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2024年8月19日 (月)

Continuumのコンサート

室内アンサンブルのContinuum のコンサートを聴いた(Christuskirche, インスブルック)

会場は、インスブルックの中心部から10数分歩いたところにある教会。教会は福音派、つまりプロテスタントの教会である。教会の前の広場はその名もマルティン・ルター広場という。中に入ると十字架(イエスの像がともなっている)やステンド・グラスがあるのだが、ステンド・グラス3枚にルター、メランヒトン、ツヴィングリの肖像が描かれている。

教会の案内によると、ティロル地方に教会改革の教えや著作が伝わったのは1520年のことだという。しかしカトリック教会側の強い抵抗があって、プロテスタントの信者は秘密裡に信仰生活を送る必要があった。公にプロテスタントの組織が出来たのは1869年でしかもザルツブルクの支部だった。1876年に組織は独立した。

ドイツなどからの支援をうけて今回の会場のクリスト教会が建設されたのは1905−06年のことだった。なお、念のために言えば、インスブルックのプロテスタントの教会は複数あり、この教会だけではない。言うまでもなく、市内に最も多いのはカトリック教会である。

この日のコンサートの会場にこの教会が選ばれたのには理由があると思う。いくつか珍しい仕掛けのあるコンサートなのだが、中心となるのは、バッハのオルガン曲を室内楽に編曲したものの演奏だったのだ。バッハとルター、福音派の関係は明らかだろう。

そして、編曲されたバッハの楽曲の演奏の合間に、コラール(Georg Neumark 1621-1681)が舞台の袖から聞こえてきたり、ビート派詩人として有名なアレン・ギンズバーグの 'Transcription of Organ Music' (オルガン音楽の編曲)という詩の朗読が何度か入った。さらにはCaroline Shaw (1982) の ’Plan and Elevation: The Grounds of Dumbarton Oaks'という曲の一部が演奏される。

バッハの編曲だけ聴いている時には、ちょっと変わった演奏会と思っていたが、ギンズバーグの詩が英語のまま何度か朗読されるのを聴いて、これはプロテスタント教会の礼拝のパロディだと考えるようになった。プロテスタント教会の礼拝は、カトリック教会のミサに相当する。信者がコラールを歌ったりする合間に牧師が聖書を引用したりして説教をする。そういう構造をこのコンサートは引き受けていると思う。パロディというのは、別に揶揄の意味だけが存在するのではなく、モデルとして使用しているのであり、元になるものへの敬意を示している場合も多々ある(リンダ・ハッチョンの『パロディの理論』を参照されたし)。この場合もそうだと思う。

バッハを現代に再生するのに古楽器を用いたり、当時の演奏習慣を探り忠実に再現するという方向性もあるが、Continuum の主宰者Elina Albach は、楽曲を不思議な楽器編成で編曲すること(バイオリン、フルート、ツィンク、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェロ、チェンバロ、アコーディオン)や、ギンズバーグの詩を挿入すること、現代作曲家の作品を挿入することで、それを成し遂げようとしているのだと思う。

アコーディオンはこの編成の中で聴くと、妙にオルガン的な響きがするし、ツィンク(縦笛のような形で金管楽器のような音色がする)の響きが全体を突き抜けしみてくる。既知のものずらし、未知のものを加えるというやり方で、バッハに現代性を蘇らせようとしているのだろう。

聞き進めるうちに説得力あるかも、という思いに誘われていくのだった。ルター、バッハが信じたように音楽の力は大きい。

コンサートのタイトルは Wandlungen というもので調べてみると文語で変化という意味で、第一義的には、バッハのオルガン曲を室内楽編成に編曲したことを指しているのだろう。ただし3つめぐらいの意味で「聖変化」もあった。カトリックのミサでワインとパンがという聖変化である。ルター派でも、ワインとキリストの血が共存するということになっているはず。Wandlungen は音楽的な意味と宗教的な意味の双方をかけてともに響かせているのだと考える。

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