《ラ・ペッレグリーナ》のインテルメディオ
《ラ・ペッレグリーナ》のインテルメディオを観た(ミレニアムホール、入谷)。
原語のタイトルに Gli intermedi da La Pellegrina per le nozze di Ferdinando de' Medici e di Cristina di Lorena (1589) (プログラムにはFrancesco de' Medici とあるが、Ferdinando de' Medici の誤植か)とあるように、メディチ家の当主の結婚式の祝宴で《ラ・ペッレグリーナ》という喜劇が演じられ、その幕間に短めの音楽劇がえんじられた。それをインテルメディオ(またはインテルメッツォ)という。
当日のプログラムには萩原里香氏の詳細で、わかりやすい解説が載っていて1589年に初演された作品の理解をおおいに助けてくれる。さらに当日は舞台の右端にスクリーンがあって、字幕と絵画が示された。字幕は歌詞の日本語訳であり、絵画は、このインテルメディオの舞台装置を担当したベルナルド・ブオンタレンティ(宮廷建築家)による絵画で、初演時の舞台がどんなものであったのかを彷彿とさせる。ブオンタレンティに関しては渡辺真弓氏の懇切丁寧な解説があって、彼がバザーリを受け継いで宮廷建築家となり、フランチェスコ1世(フェルディナンドの兄)のもとでウフィーツィを整備し、幕間劇においては「動く舞台装置」で評判をとったことが紹介されている。
当日の演奏は演奏会形式であったが、字幕と絵画により、今歌っているのがどんな場面で、本来、どんな登場人物(アルモニーアであったり、シレーネであったり、と普通の人間ではなく、イデアの表象であったり、ニンフや神々であったりする)が出てきて、直接、間接に婚礼をほめたたえているのかがわかる仕組みとなっていた。第一のインテルメディオ「天球の調和」では、アルモニーアが雲に乗って地上に降り来たり、フェルディナンドと新妻をアルチーデ(ヘラクレス)とミネルヴァ女神にたとえる。シレーナたちも到着しアルノ川の波は銀色にほとりは金色に染まるといい彼らの未来を祝福する。「6つのインテルメディオの内容は個々に独立しているが、全体としてはネオプラトニズム的な宇宙観や音楽によろう調和という寓意によって大公夫妻へのオマージュを表明している」(渡辺真弓氏の解説から)。こうした劇の特徴は、最初はとっつきにくいかもしれないが、慣れてくると、だからこそ面白いとも言える。つまり、われわれが慣れ親しんでいる19世紀以降のオペラや映画やテレビドラマのリアリズムに基づく世界とは世界観がまったく異なるのであり、だからこそ新鮮で、別世界に心を遊ばせることが出来る。想像力を働かせる際に、前述のブオンタレンティの絵画が具体的なイメージをかきたててくれるのである。
また、このインテルメディオ全体の構想はジョヴァンニ・デ・バルディ(カメラータの主催者)で詩のほとんどはリヌッチーニによって書かれたが、全体の総監督はエミリオ・デ・カヴァリエーリ(作曲も一部担当)に委ねられた。フェルディナンド公は枢機卿であった時代にローマに滞在し、この地の作曲家カヴァリエーリと親しくなったと考えられている。しかしローマから来た者が総監督ということで、バルディやリヌッチーニとの間には確執があったとも考えられている。このあたりの劇場関係者たちの入り組んだ事情も萩原氏の解説に詳しい。
第二部の冒頭では、指揮の福島康晴氏が、演奏の流れを断ち切りたくはないのだが、と断りつつ、当日演奏に用いられた古楽器・ピリオド楽器の紹介をしていた。
演奏も大変充実したものだった。1589年ということからオペラが生まれる前夜であり、歌詞を書いた人物(リヌッチーニら)はまさにオペラ誕生に関わった人であるが、この日のインテルメディオを観ると、音楽的にもテクスト的にも、1つ1つの場面の長さの制限がなくなれば、エウリディーチェとオルフェオを扱ったオペラ草創期の作品まではあと一歩だと強く感じられた。そういう意味でも大変興味深かったし、音楽自体も、祝祭的なムードがあるし、歌には相当に技巧的なところもあり、楽器のヴァラエティーもうまく活かされていて聴き応えがあった。
エクス・ノーヴォというグループによる上演だが、彼らは11月にカヴァリエーリの《魂と肉体の劇》(1600)を上演するとのことでおおいに期待がもてる。
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