2023年12月30日 (土)

ラモー作曲《レ・ボレアード》

ジャン=フィリップ・ラモー作曲のオペラ《レ・ボレアード》を観た(北とぴあさくらホール)。

全曲上演としては日本初演である。セミ・ステージ形式で、フランス語上演で日本語字幕がついている。

このオペラはラモー最後のオペラで1763年に、7年戦争の終結を祝すために作曲されたが、翌年の作曲家の死によって上演されることがなかった(初演は1982年!)。上演されなかった理由として、フリーメーソン的要素あるいは当時の政権を批判する要素があったことに言及するものもあったが今のところ筆者には詳しいことは不明。

ただしラモーはそれ以前に《ゾロアストル》というゾロアスター教の始祖を描いたオペラを作っており、こちらにはより明確にフリーメーソンの表象が現れている。

昨年、同じく北とぴあで観たリュリのオペラもそうであったが、イタリアのバロック・オペラを基準として観ると、フランスのバロック・オペラには驚かされる点が多い。両者の違いを整理しつつ、公演の特徴に触れよう。

1.バレエの場面が量的にも多いし、洗練されている(今回の上演は本格的にバロック・ダンスを研究する振付師による振り付けであり、そもそも演出のロマナ・アニエル(敬称略、以下同様)がポーランド唯一の宮廷バレエ団クラコヴィア・ダンツァを創設し、宮廷舞踏フェスティバルを毎年開催している人なのである。ダンサーの松本更紗はヴィオラ・ダ・ガンバ科を卒業しつつ、かつ、古典舞踊をフランスで学んでいる。同じくニコレタ・ジャンカーキは、2016年に上記のクラコヴィア・ダンツァに入団している。男性のダンサー、ミハウ・ケンプカも2017年にクラコヴィア・ダンツァに入団している。

2.  フレンチ・バロックのオペラを観るたびに、イタリアのバロック・オペラとの差異を強く意識させられる。イタリアではバロックであれ、それ以降のオペラであれ、これほどバレエが中心的な役割を果たすことはない。16世紀のスペクタクルではダンスの比重が相対的には大きかった可能性がある。もしかすると、イタリアでは、レチタール・カンタンドとして始まった歌唱・朗唱が、やがてアリアとレチタティーヴォに二分され、劇のなかでの役割もアリアはその時点での感情表現を担い、レチタティーヴォは人間関係や状況を明らかにする台詞的なものとなるにつれて、リブレットと音楽の関係が構造的となり、バレエという身体表現をさほど必要としなくなったのかもしれない。一方、フランスのバロックは歌唱・朗唱部分においてイタリアのそれと大きく異なる部分が2つある。1つは、フランス人がカストラートを好まなかったので歌唱に超絶技巧を駆使する部分がない、ということ。もう1つはそれとも無関係ではないが、フランスのオペラでは、イタリアのオペラと比較すると、レチタティーヴォとアリアの差が小さい、ということだ。両者のつながりがより滑らかであり、言葉としての劇という側面がより強く感じられるのだが、言葉だけの劇に陥らないのは、バレエの身体性が出てくるからである。イタリアのオペラにおいては声自体の身体性が極限まで推し進められていると言えよう。



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2023年8月17日 (木)

ヴィヴァルディのオペラ《忠実なニンフ》(その1)

ヴィヴァルディのオペラ《忠実なニンフ》を観た(インスブルック、音楽堂)。

音楽堂というのは Haus der Musik で州立劇場の隣の建物である。この音楽堂に二つの劇場があって、この日の会場は地下の

小劇場である。一列が15人で15列なので定員は225名。小ぶりな劇場で、バロック・オペラにはふさわしいと思うが、ここで上演するのはインスブルック古楽音楽祭の若手オペラである。若手オペラについて説明するとオーケストラもおおむね若手でこの音楽祭の臨時のオケらしく

Barockorchester:Jung (バロックオーケストラ・ユング)というものだ。序曲を聴いて、ピッチや縦のラインの揃い方が、この音楽祭に登場する超一流の管弦楽団とは異なることがわかる。ただ、指揮者との息はあっていて、アリアになると実に音楽的なノリのよい伴奏をする。なので、ピッチうんぬんの定量的な能力はすぐに気にならなくなった。ヴィヴァルディの音楽、特にアリアはドラマが展開するに連れて、キャラクターやその場、情景のアフェット、情感を、時に深く、時に感情の襞までも描出していく。つまり、表現の振幅、種類の多さが求められるのだが、キアラ・カッターニの適切な指揮ぶりに応じて、このオケは様々な表情を表し、テンポもリズムも生き生きと変じるのであった。

