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2023年6月30日 (金)

《ノスタルジア》

イタリア映画祭のオンライン上映で《ノスタルジア》を観た。監督はマリオ・マルトーネ。主演はピエルフランチェスコ・ファヴィーノ。主人公はナポリ出身だが、長らく海外にいて数十年ぶりに帰国し、母に再会する。母はまもなく世を去る。実は彼はエジプトに妻がいる。妻を呼び寄せてナポリに住もうかと思う。しかし、ナポリを少年時に去ったのにはわけがある。当時の彼の親友はカモッラのボスになっている。母の葬儀をとりしきった神父とは敵対している。神父が主人公を教区民たちに紹介する。この神父はカモッラの支配と戦っている。

主人公は親友と会おうとする。かつての友は早くエジプトへ帰れ、ここから出て行け、と言う。二人の思いは噛み合わず、ずれていくが主人公はその自覚が薄く、悲劇を招く。

ナポリの人間模様がいくつもの家族から浮かび上がってくる映画だ。

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2023年6月26日 (月)

《差し出がましいのですが》

イタリア映画祭のオンライン上映で、マルコ・ベロッキオ監督の《差し出がましいのですが》を観た。

短編2本は無料上映である。この映画の上演時間は20分。

不思議な味わいの映画で、ファウスト・ルッソ・アレジ演ずる中年男が町の中を歩きまわり、出会った初対面の女性に、次々とお節介なことをわざわざ言う。たとえばケーキを食べている女性に、「食べ過ぎではないですか。あなたは、もう少しやせれば、目がさらに綺麗に見える」などといったことを話しかけるのである。女性の対応は人それぞれ。具体的話で、具体的なエピソードなのだが、寓意的な色彩を帯びている。

 

 

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イタリア映画祭《奇妙なこと》

イタリア映画祭2023はしばらく前からオンライン上映が始まっている。

《奇妙なこと》を観た。監督はロベルト・アンドー。この映画は、ピランデッロが主人公だ。彼が故郷に帰り、葬儀に関わるが、埋葬までのプロセスで様々な不条理と二人の墓掘り人に遭遇する。ピランデッロを演じているのはトニ・セルヴィッロ。二人の墓掘り人は、サルヴァトーレ・フィカッラとヴァレンティーノ・ピコーネ。墓掘り人の二人は、素人演劇の練習をしており、ピランデッロをあのピランデッロと知らぬままに舞台に招待するが、その舞台では台本通りではなく、観客の介入、観客と役者とのやりとりがまま起こる。このドタバタ劇は、その後でピランデッロの『作者をさがす六人の登場人物』上演のイントロダクションになっている。つまり、監督のロベルト・アンドーやこの映画の脚本を書いた人は、ピランデッロの前衛的な芝居も、こうした実際にあった上演中のアクシデントがヒントになっている、あるいはそれを組織化して作品の中の要素にしてしまったものとでも言いたげであるし、その主張は十分説得力を持っていると感じた。

 

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2023年6月 4日 (日)

アレッサンドロ・スカルラッティ作曲オラトリオ《カインまたは最初の殺人》

アレッサンドロ・スカルラッティ作曲のオラトリオ《カインまたは最初の殺人》を聴いた(浦安音楽ホール コンサートホール)。

このホールは初めてだった。JR新浦安駅の駅前で、ビルの5Fでエレベータを降りると入場を待つ人がらせん状の階段に大勢並んでいた。しかし入ってしまえばゆったりと座れた。

主催はエクス・ノーヴォで、実に充実した演奏であった。指揮は、福島康晴(敬称略・以下同様)。第一ヴァイオリンかつコンサート・ミストレス的役割を果たすのが池田梨枝子(前項のIl porta fortuna のモンテヴェルディの演奏会でも彼女がヴァイオリンを担当していた)。演奏の要としてチェロの懸田貴嗣も要所、要所で大活躍。オケの構成は第1ヴァイオリンが2人、第2ヴァイオリンが2人、ヴィオラ1人、チェロ1人、コントラバス1人、テオルボ1人、チェンバロ1人の計9人であり、こういった小規模編成の場合、肝心な箇所での個人の技量は重要性を増す。しかしヴァイオリンの池田もチェロの懸田も、表情といいリズムといい実に適切で音楽的に強い共感を感じた。

素材は聖書のカインとアベルの話で、農業に従事するカインの捧げ物を神は喜ばず、牧畜業に従事するアベルの捧げ物は歓迎される。カインが激しく嫉妬してアベルを殺してしまうというあの話である。三ヶ尻正氏の解説にあるように、オラトリオはもともとは対抗宗教改革の中でフィリッポ・ネーリが創設したオラトリオ会から出てきた。オラトリオ会の信者の集会で前後にラウダと呼ばれる信仰歌が歌われていたのだが、それが複雑化してプロが歌うようになり集会の前と後でストーリーがつながる二部構成の劇音楽が生まれた。こうして17世紀後半には、前後2部構成からなる劇音楽として確立していった。ここにオペラの隆盛が重なる。季節的にオペラが上演できない時期、四旬節に、オペラの代わりにオラトリオが上演されたのである。というわけで、テーマは宗教的な題材である。レチタティーヴォとダ・カーポ・アリアで進行するという音楽的構成はオペラと同じと言ってよい。

アレッサンドロ・スカルラッティは、オペラは120曲以上、オラトリオも38曲書いてそのうち21曲が現存するという。彼の作風を三ヶ尻氏は「バロック・ヴェリズモ」と呼んでいる。心理描写の深さ、音楽の暗さを考えてのことだろうが、筆者にとっては意外な見立てである。ヴェリズモは自然主義、写実主義が極端に進んでいるわけだが、スカルラッティの扱っている題材は、聖書のエピソードであり、寓意的な要素、牧歌的な要素がリブレットにあり、彼の音楽もそれにそって表情を変化させていく。スカルラッティは、川のせせらぎを描写しても、悪魔の声のレチタティーヴォでも、それにふさわしいと感じられる音楽的表情をこれほどシンプルなオーケストレーションの中で実に見事に描きわける。第一部の後半で悪魔がカインを誘惑し、第二部でカインとアベルが表面的には楽しげな会話のあと、殺人が実行される前後まで、音楽の力に圧倒される。カインの村松、アベルの佐藤、悪魔の藪内、神の新田、アダムの山中、イヴの阿部、それぞれに素晴らしかった。指揮の福島も奇をてらうことなく、スカルラッティの音楽に内在する美点を引き出すことに注力しており、オケはそれに敏感に応えていた。

深い感銘を受ける演奏だった。演出的には最小限で、服装は背広やドレスであるが、神と死後のアベルは二階席というか上方にいて声が降ってくる位置から歌った。字幕が6行単位で、かつ字の大きさが大きいので見やすかった。字幕への入念な配慮のおかげでストーリー展開がきちんと追えると、その時、その時に音楽が表現しようとしているドラマも理解できるし、スカルラッティがその要請にいかに高いレベルで応えているかもわかるのだった。

古楽アンサンブル エクス・ノーヴォの近年の快挙、活躍は、目覚ましいものがある。

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