌を歌うときには、人一倍大きな声が出るのだ。ラスト・シーンもそのことを物語っている。この男の三類型は、実にイタリア的と言わねばなるまい。とりわけ、司祭向きという類型が特徴的である。

また、これはヨーロッパ映画の特徴であるが、階級差もさりげなく書き込まれている。アンジェラの父は、はっきりと高校教師の給料では、あの贅沢/我が儘娘の面倒は見切れないと通告するのだ。

イタリア映画は、教会/カトリックがどう描きこまれているかが一つのポイントだと考えるが、アヴァーティは、フェッリーニの誇張された思い出という描き方をとらず、できるだけ等身大で1920年代の様子を復元するという形で表出し、繰り返し観ると、台詞のはしばしや、建物や、習慣の中に、社会的・宗教的テクスチャーが織り込まれていることが理解できるようになっている。

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2007年5月 6日 (日)

《カビリア》

Cabiria無声映画《カビリア》(ジョヴァンニ・パストローネ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

これは、もともと1914年に作られた映画を修復したものである。毎秒16コマ上映で、181分17秒で、オリジナルは183分50秒であった。

第一次大戦前夜の1913年から1914年にかけて製作されたもので、無声映画である。題材は、古代のローマ対カルタゴのポエニ戦争を背景にした冒険と愛の物語。字幕や登場人物の命名はダンヌンツィオの手になるものである。

上映に先立って、トリノ映画博物館の人の解説があり、ステファノ・マッカーニョ氏のピアノ生演奏を伴奏にして上映があった。もともとの映画では、イルデブランド・ピッツェッティが作曲したのであるが、当日のピアノ演奏がどれくらいそれを引用しているのかは不明。三時間ずっと引き続けなので大変である。感じとしてはジャズピアノ風の曲と演奏であるが、時代劇なのでところどころ、重々しい響きが混じっていた。

画像は、以前2001年の「イタリア映画大回顧」のときよりずっと鮮明になっており、ストーリーも波乱万丈で、無声映画独特のリズム(画面と字幕が交互にあらわれる)に慣れれば、退屈しないものであった。エキストラや舞台装置は手抜きがなく、豪華絢爛たるものであることが、デジタル修復で画像が鮮明になったことでよく判った。

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《癒しがたき愛》

Inguaribile_amore_1 短編映画《癒しがたき愛》(ジョヴァンニ・コヴィーニ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

登場人物は二人。病気で寝たきりの男と、彼を介護しつつ文字盤をなぞって会話する女。

不思議な衝撃を受ける映画だ。画面を動きまわるのは、文字盤をなぞる女の指、男はかすかに目線が動くのみである。音声を発するのは彼女のみである。しかし、文字盤を女が声に出して読むので、会話にはなっている。

男は、ALS (筋萎縮性側索硬化症)にかかっているのである。彼らはこうして10年間を過ごしてきたことが語られる。

ドキュメンタリータッチではあるが、まさしく映画的な、映画でなけえれば表現しがたい会話、まなざしの交差がここには存在している。

実は彼らのブログがある。

http://www.conoscicesare.org/malattia/

ここで、この映画の予告編や、彼の病歴等々を知ることができる。

この短編映画は、イタリア映画評論家連盟ドキュフィクション賞他多数の賞を受賞している。

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《ヴィットリオ広場のオーケストラ》

Orchestra_di_piazza_vittorio《ヴィットリオ広場のオーケストラ》(アゴスティーノ・フェッレンテ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

ローマの移民が多く住む地区で、移民を中心にしたオーケストラを作り、演奏会に至るまでのドキュメンタリー。

アフリカ、アラブ、インドなどさまざまな出身地の音楽家、多様な音楽が登場する。

当然、彼らをリクルートしたり、まとめあげていく過程は容易ではない。

イタリアの移民問題を、不思議な角度から捉えた作品である。

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《わが人生最良の敵》

Il_mio_miglior_nemico_1《わが人生最良の敵》(カルロ・ヴェルドーネ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

昨年の映画祭の《恋愛マニュアル》で、妻に去られた医師を演じたヴェルドーネが主演・監督。

シルヴィオ・ムッチーノ演じる若者と、ふとしたことから敵対関係に陥るが、協力せざるをえなくもなる。

前半はどたばた、艶笑話もからんで笑えるが、後半ややしんみりと家族、親子、恋人について考えることになる。

ヴェルドーネは、演技がうまいので、同じ手を別の映画や別の人で見たことがあっても笑ってしまう。

中心人物がアキッレとかオルフェオというギリシア神話の人物と同じ名前なのも、寓意性を示唆している。オルフェオは妻エウリディーチェが死んだとき、黄泉の国まで追いかけていったのである。

といったことは考えなくても、楽しめる上質な娯楽作品。

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2007年5月 5日 (土)

《犯罪小説》

Romanzo_criminale_1《犯罪小説》(ミケーレ・プラチド監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

この犯罪組織は実話に基づいている。

犯罪組織の名は、Banda della Magliana というが、これはジャーナリズムが付けた名前で、Magliana というのはローマの地区の名。

麻薬取引だけでなく、この映画でも示唆されているが、政治の世界とはリーチョ・ジェッリや P2(フリーメーソンの組織で政界、官界中枢のメンバーが数多くいた)とも関わっていた。

映画が扱っている時代は70年代から90年代であり、ペコレッリ殺人事件、アルド・モーロ殺人事件、ロベルト・カルヴィ事件、ボローニャ駅爆破事件など、現在でも全容が解明できていないテロになんらかの関わりを持っている可能性があるという。

ローマの犯罪史上最も強力な組織であったが、シチリアマフィアと異なり、ピラミッド型の権力構造はもたず、ボスが一人ということもなかった。

メンバーの何人かは極右組織との交流をアルド・セメラーリ教授を通じてもった。セメラーリ教授は高名な犯罪学者であるだけでなく、P2や秘密警察Sismiとも強いつながりがあった。

映画としては、豪華な顔ぶれで、キム・ロッシ・ステュアートが Freddo (冷血)、ステファノ・アッコルシが警部、ジャスミン・トリンカが Freddo の恋人役といった具合。冷戦時代の闇の深さがうかがえる作品である。

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スコルセーゼ:《新世界》は私の家族の物語

Goldendoor201マーティン・スコルセーゼ監督が、《新世界》(クリアレエーゼ監督)の物語には、自分の一家の物語と重なるところが多いと語った(コリエレ・デッラ・セーラ、4月27日)。

マーティン・スコルセーゼ(なぜか、日本ではスコセッシと呼ばれているが、Scorsese というスペルではスコセッシとは読めない)はイタリア系アメリカ人であり、この映画をみていたく感動し、プロデューサのファブリツィオ・モスカに、ニューヨークで公開するように強く主張した。

エマヌエエーレ・クリアレーゼ監督の作品は、20世紀初頭にシチリアの一家がアメリカに移民する旅をめぐるもので、アメリカでは5月25日から公開される。

またこの映画は、第50回サンフランシスコ映画祭のオープニングを飾った。2002年にロバート・デニーロの発案で開始された Tribeca 映画祭(9・11後、マンハッタン再興を目指して創設された)の第6回にも出品されるが、デニーロはニューヨーク・ポスト紙からこの映画祭監督を辞任するよう勧告された。映画祭が方向性を失っていることを批判されている。

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2007年5月 4日 (金)

《マルチェロ・マストロヤンニ 甘い追憶》

Marcello《マルチェロ・マストロヤンニ 甘い追憶》(マルオ・カナーレ、アンナローザ・モッリ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

プレミア上映で、初夏から渋谷のBunkamuraル・シネマ他全国ロードショー。

マストロヤンニをめぐるドキュメンタリー映画で、バルバラとキアラという異母姉妹、映画監督、スタッフらへのインタビューと、記録映像、出演映画の断片が交互に映し出される。

ここからネタバレです。

マストロヤンニの人柄が気取らない、スターぶらないということはすべての人が異口同音に述べていた。それはフェッリーニが巨匠ぶらないことにも通じていたろうし、そういう人間性が共通していたこともあってあの二人は気があったし、信頼関係があったのかもしれない。

電話魔であったことも、皆が証言している。それがどんな電話、誰への電話かが気になるところだが、ヒントを与えてくれるのは、脚本家のスーゾ・チェッキ・ダミーコのみで、彼女はマルチェッロは自分のうちによく電話をしにきた、それは構わないのだが、自分を巻き込むのはやめて欲しかったという。「今パリで・・・」などと嘘の証言を彼女にさせるのである。

もう少しこういったお茶目なというか、本人にとっては必死の工作の話を聞きたかったが、むしろ彼の人間性の素晴らしさと演技方法の自然さが語られる。脚本の台詞はきっちり頭にいれず、役柄をきちんと飲み込んで、場にのぞむのである。

二人の娘のインタビューは、やはり、娘にとっての父親がどういうものであったのかということが一つ一つのエピソードにこもっている。バルバラの(マストロヤンニ出演)作品の好みも興味深い。なぜその作品が好きかという理由がファンとはまったく異なるのだ。

全体としてはちょっと突っ込みが足りない気もするが、心の芯が少し温まる映画である。

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《N-私とナポレオン》

Nio_e_napoleone《N-私とナポレオン》(パオロ・ヴィルツィ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

エルバ島に流されたナポレオンを島民がどう迎え入れたか、島民の生活も含めて描かれる。

ナポレオンを演じるダニエル・オートゥィユが、なまりのあるイタリア語を駆使するのは、おそらくリアルなのだろう。コルシカは中世はピサやジェノヴァが支配しており、フランスの統治は18世紀半ばになってからだ。また、コルシカ語は、イタリア語やトスカナ方言に近いらしい。

映画の登場人物マルティーノは自由主義者で、最初はナポレオン上陸に反対しているが、ひょんなことからナポレオンの書記となり、彼の人間性に惹かれていく。

彼の家族(兄、姉)をめぐるお話は、むしろコミカルで気楽に楽しめるもの。

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《それでも生きる子供たちへ》

All_the_invisible_children《それでも生きる子供たちへ》(オムニバス作品)を観る(イタリア映画祭2007)。

これはオムニバス作品で、イタリア人監督ステーファノ・ヴィネルッソ(今回来日)らの呼びかけで、アルジェリアのメディ・カレフ監督、サラエボ生まれのエミール・クストリッツァ監督、アメリカのスパイク・リー監督、ブラジルのカティア・ルンド監督、イギリスのジョーダン・スコット監督、ナポリ生まれのステーファノ・ヴェネルッソ監督、中国のジョン・ウー監督、それぞれが製作した7本の短編のアンソロジーとなっている。

それぞれが、問題を抱えた子供を主人公にしている。ヴェネルッソ監督のものは、ナポリで金持ちの男から腕時計を盗む少年チロが主人公。家庭もすさんだ感じであり、少年の眼差しはどこかさみしげだ。

しかし、いろいろな困難にもかかわらず、子供たちは基本的には生き生きとしている。

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《プリモ・レーヴィの道》

La_strada_di_levi《プロモ・レーヴィの道》(ダヴィデ・フェッラーリオ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

これはタイトルの通り、ロードムービーである。ただし、アウシュビッツ収容所から奇跡的に生還した作家プリモ・レーヴィがイタリアに帰国するまでに通った道筋をたどっている。

タイトルからは、なんとなく暗く重い話かと思うと、そうでもない。というのも、収容所自体は出発点になるが、時折挿入される歴史的な画像のほかは、現在のロシア、ベラルーシ、ルーマニア、ハンガリーの様子が映し出されるからだ。

