プッチーニ《ラ・ボエーム》
プッチーニ作曲のオペラ《ラ・ボエーム》を観た(三越劇場)。
三越劇場というのは、日本橋三越本店の6階にある小ぶりな劇場で、定員500人程度。一階と二階に別れている。非常にクラシックな内装で、昭和2年に出来たとのことだが、バロック的ともロココ的とも言え、そこにルネサンス的要素も入っており、不思議な折衷様式である。舞台は額縁舞台であるが、両脇には見せかけの擬似扉がつらなっており、その扉も上部は立体的に半球状にカーブがあって美しい。ここは、劇場としては、19世紀以降のオペラよりも、たとえばバロック・オペラこそがふさわしい空間ではないかと、個人的には思った。バロック歌唱は丁寧かつ繊細な歌唱であるので、音量としては小さめの傾向があるが、ここなら空間が小ぶりなのでぴったりではないか。劇場としても、一見の価値ありと思う。
さて、《ラ・ボエーム》。オケに相当するのはクオーレ・ド・オペラ・アンサンブルで、ピアノ山口佳代(敬称略、以下同様)、ヴァイオリン澤野慶子、チェロ三間早苗と指揮澤村杏太朗。非常にコンパクトであるが、弦楽器があるのはプッチーニらしい響きを醸し出すのに役立っている。
歌手のなかではミミの東山桃子が傑出していた。レチタティーヴォもアリアも安定した歌唱でかつ役に入っている。ムゼッタの清水結貴は、子音が弱く言葉が聞き取りにくいのが惜しい。
出色だったのは第二幕で、平土間の通路から民衆役の合唱が登場するのも(最近はよく見られる手ではあるが)効果的であったが、さらに新鮮だったのは、合唱の人数が少ないため(12人)合唱の歌詞がこれまでになくよく聞き取れるし、かつ、ミミやロドルフォたちと重なったときに彼・彼女らの声を押しつぶさないのである。
プッチーニはアリアが巧みなのでそこに目が(耳が)行きがちだが、二幕の合唱においても、子ども、物売りなど人物を丁寧に描きわけて、主要登場人物たちとの交錯がスリリングに出来ている。ヴェルディのリゴレットの4重唱などとは異なり(人間関係も異なるわけだが)有機的な響き、交錯を狙ったものではない。むしろ、登場人物たちが生きる社会を表象するような人々であるわけだが、二幕だけでなく三幕にも民衆が出てくる。場所が町外れなので、その門を往来する牛乳などの売り買いをする人たちだ。こういった町の人々を後景に描きこんだうえで、ミミ、ロドルフォ、マルチェッロ、ムゼッタらが前景に描かれる。そこにこの音楽劇の奥行きがあるだろう。合唱で描かれる民衆と主要登場人物はあくまで並立していて、有機的な関係というわけではないところが、むしろプッチーニの現代的なところとも思える。合唱団に一人数役をこなさせ、今述べた後景・前景の関係を手際よく理解させる演出の江頭隼の巧みさに感心した。合唱団の人数は、伴奏の編成がコンパクトなこともありちょうど良かったし、響き、テクスチャーとして新たな発見があった。
主催はクオレ・ド・オペラで、歌手は入れ替わるが10月8日には横浜市民文化会館関内ホールで再演される。
| 固定リンク


コメント