2021年11月 1日 (月)

カヴァッリ《カリスト》その3

カヴァッリの《カリスト》について、プログラムでロレンツォ・ビアンコーニ氏が一文を寄せているので、かいつまんで紹介する。

ところどころ筆者の感想・意見とビアンコーニ氏の論考が入り交じっています。学術的には、それを事細かに区別する必要がありますが、ブログなので、一言お断りをするだけでいちいち註はつけないままでおゆるしください。

ビアンコーニ氏によると、このオペラには二人のプリマ・ドンナがおり、それは当たり前でもなければ無意味でもない。つまりオペラにはプリマ・ドンナが一人で、筋が一つのオペラ(《ウリッセの帰還》)もあれば、《ポッペアの戴冠》や《ジャゾーネ》のようにプリマ・ドンナが二人で筋が二つで絡みあっているものもある。《カリスト》の場合、前項のあらすじをお読みいただければ判るように、タイトル・ロールのカリストと、月の女神ディアーナがプリマ・ドンナ役である。

二人の乙女とも三角関係に巻き込まれる。カリストは姿をディアーナに変えたジョーヴェに誘惑され犯される。ディアーナは、月(の女神)に夢中で夢見る美青年エンディミオーネをひそかに誘惑する。ジュノーネは、カリストとジョーヴェに敵対し、復讐としてカリストの姿を熊に変える。牧神パーネ(パン)と毛むくじゃらのサティロはディアーナに思いを寄せるが相手にされない逆恨みに、森中にディアーナとエンディミオーネの仲を言いふらす。

第一の喜劇的逆説は、ディアナーの二面性で、カリストを叱りつけながら、自分は羊飼いの人間とよろしくやっていることだ。

このカヴァッリとファウスティーニの作品の典拠は、16,17世紀の文人たちにはよく知られたものだったが、彼らが独自だったのは、二つのエピソードをからかい半分に結びつけたところだ。カリストの話は、オウィディウスの『変身物語』第二巻にある。リブレット作者のファウスティーニが参照したのは、オウィディウスをオッターヴァ・リーマという詩の形でイタリア語訳したジョヴァンニ・アンドレア・デッラングイッラーラのもので、これは当時のベストセラーだった。17世紀のオペラの有名な種本だった。一方、エンディミオーネの話は、オウィディウスにはなく、ファウスティーニは、ナターレ・コンティの『神話』(1568)からとったのだろう。一番意地悪なバージョンは、古代ギリシアのサモサタのルキアノスの書いた『神々の対話』に収められた話で、アフロディテ(ヴェネレ、ヴィーナス)とセレーネ(ディアーナ)が会話している。前者が尋ねる「あなたのこと、何て話題になっているの?」「あなたの息子クピドに聴いてよ。彼のせいなんだから」ディアーナはヴェネレに毎晩、裸で眠る若者のもとに通っていることを告白する。愛の力には何者も逆らえないのだ。

しかし神々ージョーヴェ、ジュノーネ、ディアーナは、愛の力や有無を言わせぬ力も強力である。カリストは結局、大熊座となって天に昇る。

もう一人のエロス的登場人物はジョーヴェだが、このジョーヴェはどうやって演じたのか? youtube の《カリスト》(ルセ指揮)でディアーナを演じるヴィヴィカ・ジュノーは、ディアーナに化けたゼウスも演じていた。今回の上演でディアーナを演じた Olga Bezsmertna(オルガ・ベズスメルトナと読むのでしょうか)も、ディアーナも偽ディアーナも両方を非常に巧みに説得力をもって演じ分けていた。偽ディアーナの時には背中に後光をしょっているのが一つの印なのだが、顔の表情や歩き方、身振りも男っぽく演じ分けていて、感嘆した。さて、初演の時もそうだったのだろうか。これが違っていたのだ。このオペラが1651−52の冬に初演されたときにジョーヴェを演じたのはバスのジュリオ・チェーザレ・ドナーティだった。彼はファルセット(裏声)を得意としていて、3オクターブも歌えたという。だからジョーヴェの時には男の声で、偽ディアーナの時には女性的な高い声で歌い分け、それを観客は楽しんだのである。

 愛の行為そのものは舞台で演じられず、また時間の経過も会話の中で言及される形で時間経過が縮約されているのは、想像に難くないだろう。

  最後にビアンコーニ氏が述べているのは、次のことだ。詰まるところ、このカリストのイニシエーションは、おそろしい暴行なのか、男の甘言なのか?それとも、読者が自らリブレットの中に読み込んでいるかもしれないことだが、受胎告知、受肉、聖母被昇天のパロディであろうか?キリスト教の世界でもっとも自由奔放だった都市ヴェネツィアでは、自分の気に入った答えを出すことができただろう。とは言え、ジャン・スタロバンスキーが言うように、17,18世紀のように教会の教えが厳格で、懐疑的な人間は巧妙な言い逃れを用意しなければならなかった世界では、古代の寓話は、まさにこういう場合に役立った。言いたいことを間接的なイメージを用いて言ったり表象したりする場合に。

 

 

 

 