このオペラは演出も納得のいくものであり、歌手の歌唱も若手オペラとしては十分高いレベルだった。

あらすじがかなり複雑なので次項で紹介する。

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2023年8月14日 (月)

《ヴェネツィアのカーニヴァル》

《ヴェネツィアのカーニヴァル》と題されたコンサートを聴いた(アンブラス城、インスブルック)。

この音楽会はなかなか凝ったものなので説明が必要だ。一言で言えばパスティッチョをコンサート形式で上演したのである。

18世紀にドイツで、《愉快なだまし、ヴェネツィアのカーニヴァル》というオペラが流行り、複数の作曲家が曲をつけた。この日のコンサートでは4人のドイツおよびフランスの作曲家のアリアをつないで簡略版のパスティッチョとしていたわけである。簡略版なのも無理はなく、

演奏時間は二時間程度だし、そもそもこの作品には三組のカップルが出てくるのだが、この日の歌手はソプラノ1人、バリトン1人である。そういう限界というか制約があることを踏まえての話にはなるが、珍しい作曲家の珍しいオペラ作品を聴け、しかも演奏が大変生き生きとしており大いに楽しめた。

この作品のオリジナルはフランスのコメディ・バレ(バレ・ド・クールから発展したオペラ)で、それが何度も書き換えられ、曲がつけられた。オリジナルのリブレットはジャン・フランソワ・ルニャールが書き、それにアンドレ・カンプラが1699年に曲をつけた。当時のフランスの趣味に従い、バレやコーラスのシーンが多い。第三幕にはインテルメッツォとしてオルフェオが上演される。オペラの中のオペラ、劇中劇である。しかし劇のメインとなるのは、ヴェネツィアのカーニヴァルやその華やいだ雰囲気である。

その数年後、ヨハン・アウグスト・マイスターがフランス語からドイツ語にリブレットを翻訳した。その過程でフランス趣味を修正している。1707年にはラインハルト・カイザーとクリストフ・グラウプナーが曲をつけたがこれらは消失してしまった。そのうちの何曲かが複雑な経緯をへて、ヨハン・ダフィト・ハイニヒェンの作とともに伝わった。以上の4人の作曲家のアリアや舞曲などを混ぜて当日のプログラムは構成されていたわけである。ストーリーは、二組のカップル(フランス版からドイツ版で三組が二組になってのだろうか?)が交錯して、最後には元の鞘におさまるというモーツァルト/ダ・ポンテの《コジ・ファン・トゥッテ》と似た話だという。

歌手はソプラノのハンナ・ヘルフルトナー。一人3役でちょっとずつ衣装を変えていた。もう一人はバリトンのマッティアス・フィヴェーク。二人とも、身振りを交え、曲想に応じ雄弁に歌っていた。オケはBarockwerk Hamburg.イラ・ホフマンの指揮・チェンバロである。構成は10人で、オーボエやファゴットがいるのが個人的には嬉しかったが、驚いたことに、コントラバスは途中で2度小さなリコーダを器用に吹いた。オーボエとファゴットも一度リコーダーに持ち替えたので音色は想像以上に豊かだった。単に楽器の種類だけでなく、このオケは最初から大胆にはずんでいた。ヴァイオリンのコンサート・ミストレス(Micaela Storch-Sieben)のリードもよかったし、打楽器がいるのもそれに貢献していた。アリアの歌詞は、イタリア語のものとドイツ語のものと両方あった。

こういう複雑な手続きを踏んだ娯楽ではあるが、料理法が上手なので、聴衆は皆大いに楽しんでいた。

 

 

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2023年8月12日 (土)