ダヴィデ・フェッラーリオ監督(今回来日)は、昨年公開された《トリノ、24時からの恋人たち》(映画祭のときは《真夜中を過ぎて》というタイトルだった)では、トリノの映画博物館を舞台にした一風変わった三角関係を描いていたが、今回は、旅そのものが主人公であって、継続的に登場する人物はいない。

レーヴィですらも、途中では忘れ去られたかのように、各地の現在のエピソードが語られるのである。

観ているうちに、旅をすることが人生そのものではないかと思えてくる。それが、プリモ・レーヴィのような数奇な運命を辿った人と自分の運命を重ね合わせる一つの方法と監督は考えているのかもしれない。

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2007年5月 3日 (木)

《星なき夜に》

La_stella《星なき夜に》(ジャンニ・アメリオ監督)を観た(イタリア映画祭、2007)。

イタリア人技術者と中国人女性通訳者が、中国各地を製鉄所を捜してまわるロードムービーである。

セルジョ・カステリット演じるヴィンチェンツォ・ブォーナヴォロンタ(姓が善意という意味であり、ストーリーが寓意的なことが暗示されている)は、ジェノヴァの製鉄所の整備技師。

中国の代表団が買い付けた中古の高炉に欠陥部品のあることに気づき、自ら改良した部品を届けようと中国に渡る。そこからは、ロードムービーになる。

大都会からはじまって、内陸部に行くにつれ、ふだん僕らがほとんど眼にしない貧しい庶民の中国の生活が明らかになる。ヴィンチェンツォは部品を届けるこだわりは捨てないが、観客として見ていると、この広大な混沌とした現代中国においては、部品の一つや二つに欠陥があろうがあるまいが、たいした違いではないと思わせられるほど、都市部の高層ビルと内陸部、さらにはモンゴル自治区の建造物の格差は大きい。

最初は、うちとけぬ中国人通訳とイタリア人技師の間に、しだいに心が通っていくのは、ある意味で予想通り。

中国が、こういう貧しい暮らしを正面から見せるようになったのは、まだら状とはいえ、豊かな部分が出てきたからではないかとも思った。映画としてのインパクトと、中国の現状が与えるインパクトを切り離し区別して評価することが困難な作品である。

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《ザカリア》

Zakaria短編映画《ザカリア》(ジャンルーカ&マッシミリアーノ・デ・セリオ監督)を観た(イタリア映画祭2007)。

デ・セリオ監督は、1978年トリノ生まれで、双子の監督である。これまでにも、《マリア・イエズス》、《私の兄弟ヤン》というイタリアの外国人を撮った短編映画を撮っているという。

この映画では、ザカリアという少年の一日を追っていて、学校で、アラブ語の単語をならい、イスラム教の礼拝所へ行くと、同じ年頃の少年と出会う、そこで、名前を名乗ると、相手もザカリアという同じ名であったという話。

声高に何かを主張するのではなく、少年の生活を静かに語り、その心情に寄り添っていく作品。

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2007年5月 2日 (水)

《ニュース》

News短編映画《ニュース》(ウルスラ・フェッラーラ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

激しく移り変わるアニメと新聞記事がパッチワークのように重ねあわされるのだが、残念なことに筆者の視力では、新聞記事が何と書いてあるのか読めず、作者の批評的意図が読み取れなかった。

アニメ画面の変化からは、何らかの形で現代社会を批評しているのではないかと予想した。

4分の短い作品。

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《見えますか?》

Do_you_see_me_1短編映画《見えますか》(アレッサンドロ・デ・クリストファロ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

非常に不思議な味わいの映画である。

ある男が、気に入った絵をずっと見ているのだが、実はこの絵というか写真は、ゆっくりと動いていることに気づく。

シーン変わって、その女性の部屋にも絵(写真)がかけてあって、絵をみていた男の部屋がものすごいスピードで動いている様子が移っている。

女性は、部屋を出て、男の店を訪ねる、というのがストーリー。二つの系列の時間が額縁を通じてつながっていた、というのがミソであり、それを映画という媒体ならではの時間・空間・動きの日常とずれた感覚を味あわせてくれる佳品。

イタリア映画評論家連盟監督特別賞受賞。

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《私です》

Sono_io短編映画《私です》(セルジョ・カステリット監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

これはもともとイタリアの下着メーカー intimissimi がプロデュースした短編映画(21分)である。

監督は、俳優として今回の映画祭でもベロッキオ監督の《結婚演出家》、アメリオ監督の《星なき夜に》に主演しているセルジョ・カステッリット。

レストランで働く若い女性(ケティ・ソーンダス)が、ふとしたきっかけで女性監督(モニカ・グェッリトーレ)のカメラ・リハーサルを受ける。詩を暗誦したところ、監督とその女性は親子であることがわかるといった筋。

気のきいた洒落た短編映画である。

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《私たちの家で》

A_casa_nostra《私たちの家で》(フランチェスカ・コメンチーニ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

パンフレットにあるように「現在のミラノを舞台に、銀行家、娼婦、財務捜査官、モデル、年金生活者などさまざまな職業、階級の人々が織り成す人間模様」を、ルカ・ビガッツィのカメラワークで丹念に描いた作品。

フランチェスカ・コメンチーニは2005年の映画祭では《ママは負けない》という労働現場でのいじめ、リストラ問題をCGILの協力のもと、殺伐としたテーマを叙情的な味わいを失わずに描いていた。

今回は、最初にヴェルディのオペラ《リゴレット》のスパラフチーレ(殺し屋)のテーマが鳴るところで、ははん、とピンと来る人は来たと思うが、まるで《リゴレット》の終幕の4重唱のように、さまざまな階級、立場の人生がミラノという都市を舞台に偶然の一致を結構多用して重ね合わせている。

偶然の一致を多用すると話はうそっぽくなりがちだが、一方で、室内楽的な旋律の絡み合いという別の味わいもうまれてくる。

一つの線は、不正な株式の買占めで、銀行合併の際に、インサイダーで先回りしてその株を買占めておけば、大儲けが出来るが、その金の出所を消す必要がある。そこで、ある若者のアイデンティティーが利用されるのだが、この若者は、銀行株買占めの黒幕の銀行家(どこかベルルスコーニを思わせる風貌のルーカ・ジンガレッティ)の愛人(ラウラ・キアッティ)と関係を持ったことからこの件に巻き込まれる。

もう一つの線は、この経済犯罪を追う財務警察官のリータ(ヴァレリア・ゴリーノ)とそのつれない彼氏とその両親。父親は贅沢が好きな元教師で、妻に内緒で蔵書を古書店で処分している。妻は身体が弱く、後に倒れる。

さらにもう一つの線があって、スパラフチーレに相当するのが、その名もオテッロというガソリンスタンドの店員。この男前科があるものの、東欧から来た娼婦ビアンカを純粋に愛している。

ビアンカを悲劇が襲い病院にかつぎこまれるが、その病院にリータの彼氏の母もかつぎこまれて、さらにビアンカが妊娠している子供の引き取りてとして銀行家が現れ、病院で三つの線が一つに重なる。

それぞれの金と愛が描かれるオペラティックな味わいの映画であるが、腐臭を垂れ流しにし、社会全体を金第一の価値観へと傾斜させている階層への批判も痛烈である。

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2007年5月 1日 (火)

《ミルコのひかり》

Rosso_come_il_cielo

《ミルコのひかり》(クリスティアーノ・ボルトーネ監督)を観る(イタリア映画祭2007)。

この作品は、プレミア上映の一つで、この秋、劇場公開予定。

原題は、Rosso come il cielo (空のように赤く)である。イタリア映画界の盲目の音響技師ミルコ・メンカッチの子供時代の実話に基づく映画である。

事故で視力を失ったミルコがジェノヴァの全寮制の盲学校に入学し、そこで録音テープに音を録ることに目覚める。彼は、映画のサウンド・トラックに相当するものを、作り上げようとする。

校長は、ミルコの活動に反対、ジュリオ神父が密かに助けてくれて・・・といったストーリーである。

盲人が、盲人であるがゆえに、さまざまな活動を断念する必要はないのだ、という主張が認識されはじめた時代の物語で、センチメンタルにならず、前向きに生きるという主張に満ち溢れた映画である。ユーモラスな場面にもことかかない。

監督の舞台挨拶でも、盲人に限らず自分をブロックするものを取り除く戦い、その戦いに勝てるとは限らないが、それをするのが生きる意味だ、というようなことを述べていた。

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《カイマーノ》

Caimano 《カイマーノ》(ナンニ・モレッティ監督)を観る。

この作品は映画を撮るプロセスを描いた映画である。その点では、ベロッキオ監督の《結婚演出家》と共通する。

最近のメタ映画で気づくのは、単に先行作品への言及や引用のみではなくて、映画を撮るという行為、プロセスを見せていくようになっているということだ。

この作品では、女性新人監督テレーザ(ジャスミン・トリンカー今回来日)が、行き詰まったプロデューサ、ブルーノ(シルヴィオ・オルランド)のところへ台本を持ち込む。ベルルスコーニを批判するという台本で、ブルーノはよく読まずに乗り気になる。

主役を引き受けたプルチ(ミケーレ・プラチド)が途中で降板を申し出たり、銀行が借金の返済を迫ったり、映画づくりの多事多難さも、さまざまな側面から描かれる。

ジャスミン・トリンカが舞台挨拶で繰り返し述べていたように、単に政治的映画ではなく、映画づくり、映画づくりへの愛をめぐる物語でもある。

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2007年4月30日 (月)

《家族の友人》

Photo_75《家族の友人》(パオロ・ソレンティーノ)を見た(イタリア映画祭2007)。

ソレンティーノ監督は一昨年イタリア映画祭2005では《愛の果てへの旅》というスタイリッシュな、独特の雰囲気の映画を作り上げていた。マフィアの運び屋をこととし、ホテル住まいを何十年も続ける謎の男をトニ・セリヴィッロが渋く演じ、そのホテルの従業員をアンナ・マニャーニの孫娘オリヴィア・マニャーニが演じていた。彼女も、若くて綺麗というだけではまったくなく、映画の中でも、映画祭での挨拶でも、独特の存在感のある女優であった。

今回の《家族の友人》でも、パオロ・ソレンティーノは俳優の起用が巧みである。主人公で高利貸しのジェレミア役のジャーコモ・リッツォ(今回、来日し、舞台で挨拶した)は、喜劇役者として50本以上に出演、今回初めてシリアスな役柄に挑戦したのである。

小柄で、老いた母親と二人暮らし、けちで高利貸しだが、自分ではそれが善行だと思い込んでいる。ジェレミアが世にも美しい花嫁(ラウラ・キアッティ)の親に金を貸したところ、彼は花嫁に恋をする。ベロッキオの《結婚演出家》でもそうであったが、花嫁への横恋慕は現代のように性が開放的になっても、禁断の愛の性格が強く、刺激的だ。

ジェレミアには、ジーノというテネシー暮らしにあこがれる友人がいる(ファブリツィオ・ベンティヴォリオ)。ベンティヴォリオは不思議な役者で役柄ごとに顔がまったく別の人間に見える。

ジェレミアは恋に落ちたところから、人間的弱みをみせていく。おぞましい奴だが、人間味も持ち合わせた登場人物である。

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《新世界》

Photo_74《新世界》(エマヌエーレ・クリアレーゼ監督)を見た(イタリア映画祭2007)。

シチリアからアメリカへの移民の話である。後半は、アメリカのエリス島での新大陸に上陸する前のさまざまな手続きが事細かに描写されていて、興味深い。

身体検査だけでなく、積み木というか木製パズルで知能検査をしたりして、移民として「不適切」な人物は排除するシステムが出来ていたことがわかる。

「リトル・イタリーの恋」では舞台がオーストラリアであったが、アメリカでも、写真だけを見て結婚相手を決め、海を渡ってきた花嫁が、実物の花婿をみて話が違うとショックを受けることがあったのだ。