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カヴァッリ《カリスト》その2

《カリスト》のあらすじを紹介する。ここには2つのストーリーが錯綜している。

1つは、相対的に有名な話で、ジョーヴェ(ゼウス)がディアナの侍女のカリストを見初めるが、ディアナは貞潔の女神なので、侍女も簡単には誘惑できない。そこで、ジョーヴェの付き人であるメルクーリオが案をさずける。カリストはお仕えするディアナをこの上なく慕っているので、ディアナに化ければよい、というのだ。ジョーヴェがいろいろな人、動物、ものに変身して人間やらニンフやらを手中におさめる話には事欠かないから、またか、という感じであろう。実際、ジョーヴェの妻ジュノーも、カリストから話をきいてピンとくる。

カリストの話によると、最初、ディアナは自分と抱き合ってキスも(多分それ以上も)したのに、次にあったときはけんもほろろ、激しく拒絶されたというのだ。それを聴いてジュノーは、カリストと抱き合ったときのディアナは夫ジョーヴェが変身した偽ディアナだったとピンと来るのである。怒ったジュノーは、復讐の女神を連れてきて、カリストを熊に変えてしまう。ジュノーが熊に変えてしまったことは、ジョーヴェをもってしても元にはもどせないのである。

これが1つ目の要素で以下で述べるあらすじでも前提となる。

もう1つはディアナの恋愛。ディアナと言えば月の女神で貞潔のシンボルのような存在のはずだが。。。

このオペラでは、まず、エンディミオンという羊飼いで天体観察者が出てくる。彼は近寄りがたい月の女神ディアナに憧れている。ディアナはふとこのエンディミオンに恋におち、こっそりキスをしたりする。ディアナの侍女の一人リンフェアはそれを見て、ディアナから離れる。ディアナは完全には思いをとげぬまま、エンディミオンから離れるが、そこへカリストがやってきて愛の抱擁を求めるので激怒する。カリストは何がなにやら判らず混乱する。リンフェアは自分も愛が欲しいとつぶやくと、そこへサティロ(けむくじゃらの半人半獣、このオペラでは肉欲を具現化したような存在)がやってきて俺でどうだとなるが、リンフェアは逃げていく。ここでさらに牧神のパーネ(パン)と森の守護神シルヴァーノが出てくるが省略。このオペラ、登場人物が多いのである。牧神は部下のサティロたちを引き連れているが、牧神やサティロ、シルヴァーノらは地上的な肉欲的愛を表象している。ジョーヴェやディアナは天から地への愛。エンディミオンは地上から天への愛で、ベクトルが異なるわけだ。

第二幕

エンディミオンは夜山に登り、月の光をあび眠ってしまうが、そこへディアナ登場し、寝ているエンディミオンにキスをする。眠っているエンディミオンはまさにディアナを夢見ていたのだが、目が覚めてみるとディアナが自分にキスをしていたわけだ。このようすを隠れてみていたのがサティロで、牧神パンにディアナの秘密の恋人を報告する。

ここでジュノーネが天から降りてきて、カリストの悩みをきき、ピンとくる場面がある。そこへ偽ディアナ(実はジョーヴェ)とメルクリオがやってきて、カリストは偽ディアナにかけより、ディアナはデートの約束をするが、ジュノーが立ちはだかる。ジョーヴェとメルクリオはとぼけたフリを続ける。ジュノーはただではおかないと言いつつ去る。ジョーヴェはカリストに会いにいこうとするが、そこへエンディミオンがやてきてこの偽ディアナに抱擁を迫る。ジョーヴェとメルクリオは貞節なはずのディアナに人間の恋人がいたことに驚き面白がるが、そこへ突然パンやシルヴァーノやサティロがやってきて話がいっそうこんがらがる。彼らはエンディミオンをつかまえて虐待し、ディアナに彼のことを諦めさせようと願う。ジョーヴェとメルクリオは退散。エンディミオンを連れて森へ帰る途中でサティラはリンフェオに会い、隠れる。サティラは自分の仲間を呼び、リンフェオも自分の姉妹のニンフェをよび、サティラ群対ニンフ群の戦い(踊り)となる。

第三幕

川のほとりでカリストがディアナを待っていると、そこにやってきたのは、ジュノーと復讐の女神たちだった。ジュノーはカリストを熊に変え、復讐の女神にカリストを虐めるようにと言い去る。元の姿に戻ったジョーヴェとメルクリオがやってきてカリストの運命を知る。ジョーヴェはカリストに正体を知らせ、人間の姿にはわずかな間しか戻してやれないが、死後はお腹の赤ん坊とともに天に昇らせてやると約束する。その場所を教えるため、ジョーヴェ、メルクリオ、カリストが天に昇る。

その間、牧神パンとサティロたちはディアーナをあきらめないエンディミオーネを虐待し続ける。ディアナが助けにやってきて、牧神パンやサティラたちを森へ追いやる。牧神とシルヴァーノは、ディアナの色欲と偽善を森中にふれまわる。ディアナとエンディミオーネは互いの愛を告白する。エンディミオーネはキスを求め、そうすれば、ラトモス山の頂上で永遠に眠りつづけ毎晩ディアナのキスを夢見るだろうという。ジョーヴェはカリストを天界に連れて行く。カリストは彼女の魂が以前にここにいたことに気づく。また熊の姿に戻る時がやってくる。運命の命にしたがい、大熊座が夜の天に輝くであろう。

というのがあら筋です。最初の説明があるので、幕毎のあらすじとダブっているところがあります。ご了承ください。

 