ヴィヴァルディのオペラ《オリンピアデ》その2

ヴィヴァルディのオペラ《オリンピアデ》を再見(チロル州立劇場)。

やはりこのオペラ、ヴィヴァルディ版ではアミンタ(歌うのはデ・サ)が最も技巧的で歌い映えのする曲があたっている。’Siam navi all'onde algenti' の時には降りた幕の前にデ・サが一人でおり、しかも彼にスポット・ライトが当たる。他のアリアではそういう扱いはないので、特別扱いである。オケも指揮も、来たー、という感じでノリがよい。ヴィヴァルディのこういう曲は、何度聞いても、ここでこうなるとすみずみまでわかっていても、序奏を聴くとワクワクする。会場の聴衆もやんやの喝采である。ツボにはまる曲なのである。日本でこのオペラが上演されないのは、とってももったいないことだと思う。

非常に音楽的な快感に充ちた音楽なのだが、歌詞をみるとあらゆる快楽は(つまずきの)石・岩だと言っていて、むしろ教訓的なのだ。ヴィヴァルディは、こういう歌詞と知りつつ、かしこまった曲ではなく、聴く者を快感の嵐に巻き込む曲を書いたのだ。

むろん、リチダ(ベジュン・メータ)やメガークレ(ラファエレ・ペ)にも聞き惚れるアリアがある。王と王の部下オロンテはバス(バリトンを含む)なのだが、聴きごたえのあるアリアがあってバランスがとれている。

今回の演出で良かったのは、女羊飼いを名乗っていたアルジェーネが黒い地味な服を脱いで、水色のドレスになるところ。身をやつしていたが実際はお姫様というのがよくわかった。小学生でも出来る演出だが、こういう基本を抑えていないとストーリーが把握しにくくなるのである。

(追記)最終日、たまたま早めに会場に行くと、上の階のロビーで、デ・サがヴィヴァルディを歌うことについて語っていた。彼は英語で話し、ドイツ語通訳がはいる。デ・サによると、ヴィヴァルディのアジリタは難しいが、それはヘンデルの難しさとは異なる。ヘンデルは声用に書いているが、ヴィヴァルディは器楽と同じように書いているというのだ。ポルポラは、また別の難しさがあって、彼は声楽の先生でもあったから声楽のテクニックを知り尽くして、難しい曲も書くのだという。

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2023年8月 8日 (火)

ヴィヴァルディのオペラ《オリンピアデ》

ヴィヴァルディのオペラ《オリンピアデ》を観た(チロル州立劇場、インスブルック)。

周知の如く、このオペラの台本(リブレット)はメタスタージオが書いたもので、数多くの作曲家がそれに曲をつけている。初演以外は、劇場が雇う歌手の都合などでリブレットの細部に手が入ることが多い。ある歌手のアリアの数が増え、別の歌手のアリアの数が減ったりするのである。あるいは、レチタティーヴォが簡略化されたりすることもある。

日本で最も上演された《オリンピアデ》はペルゴレージ作曲の版であろう。これが傑作であることは言うまでもないが、ヴィヴァルディの《オリンピアディ》も聴けば聴くほど優れた曲なのだ。ペルゴレージ−はイェージで開催されたペルゴレージ音楽祭の際の録画が、ブルーレイでもDVDでもCDでも手に入る。指揮はデ・マルキ。

今回、指揮者は同じくデ・マルキでヴィヴァルディの《オリンピア》を観ることができるのは幸運といわねばなるまい。ヴィヴァルディの《オリンピアデ》はCDのみが発売されている。

そもそもこのチロル州立劇場は2021年の夏には大劇場が修復中で使用できなかった。ネットを見ると、2021年の秋から新装なった大劇場が再開したのかもしれない。ともかく2023年の夏現在、真新しい劇場が使われている。客席のイス一つ一つ大きめになったのは嬉しい。

また、字幕が変化した!ドイツ語字幕と英語字幕が舞台右側にも、左側にも表示される。しかも数行表示されるのだ。これは相当わかりやすい。

今回の演奏は、指揮がデ・マルキ。今年がインスブルック古楽音楽祭音楽監督の最後の年である。これまで彼は、17世紀のものや、18世紀でもめったに演奏されない珍しいものを積極的に取り上げてきたが、今年はヴィヴァルディにフォーカスしている。オーケストラは、インスブルック祝祭管弦楽団。このオケを聴くのは初めてだが、イタリア人が多かった。デ・マルキの指揮のもと、時にいきいきと、しかし安定感のある伴奏をしていた。

