若い古楽アンサンブル colorparte を聴く――恋と孤独をめぐる小さな音楽劇
昼のランチ・コンサートで、Ensemble colorparte を聴いた(インスブルック、王宮庭園の東屋)。
この夏、何度か足を運んでいる Hofgarten の Pavillon で行われる無料のコンサートである。今回出演した colorparte は、ウィーンを中心に活動する若い古楽アンサンブル。ソプラノの Katharina Wegscheider、バロック・チェロの Hannah Pichler、チェンバロの Daniel Freistetter を中心とするグループで、17、18世紀の声楽作品を得意としている。
プログラムは次のようなものだった。
ヴィヴァルディのカンタータ《Amor hai vinto》RV 651、ヘンデルの《Armida abbandonata》から《Ah, crudele!》、バルバラ・ストロッツィの《L'amante segreto》、サルヴァトーレ・ランゼッティのチェロ・ソナタ、再びヘンデルの《Aminta e Fillide》から《Forse che un giorno》、ヨハン・フィリップ・クリーガーの《Procris》から《An die Einsamkeit》、バッハの世俗カンタータ BWV 201 から《Patron, das macht der Wind!》、カプスベルガーの《Ninna Nanna》、そして最後がヨハン・ヨーゼフ・フックスの《Orfeo ed Euridice》からエウリディーチェのアリア《Rondinella》。
こうして作曲家を並べてみると、ヴィヴァルディ、ヘンデル、バッハという有名どころだけでなく、ストロッツィ、ランゼッティ、クリーガー、カプスベルガー、フックスが入っている。いわゆる「バロック名曲集」とはかなり違う。
そして実際に曲目を眺め直してみると、プログラムには一つの筋が通っているように思える。
最初のヴィヴァルディ《Amor hai vinto》は、題名からして「愛よ、お前の勝ちだ」。人間が愛に屈服する歌である。
続くヘンデルの《Ah, crudele!》では、アルミーダが自分を捨てて去ろうとする恋人に「ああ、つれない人」と訴える。
さらにストロッツィの《L'amante segreto(秘密の恋人)》では、今度は愛していることそのものを口にできない。
つまり、
愛に負ける。
捨てられる。
愛しているのに言えない。
最初の三曲だけでも、ちょっとした恋愛劇になっているのである。
ここにランゼッティのチェロ・ソナタが挟まるのも面白い。しかも一曲をまとめて演奏するのではなく、まず Adagio、しばらく声楽曲を挟んでから Allegro を演奏する。歌の合間に器楽曲を置くというより、歌手が言葉で語っていた感情を、今度はチェロが言葉なしに受け継いでいるようにも聞こえる構成である。この日のアンサンブルでは特にチェロが曲想の表情を雄弁に伝えるところがしばしばあった。わたしは、チェロの積極的なアンサンブルが好きである。
なかでも、今日の夜にヘンデルのオペラ《Atalanta》を聴くことを考えると、《Aminta e Fillide》が入っていたのが面白かった。
これはヘンデルの若いローマ時代の作品で、羊飼いアミンタとフィッリデの恋を扱った牧歌的カンタータである。
《Atalanta》もまた、王や王女が羊飼いに身をやつし、田園世界の中で恋をする作品である。しかも《Atalanta》にもアミンタという名の羊飼いが登場する。
もちろん二つの作品は同じ物語ではない。しかし、若いヘンデルがイタリアで身につけた「羊飼いの世界を舞台に、人間の恋の駆け引きを描く」という趣向が、何十年も後の《Atalanta》にも続いていることが感じられる。昼に《Aminta e Fillide》を聴き、夜に《Atalanta》を聴くというのは、思いがけずよい組み合わせになった。
ヨハン・フィリップ・クリーガーの《An die Einsamkeit(孤独に寄せて)》が入っているのも、このアンサンブルらしい選曲なのだろう。
ここではイタリア語の世界からドイツ語へ移る。ヘンデルやヴィヴァルディだけを聴いていると、「バロック音楽」というものがイタリア音楽を中心にできているような錯覚を起こすことがあるが、実際には同じ時代にドイツ語圏にも独自の声楽文化があった。当然のことながら、こういうプログラムを聴くとそのことをあらためて思い出させられる。
そのあとバッハでは少し雰囲気が変わる。《Geschwinde, ihr wirbelnden Winde》BWV 201 は、アポロとパンの音楽競争を題材とした世俗カンタータで、《Patron, das macht der Wind!》にはかなりコミカルな味がある。歌手もうまくコミカルな味わいを出していた。
それまで恋だ、失恋だ、孤独だと続いていたところへ、突然少し風通しのよい?音楽が入ってくる。
そしてカプスベルガーの《Ninna Nanna》。
ここではさらに時代を遡り、17世紀初頭の音楽になる。ヘンデルやヴィヴァルディの完成されたダ・カーポ・アリアを聴いたあとだけに、言葉の反復と単純な旋律から音楽が立ち上がってくるようなこの作品は、ずいぶん違った世界に感じられる。歌手も歩いてチェロの隣に座って歌っていた。
最後はフックスの《Orfeo ed Euridice》から《Rondinella》。
フックスといえば、どうしても対位法の教科書《Gradus ad Parnassum》を書いた理論家というイメージが先に立つが、もちろんウィーン宮廷を代表するオペラ作曲家でもあった。この曲も格調が高かった。
ここでエウリディーチェは、自分を燕や流れる水に重ね合わせる。
最初のヴィヴァルディでは「愛に負けた」と歌っていたのに、最後には小鳥が飛び、水が流れていく。
そう考えると、この一時間ほどのプログラムは、単に17、18世紀の珍しい声楽曲を集めたものではなく、恋、失恋、孤独、諧謔、眠り、そして解放へと、少しずつ感情の色を変えていく小さな音楽劇だったのかもしれない。
colorparte という名前には「色」という言葉が見える。
その名の通り、一つ一つの曲は小さいけれど、並べ方によってさまざまな「色」を見せていく。
こういう若いアンサンブルに出会えるのも、インスブルック古楽音楽祭のランチ・コンサートの楽しみの一つである。
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