 

 

 

 

 

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2021年10月31日 (日)

カヴァッリ《カリスト》その1

カヴァッリ作曲、ジョヴァンニ・ファウスティーニ台本のオペラ《カリスト》を観た(ミラノスカラ座)。

やや意外な気もするがスカラ座でのカヴァッリは今回が初めてとのこと。ヨーロッパのメジャーな劇場ではパリのオペラ座が数年前にカヴァッリの《エリオガバロ》を上演した。ただし、《カリスト》は、カヴァッリの作品の中では最初に復活した作品でレイモンド・レッパードが1970年に復活上演し、カヴァッリのオペラで最初にDVD化したのもこの作品だった。その後、フランチェスコ・カヴァッリの校訂版全集が出るようになったのである。

しかしながら《カリスト》は日本では馴染みがうすいし、カヴァッリも大人気とは言えない。ではあるが、今回、スカラ座はバロックオペラに本格的に取り組むことを決意したのかもしれない。数年前にヘンデルの《タメルラーノ》の上演をし、その後、バルトリが主導してバロック・オペラを連続でやるような話が聞こえてきたのだが、スカラ座の総監督が替わってしまい、実現されなかったようだ。

非常に大雑把な言い方をゆるしてもらえば、フランス、イギリス、ドイツ、ベネルクス3国の比較しても、イタリアのバロック・オペラへの取り組みは主要劇場では遅れていて、むしろ夏の音楽際や単発の公演を主としてきたように思う。

そうであった理由もわからなくはない。バロック・オペラの場合、こだわれば古楽器・ピリオド楽器で、小さめの劇場のほうが向いているからだ。しかし、もともとバロック・オペラの作曲家はイタリアが中心であるし、レッパード以来50年間に研究も上演の実践も大いに進歩したということだろう。

今回の上演では指揮がクリストフ・ルセで、演出がデイヴィッド・マクヴィカー。オケは、ルセの手兵のレ・タラン・リリークとスカラ座管弦楽団の有志(弦楽器が中心で、第一、第二ヴァイオリン、ヴィオラ、コントラバス、チェンバロが参加でピリオド楽器で加わっている)。

舞台は、最近結構ある例だが、オーケストラピットの奥がメインの舞台ではあるが、オーケストラピットの横および前に通路がもうけてあり、歌手は必要に応じて、前方に出てきて、観客に直接語りかけるように、時には観客を指さしたりしながら、演技し歌う。

また、登場人物も、時々、平土間席の一番前方の出入り口から、その縁取り舞台に上がってきたり、そこから退場することもある(奥の舞台の入退場の方が回数は多いが)。こういう演出も演出も演じる歌手も手慣れた感じである。

今回、プログラムも大変充実したものであったので、何回かに分けて《カリスト》の紹介を兼ねて、プログラムに書いてあることを取捨選択しつつご紹介したいと思う。

 

 

 

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2021年10月25日 (月)

《リゴレット》

ヴェルディのオペラ《リゴレット》を観た(マッジョ・フィオレンティーノ劇場、フィレンツェ)。

ここはサンタ・マリア・ノヴェッラ駅から少し歩くのだが、歩く距離よりも最後の段階で大きな通り(環状道路が合流しているので結構渡りにくいのだが、歩道橋はない)を渡るのに難儀する。その代わりというか、劇場の側に地下駐車場があって、車で来る人が多いのかもしれない。

指揮はフリッツァ。演出はリヴェルモア。リゴレットの家がクリーニング店になっていて、ビニールのかかった服が所狭しと並ぶ衣装掛けが出てくるが、最近はその程度では誰も驚かないし、そこに何の意味があるのかを考えもしないだろう。舞台の奥で電車が通る画像が映し出されていたので時代は19世紀以降なんでしょうね。

リゴレットはエンクバット。モンゴル人でしばらく前からyoutube などで注目していたが、今イタリアで大活躍。先日はテレビ(RAI5)でだが、やはりヴェルディの《仮面舞踏会》でレナートを歌っているのを観た(バルマ劇場のライブ録画)。声質が柔軟で強く、惜しみなく出てきてかつ息が長い。近年のバリトンよりも、CDで聴くバスティアニーニやタッデイに近い感じだ。ただし、バスティアニーニがヴェルディを歌う時には音色の使いわけがあるが哀愁を帯びた音色がエンクバットにはない。いつも堂々とした声が朗々と響き渡る。このリゴレットは演出の意向なのだろうが、背中にこぶはなく、背を丸める様子もなかった。笏を持っていないのはなぜかはわからなかったが。

ジルダはマリアンジェラ・シチリア。素直な声で情感もあり演技も良かったのだが、最終幕の最終場面でのとてつもないテンポルバート、リタルダンドには驚かされた。あれで二割がたカーテンコールの拍手が減ったのではないかと思う。歌手は、情感をこめて歌うとテンポが遅くなりがちであるが、もうこの場面ではそれを取り戻す機会が指揮者に与えられていない。ジルダは息絶えてしまうのだから。

