オペラ《ホテル・メタモルフォーシス》
オペラ《ホテル・メタモルフォーシス》を観た(ザルツブルク、Haus fur Mozart).
以前にも書いたがザルツブルクで Haus fur Mozart というのはやや紛らわしい。ザルツブルクにはモーツァルトの生家と、それとは別に後にモーツァルト一家が暮らした家があるからだ。オペラの会場になるのは大劇場やフェルゼンライトシューレと呼ばれる劇場の並びにある。川を渡って来る場合には向かって左がわになる建物だ。
さて作品だが、現代の人(演出家のバリー・コスキーか)が、ヴィヴァルディのオペラのアリアやオラトリオのアリアをアレンジしたパスティッチョである。台本(リブレット)も、ヴィヴァルディのオペラの台本ではなく、まったくの新作である。主に、オウィディウスの『変身物語』からいくつかのエピソードを取り上げている。
ジャルスキー演じるピグマリオンが象牙の人形を作り、それに命が吹き込まれる話。また、アラクネが織物の名手でミネルヴァと競争し、女神を怒らせアラクネは辱められ自殺しようとするが救われクモとなる。
ミルラというフェニキアの王女が父に恋し、正体をいつわって父と交わる。妊娠するが、樹になる。木の名前はミルラ。彼女が涙が樹液となって今でも樹液を流す。
こういったオウィディウスのエピソードが脈絡なく並べられるが、ダンスがところどころに入る。またP.A.が入るので、音響的にはミュージカルのようである。あるいは映画館で聴くような音になる。あーあ。しかしところどころではP.A.が切られて生音になるのだった。わーい。P.A.の音と生音の混合はまったくいただけないのであった。オケの性能は高いのだが、せっかく表情を豊かにつけているのに、ひたすら大きい音へと拡大されがさつな感じに聞こえてしまうのはとても残念だった。
そして場面のはじめにはマイクを通じてナレーションがはいり、変身物語のエピソードの解説および意義が語られる。このナレータはプログラムを読んで判明したのだが、オルフェオなのだった。中年女性のナレーションだったので、オルフェオとは思わなかった。言われてみれば彼女のオルフェオは後半で虐殺されるので、あの世から帰ったオルフェオが巫女たちに虐殺されるのと照応している。ま、それにしてもオルフェオが変身物語のエピソードをなぜ語りつづけるのかはよくわからないが。
オルフェオ(語り手の女性)の生首が舞台にはずっと置かれ、バルトリのエウリディーチェがそれを悼みつづけるというのが後半の最終パートなのだが、それはいかにもここ数年の戦争、紛争で無残な死をとげた人への追悼に通じるものと思われた。それが現代の観客へのメッセージなのかもしれない。
またそれとは独立に、芸術面から想像すると、このプログラムは、ザルツブルク音楽祭の観客、つまりワーグナーやヴェルディやリヒャルト・シュトラウスなどに慣れている観客に、ヴィヴァルディにもこんな素晴らしい曲があるよ、と啓蒙するプログラムだったのではないかと思う。バルトリがそれを望んだとしても不思議はないだろう。バリ−・コスキーは2年前のインスブルック音楽祭でのヴィヴァルディ特集にも注目していたと見えて、その際に上演されたオペラ《忠実なニンフ》、《オリンピアデ》、オラトリオ《勝利のユーディット》からそれぞれ複数曲が今回のパスティッチョ・オペラに採用されていた。
その意図は成功して、会場は終演後、大きな拍手と歓声につつまれた。
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