歌手は王のクリステーネがクリスティアン・ゼン。王女のアリステアはマルゲリータ・マリア・サーラ。彼女の歌唱は格調高いのだが、この劇場の大きさからすると声量にややのもの足りなさを感じた。以前にインスブルックの別の劇場で聴いた時にはまったく声量不足を感じなかったので、たまたま今回のどの調子が十全でなかったのか、それとも劇場の大きさがクリティカルに作用しているのか。

我がままな求愛者リチダにはベジュン・メータ。その友人で彼に尽くすために自分の恋人を断念するつらい役のメガークレにはラッファエーレ・ペ。この二人のカウンター・テナーは快調そのものだった。今回の演出は、オリンピックというより、現代のジムのようなところで男たちが身体を鍛えているといった体の演出だったが、ペは何度も体操器具を実際に操ったり、縄跳びをしたり、腹筋運動をしてみせ、そのまま歌にはいっていくというなかなかの苦行を背負っていたが、それを感じさせない歌い振りだった。

王女の相談役(羊飼いの格好をしているが実はクレタの貴族の娘)アルジェーネは、ベネデッタ・マッツカート。以前にカールスルーエで聴いた時には声が細いと思ったのだが、今回は何の不足も感じず、実に堂々としたものだった。

本来メタスタージオのリブレットを読むと端役なのだがリチダの家庭教師にアミンタという男がいる(ソプラニスタのブルーノ・デ・サが歌う)。ペルゴレージの場合にはさほど目立たず、静かでいい曲があるなあ、という感じなのだが、ヴィヴァルディ版では最も派手で聴かせどころの多い第二幕のアリア 'Siam navi all'onde algenti' (われわれは銀色の波に翻弄される船)というメタスタージオのリブレットで盛り上がる場面では定番の隠喩アリア。われわれの人生は嵐の海の小舟のようなものなのだ。人生・運命が荒波。われわれは小舟。盛り上がるべくして盛り上がり、この日一番大きな拍手をデ・サは受けた。CDで聴いてもそうなのだが、アミンタのアリアはストーリー展開や、役柄を越えて聴きごたえのある特上のアリアが振られているのである。デ・サは軽やかに跳ね踊る演技も含め、楽々と出る高音を活かしてこれらのアリアの魅力を十分に伝えたのだった。

ペルゴレージの場合、第一幕でどんどん魅力的なアリアを繰り出しているが、ヴィヴァルディの場合はむしろ第二幕になってからとっておきのメロディー、アリアを出している。ペルゴレージの場合、若かったし、ナポリからローマに出てきて日が浅く、初っ端から聴き手の心をつかむ必要があったのだろう。ヴィヴァルディの場合は、この曲を書いたときにすでにベテランで地元ヴェネツィアで書いているので、魅力的な曲はあとから出すという戦略をとったのだろう。

第三幕になって、人物がこの人は実はこう(羊飼いかと思ったら貴族だった、など)あるいはクレタの王の息子かと思ったら、王クリステーネの息子だったなど、種明かし的な場面があるわけだが、このあたりはレチタティーヴォが続く。モーツァルトやロッシーニに慣れていると、大団円が重唱で盛り上がっていくというパターンに慣れてしまうわけだが、この時代はまだそうではない。複雑な糸の縺れをほぐす時には歌ではなくレチタティーヴォなのである。それが音楽的にはもの足りなく感じてしまうこともあるのだった。言うまでもないことだが、これはデ・マルキの演奏には何の責任もない。この時代の様式、作曲の仕方と現代の我々の耳の問題である。

とは言え、すこぶる高レベルかつ充実した歌唱、オケによるヴィヴァルディのオペラ。至福の時である。

ペルゴレージとの比較で言えば、リチダに死刑が迫り、何か最後の望みはと問われるとメガークレに会いたい、という。友情の極みであり、アリステアはどうでもよかったの?という場面だが、ペルゴレージの方が友情の強さが感じられる展開になっており、ヴィヴァルディではそのあたりはほとんど台詞で流してしまいあっさりしている。

同じリブレット(アリアの出入りはあるので細部の変更(Baltolomeo Vitturi による)はある)だが、味わいのポイントが微妙にずれてくるのであり、そこがまた味わい深く、面白みのあるところとも言えよう。

 

 

 

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2023年8月 2日 (水)