公爵はピエロ・プレッティ。上質な声で歌いまわしも嫌な癖のないテノールだ。しかも声がくたびれていない(コロナの恩恵なのだろうか?)。容姿も端麗であるがやや小柄。

スパラフチーレは、アレッシオ・カッチャマーニ。エンクバットのリゴレットがあまりに声の迫力があるので不利だったが、声も演技も健闘していた。マッダレーナはカテリーナ・ピーヴァ。メゾらしい声質が十分発揮されていた。声の競演としての四重唱は聴き応えがあった。

マッジョ・フィオレンティーノのオケは長年メータに鍛えられたせいか、思いのほか(失礼)演奏能力が高い。フリッツァの指揮もよどみなく、かつ勘所をおさえていた。

しかしストーリーはつくづく嫌な話だ。ジルダの犠牲はまったく無駄で、いわゆるポエティック・ジャスティス、勧善懲悪のかけらもない。この時期のヴェルディはそういうきわどくグロテスクなストーリーを選び、濃厚なオーケストレーションを追求していたのだ。久しぶりにモダン楽器のオケを聴くとフォルティッシモは暴力的に耳に突き刺さる音の洪水である。こういう音に慣れすぎてしまうと、古楽器のオケは物足りなくなってしまうのかもしれない。むろん、まったく異なる魅力がそれぞれにあるのだが。

今回は、エンクバットを筆頭に歌手の質が高く、声の競演を十分味わうことができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2021年10月18日 (月)

ラッファエーレ・ペのリサイタル

カウンターテナー歌手ラッファエーレ・ペのリサイタルを聴いた(フィレンツェ、ペルゴラ劇場)。

ペルゴラ劇場は1660年代からあるイタリアでも最も古い歌劇場の1つ。現在ではオペラは、マッジョ・フィオレンティーノで上演することが多く、こちらでは通常の演劇や、室内楽やリサイタルが催されている。バロック・オペラの録画などで使われていることはあるし、この大きさは、バロック・オペラにぴったり(建設の時代を考えれば当然とも言えるが)。パルコ(桟敷席)を縦に積み上げる方式を大規模な劇場で採用した最初であるらしい。

ラファエーレ・ペのリサイタルは、L'arte del canto:Virtuosissimo    Cinque cantanti, una voce  とある。歌唱の技術:名人芸 五人の歌手を一つの声で、といったところだが、当日配布された一枚のパンフレットに解説があるので、それを要約しながら説明しよう。

18世紀前半には、ファリネッリ、カッファレッリ、セネジーノといった名人芸をもったカストラートが輩出し、作曲家は彼らの声の特性にあわせて曲を作った。当て書きである。

当夜のプログラムはそれをあえて混ぜる、複数の歌手に向けて書かれた曲を一人の歌手が歌うという試みである。ここでもともと当て書きされていた歌手は5人。ファリネッリ、カッファレッリ、二コリーノ、セネジーノ、ガエターノ・ベレンシュタットである。

当日のオケは La lira di Orfeo というグループでラッファエーレ・ペが創設者である。この日はヴァイオリン2人、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、チェンバロ、ファゴット、トランペット、オーボエ(ピッコロと持ち替え)各1で9人の編成だった。オペラの時にはより大きな編成を組んでいる。

当日のプログラムは

ヘンデルの水上の音楽から、トランペット協奏曲的な部分。

ヘンデルの《アマディージ》から'Sento la gioia' (二コリーノのために書かれた)

ヘンデルの《ロデリンダ》から’Dove sei amato bene' (セネジーノのために書かれた)

ヴィヴァルディのリコーダ(flautino) のための協奏曲 RV443 まさに名人芸を要求される曲。

ヴィンチの《捨てられたディド》から'Son quel fiume' (ガエターノ・ベレンシュタットのために書かれた)。ベレンシュタット(ベレンスタット)は、フィレンツェ生まれの歌手で、暴君や敵役を得意としていたそうである。

ここで休憩

リッカルド・ブロスキ(ファリネッリの兄)の《イダスペ》から 'Ombra fedele' (ファリネッリのために書かれた)

ヴィヴァルディのヴァイオリン・コンチェルトから1つの楽章 RV208

ヘンデルの《セルセ》から’Crude furie' (カッファレッリのために書かれた)

ヘンデルの《リナルド》から 'Or la tromba' (ニコリーノのために書かれた)

アンコールで二曲。一曲はヘンデルでもう一曲は不明。

ペの声は、日本で聴いたときよりも状態が良いように思えた。コロナでほとんどの歌手が強制的に休暇というか活動停止を余儀なくされたわけだが、歌手によってはそのことが声に良い作用をもたらした人もいるであろう。自分のオケを率いている強みもあるかもしれない。フレーズによって

ヴァイオリンやチェロと目を交わしながらテンポを調整し、ノッてきてテンポが早くなってもオケは心得たものですっと合わせてくる。歌っていて彼が楽しそうなのがわかり、こちらにもそれが伝わる。彼の声はどちらかというとビブラートが少なく澄んだ声なのだが、クライマックスになると思いがけず強い声が発せられる。しかしその強い声も澄んでいる。そして、カウンターテナーとしてはかなり例外的に歌詞がよく聞き取れるのである。素晴らしい。最近は、ファリネッリのために書かれた曲を集めたCDとかセネジーノのために書かれた曲を集めたCDというものがあるが、その逆をいったリサイタルだった。カストラートの一人一人の特徴をつかんだ上で聞けば、5人ものカストラートの曲を歌いわけるペの力技がより味わえたのだと思うが、そうでなくても十二分に楽しめた一夜だった。

