シモーネ・ケルメス、リサイタル
シモーネ・ケルメスの 'Canzonetta d'amore'と題するリサイタルを聴いた(バイロイト、辺境伯歌劇場)。
桟敷の一階の一番舞台よりの席。前に述べたように、桟敷は平土間の高さにはなく、その上はバルコニー状になっているので、桟敷の一階は三階くらいの感じである。
ケルメスは Amici Veneziani という彼女が設立したグループを引き連れて演奏した。このAmici veneziani というのは、ヴァイオリン2人、チェロ1人、コントラバス1人、リュート・テオルボが1人の計5人。曲によってこれで十分と言うときもあれば、ヴィヴァルディなどだとややさみしいと感じることもあった。古楽、バロックの演奏に慣れてきても、5人と10人、10人と20人は違う。10数人いればおおむね十分なのだが、会場にもよるかもしれない。
愛の歌と題されたコンサート、前半は
モンテヴェルディ、ジョヴァンニ・バッティスタ・ブォナメンテ、ヘンリー・パーセルなどがはいり、またイタリアに戻ってペルゴレージの《オリンピアディ》の 'Tu me da me dividi' とヴィヴァルディの《グリゼルダ》の'Agitata da due venti' を歌った。
最後の ’Agitata da due venti' は超絶技巧を駆使する難曲として名高く、youtube などでもバルトリの演奏、さらには、バルトリのパロディを巧みに歌うものまで出てくるだろう。ケルメスも相当がんばって歌っていたと思う。彼女の特徴は、バロックを単にお行儀のよい音楽として奏でるのではなく、ポップス的なスイングやノリの良さを加えるところであろうが、ノリノリのところの切れの良さと、通常の部分の様式美の対照が大事なわけである。彼女の場合、途中でロマン派以降のオペラを歌ったことが影響しているのかは不明だが、様式感がややたがが緩み、アジリタの切れが少し衰えを見せていた。つくづく、アスリートや歌手というのはベストの時期が短い残酷な職業だと思った。
しかしこうした先駆者がいたから、バロック・オペラの難曲の魅力が広く知られ、それにチャレンジする若者が増えたのだ。リスペクトすべき存在であるとも思う。
後半はヘンデルの《ジュリオ・チェーザレ》の'Piangero, la sorte mia'. ヴィヴァルディのソナタ’Follia' 器楽曲、カルダーラのMaddalena ai piedi di Cristo から Pompe inutili che il fasto animate ,これはチェロが活躍する穏やかだが味わい深い曲だった。John Eccles が二曲。
ダウランド、最後がRiccardo Broschi のIdaspe から 'Qual guerriero in campo armato' 。オペラから超絶技巧曲を持ってくると、オケが10人いたらなあと思ってしまうのだったー無い物ねだりとは知りつつも。
アンコールは、ヘンデルのリナルドの Lascia ch'io pianga をゆったりとしたテンポでかなりロマンティックに。
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