《ドン・パスクワーレ》
ドニゼッティのオペラ《ドン・パスクワーレ》を観た(初台、新国立劇場)。
レナート・バルサドンナという人が指揮だが、初めて彼の指揮を聴いた。プログラムを見ると、新国立劇場初登場とのこと。実際に聴いてみると、これが大変良い指揮者である。どこが良いかと言うと、この《ドン・パスクワーレ》には2重唱や4重唱と重唱がしばしば出てくるのだが、そこでの指揮ぶり、テンポの運びが心地よいのだ。歌手にのびのびと歌うところは歌わせ、オケの伴奏の部分にくるとさっとテンポを調整しだれないようにする。さらにはドニゼッティの二重唱では(ロッシーニでもそうだが)曲の終わりにかけて駆け込むようなアッチェレランド(加速)が欲しいところがあるが、そこでのアッチェレランドの塩梅がちょうど良い。イタリアで地元の客に人気のトラットリアのような安心感がある。オリジナリティを求め、奇抜なことに挑戦するというよりは、ドニゼッティの音楽に語らせようとする感じである。
彼の指揮に応えた東京交響楽団も素晴らしい。
主役のドン・パスクワーレはペルトゥージで、定評のある大歌手にふさわしく、どんな表情の場面でも見事にこなしていく。上江隼人との二重唱も実に息があっていた。上江はバッソ・ブッフォによくあるアジリタ(早いパッセージ)も見事にこなし、ペルトゥージとの二重唱で堂々とわたりあっていた。
ノリーナのラヴィニア・ビーニは出だしはちょっとロマンティックに歌いすぎるかなという気配があったが、やがてコミカルな表情が出てきて、さらに軽さがあればと思うところもあったが立派な歌いっぷりだった。エルネストのファン・フランシスコ・ガテルは若々しい声で、やや脳天気な若者の純情と言えば純情な心を歌いあげていた。
ドニゼッティは衣装を初演と同時代のものにして、観客をギクッとさせたわけだが、今回の演出家はドニゼッティ指示より少し前のフランス第一帝政のスタイルにしているとのこと。どちらにしても21世紀の今となっては衣装の同時代性はないので、素直にコステューム・プレイとして楽しめた。
第三幕でノリーナがドン・パスクワーレを平手打ちする場面では、会場から笑いが起こった。そうかあの場面も誇張されたコメディとして受け取ればよいのか、と気づかされた。むろん、あの場面をどこまでコミカルで、どこまでシリアスに演出するか、受け止めるかは可能性の幅がかなりあるとは思うが。
全体として大変満足度の高い上演であった。
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