シャルロット・ゲーンズブールはルーシーという名のイギリス人女性を演じている。たしかに、イタリア人女性たちとは、顔立ちがはっきり異なっていた。

現代のイタリアでは、入ってくる移民の問題が重要だが、この物語の20世紀初頭においては、出て行く移民が重要な課題であったのだった。

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《気ままに生きて》

Photo_73 《気ままに生きて》(キム・ロッシ・ステュアート監督)を見た(イタリア映画祭2007)。

キム・ロッシ・ステュアートは、ジャンニ・アメリオ監督の《家の鍵》で、障害児の子供をいったんは捨てたが、再び引き取るという屈折した父親役を見事に演じていたが、監督としては未知数でどんなものかと思いつつ臨んだが、意外な秀作であった。

題名は《 Anche libero va bene 》で、(サッカーのポジションは)リベロでもいい、という主人公の男の子トミーのせりふから取られている。トミーはずっと父の希望で、水泳をやらされているのだが、本当はサッカーがやりたかった、その願いがかなうときに、どのポジションがやりたいかと言われて、Centrocampista (ミッドフィールダ)かなというと、父が自分は libero が好きだというと、息子はリベロでもいい、というのである。もちろん、libero には自由人という意味もある。

この父と娘・息子の一家は、母親が蒸発していて、途中で、母親が詫びをいれて帰ってくるのだが、娘が大喜びなのに対して、息子は屈託があり、母はまた出て行ってしまうかもしれない、と呟く。このトンマーゾ(アレッサンドロ・モラーチェ)の屈折した表情は素晴らしい。彼は喜びや悲しみのまじったさまざまな灰色の感情を、自由に表現し、観客を彼の心の中にすっと引き込む。

監督自身が演じる父親は、結婚生活に失敗したためか、感情の起伏が激しすぎて、(普段は子供に優しいのだが)時として子供にあたったり、仕事でも、相手とぶつかりうまくいかない。

少年の眼から、姉との関係、性への目覚め、父母とのアンビバレントな関係が描かれていく。

母親役のバルボラ・ポブローヴァもエクセントリックな女性の存在感がにじみ出ていた。

現代の家庭について、考えさせられる一本であった。

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2007年4月29日 (日)

《結婚演出家》

Photo_76 マルコ・ベロッキオ監督の《結婚演出家》を見た(イタリア映画祭)。

主人公は、映画監督エリカ(セルジョ・カステッリット)で、冒頭は娘の結婚式。

その後、浜辺を散歩していると、結婚の記念のヴィデオ・ムービーを撮っている凡庸な監督に、どう撮ったらよいかを尋ねられエリカ監督は、不条理でもあり、滑稽でもあるシナリオを即興で言い渡す。

この不条理なヴィデオ映画を撮らせる部分は、映画を撮る(凡庸な)監督に(優れた)監督がストーリーを授けるわけで、映画についての映画がメタ映画とすれば、メタ・メタ映画になっている。

フェリーニ監督の《81/2》が映画監督を主人公とした映画としては有名だが、それがさらに一層入り組んでいる。

エリカ監督は、シチリアの貴族から娘の結婚式を映画にとってくれと頼まれるが、その娘と恋に落ちてしまう。二人の行動は、時折、白黒映像によって映し出される。それは、貴族の父に隠し撮りされていることを意味しているようでもあり、エリカの意識を表しているようでもある。

映画の結末は、いくつかの映像が流れ、そのいくつかは、主人公の夢であるようにも解釈できるが、残りのいくつかは、どれが現実に起こったと考えればよいのか曖昧な部分を残している。たとえば、監督と花嫁は駆け落ちしたように見えるのだが、最後に列車に乗ったのは、監督一人だったのか、花嫁のみであったのか、二人そろって乗ったのか、ピランデッロ的に観客がそうだと思ったものが、そうであると監督は言いたげである。

ベロッキオ監督は、現代イタリアの抱えている問題について、常に先鋭な意識を持って取り組んでいる。今回強く感じられたのは、現代の崩壊しつつある家族関係のなかで、いまだに禁忌の感覚が強いのは、花嫁を奪うということであり、シチリアという舞台もあいまって、エリカ監督が花嫁の父親に殺されるのではないか、というはらはら感が、そうはならないストーリーに意外感をもたらしている。花嫁を奪うといえば《卒業》であるが、あの映画とはまったく別のタブー感覚が支配している。エリカが凡庸な監督に指示するストーリーの中でも、花嫁が衣装を脱ぎ裸になってしまうというのは、滑稽であると同時に、普通の状況で女性が服を脱ぐというのとは異なる衝撃がある。

ベロッキオ監督は、《宗教の時間》でも、イタリアにおける宗教の問題を取り上げているが、今回も、修道院や教会における結婚が表層的でなく取り上げられていて、極めて知的に刺激的な作品であった。

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2007年1月30日 (火)

《恋愛マニュアル2》大ヒット

Veronesi_1 ジョヴァンニ・ヴェロネージ監督

《恋愛マニュアル2》は、公開最初の週末、記録的な興行収入を達成した(コリエレ・デッラ・セーラ、1月23日)。

最初の週末の興行収入は、619万9674ユーロ(9億3千万円)。最初の週末でこれを上回ったのは、ベニーニの《ピノッキオ》(700万ユーロ)のみだという。

同じ時期に、《幸せのちから》(La ricerca della felicita')というライヴァルがいたのだが、ヴぇロネージがムッチーノを破った。

映画評論家のパオロ・メレゲッティは、批評と観客動員数が一致しないことはよくあるとし、昨年、《ダヴィンチ・コード》がカンヌ映画祭をはじめ、批評家に酷評されたにもかかわらず、イタリアでは、2800万ユーロを越す大ヒットになったことをあげている。

また、モニカ・ベルッチやスカマルチョといったスターの出演もあって、高視聴率の番組や、映画や芸能雑誌で取り上げられたこと、テレビのスポット広告を大量に流したことーープロデューサ、アウレリオ・デ・ラウレンティースにとっては、300万ユーロの出費ーーが功を奏したと考えられる。

ヴェロネージは、《恋愛マニュアル》シリーズは、全部で5作になると予言している。

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2006年12月13日 (水)

『人生は、奇跡の詩』

La_tigra ロベルト・ベニーニ監督・主演の『人生は、奇跡の詩』を観た(日比谷・シャンテシネ)。

この映画では、ベニーニが、詩人兼大学教授アッティリオを演じる。アッティリオは毎晩、ある女性の夢を見る。

その女性は実在しているのだが、それがヴィットリア(ニコレッタ・ブラスキ)で、アッティリオはストーカーすれすれにヴィットリアの後を付けていくが、ヴィットリアはつれない。一緒に暮らそうというアッティリオに、「ローマで雪が降って、その中で虎を見たらね」、とまるで、かぐや姫のような難題を持ち出す。

ヴィットリアも文学にかかわっていて、イラク最大の詩人フアド(ジャン・レノ)の伝記を書こうとしている。フアドはイラク開戦間近になって、イラクに帰国する。ヴィットリアもイラクへ取材に行くが、戦争で大怪我を負う。

それを知ったアッティリオは、いてもたってもいられず、赤十字の医者に扮装してイラクへと駆けつける。

ここから先は、どう書いてもネタバレになりそうなので省略するが、ベニーニの言葉のマジックを楽しめるかどうかが、この映画を評価する鍵かもしれない。

映画で詩人が主人公というのは珍しい(伝記映画は別として)。映画冒頭では、はめ込み画面だがうまく処理してあって、人々が集まるなかにモンターレやウンガレッティという実在した詩人がいるのだ。

詩や愛は、世界を変えることが出来るのだろうか?答えはNoだろう。しかし、世界を見るまなざしは変えることが出来るのかもしれない、というようなことを考えさせる映画である。

イラクの医者に、アッティリオが、ヴィットリアは重体で、あとはもうアラーの神に祈るしかない、と言われ、アッティリオがPadre Nostro (キリスト教の主の祈り) を祈るシーンには、心をつかれた。

映画館はすいていた。映画館で見たい人は、早めに行くことをおすすめする。ベニーニの大傑作『ジョニーの事情』は、封切られてあっという間に上映が打ち切られてしまったという前例もあるので。

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2006年9月30日 (土)

《トリノ、24時からの恋人たち》

Mole2(左の塔)モーレ・アントネッリアーナDopo_mezzanotte3                                     

《トリノ、24時からの恋人たち》を観た(渋谷・文化村・ル・シネマ、10月20日まで)。

昨年5月のイタリア映画祭でも観たので二回目である。

原題は 《Dopo mezzanotte》 (真夜中を過ぎて)であるが、なかなか洒落た、叙情的な映画だと思う。

2人の男と1人の女をめぐる物語であるのだが、人物ではない登場者が人物と同じくらい大きな存在をしめている。一つは、映画の舞台となるモーレ・アントネッリアーナというトリノの町のどこにいても目に付く巨大な塔である。

この建物、1863年に、信教の自由を得てまもないユダヤ人コミュニティーが、天才的建築家アレッサンドロ・アントネッリに依頼してシナゴーグ(sinagoga, ユダヤ教の教会)として計画したのだが、途中で何度も建築家が設計変更を加え、完成までの年月が延び、資金不足となり、頓挫した。

ユダヤ人コミュニティーは、トリノ市へこれを譲渡した(別の土地と交換した)。建物は、イタリア建国の父ヴィットリオ・エマヌエーレ2世を記念するものとなったが、またまた設計変更が行われ、高さも、146,153,そして最終的に167メートルとなり、当時ヨーロッパ随一を誇る高さの石造建築となったのである。

しかし完成後も、この建物、順風満帆ではなく、1887年には地震に襲われ、1904年の豪雨、1953年の豪雨に襲われ、この時は47メートルの尖塔が墜落してしまい、1961年に再建された時には、石造りでなく、金属製になってしまった。

ここには現在、国立映画博物館がある。企画自体は、1941年からあったのだが、様々の試行錯誤をへて実際にオープンしたのは、1958年9月27日であった。火事にあって、1983年からしばらく閉鎖されていたが、2000年に新装オープンした。その時に、四方がガラスのエレベーターが取り付けられた(以前からエレベータ自体はあった)。このエレベーターで、吹き抜けの堂の中を、途中に階もなく、止まることもなく、まったく宙ぶらりんのまま、高さ85メートルの地点まで昇るのであり、そこからトリノ市内を一望することが出来る。

映画博物館は、幻灯機から始まって、手回し撮影機(自分で回して《いにしえ》の画像を観ることが出来る)、スチール写真、映画の小道具、セットが並んでいる。

ここからネタバレです。

女主人公アマンダ(フランチェスカ・イナウディ)は、とある事件を起こして、真夜中の町を走り、この建物へ逃げ込む。そこに出くわすのは、映画オタクで、この映画博物館の夜警をしているマルティーノ(ジョルジョ・バゾッティ)。アマンダには、もともと車泥棒のちんぴらだが、心優しいところもあるアンジェロ(ファビオ・トロイアーノ)という恋人がいる。

三角関係となる。

人物でない登場者とは、モーレ・アントネッリアーナと映画、あるいは映画の歴史である。20世紀初頭のトリノや無声映画がたびたび挿入される。ストーリとしては、マルティーノが観ているわけだが、映画のなかに映画が挿入されれば、メタ映画的性格が強くなる。

