小説『夏帆』の中の音楽
村上春樹の新作『夏帆』の中の音楽について一言。(特にネタバレにはならないと思います)
この作品の主人公は若い女性で浦和(さいたま市という呼称を嫌っているが、その気持ちは筆者も個人的にはよくわかる。叔母二人が浦和在住であったし、高校も浦和の高校に通ったので)出身で父親が小児科医である。
その父親がクラシック音楽ファンで、たまたま主人公が帰宅したときに、バッハのブランデンブルク協奏曲の2番を聴く。父親が昔からのクラシックファンということで、スピーカはタンノイ・バークレー。主人公の父が持っていたパブロ・カザルス指揮のLPを彼女は聴き、「柔らかな毛並みの、たくましい熊さん」をイメージする。久しぶりにカザルスのブランデンブルク協奏曲の2番を聴いてみると、意外なほどテンポが速い。そして、ここが肝心なところだが、2番はトランペットや管楽器のソロが目立ち、弦楽合奏が他の協奏曲より目立たない。カザルスは、演奏された年代から不思議はないのだが、モダン楽器で演奏しており、弦楽器合奏のところは現代の古楽器での演奏と比較すると厚くやや古めかしく聞こえてしまうのだが2番ではその部分が目立たず、むしろソロが早めのテンポで細かすぎるニュアンスをつけずにグイグイと進んでいく。しかしそのグイグイ進んでいく中に、曲の構造やメロディの繰り返しからにじみ出る叙情を感じる曲である。主人公は決して、クラシック音楽のマニアではなく、父が聴いていたから、なじんでいるということで、上述のような小うるさい詮索はしない。それで良いのである。しかし、一読者の筆者は、勝手にこの演奏、そしてこの選曲に、感じるところがあり、あらずもがなの解説めいたものを書いた。
この小説にはアリクイだとかシロアリといった動物、生き物が出てきて、人間の言葉をしゃべる。明らかに寓意的な存在なわけで、村上が『騎士団長殺し』でイデアとかメタファーを大々的に取り上げ、二人の登場人物として小説に組み込んだことの発展形ともとらえられると思う。アレゴリーが何のアレゴリーかはもちろん作者は言わない。個人的にはこのアレゴリーの存在は、効いていると考えるし、『騎士団長殺し』以降、彼の作品は世界文学になりつつあるのではないか(世界的に流行している作家という存在を超えて)とも感じている。19世紀の徹底的なリアリズム追求の果てに、20世紀はアレゴリーが求められたと思うのだが、安部公房などとは異なり、前衛性をひっさげずに、するっと寓意性が登場するところが新しいと思う。(日本ではたとえば、クラシック音楽の世界では、21世紀になっても、19世紀が大きな顔をしてどかっと居座っている)。


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