ヘンデルとゼレンカ
「ヘンデルとゼレンカ」と題された音楽会を聴いた(カールスルーエ、シュタット教会)。
ゼレンカは、これまであまり馴染みがなかったが、ヤン・ディスマス・ゼレンカという作曲家でボヘミア出身。ザクセン選帝侯に仕え、ドレスデンの宮廷でカトリック教会音楽家として宗教音楽を作った。ゼレンカが宮廷楽長になれるかという時に、ハッセがやってきて宮廷楽長になった。そのせいか作品にオペラは見あたらない。
今回の演奏会では、最初がゼレンカのテ・デウム(神を讃える歌)、ゼレンカのConcerto a 8 concertanti (ざっくり言えば8人の独奏者のいる協奏曲)、最後がヘンデルのテ・デウム。休憩はなしで約1時間半。字幕はない。
これくらいの長さで、宿(家)から近い音楽会というのも気軽な感じでよいものだ。聴衆もオペラ会場よりもより広範囲な社会階層が加わっているように見受けられた。チケット代もオペラの半額以下(もっともオペラも座席によってかなり値段の上下はあるわけだが)である。
今回のプログラムには構成の妙があってカトリックの作曲家ゼレンカのテデウムとコンチェルト、プロテスタントのヘンデルのテデウムという対照が一つ。ゼレンカのテデウムはラテン語で歌われ、ヘンデルのテデウムは英語で歌われた、その対照がもう一つ。それに加えて今日における聴衆への知名度の対照もあるだろう。
ゼレンカは実際に聴いてみると大変面白い作曲家だった。テ・デウムの前半では第一ヴァイオリンだけでなく、第二ヴァイオリン、ヴィオラも忙しく駆け回る、ある一定の音型を執拗に繰り返す。後半にはいって内省的な曲になると複雑な対位法が目立ってきてちょっとバッハ的かと思うと、案の定、ゼレンカはJ.S.バッハと面識があり晩年のバッハはゼレンカを高く評価していたことが記録に残っているのだった。
8人のコンチェルタンティのいる協奏曲も楽しかった。オーボエ奏者は指揮者が想定したテンポについていくのが大変そうだったが、オケはテンポを緩めずなかなかエクサイティングな掛け合いがあった。ヴァイオリンもチェロもトランペットもオーボエもファゴットも活躍する。結構派手だし、中身も詰まっている。音楽のラインは流麗で、テンポを急変(アレグロからアンダンテに急ブレーキをかける)させるところが何度もあって新鮮な驚きもあるのだった。
ヘンデルのテ・デウムはデッティンゲン・テデウムと言うものだった。ヘンデルは何度もテ・デウムを作っているのだが、1743年にイギリスのジョージ2世がデッティンゲンで戦勝したのを記念したテ・デウムなのだ。オーストリア継承戦争でイギリスはオーストリアと組んで、フランスと戦い勝ったのである。前回の教会での音楽会もそうであったが、たしかに宗教音楽を扱っているのだが、戦争とりわけ現在であればウクライナでの戦争を想起させるものとなっており不思議な(という形容がふさわしいのかどうかも疑問だが)アクチュアリティのある演目だった。
ゼレンカは筆者にとっては未知の作曲家だったがもっと聴いてみたいと積極的に思った作曲家である。リズムや対位法、適度な派手さが好ましいと感じる。
テ・デウムには独唱者がそれぞれいたが、もともと教会音楽なのでオペラに比するとそう活躍するわけではない。合唱団がおおいに活躍する。音域的にもオペラと異なりむしろバス歌手(Armin Kolarczyk)が活躍した。思うに、教会音楽の場合、ソプラノで作曲家が想定していたのはボーイ・ソプラノではないか。バスは合唱団のヴェテランで上手な人が受け持ったのかもしれない。当日ソプラノは二人いて、そのうち一人は日本の芸大出身でカールスルーエの音大で研鑽中の竹田舞音さんだった。
プログラムによると、1970年代末にゼレンカの作品は再発見され、これが今日チェコ・バロック音楽の中心となっている。テ・デウムという神をほめたたえる歌は、4世紀ミラノのアンブロジャーノにまで遡れるし、さらに以前という説もある。
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