ヘンデル《トロメーオ》

ヘンデル作曲のオペラ《トロメーオ》を観た(上野・東京文化会館)。

日本ヘンデル協会のオペラシリーズVol.21で、創立25周年記念公演である。コロナ禍のため、今回は5年ぶりの公演とのこと。

ヘンデル協会のオペラは、音楽監督・演出・指揮の原雅巳(敬称略、以下同様)によるバロックジェスチャーが一大特徴だと思う。バロック・オペラにふさわしいバロック・ジェスチャーを、歌手の一人一人に原が指導するのである(ツイッターでその様子を一部公開している)。バロック・ジェスチャーには身分の高い人や正義の人はどちらから出てくるとか、二人の間からが調和的か対立的かで、どう向き合うかが変わる。アリアを歌う人のポジションと歌わない人の位置などなど。19世紀後半・末以降のリアリズム重視とは異なる。これはやるなら全員がこの動きをする必要があるので、歌手のコミットメントが通常の演出以上に大きくなると思う。

ここまで動きが徹底しているものは、ヨーロッパでも観られないのではないだろうか?衣装も、現代服ではなく、時代を感じさせる衣装となっている。もちろん、歌手個人個人によって、バロックジェスチャーが板についている人と、ほのかにぎこちない人もいる。新田壮人のアレッサンドロなどは後者のくちであったが、それが逆にユーモラスな雰囲気を醸し出し、いい味を出していたと思う。

トロメーオの中村裕美は、響き渡る声ではないのだが、表情のメリハリが利いており、劇の展開の要所、要所を締めていた。セレーウチェの村谷祥子は、叙情性豊かな歌唱をきかせた。一カ所器楽奏者のトラブルに端を発して進行に苦慮するところがありハッとしたが、バ
 ロック・ジェスチャーだとこういう時に、すっと動いて歌いなおした時に驚くほど違和感 が少ないのだった。歌手も指揮・オケも見事な対応であったと思う(最後の一文、筆者の勘違いに基づいた論評を書いていましたが、適切なご指摘をうけ訂正しました)。
アラスペの望月忠親は、朗々と響く声で、キプロス王の堂々とした感じを巧みに出していた。エリーザの小倉麻矢は、このオペラの中で場面によって曲想が大きく変化する唯一の役柄だ(他の役柄は嘆いてばかりとか一貫性があるといえばあるが、変化に乏しい)。変化に富んでいる分、歌い甲斐もあるが、表情をどうつけるかが難しくもあるだろう。エリーザは横恋慕をする女性で、権力(王の妹)をかさにきて、意地悪なことも言うので、もっと憎々しげに歌ってもよいのではと思うところもあったが、全体的に安定感があって、役柄から想定するより品のよい歌い振りだったと言えよう。

オケは12人ほどだが、文化会館小ホールなのでまったく不足はない。最近のバロック・オーケストラだとオケによっては相当大胆な表情づけをする(弦楽器の弓の使い方なども、時に荒々しく弦にたたきつけるような奏法をとることがある)が、今回のヘンデル・インスティテュート・ジャパン・オーケストラは、穏やかに、インテンポで劇を進めていく。

ストーリーが結構入り組んでいて、トロメーオとアレッサンドロが兄弟なのだが、エジプトから追放されている。アレッサンドロは母から兄のトロメーオ殺すよう命じられるが、殺したくないし、彼は兄が王になる(復位する)のがふさわしいと思っている。という状況にトロメーオの妻や彼らが流されているキプロス島の王アラスペとその妹エリーザが絡む恋愛模様が絡む。

こうした人間関係を理解するのに大いに役立っているのは字幕である。ヘンデル協会の字幕には通常のオペラの字幕と異なる特徴がある。まず、字幕を表示する面積が大きくて、三行とか四行をいっぺんに映すことが出来る。その結果、たとえばデュエットで二人がどういうやりとりをしているのか、一気にわかる。さらに、台詞・歌を発している登場人物の名前が書かれているので、この人がこの役というのが幕毎に定着していく。これは、通常の字幕だと、はじめて観る(聴く)歌手が数人もいるとどれが誰だかなかなか頭に入らない。顔なじみの歌手が多ければ多いほど、この人がこの役柄というのは頭に入りやすい。