ちなみにこのプログラムは、来年3月に新百合ヶ丘のテアトロ・ジリオにもツアーで行くことになっている。

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2021年10月 4日 (月)

エットレ・バスティアニーニ協会の年次大会

エットレ・バスティアニーニ協会の年次大会に出席した(フィレンツェ、フィレンツェ5月祭劇場、フォアイエ、2021年9月18日)。会のタイトルは「フィレンツェにおけるエットレ・バスティアニーニの輝かしい歳月」。

このご時世なので、劇場に入る時にはグリーンパスとパスポートを見せる。入り口に消毒液も用意されている。フィレンツェでオペラと言えば、もっとも古いのはペルゴラ劇場で、今は演劇に使われ、時々、バロック・オペラに使用されているようだ。バスティアニーニが活躍した1950年代、60年代はテアトロ・コムナーレで歌っており、それはつい最近2014年ごろまで使用されていた。

今回の会場は、新しい劇場で、二階のフォアイエが協会の年次大会の会場だった。

エットレ・バスティアニーニは、1922年シエナ生まれのバリトン歌手である。最初は、バス歌手としてデビューしたのだが、バリトンに転向し、スカラ座やウィーン、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(これも現役のではなくて、彼が歌ったのは前の劇場)で大活躍をしたヴェルディ・バリトンである。しかしキャリアの絶頂で、咽頭癌に冒され、声を保つことを優先し摘出手術はせず、1967年に44歳の若さで亡くなった。彼の演奏は、ロンドンやドイツ・グラモフォンのほかかなり多くの海賊版(ライブ演奏)が残されている。日本では、東京文化会館で《イル・トロヴァトーレ》のルーナ伯爵をデ・ファブリティースの指揮で歌い、翌々年には単独来日し、リサイタルを各地で開き、レコードも岩城宏之の指揮及び三浦洋一のピアノで残している。

彼の声は鋼の強さとヴェルヴェットの柔らかさを持つと言われ、曲想によって全く異なる声の色を使い分けていた。彼はヴェルディを深く尊敬し、日本に来た時も、小さな肖像画を携帯していたと言うエピソードは有名である。

さて当日の会は、フィレンツェ五月祭の文化推進担当ジョヴァンニ・ヴィターリ氏の司会でミニ・シンポジウムの形で進行した。

ヴィターリ氏は、司会役を兼ねていたが、基調講演に相当するスピーチで、バスティアニーニのキャリア、とくにバスからバリトンに転向してからのキャリアの最も重要な一歩が、フィレンツェでロシア・オペラを歌ったことだと紹介した。バスティアニーニは1952年にチャイコフスキーの《スペードの女王》(イタリア初演だという)、プロコフィエフの《戦争と平和》、そしてチャイコフスキーの《マゼッパ》を歌っている。《スペードの女王》は、チャイコフスキーがフィレンツェ滞在中に執筆した作品であり、まさにフィレンツェと縁が深い。この時の指揮はロジンスキーで、ユリナッチとの共演であった。

続いてヴァレリオ・パーネ氏(音楽評論家、オペラ演出家)がそのロシア・オペラでのバスティアニーニのデビューの意義について論じた。1952年の《スペードの女王》でバスティアニーニはイェレンスキー役を歌ったが、声だけでなく解釈が成熟しており、かつモダンな歌唱であった。この時の演出は、タティアーナ・パヴロヴァで、彼女は革命でロシアを逃れイタリアで演劇界にはいり、演出家が劇全体のコンセプトを統一していくやり方をイタリア演劇に導入したと言われているが、この《スペードの女王》ではじめてオペラ演出をてがけ、バスティアニーニはその指導を受け、大きな影響を受けたと言われている。この時期に、ロシア・オペラが3作続けて上演されているのは、当時フィレンツェ5月祭の芸術監督だったフランチェスコ・シチリアーニによる選択だそうだ。

 レコード録音では1957年にポンキエッリの《ジョコンダ》(バルナバ)や《カヴァレリア・ルスティカーナ》を録音している。かと思えば、バスティアニーニはベルカントものも上演、録音しており、パイジェッロおよびロッシーニの《セビリアの理髪師》はどちらも歌っている。

 ここでフィレンツェの副市長(女性)マリア・フェデリカ・ジュリアーニ氏の挨拶があった。この日はG20(農業大臣)がフィレンツェで開催されており、かつ4つのデモもあって、市長が来る予定が来られなくなったとのことであった。