シルヴィオ・オルランドをナレーションにのみ使うという贅沢をこの映画は享受しているのだが、ナレーションの存在が冒頭だけで消えず、要所要所にはいってきて、三人の恋愛物語を距離を持って、見させる。

ストーリにベタに没入したい人にとっては、困惑する映画かもしれない。逆に、今さら、ベタな恋愛ものはという人にとっては、そのズレ(マルティーノは実際、バスター・キートンのパロディ的に、ずっこける)、ズラシが快感を生むかもしれない。

トリノの中心街は、まるでパリのように美しいのだが、映画の物語進行の中では、周到に避けられている。登場人物たちの社会階層を考えれば、働く場所、住む場所がそういった地区と無縁なのも無理はない。しかしそれが意図的なものだと考えられるのは、モーレ・アントネリアーナからは、角度によって、トリノ中心部の壮麗な街並みも見渡せるはずなのだが、映るのは郊外よりの平凡な建物に限られているのだ。

トリノの中心街や、中央駅から王宮まで直線上にならぶ3つの広場は、手回しの白黒フィルムの中にのみ登場するのである。

古典的な美、古典的恋愛が、直写の対象としては、方法論的に排除されている。それらは、あくまでも引用の対象なのである。そうした対比(直写されるものと、引用されるものとの対比)によって、われわれは、われわれの生きる時代の性格を読み取る、あるいは再解釈することを余儀なくされるのだろう。アンジェロが死ぬ間際に見るイメージは、《もっと安全な町を》という巨大な文字と巨大なベルルスコーニの顔が描かれた政治宣伝のキャンペーンカーなのだ。この痛烈な皮肉、諷刺を笑い、アンジェロの運命に涙する人が、監督の想定する観客なのだろう。

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2006年8月20日 (日)

オズペテクの新作

Ozpetek

オズペテクの新作 Saturno contro が28日封切られる(コリエレ・デッラ・セーラ、8月14日)。

オズペテク監督の映画は日本でも、《無邪気な妖精たち》(Le fate ignoranti) と 《向かいの窓》(La finestra di fronte)、《聖なる心》(Cuore sacro) がイタリア映画祭で公開されてきた。

フェルザン・オズペテクは、1959年イスタンブール生まれ。イタリアに1978年に移り、今日では、イタリアの監督と考えられている。

トロイージ、ヌーティ、トニャッツィ、マルコ・リージらの助監督をつとめて修行した。

《無邪気な妖精立ち》と《向かいの窓》は成功を収めたが、前者はマルゲリータ・ブイ演じる未亡人が、夫の恋人を探していくと実はゲイでという話で、1000万ユーロの売り上げを達成した。後者は、全く作風が異なり叙情的なタッチだが、メッゾジョルノとボーヴァが主演。

《聖なる心》は、興行的には思わしくなく、観客にも、批評家にも受けが良くなかった。監督自身も、自分の知らない金持ちの世界を語ってしまったのが間違いだったと認めている。

新作は、ブイやステーファノ・アッコルシのように気心の知れた仲間にアンブラ・アンジョリーニのように新たな仲間が加わり、30代と40代の人間の対比が描かれるらしい。

マルゲリータ・ブイは、禁煙を手助けする精神科医の役柄で、6時間も喫煙の害についてしゃべりまくり、45分に1本の煙草を許してくれる。ステーファノ・アッコルシがその夫で、銀行家。その友人が童話作家。

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2006年8月19日 (土)

パゾリーニの未公開フィルム

Pasolini_sul_set

ヴェネツィア映画祭で、パゾリーニの「ソドムの市」の未公開フィルムが上映される(コリエレ・デッラ・セーラ、8月12日)。

「ソドムの市」(Salo' o le 120 giornate di Sodoma) はパゾリーニの遺作であり、とてつもない映画である。

サド侯爵の原作を、ファシズム末期のサロ政権下に時代を移して、若者たちの肉体が仮借なく消費されていく。

スキャンダルを呼び、検閲の対象となった映画である。

公開されたのは1975年で、31年たって、ヴェネツィアのリド島で、その未公開部分が、パゾリーニの友人であったジュゼッペ・ベルトルッチの手により編集され Pasolini prossimo nostro というタイトル上映される。上映時間は50分。

ジュゼッペ・ベルトルッチは、他にパゾリーニのテクストに基づいて 'Na specie de cadavere lunghissimo という映画を製作している。

「ソドムの市」で編集の段階でカットされてしまったのは、犠牲者となる若者をリクルートする場面と、撮影クルー全員がパゾリーニを含め踊るシーンでこれが映画の最終シーンとなる予定だったのだという。

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2006年8月16日 (水)

デ・ロベルトの小説、映画化される

Vicere

フェデリーコ・デ・ロベルトの小説「副王」が映画化される(コリエレ・デッラ・セーラ、8月8日)。

スペイン系のシチリアの副王ウゼダ家の人々の物語。舞台はリソルジメントの時期で、トマージ・ディ・ランペドゥーサの『山猫』(ヴィスコンティの映画によって名高い)と重なる。

実際、ヴィスコンティは、この小説も映画化しようと考えていたのだが、実現しなかった。

今回、この作にいどんだのは、ロベルト・ファエンツァ監督。トリノ出身、1943年生まれ。

原作者のフェデリーコ・で・ロベルトは、ヴェリスモ(自然主義)の最も若い作者(1861-1927)だった。

主演は、クリスティアーナ・プレツィオージ、ランド・ブッツァンカ、他。映画館で上映の後、RAIで二回にわけて放映される予定。

この小説が映画化されるのは、テレビ映画を含め初めてとのこと。若き日のファエンツァ監督にこの小説を読むようにすすめたのは、当時、この小説の映画化を試み、台本を書いていたヴィスコンティであったが、映画化実現には、宗教関係者からの反対が強かったという。

シチリアのベネディクト派の修道院における悪魔払いのすさまじさが描かれていることが一つの原因らしい。

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2006年7月17日 (月)

映画『ヴァニーナ・ヴァニーニ』、修復される

Vanina_vanini

ロベルト・ロッセリーニ監督の映画『ヴァニーナ・ヴァニーニ』が修復された(コリエレ・デッラ・セーラ、7月8日)。

『ヴァニーナ・ヴァニーニ』は、スタンダール原作の映画。ヴァニナ・ヴァニーニという公爵令嬢が、カルボナーラ党員に恋をするのだが、もっと彼の側にいたいという気持ちから、彼の仲間を告発してしまう。裏切りに気づいた彼は自首し、処刑されてしまう。彼女は修道院に行くという物語。

この映画はロッセリーニ監督とプロデューサーのモリス・エルガスの意見が衝突し、ロッセリーニは最終的な編集を自分のものと認めなかった。

ヴェネツィア映画祭に出品したのだが、酷評され、主演女優のサンドラ・ミロは、カニーナ・カニーニ(雌犬という響きがある、カニーニは文字通りには犬歯)というあだ名をつけられて深く傷ついた。

このいわくつきの映画は、オリジナルのネガがロサンジェルスで発見され、ソニー・コロンビアの手によって修復された。

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2006年7月15日 (土)

ベルトルッチ:『1900年』は詩である

Photo_43

ベルナルド・ベルトルッチが、7月3日のコリエレ・デッラ・セーラの記事に答えて自らの『1900年』観を語った(コリエレ・デッラ・セーラ、7月6日)。

以下、ベルトルッチの寄稿した文章の要約である。

30年前にそうする人がいたが、あなた(7月3日の記事を書いたピエルルイージ・バッティスタ)も、『1900年』を歴史ものとして扱っている。1976年の一部の共産党幹部と同じだ。

もし、今日、『1900年』を見る(再び見る)ことがあれば、これが、ブルジョワ的、異教的、濃密な身体性をおびた詩、パゾリーニが「消費主義」のせいで消滅しつつあると嘆いた農民文化が生き延びる証し、といったものが一緒になったオペラ的作品だとお判りいただけるでしょう。

映画の最後の場面、「農場主の裁判」は、農民を一種「聖なる表現」で描いたもので、リアリズムからは遠いのであり、オルモ(ジェラール・ドバルデュ)は、「農場主は死んだが、アルフレード・ベルリンギエーリ(ロバート・デ・ニーロ)は生きている。農場主が死んだことの生きた証とするため、彼を殺すべきではない」と言う。(実際には、裁判なしで、私的な「死刑」が実行された例がある)。

これはほとんどファンタジーの世界であるが、私には、起こった歴史ではなく、多くの人が起こることを夢みた歴史を語る権利がある。

私の監督としての義務は、美を獲得することであり、歴史考証ではない。

赤い三角地帯で、どんな犯罪が犯されたか、何故生じたかは、考えてみる価値がある。20年以上にわたるファシズムの後で、復讐の悪魔に出会うことは、それほど驚く話ではないだろう。

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2006年7月13日 (木)

パゾリーニの『カンタベリー物語』

Canterbury_1 Canterbury2 パゾリーニ

三人の右端がニネット・ダヴォリ

ニネット・ダヴォリが、パゾリーニの映画『カンタベリー物語』(1972)について語った(コリエレ・デッラ・セーラ、7月3日)。

パゾリーニの『生の三部作』の第二作となった『カンタベリー物語』は、先行する『デカメロン』と後に続く『千一夜物語』の間で、1971年に撮影され、1972年に公開され、ベルリン映画祭の金熊賞を受賞した。

ボローニャで、この作品についての再検討が開始された。まず第一の問題は、何故、パゾリーニは、140分の映画を110分にカットしたのか?

「再発見された映画」と題されたこの催しでは、個人的な理由と、映画的な仮説を混ぜ合わせて説き明かそうとしている。パゾリーニ自身は自分の病的状態をあげている。「『カンタベリー』を撮ったとき、僕はとても、とても、とても不幸だった。無頓着、夢、喜劇性から生まれた三部作にふさわしくない状態だった」

この大きな不幸の理由は、パゾリーニが友人ヴォルポーニに告白しているところでは、ニネット・ダヴォリとの関係の終焉だった。9年間に渡る親密さの後のことだった。

パゾリーニは、ダヴォリの側にいる女性がよくいる女友達ではなくて、もっと真剣な関係のものであることを理解し、危機に陥った。危機に陥ったパゾリーニは、自作の映画まで引きずっていってしまったのである。

カンタベリー物語のなかのトパス卿のエピソードは、イギリスとエトナ山の山裾で撮影を終え、編集もしたのだが、最終的にカットされてしまったのだという。

その結果、この映画は、もっと愉快で、笑いに満ちたものになるはずだったのだが、30分間が、明確な理由が示されないままに、破棄されてしまったのである。

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2006年7月11日 (火)

『1900年』から30年

Photo_43 

ベルナルド・ベルトルッチ監督が、自作『1900年』を振り返った(コリエレ・デッラ・セーラ、7月2日)。

この作品は、1976年製作なので、今年30歳を迎えたことになる。ボローニャのチネテーカでベルトルッチは自作を語った。

この作品は、ジェラール・ドバルデュ扮するオルモ(小作人の子、共産党員)とデ・ニーロ演じる農場主(の子)が、1900年に時を同じくして生まれるところから、ファシズム、抵抗運動が描かれる。

準備に1年、撮影に1年、編集などのポストプロダクションに1年かかったという。2幕 (2 atti) にわかれ、5時間を越える大作である。

ベルトルッチは、当時パゾリーニが告発していた氾濫する消費主義に対する苦悩、恐怖を語ったつもりだったが、実際は、エミリア地方の農民文化の輝かしい抵抗を撮っていた、と語った。

