ヘンデル《オットーネ》の歴史背景
ヘンデル作曲、ニコラ・フランチェスコ・ハイム台本のオペラ《オットーネ》には、歴史上実在の人物が出てくる。オペラのリブレットではそこを忠実になぞるというよりは、いくつかのカップルの恋愛模様を創作し、かつ、歴史上の実在の人物の事跡も適当に変えているのでそのあたりの整理をしてみたい。
10世紀にオットー1世=オットー大帝は実在した。彼はランゴバルドのベレンガリオ2世と西ローマ帝国をめぐり争った。オペラとは異なりテオファネ(歴史的にはテオファノ)と結婚したのはオットー大帝の息子オットー2世である。テオファノは東ローマ帝国の皇女(皇帝の姪という説と別の皇帝の娘という説がある)。オットー大帝が同盟のしるしとして皇女を要求したのである。だから当然だがまったくの政略結婚である。このテオファノは夫の出陣に同行もし、政治にも口を出す積極的な人であるが、彼女は当時のビザンチン文化を西ヨーロッパにもたらした人でもあって、それまで手づかみで食事をしていた西ヨーロッパにビザンチンからフォークという文明の利器をもたらした。
オットー2世は、教皇ヨハネス13世によって共同皇帝として戴冠した。こうしてローマ帝国とドイツ王の結びつきが生まれたのである。神聖ローマ帝国という変なものがあって、なぜいつもドイツ語圏の王なのか、という疑問にこれは答えることになるだろう。そんな帝国は認めないという東ローマ帝国が抗議をし、戦いとなり、講和があって、講和のしるしにオットー2世と東ローマの皇女テオファノが結婚することになったわけだ。
実はその前にややこしい話がある。イタリアの王として支配していたベレンガリオ2世だが、前王ロターリオ王を暗殺した疑惑を持たれており、政治的正当化のため息子のアダルベルト2世とロターリオの未亡人を結婚させようとする。この未亡人がブルグントのアーデルハイトである。彼女は抵抗すると城攻めにあう。そこでオットー1世に助けを求めると彼が駆けつけベレンガリオ父子を追い出し、オットー1世はブルグントのアーデルハイトと結婚する。そこから生まれたのがオットー2世なのだ。
ヘンデルのオペラの方のアデルベルトとジスモンダが奪われた領土回復に執念を燃やすのは、上記のベレンガリオ2世、アダルベルト2世がモデルと言ってよいだろう。オペラも十分人間関係がややこしいが、史実の方がさらにいっそうこんがらがっている感じだ。
エミレーノ(後にバジリオと名乗る)は、東ローマ皇帝のバシレイオス2世がモデル。バジレイオス2世は、ロマノス2世の子でテオファネ(テオファノ)もロマノス2世の子という説もあるので、その説によればこの2人が兄妹ということになる。また東ローマ帝国内の権力闘争のため、バシレイオス2世は、長らくお飾りの存在で、実質的な皇帝になるのは後のことだった。
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