 フィレンツェ市は、フィレンツェ五月祭を推進するとともに、過去の五月祭で活躍した人々の業績を振り返ることも並行してやっていくとのことであった。

 次の報告者はピエロ・ミオーリ氏でこの人はボローニャのコンセルバトリオの教授で、バスティアニーニ協会の大会に何度も参加している。彼はバスティアニーニのヴェルディ歌唱について述べたのだが、前提条件ともなるところについて2つのことを指摘した。1つは、最近はヴェルディの作品のクリティカル・エディション(批評校訂版)が出来て、細かく表情記号が書いてあったりするが、1950年代、60年代に劇場で使用されていた版を見ると、クリティカル・エディションにpまたはpp と書いてあるところに何にも書かれていないことがよくあるという。だから、1950年代、60年代の歌手が楽譜を無視していたのではなくて、エディション自体が違っていたということなのである。また、もう一つのエピソードは、演奏者の自由についてだ。1866年にパリで《ドン・カルロス》が上演されそれほどの大好評でもなく、イタリア語版を作ってボローニャで上演した際には大好評であった。その時にアントニオ・コトーニというバリトンがロドリーゴを歌った。コトーニは後に教師となってジッリやティタ・ルッフォなど錚錚たる人に教えた。彼が 'per me giunto' の部分の舞台稽古をしている時に、ヴェルディが僕はそうは書いていないよ、というと、コトーニはでもマエストロ、舞台ではこう歌ったほうが良いと思いますが、というと、ヴェルディは、その通りだね、今回は君が正しい、と言ったというのである。作曲家が書いた楽譜は尊重せねばならないことは言うまでもないのだが、一定の解釈の自由がある、というのがミオーリ教授の主張である。バスティアニーニの場合、当時の版に書いてあることは、非常に細かいところまで数学的なまでに忠実にバスティアニーニは歌っているという。三連符やトリル、装飾音など非常に忠実であるというのだ。

 そのうえでさらに、言葉の問題を指摘していた。言葉が大事だと言うのは誰でも言うのだが、単語レベルではなく、フレーズのレベルで、前の単語が次ぎの単語に、さらにその次の単語につながっていくときに影響を及ぼすのだが、それをフレーズとして歌うことにバスティアニーニやカラスは優れていた。フレーズの中で、音程が上がっても下がっても音色が変わらない。高音に関しては、i や u で高い音を歌うのはつらいので、カラスの場合、《Pirata》で tenebre oscura という原文を tenebre fonda に変えていたという。

  最後はアレッサンドロ・モルミーレ氏で彼は音楽評論家である。バスティアニーニの同時代の批評家のロドルフォ・チェレッティがなぜバスティアニーニの歌唱に批判的であったかを解説してくれた。チェレッティは19世紀以来の伝統的な歌唱法をよしとしていたので、バスティアニーニのヴェリズモ的でかつモダンな歌唱を評価することができなかったのである。だからチェレッティは、1950年代半ばにフィレンツェで録音されたドニゼッティの《ファヴォリータ》(アルフォンソ11世、シミオナートと共演、指揮エレーデ)、《リゴレット》(タイトルロール、指揮ガヴァッツェーニ)のどちらも手厳しい批判をすることしか出来なかったのである。

 歌い方は時代とともに変化する。しかし、過去の歌手がモデル、規範になることはあるわけで、ルカ・サルシなどはバスティアニーニへの敬愛を公言している。

 ごくごくかいつまんで報告を要約した。このかいつまんだ要約からも、これが単なるファンクラブの集まりというものとは質を異にすることがお分かりいただけよう。しかも会員はむしろ音楽を専門とするのではない人がほとんどなのである。イタリアのオペラ愛好者の裾野の広がりと、愛好するという時にたんに好き、嫌いというだけでなく、きちんと論じて、歴史的に位置づけていくという意志の強さを感じる。

 来年は、バスティアニーニ生誕100年の記念すべき年である。

 

 

 

 

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2021年9月20日 (月)

《カルロ・イル・カルヴォ》その3

ポルポラ作曲のオペラ《カルロ・イル・カルヴォ》について補っておきたいこと(バイロイト、辺境伯劇場)。

《カルロ・イル・カルヴォ》は昨年及び今年の上演で音楽的に極めて聞きごたえがあるものであることは、全てのオペラ・セリアに興味ある人の耳に明らかになったと思うが、ツェンチッチの演出は考えぬかれ、それがままあるように音楽とは無関係にリブレットの字面から思いついたという次元のものではなく、音楽と歌唱の表現と演出が抜き差しならぬ関係になっている部分がある。

 ツェンチッチの演出の場合、もっとも演劇的にやりがいのある役はアスプランドだろう。アスプランドは冒頭からロッターリオの意を受けて政治工作をするのだが、相当な策士で色仕掛けを次々にするジュディッタをも信用させてしまう。すっかりロッターリオの側の人間かというと、ロッターリオに自分からキスをしてこれまた彼を夢中にさせる。ロッターリオとアスプランドが睦あう様子を、ロッターリオの妻(モック)が見てしまう。これがツェンチッチ演出の1つのポイントで、大詰めに近いところで、妻がアスプランドを射殺する。ロッターリオは駆け寄り、アスプランドを抱きかかえ嘆く。そして改心するのだ。原作ではロッターリオは、息子アダルジーゾ(ファジョーリ)がカルロを助け、「無実の者は天が助けるのです」などと言うのを聞いて改心するのだが、それでは空々しいと演出家は考えたのだろう。今回の上演では、愛するアスプランドが死んでしまって現世のはかなさを思い知ったロッターリオが改心すると言う仕掛けになっている。原作の方がはるかに美徳の勝利という色合いが強いわけだ。

