《黄金の林檎》その2
チェスティ作曲、フランチェスコ・ズバッラ台本のオペラ《黄金の林檎》は、今年のインスブルック古楽音楽祭の最大の目玉であり、ヨーロッパ中から注目されていると言ってよいだろう。
この作品について紹介したいことは、すでにプログラムに書かれていることと重複しているので、プログラムを要約したものと筆者の調べたことを適宜まぜながら紹介することにしよう。
チェスティはトスカーナ出身の歌手・作曲家であり、彼とインスブルックで組んだリブレッティスタはアポッローニもトスカーナ出身だ。というか二人ともアレッツォという町の出身なのでまったく同郷なのである。フィレンツェ時代にすでに知り合っていた。その二人が1650年代に《L'Argia》ついで 《La Dori》を作り、インスブルックで初演した。《L'Argia》はスウェーデン女王クリスティーナが、インスブルックで正式に改宗(カトリックへの)を宣言した際に上演されたもので、その意義は大きい。男装する女性が出てくるのも、クリスティーナへの連想が働かぬでもないが、これは現段階ではそれを想定して作ったとも、たまたま作ったものの女性主人公がクリスティーナを想起させる人物であったとも断定はできない。
その2年後1657年にインスブルックで初演された《La Dori》は女性の男装が二重になってさらに込み入ったシチュエーションとなっている。
その後、1665年にインスブルックの「チロル・ハプスブルク家」が絶えてしまう。ウィーンのレオポルト1世のもとに吸収されるわけで、結局、迷いはしたものの、チェスティもウィーンに移住する。そして1668年にウィーンで上演されたのが《黄金の林檎》なのである。
このオペラは、《L'Argia》が dramma musicale 音楽劇 と自らを定義していたのとは異なり、festa teatrale 劇場の祝祭 と定義していた。
つまりハプスブルクの威光を世の中に見せつけるための祝祭としてのオペラであった。
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