《Harmonie》というコンサートを聴いた(インスブルック、Christuskirche).
Christuskirche はキリスト教会というほどの意味だが、場所がインスブルックの王宮庭園の北側の Martin-Luther-Platz という場所にあることから察せられるようにプロテスタントの教会である。インスブルックおよびオーストリアは圧倒的にカトリックの教会が多いのであるが、この演奏会がこの教会で催されたのには、十分な意味・意義がある。
この日の演目は、ヘンデルのドイツ語歌曲である。ヘンデルはオペラはほとんどがイタリア語台本に作曲し、その後オラトリオは英語台本に作曲しているので、彼の母語であるドイツ語につけたものは相対的に少ない。
バルトルド・ハインリッヒ・ブロッケスという人がハンブルクにいて、役人もしていたが詩人でもあった。この人が書いた『神における地上の悦びー自然詩と道徳詩』という詩集があって、これは自然を観察する(観察の中に顕微鏡を用いての観察や天体観察も含まれる)ことを通じて神の存在、素晴らしさを認識するということらしい。また敬虔主義(pietismus)を代表する詩集でもある。まあ要するに自然賛歌が信仰に通じている歌なのだ。ルター派のなかで、教義や儀式を重んじる人たちに対し、敬虔主義の人たちは、心からの信仰体験と日常生活での信仰実践を重んじたわけで、ブロッケスの詩は教会ではなくて、家庭で広く読まれたらしい(もちろんプロテスタント圏で)。
ちなみに、ブロッケスの書いたテクストに基づいた受難曲をヘンデル、テレマン、マッテゾンらが書いている。
さてこの日のコンサートは、上述のヘンデルの9つのドイツ・アリアをソプラノの Ana Vieira Leite が歌い、Concerto 1700 という管弦楽(この日は5人、ヴァイオリン、フルート、チェロ、チェンバロ&オルガン、エルツラウテ(金属弦のリュート))が伴奏をした。
ただし、プログラムの構成は凝っていて、この9曲が4つのパートに分かれ、かつ間に器楽曲が挟まるのだった。
パート1から見ていこう。
パート1は 《Deus sive Natura》(スピノザ)と題されている。神、即ち自然というスピノザの考えが、おそらく Concerto 1700のリーダーのDaniel Pinteño によって引用されている。
まず HWV389のフルート、ヴァイオリン、通奏低音のためのソナタからラルゲットが演奏され、
次に9つのドイツ・アリアの4番 Süße Stille, sanfte Quelle (甘美な静けさ、柔らかな泉)が歌われた。
続いて、HWV370 のヴァイオリンと通奏低音のためのソナタからラルゴ
次に9つのドイツ・アリアの8番 In den angenehmen Büschen (心地よい茂みの中で)
以上の4曲でパート1を形成している。
パート2は、《Über das Gute oder das Eine》(プロティノス)と題されている。Über das Gute oder das Eineは、善についてまたは一者について、ということで、プロティノスの哲学を象徴する考えだ。一者とは、すべての存在の根源であり、存在や思考をも超えた超越的原理。 パートごとの哲学者とモットーは、ヘンデルやブロッケスによるものではなく、この日のプログラムを構成した人による引用である。
パート2で演奏されたのは、HWV397からアダージョ。9つのアリア第一番 Künft'ger Zeiten eitler Kummer (未来の時代のむなしい憂い)。人は未来のことを思い悩むが、それは空しい。むしろ今ある自然の美と神の創造を喜ぶべきだ、というメッセージだという。HWV408のアレグロ。9つのドイツ・アリアの2番 Das zitternde Glänzen der spielenden Wellen (戯れる波の揺らめく輝き).以上の4曲がパート2.
パート3は、《Das evig lebendige Feuer》(ヘラクレイトス)永遠に生き生きと燃える火=太陽を題しているが、ヘラクレイトスは根源として火を重視した。ここで演奏されたのは、HWV396のアンダンテ、9つのドイツアリアから第9番、Flammende Rose, Zierde der Erde (燃えるようなバラ、大地の装飾), HWV374のアダージョ、 9つのドイツアリアの第5番、Singe Seele, Gott zum Preise (歌え、魂よ、神を讃えて)。以上の4曲。9つのアリアの番号は、プログラムに書かれたまま記述しているが、調べると、違った番号が出てくる。ご了承ください。
パート4は、 《Anima mundi》(ジョルダーノ・ブルーノ)。世界の魂。ブルーノによれば宇宙自体に生命があり、anima mundi による貫かれる。HWV 388からアンダンテ。9つのドイツアリア、7番、3番、6番が連続で歌われ、全体を締めくくった。
アンコールには、第4番の冒頭が歌われた。
これらの9つのドイツ・アリアが書かれたのは1724-27年でオペラの《エジプトのジュリオ・チェーザレ》が書かれた時期と近く、リズムや曲想が似ているものがいくつかあった。また、9つのアリアのうち1つを除いてはダ・カーポ・アリアの形で書かれている。ただし、劇場用のものではないので、派手な効果をねらった曲想ではなく、静かに上述の哲学的・宗教的想念を叙述していくタイプの歌なのだった。
ヘンデルのもう一つの世界が開示されたきわめて興味深いコンサートだった。
歌手のAna Vieira Leite は、綺麗な響きの伸びやかな声なのだが、前のコンサートでもそうだったように子音が弱く、歌詞が聞き取りにくいのだった。言葉を伝えることは、歌う際に最も重要な要素の一つであることは言うまでもない。彼女の気づきと成長を期待したい。
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