ツェンチッチは、そもそも時代を中世から1930年代のキューバに移し、多少のオリエンタリズムを匂わせながらも、より卑近な物語に仕立てていると言えよう。

そう言った枠組みの中でファジョーリ演じるアダルジーゾはどう描かれているか。アダルジーゾは、ここでカルロを殺してしまえば(見殺しにすれば)王位が自分に確実に回ってくるという場面が複数回あるのだが、いずれも何の迷いもなくカルロを助けて、こんなことで王位をもらっても恥ずかしいだけではないか、と父ロッターリオを説教する人物だ。ある意味では徳の高い人物だが、ある意味では全く権力闘争を理解しないナイーブな人物である。権力闘争に邁進する父との関係がうまくいくはずはなく、彼はある種の適応障害を起こした人物として描かれているし、だから一幕の退場アリアでも過呼吸に苦しんでいる。最初に見た時には、ファジョーリの演技がずいぶんぎごちない感じがしたのだが、よくよく見れば、人生や周りの人々の過剰にアグレッシブな生き方についていけない人物として造形されているから、ぎごちないのが当然の帰結なのだ。また、このオペラでは第三幕4場で奇跡のようにロマンティックな愛の二重唱がある。アダルジーゾとジルディッぺ、つまりファジョーリとレジネバの権力闘争からは隔絶された愛の二重唱である。ロマン主義を100年先取りしてこの甘美なドゥエットが成立したのにはいくつかの条件がある。第一はそれに相応しい音楽をポルポラが書くことができ、それを現代に蘇らせることのできる歌手と指揮者とオケがいたこと。第二は、台本に関わることで言えば、アダルジーゾが権力闘争に対してアレルギーを起こしている適応障害的人物であること。それに加えて第三には、アダルジーゾはこの場面の冒頭で囚われの身で、それをジルディッぺがやってきて解放するというストーリーなのだ。主要登場人物が囚われの身というのは、バロック・オペラには実によく出てくるシチュエーションだ。ヴィンチの《アルタセルセ》もそうである。外界から隔絶された状況だから、ふとその時代を超えた理屈がそこでは生きる。しかしそれは一瞬の夢のような空間・瞬間だ。他の者がなだれこんで来ると壊れてしまう。ある意味では特権的勘違いの空間・瞬間なのだが、ロマン主義が蔓延ると、この勘違いが世を覆い尽くしてしまうわけである。

 

 

 

 

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2021年9月14日 (火)

ポルポラ作曲《ポリフェーモ》その2

ポルポラ作曲《ポリフェーモ》を観た(バイロイト、辺境伯劇場)。

《ポリフェーモ》の上演2日目であるが、これが今年のフェスティヴァルの最終演目でもある。昨日のファジョーリのガラコンサートで帰ってしまった人、グループもいたが、この日の上演も大変質が高かった。ポルポラの音楽は、《カルロ・イル・カルヴォ》もそうであったが、主役以外にも聴き応えのある曲があって、それはちょっと聴くと地味なのである。繰り返し聞くと味わい深くなってくる。

 ポリフェーモに与えられたアリアなどはオケがトゥッティの連続で独特の響き、味わいを出している。一方、アーチの 'alto Giove' や続くアジリタの続くアリアを聴くと、ファリネッリはどんな風に歌ったのかと思わずにはいられない。

  

 

 

 

 

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フランコ・ファジョーリのリサイタル

フランコ・ファジョーリの《ヴィンチ・ガラ》と題するリサイタルを聴いた(バイロイト、辺境伯劇場)。

現在、視聴可能です。https://www.bayreuthbaroque.de/events/franco-fagioli-de/?fbclid=IwAR26Mh9K9SFT1gp83ep0F1iwoOTru_kOZhDpLCwgKOnQ1u4rB1wbJLPLh0k

ポルポラのライバルだったオペラ作曲家レオナルド・ヴィンチのアリアをファジョーリの歌、ペトルーの指揮アルモニア・アテネアの伴奏で聴く一夜だった。間にヴィンチのオペラのシンフォニアや、ヘンデルのコンチェルト・グロッソが挟まれていた。

ヴィンチのアリア集は、ファジョーリがポモドーロと一緒にCDを出しているが、それとは別の響きがする。一言で言えば、ポモドーロの伴奏のほうが流麗で歌ともピタッと合わせてくる。一方、ペトルーの場合は、音楽を立体的・構築的に築いてくるので、アクセントをつける瞬間にエネルギーが炸裂したり、そこに向かってエネルギーが蓄積していく様が見えるという醍醐味がある。

アリアの出だしのタイミングなどはポモドーロの方が見事に合う。これだけ違うタイプの演奏であることで、ヴィンチの音楽の可能性が拡大されて見えてくるとも言えるだろう。

曲目は最初が《セミラーミデ・リコノシュータ》のシンフォニア。次が《ジスモンド》のアリア'Quell'usignolo ch'e' innamorato'

《アルタセルセ》のアリア’Fra cento affanni e cento' ここでヘンデルのコンチェルト・グロッソop3 No1 HWV312. ヘンデルのコンチェルト・グロッソはオペラと比してやや間延びした演奏が多いのだが、ペトルーの演奏は退屈するところがまったくない。歌わせるところはたっぷり歌わせ、進むべきところは脇目も振らずに進む、といった感じか。

 次が《シロエ》のアリア’Gelido in ogni vena' これなどはポモドーロの伴奏とペトルーが相当に違っているので聞き比べると面白いだろう(コンサートの方は現在、配信されているので視聴が可能、上記のサイトをご覧ください)。前半最後が《セミラーミデ・リコノシュータ》のアリア’In braccio a mille furie'

