ボニタティブスのリサイタル
インスブルック郊外のアンブラス城のスペインの間でアンナ・ボニタティブスのリサイタルを聴いた。
音楽会自体のタイトルは A Tribute to Alan となっているのだが、アランは指揮者のアラン・カーティスのことだ。
ボニタティブスは、ある劇場で端役を歌っているときに、観客の中にいたアラン・カーティスが彼女の資質・才能を見抜き、その場でコンタクトをとって抜擢したのだという。ボニタティブスは、そうしてアラン・カーティスのもとでバロック・オペラに関して薫陶を受けたということなのだろう。
伴奏は、オッタヴィオ・ダントーネの指揮・チェンバロで、アッカデーミア・ビザンティーナ。フルメンバーではなく、10人か11人ほど。このホールだとこの人数でちょうどよい。フォルテでは十分音が鳴り渡る。また、彼らの表現力の幅が広く、表現のパレットの色数が多いので、むしろ少人数でテクスチャーが見える長所が活かされていたと言ってよいだろう。
最初はヘンデルのコンチェルト・グロッソ2番だったが、普段聴いているのと違う曲に聞こえるほど、楽曲の細部がニュアンスに富み、活力にみちたリズムを生みだしていた。単に切れ味がいいだけでなく、ヴァイオリンは高らかに歌うかと思えば、ソフトな弱音で、ささやくようにも歌う。かと思えば力強い全奏がざっざっと刻まれたりもする。だれるところがまったくなかった。
次はヘンデルの《ロドリーゴ》から'Siete assai superbe, o stelle' 《ロドリーゴ》は初演(1707年)がフィレンツェのココーメロ劇場なのであった。ココーメロ劇場はメディチ家の庇護も受けてはいるがアッカデーミア・インフオカーティが運営している劇場で、なかなか劇場の性格が複雑である。
次はヘンデルのロンドン時代のオペラの最後《デイダミア》(初演1741年)からウリッセのアリア’No, quella belta non amo'.この2曲でボニタティブスは、アジリタの妙技を開陳し満場の喝采をさらっていたが、彼女らしい知的なプログラムで、ヘンデルのイタリア留学時代つまり初期のオペラからオペラとしては最後のオペラまでを見渡せる構成となっている。
ついで、Alessandoro Scarlatti 。スカルラッティがローマのルスポリ侯のために書いたオラトリオ《Il giardino di rose》から序の部分の器楽と希望が歌うアリア’Mertr'io godo in dolce oblio'. このオラトリオは1707年でさっきの《ロドリーゴ》と同じ年だが、この時チェンバロを弾いていたのは若きヘンデルで、歌っていたのはこの時代の名歌手でルスポリ侯おかかえのマルゲリータ・ドゥラスタンティであったと言ってほぼ間違いない。このオラトリオは表面的には慈愛、宗教、北風といった寓意的な登場人物が出てくるのだが、実はそれがスペイン継承戦争時の政治情勢を反映したプロパガンダ的作品でもあるのだ。ヘンデルとの関係一つとっても考え抜かれたプログラム!
ここで休憩。
指揮・チェンバロのダントーネは聴衆がいる前庭にやってきて、気軽にわれわれとも話してくれるのだった。演奏会の休憩でこちらにやってくる人は珍しい。そもそもこの日のコンサートも翌日・翌々日は《黄金の林檎》上演が控えているのだから、エネルギッシュというかタフなことに驚かされる。しかも演奏はすみずみまで音楽的な配慮、表現意欲に満ちていて、流しているというようなものでは全くないのだ。
後半
パーセルの《ダイドーとエネアス》(1689)の 'Thy hand, Bellinda--When I am laid in earth'. 死を覚悟したダイドーの私を忘れないで、という歌。下降音型にのって、せつせつと歌われる。愛するエネアスを諦めざるをえない、ならば死を、という誇り高きカルタゴの女王。こちらはアジリタとはまったく異なる叙情的歌を格調高く歌うボニタティブスがいた。
そしてグルック。《パリデとエレナ》(1770)から’Le belle immagini'. これは素材が《黄金の林檎》と同じだからということもあるのだろうし、パーセルとグルックでヘンデルの前と後のパースペクティヴを示しているとも言えるし、カーティスのレパートリーの広さをしめしてもいよう。
ジェミニアーニのコンチェルト・グロッソ第6番。これも意欲的な演奏で、立体的表現と言えばよいのか、柔らかい表情から、研ぎ澄まされた表現まで自由自在に繰り広げられ、こんなに魅力的な曲だったのか、と。
ヴィヴァルディから2曲。《ジュスティーノ》から'Sento in seno ch'in pioggia di lagrime'. これまた叙情的な曲なのだが、ボニタティブスとダントーネは十二分に叙情的でありながら、様式感が崩れることはまったくない。
《忠実なるニンフ》から'Alma oppressa sorte crudele' これは、アジリタも驚異的であり、かつ、どんどん盛り上がって、歌もオケもスイングしていた。ヴィヴァルディの音楽にはそういう音楽的快感を内側から引き出すように書かれているのである。
満場の轟く拍手に応えてアンコールが数曲あったが、ヘンデルの《アグリッピーナ》(1709)は先述の歌手ドゥラスタンティがタイトルロールでヘンデルがヴェネツィアで大成功をおさめたオペラである。歌も見事だが、プログラムもアンコールまで含めて実に見事。最後はヴィヴァルディのオペラから眠りの歌(これでアンコールはおしまいという意味だろう)で、歌い終わったあとに ’grazie, Alan' と言って終わったのだった。
ボニタティブスはありあまる実力がありながら、納得のいかない演出には出ないようなので、知る人ぞ知る歌手になってしまっているかもしれないが、実に充実したコンサートだった。歌の曲芸的なスリルから叙情性、様式感、歌の品格、すべてを思う存分味わえた。ダントーネとの信頼関係も厚いものがあるのだろう、この音楽祭の若手コンクールの前段階のマスタークラスはボニタティブスに委ねられているのだ。
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