カヴァッリ《カリスト》その3
カヴァッリの《カリスト》について、プログラムでロレンツォ・ビアンコーニ氏が一文を寄せているので、かいつまんで紹介する。
ところどころ筆者の感想・意見とビアンコーニ氏の論考が入り交じっています。学術的には、それを事細かに区別する必要がありますが、ブログなので、一言お断りをするだけでいちいち註はつけないままでおゆるしください。
ビアンコーニ氏によると、このオペラには二人のプリマ・ドンナがおり、それは当たり前でもなければ無意味でもない。つまりオペラにはプリマ・ドンナが一人で、筋が一つのオペラ(《ウリッセの帰還》)もあれば、《ポッペアの戴冠》や《ジャゾーネ》のようにプリマ・ドンナが二人で筋が二つで絡みあっているものもある。《カリスト》の場合、前項のあらすじをお読みいただければ判るように、タイトル・ロールのカリストと、月の女神ディアーナがプリマ・ドンナ役である。
二人の乙女とも三角関係に巻き込まれる。カリストは姿をディアーナに変えたジョーヴェに誘惑され犯される。ディアーナは、月(の女神)に夢中で夢見る美青年エンディミオーネをひそかに誘惑する。ジュノーネは、カリストとジョーヴェに敵対し、復讐としてカリストの姿を熊に変える。牧神パーネ(パン)と毛むくじゃらのサティロはディアーナに思いを寄せるが相手にされない逆恨みに、森中にディアーナとエンディミオーネの仲を言いふらす。
第一の喜劇的逆説は、ディアナーの二面性で、カリストを叱りつけながら、自分は羊飼いの人間とよろしくやっていることだ。
このカヴァッリとファウスティーニの作品の典拠は、16,17世紀の文人たちにはよく知られたものだったが、彼らが独自だったのは、二つのエピソードをからかい半分に結びつけたところだ。カリストの話は、オウィディウスの『変身物語』第二巻にある。リブレット作者のファウスティーニが参照したのは、オウィディウスをオッターヴァ・リーマという詩の形でイタリア語訳したジョヴァンニ・アンドレア・デッラングイッラーラのもので、これは当時のベストセラーだった。17世紀のオペラの有名な種本だった。一方、エンディミオーネの話は、オウィディウスにはなく、ファウスティーニは、ナターレ・コンティの『神話』(1568)からとったのだろう。一番意地悪なバージョンは、古代ギリシアのサモサタのルキアノスの書いた『神々の対話』に収められた話で、アフロディテ(ヴェネレ、ヴィーナス)とセレーネ(ディアーナ)が会話している。前者が尋ねる「あなたのこと、何て話題になっているの?」「あなたの息子クピドに聴いてよ。彼のせいなんだから」ディアーナはヴェネレに毎晩、裸で眠る若者のもとに通っていることを告白する。愛の力には何者も逆らえないのだ。
しかし神々ージョーヴェ、ジュノーネ、ディアーナは、愛の力や有無を言わせぬ力も強力である。カリストは結局、大熊座となって天に昇る。
もう一人のエロス的登場人物はジョーヴェだが、このジョーヴェはどうやって演じたのか? youtube の《カリスト》(ルセ指揮)でディアーナを演じるヴィヴィカ・ジュノーは、ディアーナに化けたゼウスも演じていた。今回の上演でディアーナを演じた Olga Bezsmertna(オルガ・ベズスメルトナと読むのでしょうか)も、ディアーナも偽ディアーナも両方を非常に巧みに説得力をもって演じ分けていた。偽ディアーナの時には背中に後光をしょっているのが一つの印なのだが、顔の表情や歩き方、身振りも男っぽく演じ分けていて、感嘆した。さて、初演の時もそうだったのだろうか。これが違っていたのだ。このオペラが1651−52の冬に初演されたときにジョーヴェを演じたのはバスのジュリオ・チェーザレ・ドナーティだった。彼はファルセット(裏声)を得意としていて、3オクターブも歌えたという。だからジョーヴェの時には男の声で、偽ディアーナの時には女性的な高い声で歌い分け、それを観客は楽しんだのである。
愛の行為そのものは舞台で演じられず、また時間の経過も会話の中で言及される形で時間経過が縮約されているのは、想像に難くないだろう。
最後にビアンコーニ氏が述べているのは、次のことだ。詰まるところ、このカリストのイニシエーションは、おそろしい暴行なのか、男の甘言なのか?それとも、読者が自らリブレットの中に読み込んでいるかもしれないことだが、受胎告知、受肉、聖母被昇天のパロディであろうか?キリスト教の世界でもっとも自由奔放だった都市ヴェネツィアでは、自分の気に入った答えを出すことができただろう。とは言え、ジャン・スタロバンスキーが言うように、17,18世紀のように教会の教えが厳格で、懐疑的な人間は巧妙な言い逃れを用意しなければならなかった世界では、古代の寓話は、まさにこういう場合に役立った。言いたいことを間接的なイメージを用いて言ったり表象したりする場合に。
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