こうしたいくつもの工夫が相乗効果を発揮して、《トロメーオ》の世界に入っていきやすくなる。大いに楽しめた。

ヨーロッパでも滅多に上演されない演目である。

筆者も絡んでいるので、手前味噌のそしりを免れないかもしれないが、プログラムも大変充実したものだ。リブレットについても、ヘンデル作品と当時の政治の関係についても、それぞれの論者が詳しく論じている。ヘンデルのこの作品の先行作がD.スカルラッティ作曲のオペラで、それは未亡人となったポーランド王妃がローマに小さな宮廷を開いていてそこで上演されたのだ。しかも彼女の息子はアレッサンドロ(アレクサンデル)という名前だった、などという事も書かれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年3月 4日 (土)

ヘンデル《オットーネ》演奏評

ヘンデルのオペラ《オットーネ》の最終日を観た(カールスルーエ、州立劇場)。

カールスルーエ・インタナショナル・ヘンデル音楽祭の千秋楽である。この音楽祭では、2つのオペラ演目と教会や小ホールでのコンサートが組み合わせられている。一年おきにヘンデル・アカデミーというマスタークラス+シンポジウムが開催される。演目は一つの演目を2年ずつやるのである年がAとBだとすると次の年はBとC、その次はCとDという具合にずれていく。1演目は新作(新プロダクション)でもう1作は再演となるわけだ。

今年の場合、《オットーネ》が新作で、オラトリオ《ヘラクレス》が再演だった。そのせいか《オットーネ》の方が客入りがよかったように見受けられた。

指揮はカルロ・イパータであるが、この人も叙情的な曲と元気な曲のメリハリをつけるのは良い。オケのうまさもあってコントラストは引き立つ。ただし、スローで叙情的な曲をすべてのフレーズを丁寧になぞるし、大きな区切りではリタルダンドまでする。その点には2つ問題がある。1つは音楽の推進力が落ちること。もう一つはリブレットとも絡むのだが、《オットーネ》に出てくる恋愛感情はロマン派のような恋愛感情と区別して考えるべきだということだ。テオーファネにしたところが、そもそもオットーネと名乗った人物が偽物だったわけで、気の毒と言えば気の毒だし、滑稽といえば滑稽なのである。彼女のせつせつと訴える気持ちは見事に音楽的に描かれているが、ドラマとしては第三者的に観るとコミカルな面がある。それは母親にあやつられているアデルベルトについてもそうだし、オットーネも妙に王様らしくない王様だ。ある意味では原作になったロッティの《テオーファネ》のパロディとなっている面がある。バロック・オペラに出てくる恋愛は、ロマン派以降のオペラの恋愛と較べるとずっと技巧的あるいはゲーム的・遊戯的要素の強いものである。だから綺麗なメロディを丁寧に丁寧に楷書的になぞるばかりではなく(そういう時があってもよいが)、時には行書的にさらっと流してほしかった。さらっと流しても、そこに心にふれるメロディーがある、というのも、名脇役がよく考えればこころ打つ台詞をさらっと言うというような感じで素敵ではないか。

しかし場合によって劇場によって観客層によってロマンティックな演奏の方が受けてしまうこともある。カールスルーエの客層は、地元の人が多く、ヨーロッパの他の国(多少はいる)、アメリカ、東洋からの客はごくまばらである。そしてこの劇場は通常はロマン派以降のオペラのシーズンを持っているので、健全なことに多くの観客は、ヴェルディやワーグナーも聴けばヘンデルも聴くという人たちなのだと思う。これが音楽祭でインスブルックやバイロイトのバロック・オペラ・ファスティヴァルになれば、バロック・オペラを好む客が集まっているという可能性がより高くなるだろう。

そういう意味で、カールスルーエという街の規模(人口約30万人)を考えると、実に豊かなオペラ生活が享受できる街なのだと言えよう。

 

 

 

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ヘンデル作曲《ヘラクレス》最終日

ヘラクレスのオラトリオ《ヘラクレス》最終日(3月2日)を観た(カールスルーエ、州立劇場)。

この日が筆者はこの上演を観る3回目であったが、この日は指揮がいくつかの点で筆者にとって好ましい方向に変化した。

1.指揮者から見て右手のチェロ、テオルボなど通奏低音への指示が増えた。手振りで指示することもあれば、顔を向けて首を振ることもあったが、何度か明らかに低音弦のエッジが効き(アタック音が明瞭になり)フレーズがより生き生きとする瞬間を確認できた。

