チェスティ声楽コンクール その2
ファイナルコンサートの模様はストリーミングで中継されたようで、現在もYoutube で観られる。
https://www.youtube.com/watch?v=mY_pq9TB50U&t=402s
聴衆は入り口で、当日のプログラムと当票用紙(黄色)を渡される。投票用紙はドイツ語と英語で書いてあって、フィナリスト10人の名前の左に四角があり、一人にだけ印をつけること、二人以上つけたら無効と書いてある。
式次第は司会者がいるのが、いつものコンサートとは異なるが、コンサートとして楽しめる工夫もある。
まず、指揮者と古楽の十数人のオケの伴奏である。コンサートは前半と後半に分かれていて、前半では5人が17世紀のカルロ・パッラヴィチーノ(1630−1688)のオペラ L'amazzone corsara から一曲アリアかレチタティーヴォとアリアを歌う。残りの5人は自由曲で、ヘンデル、ヴィヴァルディ、ポルポラのアリアを歌った。後半は前半と入れ替わるように、前にヘンデル、ヴィヴァルディ、ポルポラを歌った5人が今度はパッラヴィチーノを歌い、前半でパッラヴィチーノを歌った人がヘンデル、ポルポラ、ペルゴレージ、ヴィヴァルディを歌った。
率直に言えば、パッラヴィチーノからヘンデル、ポルポラ、ヴィヴァルディに切り替わると、白黒テレビからカラーテレビに変わったような多彩感に打たれる。こんなに音の色が表情が、テンポがフレーズが劇的に変わるのかと。しかし聞き慣れると17世紀の音楽には、独特の味わいがある。ちょうど白黒写真だからカラー写真よりつまらないということはなく、名手の白黒写真の味わいが深いのに似ると言えばよいか。
パッラヴィチーノが課題曲になっているのは、うまく考えられていて、来年の若手オペラの演目がパッラヴィチーノなのである。だからここでうまく歌えた人は、来年その出場者となる可能性が高い(最も最後の授賞式でデ・マルキはその点のつめはこれからするので、確かなことは数週間後に発表するとのことであった)。ともかく、コンクールにはエージェントや劇場関係者が審査員にいるし、ストリーミングもあるわけで、ここで注目を集めれば、将来、活躍の場が開ける(可能性が高い)。実際、審査員のシュヴァルツも、たとえ入賞しなくてもファイナルに残ってその後活躍している人がいるし、君たちもそうなれる、という意味のことを繰り返し述べていた。
たしかに、このあたりの人だと、音程が少しあやふやだとか、声がもう少し響けばとか、改良の余地が明白にあって、それが克服できればよくなる伸びしろを感じる人はいた。その中の一人が若手有望賞として選ばれたフランスのカンターテナー, Remy Bres-Feuilletで荒削りなところもあるのだが、ポルポラの難曲にいどみアジリタで輝かしい声を放っていた。24歳(出場者は男女とも年齢が明記されている)と出場者の中で二番目に若いこともあり将来性を認められたということだろう。
優勝したのは Shira Patchornik というイスラエルのソプラノで、この人は声のコントロールも、歌うときの表情・しぐさも極めて完成度が高かった。一位獲得だけでなく、アンデア・ヴィーンからのオファーももらっていた。しいて言えば、彼女が歌った曲はテンポが遅めで叙情的な曲だったので、アジリタがどれくらい見事なのかは判断しようがないのだった。しかし、叙情的な曲に限って言えば、強弱の変化と同時に声の表情・音色を変化させていく繊細さは文句のつけようがなく、彼女は叙情的な曲はバロックに限らず、ドニゼッティでもプッチーニでも見事に歌えそうだ、という感触を持った(そちらに進んで欲しいという意味ではありません)。
一票を投じるとなると、何か減点主義のようにアラ探しをしてしまいがちになるのだが、僕などは、選ぶ曲の性質があまりに違うと比較がむずかしい(スローで叙情的な曲か、ポルポラのようにテンポが速くてアジリタが必要な曲か)とも思ったりした。審査員もいろいろ議論がもめたという。
何を基準にというのがむずかしいところなのか。
それはともかく、こうやって12回目となるコンクールが終了した。先にも述べたが、コンクールが人材の発掘、来年のインスブルック古楽祭の演奏者発掘にもつながっていること、そしてもちろん、参加者にとってインスブルックだけでなく、各国での活躍の場をオファーされる可能性を大きく広げる機会となっていること、などの点で、よく考えられたコンクールであると思う。どこのコンクールでもエージェントや劇場関係者は来ているものだと思う。たとえば、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァルで、ザルツブルクやスカラ座の監督をつとめたリスナーなどを見かけることもあった。このコンクールではそれが審査員のメンバー、および狭い意味での入賞者以外に、次年度の各地の音楽祭へのオファーを発表することで見事に可視化されていると言えよう。
ちなみに、パスクィーニのオペラ《イダルマ》のイレーネ役で、当ブログで賞賛したマルゲリータ・マリア・サーラは去年、2020年のこのコンクールの優勝者だった。ブログ執筆後しばらくして知って驚いた。彼女の場合、若手オペラの方ではなくて、音楽祭のメインのオペラのしかも重要な役に抜擢されたのである。実力が抜きん出ていたということなのだろう。
シュロス城のリサイタルなどにも、数年前のコンクール入賞者などがいる。こうして成長して里帰り?する人もいるわけだ。地元の人で、毎年コンクールを見ていて、彼女/彼の成長ぶりに、この人は伸びると思ったわ、などと目を細めている人もいるのかもしれない。そういう場所・町と演奏家との縁、つながりというのも案外大事なものかと思う。バロックの時代の作曲家と町、宮廷(の領主・妃)の関係を考えることが多くなって、以前より強くそう思うようになった。バロック時代の作曲家はなにより演奏家でもあったのだし。
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