ツァグロゼク指揮のシューマンと モーツァルト
ローター・ツァグロゼク指揮の読売日本交響楽団のコンサートを聴いた(東京オペラシティ、コンサートホール)。
曲目は、前半がシューマンの《マンフレッド》序曲と交響曲4番ニ短調で、後半がモーツァルトの交響曲第41番《ジュピター》。
ツァグロゼクはドイツ・オーストリア音楽で定評がある巨匠とのことなのだが、ぼくは初めて聴く。彼のブルックナーは大人気だそうだが、ここ20年ほど、バロックオペラに入れ込んでいて、ロマン派近辺のコンサートや指揮者にうとくなっている。
というわけで、ツァグロゼクに関しては白紙の状態でのぞんだのだが、ぼくにとっては意外な発見であった。《マンフレッド》序曲は、聞き込んだ記憶がなく、しかしながらところどころいかにもシューマンらしい節回しと思われるものが出てくる。ツァグロゼク+読響では、思いのほか、シューマンのオーケストレーションが豊かに響く。交響曲4番は、大昔にCDで聞き込んだ覚えがあるのだが、オケの音はもっと暗く、こんなにリッチな響きではなかった。おそらくモノラルの古い録音のせいもあったろうし、オケの音色もシューマンでは独特の陰影をもった響きをかなでていたのだろう。今日のコンサートでは、より明るくて、内部から充実した響きのオーケストラが聞こえてきた。しかもシューマンらしい屈曲したメロディや鬱屈した思いも伝わってくる。ツァグロゼクの指揮では、クレッシェンドやアッチェレランドが実に内発的かつ自然だ。ひさびさにドイツらしいドイツ音楽を聴いた思いがする。彼の指揮のブルックナーが人気というのも想像がつく。
休憩をはさんで後半のモーツァルトは、読響がピリオド奏法を駆使して、モダン楽器の豊かな響きとピリオド奏法の歯切れのよさを巧みに融合させたスタイリッシュなジュピターであった。特別客演コンサート・マスターの日下紗矢子のフレージングは優雅かつ歯切れがよく、ノンヴィヴラートで、フレーズの切れが良い。彼女がフレーズを奏で、切断するさまがヴァイオリンを奏でる姿と音楽的に一致していて観ていても美しいのだった。読響は、メンバーの中に気持ちよさそうに弾いたり、吹いたりしている人の割合が高く、こちらまでうれしくなる。
知人Kさんの好意に甘えて、ツァグロゼクとほんの数分話を聞かせてもらったのだが、彼は《マンフレッド》序曲がめったに演奏されないが、充実した曲であることと、この曲の革命とのつながり(初演は1848年である)を強調しておられた。めったに演奏されず埋もれてはいるが、もっと認識されて良い曲なのだと言う点に関しては、今回実際に聞いてみて納得がいった。
会場はほぼ埋まっていた。オペラの時と比べると、男女比が男の比率が高いように思った。
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