この映画は、映画館では大成功をおさめたが、当時のイタリア共産党の大物たちの評価は分かれた。パイェッタは第一幕は気に入ったが、第二幕は嫌った。アメンドラは、全体をテレビでこき下ろした。ベルリングェルは沈黙を保った。問題になったのは、映画の最後の場面で、農場主が裁かれるところだという。

その時にこの映画を擁護したのは、左派の若者たちで、その一人が現在のローマ市長ヴェルトローニである。

ベルトルッチは、今この映画をとったら、幼児性愛者であるという非難を浴びたり、動物愛護者から責められるおそれがある、と述べた。

(お断り:ココログのメンテナンスのため、48時間、ブログの更新が出来なくなります。詳細はブログ画面の右下をご覧下さい)

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2006年5月 8日 (月)

《マリオの生きる道》

Photo_13 (写真は映画祭公式ホームページから)

《マリオの生きる道》。イタリア映画祭2006(有楽町、朝日ホール)。

アレッサンドロ・ダラートリ監督、2005年。映画祭の最終上映作品であるが、一回の上映のためか混んでいた。以前に、イタリア文化会館で上映された。

ここからネタバレあります。

クレモナに住むマリオは友人たちとクラブの開店準備に奔走している。そこへ、突然、市役所への就職が決まる。しかし、それは父が生前に自分の勤め先であることを利用して画策していたことだった。

マリオ(ファビオ・ヴォーロ)は、生き生きと働き、同僚にも評価されるが、そのことによって幹部チェルクェーティの不興を買い、墓地に左遷される。

クラブ開店の準備も、市役所の各種にわたる認可がおりず、遅々として進まない。

その間、マリオはリンダ(ヴァレリア・ソラリーノ)と恋仲になる。リンダは文学部の学生で、イタリアの詩人の墓をヴィデオにとっている。これからフランス人、スペイン人・・・の詩人の墓も撮るつもりだという。マリオは、母と二人暮しだったのだが、リンダを連れ込んだことで母と不仲になり家を出る。リンダはアメリカに留学する。

母と息子の関係、職場の人間関係、出る釘は打たれるというお役所主義(役所に限らないかもしれないが)、イタリアの諸相が簡潔に、しかし容赦なく暴かれる(誇張はあるだろうが)。

この映画を見たあとで、無条件にイタリアは素晴らしい、と手放しで賞賛するほど楽天的になることは、ほとんど不可能になるだろう。これが現在のイタリアなのだ。

個人の創造性が、組織によって抑え込まれてしまう。そうでない組織もありうるはずだ、という思いが感じられる。映画自体の中では、マリオは市役所を辞め、芸術家ビーチョと田舎の廃屋となった農家を改築したところに住むのだが。

同時上映の短編映画は、《話をしてあげよう》。マヌエラ・マンチーニ、2004年。Coop(生協)がスポンサーの映画で、生協の大きな店舗が舞台。

ここからネタバレです。

主人公(クラウディオ・ジョエ)と娘は、スーパーマーケットで買い物をしている。二人の会話から、父と娘は同居しているのではなく、娘の母は現在はジョルジョという男と同居していることが分かる。

父は、自分にも童話の中のお姫様が必要なのだというが、娘はスーパーマーケットの中で、巧みにふるまい、父にお姫様を調達してしまう。

イタリアでも離婚・再婚が以前と比較すると増え、子供も実の母(父)および継父(母)と暮らすケースも増えている。親が子を思う心もあるが、子が親を思う心を巧みにすくいとった佳作。

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《二度目の結婚》

Photo_12 (写真は映画祭公式ホームページから)


《二度目の結婚》。イタリア映画祭2006(有楽町、朝日ホール)。

プーピ・アヴァーティ監督、2005年。アヴァーティ監督の映画は、《追憶の旅》(1983)では戦前の修学旅行を、《心は彼方に》(2002)では、1920年代のボローニャを描いていたが、今回は、第二次大戦後直後のボローニャとプーリアが舞台である。

ここからネタバレありです。

ボローニャでは、母息子が食料にも不自由する生活をしている。最初は、教会が避難所として使われているが、やがて追い出されて、貨車を家代わりにと斡旋されるが、そこへ、母リリアーナ(ソプラノ歌手のカーティア・リッチャレッリ)の義弟ジョルダーノ(アントニオ・アルバネーゼ)から手紙が来る。

実は、母が先に手紙を出したわけだが、プーリアに住む義弟は以前からリリアーナを恋い慕っていた。叔母たちの強い反対にもかかわらず、母息子を住まわせ、二人は婚約する。

直接的な言及ではないが、リリアーナは、亡き夫とこのプーリアの農村で知り合ったときに、奔放な異性関係を持ったことが示唆される。また、息子(ネーリ・マルコレ)が夫と似ていないというセリフもある。

ジョルダーノはあくまで人が良い。近隣の人は頭がおかしいと考えている。これをそのまま取ることも出来るし、一種のおとぎ話的要素として捉えることも出来ると思う。ジョルダーノにまつわる部分はおとぎ話的だが、その周辺の事情は、非常にリアルに描き込まれている。この二つの要素のコントラストが、アヴァーティ作品としては、ノスタルジアや回顧趣味一辺倒でなく、成功していると思う。

最後にリリアーナとジョルダーノが結婚するが、リリアーナは身体を許さず、二人の間には万里の長城が存在するから私がいいと言うまでは越えてはいけないというところと、そうとは知らぬ叔母たちが、新婚初夜、耳栓をしながら、部屋のそとで興味津々という面持ちでお祈りをつづける様は実に可笑しい。

叔母たちは、マリーザ・メルリーニとアンジェラ・ルーチェだが、実に効果的な演技をしていた。リアリティーを与え、かつ、観客をにんまりさせる、抑圧のなかから透けて見える情熱、嫉妬、敵意というものを見せてくれた。叔母たちがリアルであるからこそ、ジョルダーノの善良な無垢が引き立つことは言うまでもない。

同時上映の短編映画 は《グアラチーノ》 。ミケランジェロ・フォルナーロ監督、2004年。ナポリ方言で歌われる民謡にあわせて、おおむね歌詞の場面が、実写と粘土アニメを交錯させ描かれる。ただし、主人公は、魚で恋する相手はイワシ、その愛と嫉妬の物語。まったく独特の味わいをもつ短編。

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2006年5月 6日 (土)

《瞳を見ればわかる》

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《瞳を見ればわかる》。イタリア映画祭2006(有楽町、朝日ホール)。

ヴァリア・サンテッラ監督、2005年。ナンニ・モレッティがプロデュースしたサンテッラ監督のデビュー作。ステファニア・サンドレッリが歌手のおばあちゃんという役柄を熱演。

ここからネタバレあります。

マルゲリータ(ステファニア・サンドレッリ)は声帯を患って手術を受けたところから映画は始まる。その娘キアラは、母親とはまったく違ったタイプの女性で、言語療法士をしている。キアラにはルチアという娘がいるが喘息を患っている。

キアラは、夫と別居(離婚?)し、夫はフランチェスカという別の女性との間に子供が生まれるところである。

マルゲリータは、60歳を越えても、夫以外の男性との恋愛関係に熱心である。だけでなく、愛人に会いにいくところに、孫のルチアを連れて行ってしまう。

この奔放な母マルゲリータと、真面目な娘キアラ、そしてマルゲリータの夫の葛藤が中心的テーマである。

時間が82分と短いせいか、いろいろ掘り下げると面白そうなエピソードがあるのだが、話は、マルゲリータおばあちゃんが孫ルチアを連れて、勝手にあちこち旅するのを、母キアラとキアラの父が追いかけるという構図で流れていく。

最後のマルゲリータの歌はご愛敬(サンドレッリは女優であって、歌手ではありませんからね)。

同時上映の短編は、《自由な闘い》。ステファノ・ヴィアーリ監督。アパートの一室に男二人。

ここからネタバレあります。

明らかに、ホモセクシュアルな関係を想起させる。しかし表面的には、この二人は、ここでレスリングをしている。二人はもう関係をおしまいにするとか、しないとか言い争っているので、レスリングはメタファーともとれる。

1977年という設定にどういう意味を込めているのかは、把握できなかった。

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《私が望む人生》

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《私が望む人生》。イタリア映画祭2006(有楽町、朝日ホール)。

ジュゼッペ・ピッチョーニ監督、2004年。《ぼくの瞳の光》で共演したサンドラ・チェッカレッリとルイージ・ロ・カーショが主役。

ステーファノ(ロ・カーショ)とラウラ(チェッカレッリ)は、19世紀の恋愛劇の主役俳優と女優で、その撮影と並行して、彼らの間にも恋愛感情が芽生え、嫉妬、破綻、再開がある。

ここからネタバレです。

ラウラは、デビューしたての女優で、仕事と生活の面倒を見てもらっているラファエーレという男がいるが、仕事が当ってくると、ラウラはラファエーレの存在がうとましくなる。

ステーファノは仕事がどんどん舞い込むスターで、女性にも不自由はしないが、自分のスター意識が第一で、女性に利他的な愛情を注ぐことができない。

映画を撮る映画は、フェリーニの《8 1/2》(はちとにぶんのいち)など少なくはないが、この作品では、映画監督と俳優、俳優とエイジェント、台本作者との関係が、かなり具体的に描かれている。エイジェントが仕事を仕切って、映画の仕事、テレビの仕事、またギャラの交渉にあたっている場面などが出てくる。

撮影現場の様子もわかり、映画の作られ方が、現場の物理的状況と社会的な関係と両方のレベルで理解できる。

映画としては、その撮影と並行して、進展する俳優と女優の恋愛模様がもう一つの焦点となっている。ラウラは、演技は、自分が体験した感情でないと表現できないという。恋愛をテーマとしたものだと、相手に恋してしまうということになる。

演技と感情移入の問題は微妙である。ピッチョーニ監督は、俳優という職業に興味を持ったらしく、2002年に、サンドラ・チェッカレッリを対象に、《サンドラ、秘密の肖像》、2003年にマルゲリータ・ブイを対象に《マルゲリータ、秘密の肖像》というビデオ作品を仕上げている(未見だが、是非観てみたい)。

この劇の仲の恋愛と、俳優と女優の恋愛は並行はしているが、山と谷、クライマックスは一致しない。19世紀劇の方は、まるで《椿姫》のように、女が身をひいて、病気になって、男の腕のなかで死んでいく。

現代の俳優と女優の恋愛は、破綻したところ、実は女優が妊娠していることが判明する。俳優が赤ん坊と対面して終わる。二人は、これからどうなるのかは、開かれたままである。

時代の違いによる恋愛の形態の相違と、変わらぬ部分と、弱い立場の女性とパトロンの関係など、いろいろ考えるヒントが散りばめられている。

同時上映の短編は、《疑惑》。ダスティ・フレーム監督、2005年。バッハの平均率曲集1番というかアヴェマリアがチェロで朗々と流れるなか、DVDかヴィデオカセットを怪しげにかき集めるシーンがあって終わり。2分30秒。

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《見つめる女》

Photo_9 (写真は映画祭公式ホームページからのもの)

《見つめる女》。イタリア映画祭2006(有楽町、朝日ホール)。

パオロ・フランキ監督、2004年。《聖なる心》主演のバルボラ・ボブローヴァが、ミステリアスな女を演じる。

ここからネタバレです。

トリノに住むヴァレリア(ボブローヴァ)は、向かいのマッシモを恋しているが、ただ遠くから観ているだけである。マッシモがローマに転居したことを知って、彼女も衝動的にローマに出て行く。

マッシモは、製薬会社から大学に転職したのだが、マッシモの恋人は、法学の教師フラヴィア(ブリジット・カティヨン)である。フラヴィアは、亡夫の本の書き直しをしているが、そのタイピストとしてヴァレリアを雇う。フラヴィアが若い女を警戒せずに、マッシモに紹介し、食事を共にする場面は、不思議といえば不思議である。