2.アリアの途中で歌手がテンポを落としたときに、伴奏部分でレクーペロ(テンポを戻す)をして曲を引き締めるのも何回か確認でき、アリア全体がより均整の取れた音楽になっていた。

指揮者のモーテンセンは、このオラトリオの合唱を重視しており、そのことは前回も今回も共通して感じられ、この点はオラトリオとオペラの違いから来るもので、納得のいくものだ。周知のようにバロック・オペラの合唱は、大抵は曲の最後に登場人物が全員で歌うといった体のものなのだが、オラトリオの場合にはまさにギリシア劇のコーロのようにナレーター的な役割や、その場の情景、情感を描き出す積極的な役割を果たしているからだ。

この日はこの演目の最終日であるからか、カーテンコールで裏方も登場したのが印象的だった。裏方は数十人いて驚くほど多い。オペラの上演というものが、指揮、オーケストラ、歌手、合唱だけでなく多くのスタッフによって支えられてはじめて成り立つことを改めて確認した。

この日の上演が筆者が観た3回の中でもっとも充実した演奏、上演であったと感じる。最終日ということでより熱がこもったのかもしれないし、指揮者モーテンセンは、自分の指揮の細部を改善しつづける稀な資質をもった優れた指揮者であるからなのかもしれない。

こうした素晴らしい上演に巡り会えたことに感謝。

 

 

 

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2023年3月 2日 (木)

ヘンデル《オットーネ》の歴史背景

ヘンデル作曲、ニコラ・フランチェスコ・ハイム台本のオペラ《オットーネ》には、歴史上実在の人物が出てくる。オペラのリブレットではそこを忠実になぞるというよりは、いくつかのカップルの恋愛模様を創作し、かつ、歴史上の実在の人物の事跡も適当に変えているのでそのあたりの整理をしてみたい。

10世紀にオットー1世=オットー大帝は実在した。彼はランゴバルドのベレンガリオ2世と西ローマ帝国をめぐり争った。オペラとは異なりテオファネ(歴史的にはテオファノ)と結婚したのはオットー大帝の息子オットー2世である。テオファノは東ローマ帝国の皇女(皇帝の姪という説と別の皇帝の娘という説がある)。オットー大帝が同盟のしるしとして皇女を要求したのである。だから当然だがまったくの政略結婚である。このテオファノは夫の出陣に同行もし、政治にも口を出す積極的な人であるが、彼女は当時のビザンチン文化を西ヨーロッパにもたらした人でもあって、それまで手づかみで食事をしていた西ヨーロッパにビザンチンからフォークという文明の利器をもたらした。

オットー2世は、教皇ヨハネス13世によって共同皇帝として戴冠した。こうしてローマ帝国とドイツ王の結びつきが生まれたのである。神聖ローマ帝国という変なものがあって、なぜいつもドイツ語圏の王なのか、という疑問にこれは答えることになるだろう。そんな帝国は認めないという東ローマ帝国が抗議をし、戦いとなり、講和があって、講和のしるしにオットー2世と東ローマの皇女テオファノが結婚することになったわけだ。

実はその前にややこしい話がある。イタリアの王として支配していたベレンガリオ2世だが、前王ロターリオ王を暗殺した疑惑を持たれており、政治的正当化のため息子のアダルベルト2世とロターリオの未亡人を結婚させようとする。この未亡人がブルグントのアーデルハイトである。彼女は抵抗すると城攻めにあう。そこでオットー1世に助けを求めると彼が駆けつけベレンガリオ父子を追い出し、オットー1世はブルグントのアーデルハイトと結婚する。そこから生まれたのがオットー2世なのだ。

ヘンデルのオペラの方のアデルベルトとジスモンダが奪われた領土回復に執念を燃やすのは、上記のベレンガリオ2世、アダルベルト2世がモデルと言ってよいだろう。オペラも十分人間関係がややこしいが、史実の方がさらにいっそうこんがらがっている感じだ。

エミレーノ(後にバジリオと名乗る)は、東ローマ皇帝のバシレイオス2世がモデル。バジレイオス2世は、ロマノス2世の子でテオファネ(テオファノ)もロマノス2世の子という説もあるので、その説によればこの2人が兄妹ということになる。また東ローマ帝国内の権力闘争のため、バシレイオス2世は、長らくお飾りの存在で、実質的な皇帝になるのは後のことだった。

