ドニゼッティ《三人の女王》
ドニゼッティの女王もの3作品を抜粋して上演した企画もののオペラを観た(ナポリ、サン・カルロ劇場)。
ナポリに来たのは2回目なのだが、前に来たときから25年以上が経過している。前に来たときには年末・年始だったので、オペラは観られなかったので、サン・カルロ劇場は初めてである。
サン・カルロ劇場は、バロック劇場とオペラ劇場を分けた場合には、世界最古のオペラ劇場となるようだ。1737年創建で、ミラノのスカラ座やヴェネツィアのフェニーチェ劇場より約半世紀古いのである。
中に入ると豪華絢爛たる劇場である。パルコ・レアレ(ロイヤル・ボックス)も驚くほどの大きさ、さらにはそのまわりの装飾。桟敷席の前の装飾もこれほどバロック的にこってりと豪華なものは記憶にない。座席は1386席とのこと。桟敷は五層で高さはあるのだが、奥行きが深すぎず、歌手にとって歌いやすいかもしれない。
以前からサン・カルロ劇場の響きは素晴らしいと聞いていたのだが、その実力やいかにと思って臨んだのだが、噂にたがわず素晴らしい音響であった。僕の席は前から4列目なのでかなり前であり、オーケストラの直接音ではなく、ピットの壁などに反響した音になる。ここで気がついたのだが、この劇場では低音、チェロやコントラバスやティンパニーが非常に心地よい音で鳴る。オーケストラピットが小さかったりすると、低音はその空間の限界にはばまれて詰まった音になりがちだが、その詰まった感じがなくふわっと抜けるのである。
それと特筆すべきはオーケストラだ。これは素晴らしい。何が素晴らしいかというと、1つは熱気があること。指揮者の言う通り、なすがままでなく、自発性を持っていて、時に指揮者が押さえ込もうとするシーンが微笑ましい。ドニゼッティには、時にagitato でかっかと燃えてくるパッセージがあるが、そういうところのクレッシェンド、アッチェレランドが絶妙なのである。今日の指揮者はリッカルド・フリッツァ(誤記していましたが訂正します)で、僕は昨年フィレンツェでフリッツァの振った《リゴレット》を聴いているので、指揮者が同じでもオケが違うとこう変わるという点がはっきりした。ナポリのオケは、熱いパッセージでは、どんどん自分から行きたがるのだ。アッチェレランドの自発性はおそらく世界一だろう。音楽が熱を持ってきた場面で、内側から熱くなって、クレッシェンド、アッチェレランドになるのか、指揮者がもっと強く、もっと早くと指示するからより大きな音で、テンポを早く弾くのかという違いだ。現代のオーケストラはとてもお行儀がよくなっていて、自分から跳ね出すオケなどめったにお目にかかれない。
当然だが、ドイツ、オーストリア系のオケがノッているのが感じられるのは、ベートーヴェンやブラームスだったりするので、ドニゼッティで血が騒ぐオケはイタリアに期待するのが自然というものだろう。
演奏については、Sondra Radvanovsky が三人の女王役を見事に演じ、歌ったのだから彼女について評価すべきだろう。非常に高度なテクニックの持ち主で、高いところから低いところまで自由自在に出るし、フォルテもソットヴォーチェも絶妙に使いわけて、感情の襞を描き分けていく。この3人の女王とも悲劇的な女王で、自分が処刑されたり、愛する人が処刑されるという場面をとってきている。作品としては《アンナ・ボレーナ(アン・ブリン)》《マリア・ステュアルダ》《ロベルト・デヴリュ》である。Radvanovsky の唯一の問題点はテンポ。指揮者も苦労しているようで、女王と合唱のかけあいがしばしばあるのだが、女王のテンポはがくんと遅く、合唱になるとテンポがあがる、実にテンポがぎくしゃく、ぎくしゃくの連続なのである。おそらく彼女は、丁寧に、楽譜のニュアンスの隅々まで歌い尽くしたいのだろうが、曲想が盛り上がっているところでテンポを落とされると実に悲しい。「ロベルト」と女王が呼びかける場面で、ドニゼッティは明らかにパルランテで人が話すのとほぼ同じ早さで歌えるように作っているのだが、ローベールトーと丁寧に歌って、テンポが停まりそうになるのだ。あれで合唱のテンポとほぼ同じテンポで歌っていたら何倍も全体が盛り上がったことだろう。実にもったいない話だ。フリッツァが欲しいテンポは合唱のテンポであることは明白だった。
舞台は大きな橋、歩道橋のようなものがあって、下に女性合唱団、上に男性合唱団が出てくるしかけで、女王様だけが舞台衣装で後の独唱者はタキシードやそれに準ずる服装だった。女王は、それぞれの女王で衣装が替わり、エリザベスの時には白で襟巻きトカゲのような大きな襟がついており、アン・ブリン(アンナ・ボレーナ)は赤いドレスなど工夫のある衣装。
字幕が舞台上方にあり、上がイタリア語、下が英語となっている。
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