フラヴィアは、結局マッシモが共同生活を申し込むのに、ためらいを見せ、今の別々の生活拠点を持つ生活から踏み出す決意を示さない。そのことと、嫉妬深くないことは絡んでいるのだろう。

マッシモとフラヴィアの仲は、決裂し、マッシモはヴァレリアに接近するが、ヴァレリアはトリノへ帰る。ヴァレリアは、合理的理由に基づいて行動しているとは言えない登場人物なのである。こういう女性は、昔の日本映画などにはよく出てきたように思うが、西洋でもいるわけだ。

あるいは、ボヴローヴァの独特な風貌(スロヴァキア出身)と合わせ、普通でない、一風変わった女性を描きたかったのかもしれない。

同時上映の短編は《自画像》。フランチェスコ・アマート監督、2004年。

ここからネタバレです。

これは図書館員の日常を描いたものだが、ある日、図書館の外に、証明写真をとるボックスが設置される。主人公の図書館員は、興味をもってお金をいれ撮影するが、出てきた写真には、顔がうつっていない(ほとんど白いまま)。次の人は、ちゃんと写る。もう一度ためすが、また写らない。

最後は、ある女性が、やはり写らないということがあって、二人はそのことを確かめ合って微笑むというオチ。

図書館員の、ほとんど沈黙が支配する日常生活のなかでのささやかな事件というところが、味がある。

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2006年5月 5日 (金)

《母なる自然》

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《母なる自然》。イタリア映画祭2006(有楽町、朝日ホール)。

マッシモ・アンドレイ監督。原案とプロデューサーのウンベルト・マッサおよび主役デジデリオ役のマリア・ピーア・カルツォーネが来日。

ここからネタバレありです。

題材として興味深い映画で、性転換者、ゲイが多数出てくるのだが、映画を観る前に、性転換者を演じている女優を、女優として実際に見てしまったことが、ちょっと残念だった。

最初に映画を見るときには、主役のデジデリオが見た目は女性だが、女ではないことが語られるので、これを演じているのが本当に性転換者なのか、どうかと頭にクエスチョン・マークを浮かべながら観たほうが面白い映画だと思う。

ストーリーは比較的単純で、一人の男が、一人の女と一人の性転換者を同時に好きになってしまって、という話。

その三角関係からはずれるが、この映画ではゲイたちで芝居をつくろうとしているのだが、その演出家のマッシミーノ役を演じていたヴラディミール・ルクスリアは、4月の総選挙で中道左派(共産党再建党)から出て当選し、下院議員となり、ヨーロッパで初のトランス・ジェンダーの国会議員になったそうである。

トランス・ジェンダーというのは、紛らわしい概念だが、ルクスリアの場合、普段、女性の服装をし、女性のトイレに行くそうだ。しかし、性転換手術は今のところ受けていない。だから、手術をうけていれば、性転換者(transessuale) となるが、普段の服装や態度が女性ということで、トランス・ジェンダーと呼ばれ、性転換者とは区別されることもあるし、ルクスリア自身もそう望んでいるようだ。

マッシモ・アンドレイはこれがデビュー作。

同時上映の短編は、《葉っぱの下に》。ステファノ・キオディーニの2005年の作。登場人物は二人。チェチーリア・ダッツィとヴァレーリオ・マスタンドレア(阿部寛に似ている)。

ここからネタバレです。

男は店にいて、女が車で来て、いつも男のほうを見つめているのだが、事情が謎。それが何回か繰り返され、ついに、女が自動車からおりて車椅子に乗る。男は、店の前に身障者優先の車椅子のマークがあったのに、それが落ち葉で隠れていたことに気づく。

日本で言えば、公共広告機構のCMを長く長く伸ばしたような短編(12分15秒)である。ふと落ち葉って、われわれの固定観念、柔軟に運用できない規則とか、障害者が自由に生きることを妨げるもののメタファーかな、とも思わせられる。

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2006年5月 4日 (木)

《13歳の夏に僕は生まれた》

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(写真は映画祭公式ホームページからのもの)

《13歳の夏に僕は生まれた》。イタリア映画祭2006(有楽町、朝日ホール)。

マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督。イタリア映画祭で、すでに、《ペッピーノの百歩》、《輝ける青春》が上映され好評を博し、《輝ける青春》は6時間という上映時間にもかかわらず、岩波ホールでかなり長期間にわたり上映された。両者とも日本でDVDが出た。しかも 《13歳の夏に僕は生まれた》は、プレミア上映で、今日一回のみの上映であったので、非常に会場は混んでいた。

この夏、東急の Bunkamura ル・シネマなどで全国公開するそうだ。

ここからネタバレです。

北イタリアのブルジョア家庭(企業家)の一人息子サンドロは、父親、父親の友人とクルーズ中に海に転落し、イタリアへの不法入国をねらう移民たち満載のおんぼろ船に救出される。

サンドロは、ルーマニア人兄妹に助けられ、船にいる間は、イタリア人であることを隠す。この船には、実に多様な人種が載っており、地球そのもののメタファーともとれる。それを運転しているのが、とんでもない奴らなのだが・・・船自体の姿は、おんぼろで、過積載であり、故障もするのだが、海に浮かぶ姿は、海の色が変化するのとともに変化し、いわく言い難く美しい。

やがて船上の難民たちは、パトロール隊に保護され、収容所に入れられる。サンドロはイタリア人であり、両親が迎えに来る。サンドロは、ルーマニア人兄妹を養子にして、ここから助け出してくれと両親に懇願する・・・

神父や判事など、制度的なことも描きこまれている。そのことで、制度の不備も、一層、明らかになる。

この作品は、ジョルダーナの他の作品と同様、社会問題への意識が骨太に中心にある。子供の視点から描かれている分、素朴な質問をもう一度問いかけることが可能な仕組みである。

ブレーシャの学校の場面では、サンドロの同級生に黒人がいるし、サンドロの父(アレッシオ・ボーニ)が経営する工場にも決して少なくない元不法移民(現在の法的状態は不明)がいる。

続編があるのだろうか、と思わせる、オープン・エンドな終わり方であった。

同時上映の短編は、《ルー》。これは爆笑ものの、パロディ映画。

ブルーノ・ボゼット監督、2004年。これはアメリカのピクサーの作る 《トイ・ストーリー》 などをパロディー化したもの。

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《聖なる心》

Photo_6 (写真は映画祭公式ホームページからのもの)

《聖なる心》。イタリア映画祭2006(有楽町朝日ホール)。

フェルザン・オズペテク監督、2005年の作品。この監督は、 《無邪気な妖精たち》 や 《向かいの窓》 がこれまでイタリア映画祭で紹介されてきたが、《聖なる心》  はどちらとも似ていない。

オズペテクは、一作、一作スタイルを変えて、自分自身を模倣しない人なのだと思われる。つまり、同じような作品を何度もつくって、練り上げていくという職人芸的な世界を拒絶し、新しい世界との出会い、放浪、混乱を選びとる人なのだ。

ここからネタバレあります。

女主人公のイレーネは女社長でばりばりと仕事をこなしているのだが、ある時、万引き常習犯と思われる少女ベニーと出会う。

ベニーの死をきっかけに、ベニーが関わっていた救貧活動にのめり込み、ついには自分の財産をなげうって、公営住宅を買い取り、借家人に贈与しようとする。

救貧活動に関わっていたカラス神父は、そんなことを個人レベルでしてもすべての人は救えないのだと言って、イレーネを難民・不法移民の居住地に連れて行く。そこで、イレーネは、別世界(宗教的世界と言ってもよいし、常軌を逸して狂気の世界に入ったといってもよいし、両者の接点部分と言ってもよいだろう)に入る。

別世界に入ったことは、イレーネが居住地で、涙を流し、カラス神父の頬をそっと手で触るところから感じられる。しかし、驚くのはその後である。彼女は、町に戻り、繁華街で、乞食にアクセサリーをめぐんだかと思うと、自分の衣服、靴、果てはブラジャーまで通行人に与えてしまう。

明らかにアッシジのサン・フランチェスコと同一の行動パターンである。これについては、主演女優のボブローヴァが上映会場に挨拶にきて、会場の質問に答えて、監督はサン・フランチェスコ伝の現代版をつくるつもりではなかったと言っていたが、同時に、同じ質問はイタリアでもよく聞かれたという。そのことからも明らかであるが、このイレーネの行動が、サン・フランチェスコの行動を強く想起させるということは事実なのだ。

その後、イレーネは、女性の精神科医の質問を受けたところで映画は終わる。ドストエフスキー的な、聖なるものと狂気の接点、それに南北問題、貧富の格差の問題が背景にある。

と同時に、物語の舞台になっているのは、イレーネの母が幽閉されていた館で、これをワンルームマンションに改造するという女社長イレーネの合理主義がきっかけに、主人公たちは屋敷を訪れるのだが、そこでイレーネの母の幽閉状態をめぐる家族の葛藤が呼び起こされる。母も宗教性の強い人であったこと、叔母たちとの愛憎が示唆される。すべてが明らかになるわけではないが、イレーネにも家族に関し、強い抑圧があることは明らかである。

オズペテク監督は、こうした入り組んだ、多岐にわたるテーマを小綺麗にまとめるつもりはあるまい。おそらく彼はウェル・メイドと言われたいと願ってはいないのだ。むしろ、破綻があってよい、破綻しているのは、現実の方なのだ、という描き方で、こちらも、日常、安楽、安逸をもとめる自分を大いに揺さぶられた。

スリラーとかホラーという意味でなく、ちょっと怖い映画である。

同時上映の短編映画 《こんにちは》 は非常に面白かった。
メーロ・プリーノ監督、2005年の作品。

ここからネタバレです。

単純な話で、朝ある頭髪のきわめて短い男がベッドから起きて、歯をみがきに行く。鏡を見る。歯を磨きながら様々な表情をする、と、鏡の中の自分が勝手に動く、まさか!と思うと夢で、今度こそは、と歯をみがきに行って、鏡をみるとたしかに自分が写っている、と思うと、異常事態が・・・

これは、明らかに映像で観た方が面白い。単純で、リズムが良く、ユーモアがあって、インパクトがある。この才能で、もっと長いものを作ったらどういうものが出来るのだろう、是非観たい、と強く思った。

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2006年5月 3日 (水)

《哀しみの日々》

Photo_5 (写真は、映画祭公式ホームページからのもの)

《哀しみの日々》。2006年イタリア映画祭(有楽町朝日ホール)。

ロベルト・ファエンツァ監督。この作品はストーリーはシンプル。タイトルは I giorni dell'abbandono で棄てられた日々となり、映画の中身そのものである。

夫婦の間に突然(のように妻オルガには見える)亀裂が生じる。夫マルコは家を出て行ってしまう。そこで、妻オルガ(マルゲリータ・ブイ)の疑念、苛立ち、怒り、焦り、自暴自棄といった感情の嵐が丹念に描出されていく。

階下に住む音楽家ダミアンが伏線となる。

マルゲリータ・ブイは、《恋愛マニュアル》でも、この作品でも、倦怠期、夫婦の危機を演じている。40代半ばという年齢がその役柄に適役なのだろう。逆に言えば、そのあたりのイタリア人夫婦にこういった話がよく生じているということが推察される。

金銭的・物質的に豊かになった社会では、一夫一婦制のもとにある夫婦は簡単に危機を迎えうるのかもしれない。また、どちらの側にも、潜在的には第二、第三のチャンスがあるということでもある。