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2023年3月 1日 (水)

ヘンデルとゼレンカ

「ヘンデルとゼレンカ」と題された音楽会を聴いた(カールスルーエ、シュタット教会)。

ゼレンカは、これまであまり馴染みがなかったが、ヤン・ディスマス・ゼレンカという作曲家でボヘミア出身。ザクセン選帝侯に仕え、ドレスデンの宮廷でカトリック教会音楽家として宗教音楽を作った。ゼレンカが宮廷楽長になれるかという時に、ハッセがやってきて宮廷楽長になった。そのせいか作品にオペラは見あたらない。

今回の演奏会では、最初がゼレンカのテ・デウム(神を讃える歌)、ゼレンカのConcerto a 8 concertanti (ざっくり言えば8人の独奏者のいる協奏曲)、最後がヘンデルのテ・デウム。休憩はなしで約1時間半。字幕はない。

これくらいの長さで、宿(家)から近い音楽会というのも気軽な感じでよいものだ。聴衆もオペラ会場よりもより広範囲な社会階層が加わっているように見受けられた。チケット代もオペラの半額以下(もっともオペラも座席によってかなり値段の上下はあるわけだが)である。

今回のプログラムには構成の妙があってカトリックの作曲家ゼレンカのテデウムとコンチェルト、プロテスタントのヘンデルのテデウムという対照が一つ。ゼレンカのテデウムはラテン語で歌われ、ヘンデルのテデウムは英語で歌われた、その対照がもう一つ。それに加えて今日における聴衆への知名度の対照もあるだろう。

ゼレンカは実際に聴いてみると大変面白い作曲家だった。テ・デウムの前半では第一ヴァイオリンだけでなく、第二ヴァイオリン、ヴィオラも忙しく駆け回る、ある一定の音型を執拗に繰り返す。後半にはいって内省的な曲になると複雑な対位法が目立ってきてちょっとバッハ的かと思うと、案の定、ゼレンカはJ.S.バッハと面識があり晩年のバッハはゼレンカを高く評価していたことが記録に残っているのだった。

8人のコンチェルタンティのいる協奏曲も楽しかった。オーボエ奏者は指揮者が想定したテンポについていくのが大変そうだったが、オケはテンポを緩めずなかなかエクサイティングな掛け合いがあった。ヴァイオリンもチェロもトランペットもオーボエもファゴットも活躍する。結構派手だし、中身も詰まっている。音楽のラインは流麗で、テンポを急変(アレグロからアンダンテに急ブレーキをかける)させるところが何度もあって新鮮な驚きもあるのだった。

ヘンデルのテ・デウムはデッティンゲン・テデウムと言うものだった。ヘンデルは何度もテ・デウムを作っているのだが、1743年にイギリスのジョージ2世がデッティンゲンで戦勝したのを記念したテ・デウムなのだ。オーストリア継承戦争でイギリスはオーストリアと組んで、フランスと戦い勝ったのである。前回の教会での音楽会もそうであったが、たしかに宗教音楽を扱っているのだが、戦争とりわけ現在であればウクライナでの戦争を想起させるものとなっており不思議な(という形容がふさわしいのかどうかも疑問だが)アクチュアリティのある演目だった。

ゼレンカは筆者にとっては未知の作曲家だったがもっと聴いてみたいと積極的に思った作曲家である。リズムや対位法、適度な派手さが好ましいと感じる。

テ・デウムには独唱者がそれぞれいたが、もともと教会音楽なのでオペラに比するとそう活躍するわけではない。合唱団がおおいに活躍する。音域的にもオペラと異なりむしろバス歌手(Armin Kolarczyk)が活躍した。思うに、教会音楽の場合、ソプラノで作曲家が想定していたのはボーイ・ソプラノではないか。バスは合唱団のヴェテランで上手な人が受け持ったのかもしれない。当日ソプラノは二人いて、そのうち一人は日本の芸大出身でカールスルーエの音大で研鑽中の竹田舞音さんだった。

プログラムによると、1970年代末にゼレンカの作品は再発見され、これが今日チェコ・バロック音楽の中心となっている。テ・デウムという神をほめたたえる歌は、4世紀ミラノのアンブロジャーノにまで遡れるし、さらに以前という説もある。

 

 

 

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