後半は《Medo》のアリア'Sento due fiamme in petto'  《Gismondo》のアリア’Nave altera'

再びヘンデルのコンチェルト・グロッソ op.3 No2, HWV 313.  続いて《Catone in Utica》のアリア'Quell'amor che poco accende',

《Artaserse》のシンフォニア、ついで 'Vo solcando un mar crudele' この曲はやはりファジョーリのイコン的アリアだが、テンポは遅めなのだが歌うのは難しそうだ。この曲で締めたあとは、アンコールでヘンデルのアリアを二曲歌い、もう一度この 'Vo solcando' を短いバージョンで歌い演奏会を閉じた。

今更ではあるが、ファジョーリが特別なカウンターテナーであることを感じる。アリアの一曲、一曲の彫琢の確かさ、テンポもオケに引きずられたり、リタルダンドで遅くなりっぱなしなどということは決してない。いや、何よりヴィンチの曲の特徴でもあるがアジリタを聴かせつつ叙情性が高まっていく切迫感をこれほど聴かせる演奏はちょっと他には想像しにくい。だから装飾音をふくめて彼は一音一音の音色までコントロールしようとしているし、ほぼそれに成功しているのは驚異的なことだ。

 

 

 

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2021年9月11日 (土)

ポルポラ作曲《ポリフェーモ》その1

ポルポラ作曲のオペラ《ポリフェーモ》を観た(バイロイト、辺境伯劇場)。

今年のバイロイト・バロック・オペラ・フェスティヴァルの新作である。《カルロ・イル・カルヴォ》は去年が初演だった。

直前まで去年のヴィンチの《ジスモンド》のようにコンサート形式での上演なのか、それとも本格的に舞台も衣装もあるのか気になっていた。実際は、舞台にはいかにもバロック時代の劇場を思わせる遠近法を強調したセットが両脇から張り出しているが、その舞台にオーケストラが乗り、手前で歌手が歌うコンサート形式だった。考えてみれば、数日前には、《カルロ・イル・カルヴォ》であれだけ渾身の演技をしていたレジネバとツェンチッチが《ポリフェーモ》にも出演しているだけですごいことかもしれない。

こちらは演技や衣装がなく、当然モック役もいないので、登場人物はシンプルである。指揮はペトルーでオケがアルモニア・アテネア。

この話は、オウィディウスの変身物語とオデュッセイアからの話が合体している。王(あるいは暴君)のもとに二組のカップルがいる、というオペラの定番に合わせるためにリブレッティスタのパオロ・ロッリがそういう工夫をしたのである。だから、トロイ戦争からの帰還途中のウリッセ(オデュッセウス)が出てくる。

第一のカップル、アーチとガラテアは、初演当時大スターのファリネッリとクッツォーニが歌ったが当日は、カウンターテナーのユーリ・ミネンコとレジネバが演じた。第二のカップル、ウリッセとネレーアは、ツェンチッチと Sonja Runje (メゾソプラノ)。そしてタイトルロールが一つ目の怪物ポリフェーモで、パヴェル・クディノフが演じた。

その日の席はたまたま最前列であったのだが、ここで聴くと歌手の声の音圧がビンビン伝わる。音量が大きければ大きいほど良いという風に考えているわけではないが、事実として言えば、レジネバとクディノフの音圧はすごかった。以前、音量に従って針の振れるアンプを使っていた時に、ソプラノが声を張り上げるとオーケストラよりもピンと針が大きく振れることがあって、マイクが近いせいなのかなどと思っていたが、それもあるかもしれないが、実際、近距離で聴くとこの二人が声を張り上げると耳に刺さるような大音量である。はっきり音圧を感じるのだった。繰り返すが、バロック・オペラで歌手に求めるものは、様式感や様式感を崩さないなかでの叙情的表現であったりして、声が大きければ良いと言いたいわけではない。

話は、一つ目の怪物ポリフェーモ(クディノフ)が、ニンフのガラテア(レジネバ)に横恋慕するが、ガラテアは人間のアーチ(ミネンコ)が好きなのである。それが一組目のprimo uomo, prima donna の歌う役柄、そしてそこにウリッセとネレーアが加わるのだが、ポリフェーモは乱暴なやつで岩を投げてアーチを殺してしまう。ガラテアは嘆き、ジョーヴェ=ゼウスを責める。するとジョーヴェはアーチを川の神に変える。それを感謝するのが有名なアリア「アルト・ジョーヴェ」なのだ。文脈を知って聞くほうがずっと感動的である。一方、ウリッセは知恵者で、ポリフェーモにワインを飲ませ酔っ払わせ、そのスキに目をつぶしてしまう。こうして二組は怪物をやっつけ結ばれ、めでたしめでたしという話である。

通常の暴君プラス2組のカップルが、怪物プラス2組のカップルになっているわけである。カップルも人間ではなくて、ニンフだったりする。例によってポルポラのアリアの作風は様々で、ポリフェーモのアリアはいかにもバスにふさわしいメロディー、音型が出てくる。

役柄にふさわしいアリアが書き分けられているので、それらは実演を何度も聞き込むと、一層明らかになるだろう。今回の上演も配信されているし、CDも来年発売とのことである。

 

 

 

 

 

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