ブイ演じるオルガは、夫が去ってから、態度だけでなく言葉づかいが乱暴になっていく様が興味深い。

同時上映の短編 《サンテンハチジュウナナ》は、ある意味で、怖い映画だった。

このあとネタバレです。

タイトルは3,87(人)ということで、イタリアで一日に労働者の死ぬ人数なのである。映画で、描かれているのも、僕には社会的背景が読み切れない、不審な死の一つであった。

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《恋愛マニュアル》

Photo_4 (写真は映画祭公式ホームページからのもの)

《恋愛マニュアル》。イタリア映画祭2006(有楽町朝日ホール)。会場は、混んでいて、臨時の座席がかなり出ていたようだ。

ジョヴァンニ・ヴェロネージ監督。オムニバス映画で、「恋」、「危機」、「浮気」、「別離」からなる。上映前と後に、「浮気」に登場するディーノ・アッブレーシャの挨拶があった。

「恋」は若者の、「危機」は倦怠期(マルゲリータ・ブイとセルジョ・ルビーニのくたびれた夫婦はリアル)のとそれぞれのカップルの様相が描かれる。

ここからネタバレの部分あります。

「浮気」で婦人警官オルネッラを演じたルチャーナ・リッティゼットは快演だった。愉快なキャラクターを小気味よく演じ、言葉づかいも含め歯切れがよい。夫の浮気を知って逆上する場面、自分もふとしたきっかけでニュース・キャスターと一夜を過ごしてしまうオチ、これがある爽やかさを持って感じられるようになったところに、時代を感じる。おそらく、イタリアで、こういうシナリオが企画として通るようになったのはそう昔のことではないと想像する。

「別離」で、浮気をしようとしたところに夫が帰ってきて、というのは、コメディア・デラルテのよくある手だそうだ。18世紀のロココの絵画などにもお決まりのパターンで描かれている。逃れ出たところがバルコニーでなく、目もくらむような高さでわずかな縁しかないところが映画的であった。

4つのエピソードは、快適なテンポで進み、よく考えると、コメディア・デラルテのパターンにあてはめるためにリアリズムからはずれているところもあるのだが、そんなことは気にならずに大いに楽しめる映画だった。

追記:
同時上映の短編 《リトル・ボーイ》は、興味深い作品だった。ふわふわの毛足の長いしきものの上に子供がうずくまって寝ている。光が明滅し、どうもこの子供が胎児のようだと感じる。

だんだん、怪しげな、強迫的な音楽とリズムになってくる。

ここから先、ネタバレです。

これは、もしかして、妊娠中絶を告発する映画なのだろうかと思った。しかし、すぐにそれは勘違いであることが判明した。リトル・ボーイが何万人を殺したというナレーションが入る。

そう、リトル・ボーイは、広島の原爆の名前だったのだ。たった7分55秒の映画だったが、上映後、会場は一瞬、水をうったように静かだった。

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2006年5月 2日 (火)

《クオ・ヴァディス、ベイビー?》

Photo_3 (写真は映画祭公式ホームページからのもの)

《クオ・ヴァディス、ベイビー?》を観た。イタリア映画祭2006。カブリエーレ・サルヴァトーレス監督。

サルヴァトーレス監督の作品としては、《エーゲ海の天使》(1991年)、《ぼくは怖くない》(2003年)が名高いが、この2005年の作品は、舞台も作り方も、まったく上記2作品とは異なる。

主人公はボローニャで私立探偵をしているジョルジャ(アンジェラ・バラルディ)。そこに16年前に自殺した姉アーダが撮影した大量のヴィデオカセットが届く。

「クオ・ヴァディス」というのは、聖ペテロがネロ帝の迫害を逃れてアッピア街道を逃げているときに、死んだはずのイエスに会って、「ドミネ、クオ・ヴァディス」(主よ、どこへ行くのですか?)と問いかけると、イエスは「ローマへ。お前のかわりにもう一度磔になりにいく」と言ったという伝説がある。

調べてみると、この言葉は、聖書の外伝である「ペテロ行伝」にあり、それをアンブロシウス(4世紀ミラノの司教、アンブロージョ、祝日12月7日はスカラ座の初日)が一般に広めたと言われている。近代では、19世紀ポーランドの作家シェンキェーヴィチが小説にしてさらに広めた。

アッピア街道には、ドミネ・クオ・ヴァディス教会があり、教会のなかには、巨大なイエスの足跡がある。

以上のことを、一般のイタリア人は思い浮かべるであろう。しかし「クオ・ヴァディス、ベイビー?」というのは、それをもじって、《ラスト・タンゴ・イン・パリ》の登場人物が吐くセリフなのだ。主人公ジョルジャが、《ラスト・タンゴ・イン・パリ》をテレビで観る場面があり、そこでこのセリフを含んだ部分が写る。

この映画は、これまでのサルヴァトーレスの映画とはテーマも手法も大きく異なる。主人公は、送られてきたヴィデオをもとに、16年前に自殺した姉の行状を暴いていく。ヴィデオや映画を観ている人物が中心なので、一種のメタ映画である。

ただし、テーマとしては姉妹、父娘の関係が核の物語である。

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《心の中の獣》

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2006年イタリア映画祭が始まった。この映画祭は、日本におけるイタリア年を記念して始まったが、その後も続けてゴールデンウィークに実施し、今年が6年目である(写真は映画祭公式ホームページからのものです)。

《心の中の獣》を観た。監督はクリスティーナ・コメンチーニ。《ブーベの恋人》で有名なルイージ・コメンチーニの娘であり、去年の映画祭で上映された《ママは負けない》の監督フランチェスカ・コメンチーニの姉である。

主人公サビーナが墓地を訪れるところから映画は始まる。サビーナの兄は、アメリカに住んでいる。サビーナは、妊娠を機に、妙な夢にうなされるようになる。

(ここから先、ネタばれのおそれがありますーもっとも、パンフレットにもそれとなく書かれていますが)
 
幼いときに、サビーナは性的なトラウマを負ったらしいこと、それが夢の形で蘇ってきているのだということが強く、繰り返し示唆される。

サビーナは、同居しているフランコにも打ち明けられず、アメリカの兄ダニエーレ(ルイジ・ロ・カーショ)のところへ行く。兄はアメリカ人女性と結婚し、二人の子供を持ち、幸せそうであるが、しばらくすると、兄もトラウマをかかえ、自分の子供たちとうまく関係を持てぬことが判明する。

この重いテーマと並行して、サビーナの盲目の友人エミーリア(ステファニア・ロッカ)と同僚マリーア(アンジェラ・フィノッキアーロ)の交流が始まる。サビーナがアメリカに行っている間、一人暮らしのエミーリアにメールをよこすのだが、盲目なので、マリーアに朗読してもらうのである。

交流するうちに、エミーリアのサビーナへの愛、エミーリアの同性愛をマリーアが受け入れていく様子が描かれる。

この脇役たちが、盲目であったり、同性愛者であったり、夫に棄てられたことを嘆いていたりと、様々に多様で、少数派の立場にあること、それが結構ユーモラスに描かれていることが、メインの重いテーマをないがしろにするのでなく、むしろ重いのと軽い(本来こちらも扱いようによっては重いテーマとなりうるものだが)のが交差することによって、観客が双方のテーマを生理的に受け入れやすくしていると思う。そこが、この映画の巧みなところだ。

ジョヴァンナ・メッゾジョルノ(《向かいの窓》)のサビーナとルイージ・ロ・カーショの兄ダニエーレの痛ましい絆が話の核にある。

今回の映画祭では、短編(5-10分程度)と二時間程度の映画を組み合わせている。《心の中の獣》と組み合わせられたのは、《ゲーム》という作品。アニメで、キャラクターがどんどん変身していくタイプのもの。荒っぽいが、魅力はある。

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2006年4月29日 (土)

モレッティ、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞受賞

ナンニ・モレッティの《Il caimano》がダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の作品賞をはじめ6つの賞を受賞した。ついで、ミケーレ・プラーチドの《Romanzo criminale》が多くの賞を獲得した(コリエレ・デッラ・セーラ、4月22日)。

モレッティは、作家のアンドレア・カミッレーリから賞をもらい「彼から賞を受け取り嬉しい。彼と知り合ったのは、芸術ではなくて、政治的なデモンストレーションだった」と語った。

《Il caimano》が受賞したのは、作品賞、監督賞(ナンニ・モレッティ)、主演男優賞(シルヴィオ・オルランド)、プロデューサー賞(アンジェロ・バルバガッロ)、音楽賞(フランコ・ピエルサンティ)、録音賞である。

一方、プラーチドの《Romanzo criminale》は、8部門、脚本賞(ステーファノ・ルッリ、サンドロ・ペトラリア)、助演男優賞(ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ)、撮影賞、美術賞、衣装賞、編集賞、特別効果賞などを獲得した。

50回目をかざる記念の授賞式には、政治家ジュリオ・アンドレオッティと女優ジーナ・ロッロブリジダが出席。彼女は「50年前を振り返ると・・・あの頃、私たちは世界で一番手だったのに、今は・・・」とため息をついた。

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2006年4月20日 (木)

忘れられた映画《La citta' dolente》修復中

1947ー48年に撮影され、旧ユーゴスラビアのポーラからイタリアへ脱出する人々を描いた映画《La citta' dolente》 の修復作業が開始された(コリエレ・デッラ・セーラ、4月13日)。

この映画、1947、48年にマリオ・ボンナルド監督により製作され、脚本には、フェデリコ・フェリーニ、アルド・デ・ベネデッティ、アントン・ジュリオ・マイアーノが参加。主演は、ルイジ・トーゾ、ジャンニ・リッツォ、コンスタンス・ダウリングである。

第二次大戦が終わり、ポーラ(イタリアからユーゴスラビアへ、そしてクロアチアへと帰属が移っていった)の町がイタリアでなくなり、約3万人のイタリア人市民の脱出が始まった。様々なドラマが生じたことは想像に難くない。それを映画化したものである。

この映画は、プロパガンダとドキュメンタリーの入り交じった変わった映画で、完成してからも、一年間封切りをとめられていた。封切りは、1949年3月4日。その後、長らく忘れられていたが、このたび、フリウリのチネテーカが修復作業に入った。

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2006年4月 5日 (水)

『山猫』

『山猫』を見た。NHKのBSで放送されたものを録画しておいたのである。

久し振りに見て、(以前に見たのは、銀座の映画館で、10年以上前だったと思う)、堪能した。以前には、理解できていなかったことがたくさんあったことが判った。

この映画は、うまく出来ていて、いろいろなレベルで楽しめるようになっていると思う。いくつか挙げてみよう。

1.バート・ランカスターやアラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレといったスターが出演している。

2.アラン・ドロンがクラウディア・カルディナーレと三角関係の恋物語を展開する。

ここまでは、小学生でも判るし、その物語が、歴史的な衣装をまとって、リソルジメントの時代に展開するだけでも、大河ドラマ的娯楽として十分楽しめる。後半の、本物の貴族を大勢集めた舞踏会の場面などその最たるものである。

3.リソルジメントの時代に、アラン・ドロン(バート・ランカスター演じるサリーナ公爵の甥で、政治的野心にみちている)が、赤シャツ隊にはいり、その後、イタリア王国が成立するや、王政に素早く順応していく様子も、如実に描かれている。

4.また、その甥を深く愛しながらも、彼とは政治的立場を同じくせず、体制の変化とシチリアの内実の不変化を諦念を持ってみつめている公爵。そのセリフおよび認識は、20世紀イタリア(あるいはシチリア)にも通用するものであることを知ると、ヴィスコンティの世界観がそこに反映されていることを窺わせるものだと言えよう。

