カルダーラ作曲《アウリデのイフィジェニア》その3
演奏と演出について。
指揮はオッタヴィオ・ダントーネ。オケはアッカデーミア・ビザンティーナ。演出はAnna Fernandez と Santi Arnal (Companyia Per Poc).演出の一大特徴はマリオネットを使うことだ。等身大の人形を歌手が自ら操り歌う。エリゼーナのように登場した時から人形を抱えている人物もいるし、イフィジェニアのように最初は人だけで、途中から黒子に人形を渡されて歌うようになり、再び人だけで歌う人物もいる。おおまかに言えば、自分の心をストレートに表出できる場合には、人形がいない。立場が複雑になって自分の心情としてはこうしたいが、父に対する娘の義務としてはこうふるまうべきなどと心が分裂してくると人形が出てくるようだ。ただし例外があって、アガメンノーネは最初から心は分裂しているのだが、人形は出てこない。
舞台装置は、バロック舞台のように、両側から屏風らしきものが三枚ずつ出ている。しかしその屏風が入れ替わることはない。中央奥には丸くくれた空間のある書き割りがある。また場面と場面の間には、バレエが挿入された。バレエは短いのだが、その間、レチタティーヴォやアリアが歌われることはない。
衣装は時代や場所の不明なもの。現代ではなく、ややオリエンタルな感じ。武将には冑があって、かぶったり取ったりしていた。
歌手は前述の通り、アキッレの Carlo Vistoli が傑出していた。いまさらと言う人もいるかもしれないが、個人的には今後も大注目である。オペラ・セリアに適した才能の持ち主だ。アジリタのみならず、様式感も説得力十分。イフィジェニアの Marie Lys も大変すぐれた歌唱で、クリテンネストラのShaked Bar も良かった。若手で抜擢されていたのはエリゼーナの Neima Fischer とウリッセの Laurence Kilsby で二人とも熱のこもった歌唱ではあったが、Fischer は後半息切れぎみで、 Kilsby は歌とパルランテの接続がぎこちないなど、これからの成長を期待したい。あらすじには登場しなかったが、テウクロというエリゼーナを恋するギリシアの将軍役のフィリッポ・ミネッチャもさすがだった。ミネッチャは最初は抑え気味であったが、後半になって複雑な心情を吐露する場面、アリアになると俄然その音楽性が光る。やはりレチタティーヴォでの感情表出がぴたっとはまったうえで、その心情を吐露するアリアが決まるのである。後半は声ものびのびと出ていて良かった。
オケは言うことはない。Chiara Cattani (2年前の若手オペラの指揮)や Ilaria Macedonio がアシスタントで参加。Chiara Cattani はチェンバロを弾いてサポートしていた。
テンポはやや遅めに感じるところはあったが、歌手のアジリタの限界があってテンポが上げられないのかもと思わせられることが一度ならずあった。また、カルダーラは音楽表現がマエストーゾな要素が強いのである。皇帝お気にいりの作曲家だけのことはある。対位法的な要素もきっちり書いていく。だからやや理屈っぽく聞こえることもあるが、場面によっては叙情的に母娘の心情を歌い上げる。アキッレのような将軍の堂々として勢いのある曲はマエストーゾかつ技巧的で、聴いていてわくわくした。こういう曲は歌手の技巧が活きる。
カルダーラは作曲家として、広い表現の幅を持っているし、場面や人物によってそれを描きわける才能をもった優れた作曲家であることを実感した。いつもながらインスブルックではこうした発掘オペラを上演してくれ、感謝のほかない。珍しいオペラが聴ける、観られるだけでありがたいのに、超一流の演奏家が揃っているのである。
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