5.クラウディア・カルディナーレ演ずるアンジェリカと、パオロ・ストッパ演じるその父カロージェロの低俗さは、克明に描きこまれている。アンジェリカの下品で、周囲への気遣いのまったくない呵々大笑は、見物、聞き物で、パーティに出ていた貴族たちは、サリーナ公爵を筆頭にしらけた様子で、退場してしまう。カロージェロは、いかにも成り上がりという態度、礼装のまったく似合わぬ男として、冷笑をさそう存在である。貴族と卑俗な父娘のコントラストは、これでもかと言わんばかりに、くっきりと描かれている。下品で俗っぽい仕種(たとえば相手の話を聞きながら、指を口にくわえたり)にもかかわらず、カルディナーレのアンジェリカが、まさに輝くように美しく魅力的なのは、言うまでもない。

6.サリーナ公爵(バート・ランカスター)は、カロージェロ、アンジェリカ父娘の野卑さを認識し、さらにアンジェリカの母がまったくの無教養で獣のようであることを知りつつ、かつ愛娘がタンクレディ(アラン・ドロン)に恋していることを知りつつ、最愛の甥タンクレディがアンジェリカと結婚することをむしろ積極的に推進するのだ。タンクレディの政治的野心のためには、多額の持参金が必要なのである。

7.宗教の存在。まず、冒頭で、ロザリオの祈りで、サリーナ公爵の一家全員が、家付きの神父とともに、アヴェマリアの祈りをラテン語で繰り返し、唱えている。そこへ、ガリバルディの軍隊がシチリアに上陸したという知らせが来て、騒がしくなるが、公爵が出かけると、残った女たちは、すぐさま、サルヴェ・レジーナの祈りをラテン語で唱える。この場面も、女性たちの帰依が、感動的であると同時に、一抹のそこはかとない可笑しみも感じさせる。
さらに、興味深く、時にユーモラスな場面をもたらしてくれるのは、家付きのピッローネ神父である。神父と公爵のやりとりは、宗教的権力と世俗権力の対立と対話をシンボリックにも表現しているわけで、これも現在にいたるも続く両者の時に親密で、時にややこしい関係を理解しつつ聴くと一層味わい深い。この国で困ったことはと神父が言うとイエズス会士が多すぎることか、とサリーナ公爵がまぜっかえしたり、サリーナ公爵が愛妾のもとへ通った翌朝 Confessione (懺悔、告解)をしつこく迫る場面など、実にユーモアに満ちていて、ヴィスコンティの映画がこんなに機智に富んでいたかと意外の感にうたれた。

以前に観たときには、「あらすじ」はともかく、宗教、歴史的背景、階級のもたらすドラマ、そのニュアンスを味わいわけることが出来ない部分が多かったのだと思う。

なお、NHKBSの放送は完全復元版で色も美しかったが、190分の放送であった。手元の映画事典を見ると、205分とあるので、15分のずれがある。

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2006年4月 1日 (土)

ナンニ・モレッティ、20年振りにテレビ出演

映画監督のナンニ・モレッティが20年振りにテレビに出演した。モレッティは、新作「イル・カイマーノ」が劇場公開されたばかり(コリエレ・デッラ・セーラ、3月26日)。

モレッティが出演したのは、Rai Tre の 《Che tempo che fa》というファビオ・ファツィオの司会するトーク番組。

ファビオ・ファツィオとモレッティの会話は新作の映画に冠するものとなるのだが、par condicio (選挙運動期間中、与党・野党のメディア露出を公平に扱わねばならないという法律)があるので、内容を正確に話せない。二人はその制約を、楽しみつつ、あがくようすを視聴者に示した。

《イル・カイマーノ》は、単語の意味は中南米に生息するカイマン・ワニのことであるが、ベルルスコーニがモデルになったドラマである。その役柄はシルヴィオ・オルランドが演じているので、シルヴィオ・ベルルスコーニとの重複をさけ、シルヴィオがとは言わずに、オルランドがと説明している。また、映画自体も、これは政治的映画ではなく、警察映画でもなく、とさまよった末、SF映画なのだ、という。

しかも舞台はドイツで、首相がテレビを三つ持って・・・という話としている。もちろん、ファツィオとモレッティは、par condicio を逆手にとって、遊んでいるのだ。

映画は、3月24日(金)に380館で封切られ、初日に、40万ユーロ(5600万円)の売り上げを示した。初日の平均売り上げは1100ユーロ弱(15万円)なので、素晴らしい成績だと言える。

追記:近日中であれば、Raiのホームページでモレッティ出演番組が見られます。モレッティの出演は、番組後半です。  
http://www.raiclicktv.it/raiclickpc/secure/list_strillo.srv?id=6

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2006年3月27日 (月)

リトルイタリーの恋

「リトルイタリーの恋」という映画を見た。オーストラリア映画であり、当ブログのカテゴリーのイタリア映画というのは厳密に言うとおかしいのですが、この場合、イタリア(に関する)映画、あるいはイタリア(移民に関する)映画なのだとご了承ください。

原題は、Love’s Brother 。舞台はオーストラリア。イタリア系移民のアンジェロが、結婚相手を探そうと、何度もイタリア人女性のところに手紙を出すが、その度に断られる。

出す相手はカルメリーナ(エレノア・ブロン)という女性が仲介者として紹介している。移民の結婚形態についてはまったく知らなかったが、一般的に移民は男が多いので、イタリア系女性を望んだ場合、オーストラリアにはイタリア系女性の数が足りなくなり、本国イタリアの女性を仲介するという仕事が成り立っていたのだろう。

何度かの失敗にこりて、アンジェロは思い切って、送る写真を自分のではなくて、ハンサムな弟の写真を送るところから話ははじまる。このことが、さまざまな喜怒哀楽のドラマを生むことは、予想通りである。身勝手な兄の振る舞いにもかかわらず、弟は恋人の嫉妬をかうほどに兄思いである。兄弟の強い絆は、移民になってもイタリア人家族であることを確認させてくれる。

監督は、ジャン・サルディで、イタリア系移民の両親のもとでオーストラリアで育ったという。

筆者の最大の不満は、この映画の展開がややセンティメンタルであるとか、エンディングがご都合主義であるということではなく、イタリアから来た花嫁が全然イタリア語をしゃべらないことだった。この兄弟もイタリアからオーストラリアに渡って数年という設定であるのだから、明らかに不自然だ。

さらにひどいのは、花嫁がまだイタリアにいて、祖母と話す際にも英語なのである。

オーストラリアの場面では、たまにイタリア語の単語は入って来るのだが、この映画は、イタリア人移民社会の言語生活を忠実に反映させたものではないと考えられる。そんな意図はおそらく監督にも、プロデューサーにもないのだろう。そんなことを期待されても困るのかもしれない。

パンフレットによれば、服装やロケ地、カフェの雰囲気づくりには相当力が入れられただけに、言語状況の再現にもう少し力が入っていればと、(筆者には)惜しまれる。

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2005年10月22日 (土)

イタリアの劇場、映画館スト

イタリアの劇場、映画館が文化関係予算の大幅カットに抗議してストライキを挙行した。(コリエレ・デッラ・セーラ、10月14日)。

文化関係の予算は、4億6400万ユーロから、3億ユーロに前代未聞の大幅40パーセントがカットされるという。

ちなみに4億6400万ユーロから3億ユーロだと、35パーセントのカットなのだが、イタリア人は大胆に四捨五入するのだろうか。それとも35パーセントというのは細かい数字で普通の読者にはピンとこないのだろうか。

分野別にみると、オペラは2億2200万ユーロから1億4300万ユーロへ、映画は8400万ユーロから5400万ユーロへとカットされる。

今までの補助金が、全国家予算にしめる割合はどれくらいかというと、0,33パーセントで、フランスやドイツの1,5パーセントに較べて小さいのにとんでもない、というのが抗議者の主張である。

さて、日本の文化関係補助金はいくらくらいでしょう。文化庁のホームページに行けばわかります。http://www.bunka.go.jp/1aramasi/frame.asp{0fl=list&id=1000000025&clc=1000000001{9.html

答えは、0,12パーセント。このホームページでは、フランスが0,9パーセントで、ドイツはもっと低く出ていますが、註にあるように、ドイツは国家予算ではなくて、地方自治体レベルでの補助金が多いので、国家予算は少なくとも、公共的な補助金はその何倍にもなる。まあ、どういう基準からみても、日本はずばぬけて低いですね。

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2005年10月21日 (金)

セルジョ・チッティ逝く

セルジョ・チッティが10月11日亡くなった。(コリエレ・デッラ・セーラ、10月12日)

セルジョ・チッティは、兄弟のフランコとともにパゾリーニとの縁が深い。フランコ・チッティは言うまでもなく、パゾリーニのデビュー作「アッカトーネ」をはじめとして、彼の主要作で主役を演じている。

一方、セルジョは、パゾリーニがローマの下町(ティブルティーナ周辺)を舞台にした下層無産階級の生き様を描いた小説を書いたり、映画を作るさいに、彼らの特徴的な言葉使い(方言といってもよいだろう)をパゾリーニに伝授した。

セルジョがローマの下町の言葉を伝授したのは、パゾリーニだけではなく、フェリーニの「カビリアの夜」、ベルトルッチの初期の作品「殺し」(ちなみにパゾリーニの原案をもとに、チッティとベルトルッチが脚本を書いている)、ボロニーニの作品に対してである。

チッティは、その後、自らも監督となって映画をつくっているが、残念ながら、僕は一作も見ていない。日本で上映したことはあるのだろうか? デビュー作は「オスティア」。「カゾット」は傑作と称されているようだが。

また、コリエレ・デッラ・セーラで取り上げられているのは、パゾリーニを殺した真犯人を知っていると、チッティが生前語っていたことだ。これは同紙で以前に記事にもなっていたし、犯人とされ、服役もしたペロージも最近になって、自分が犯人ではないと、テレビ番組に出演して語ったのだ。

パゾリーニの死の謎は、いまだ藪の中と言えよう。

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2005年10月13日 (木)

ベニーニの新作

 コリエレ・デラ・セーラによると(10月5日づけですが)、ベニーニの新作映画が14日からイタリア中の映画館でかかるという。

 ベニーニといえば「ライフ・イズ・ビューティフル」や「ピノッキオ」を見た人が多いと思うが、その前に、日本で公開されたのは、「ジョニーの事情」であった。

 「ジョニーの事情」は、新宿のある映画館で上映されたが、行ってみると、十人も観客がおらず、案の定、すぐに打ち切られてしまった。しかし、これが大変面白いのだ。

 あるマフィアがペンティート(警察に協力して、自白した人間)となり、裏切り者として、かつての仲間のマフィアから狙われている。

 愛人のマリアは、養護学校のスクールバスの運転手をしている男が彼にうり二つなのを発見する、というところから話は始る。

 そっくりさんのとりちがえの物語は、シェイクスピアの喜劇にもよくあるパターンだが、シチリアを舞台として、政治風刺もきいていて、爆笑シーンがいくつもあった。

 今度の新作は、イラクが舞台。ヴィットリアという女性(ブラスキ)が、イラクにある詩人の伝記をつくりにいくが、アメリカ軍のイラク爆撃前夜で、彼女がけがをしたと知った詩人のアッティリオ(ベニーニ)が彼女を助けにいって、さまざまな冒険をしてしまう、というお話のようだ。

 ベニーニは、ここで詩人に扮しているが、彼はもともとダンテの講釈をしたり、それをテレビ中継してものすごい視聴率を獲得したこともある。彼の中には、下品なお笑いと、批評・風刺精神と、高度な知性が同時に存在している。

 新作映画は、いつ日本で見られるだろうか。

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