パスクィーニ作曲《イダルマ》その3
パスクィーニ作曲、デ・トーティス台本、オペラ《イダルマ》のあらすじを紹介する。
あらすじと今回の上演の舞台は微妙に異なる。今回の演出は、ある館の修復、修繕工事が現代において行われている最中で工事関係者(現代人)が出入りする中に、幽霊のごとくオペラの登場人物が出てきて、現代人にはオペラの人物は見えないのだが、オペラの人物には現代人が見えるのでいたずらをする、といった仕掛けになっている。もちろん、工事関係者はモック役で台詞や歌はない。
まずは、演出とは切り離してリブレットのあらすじを紹介する。
全部で三幕ある。一幕がほぼ上演一時間で、30分の休憩が二回あり、全体では4時間強の上演時間だった。なんでこんなに長いかというと登場人物が結構多いのである。リンドーロという女たらしというか浮気者がいて、その部下(ドン・ジョヴァンニで言えばレポレッロ)がパンターノ。実は、リンドーロはイダルマという女性と結婚しているのに、元カノのイレーネに惹かれている。イレーネはリンドーロと別れてからチェリンドという男と結婚したのだが、これがリンドーロの親友。こちらのカップルにもドリッロという召使いがいる。そこに加えて、イレーネの兄アルミーロというのがいて、この人はイダルマに一目惚れしてしまうので、余計にストーリーがこんがらがったものになる。
上記の説明と重複するところもあるが一幕ごとにあらすじを紹介する。
第一幕
リンドーロはローマでかつて恋人だったイレーネを捨て、ナポリにやってきて、密かにイダルマと結婚する。リンドーロはイダルマを連れてローマに行く途中の森で、もうイダルマへの気持ちが冷めて、もとカノのイレーネへの情愛が盛り上がる。そこで、森で寝たままのイダルマを捨ててイレーネのもとへ向かう。そこへイレーネの兄アルミーロが通りかかり、イダルマを見て一目惚れする。しかしイダルマはリンドーロへの貞節を守りつづける。一方、リンドーロはイレーネのところに着いてみるとイレーネが自分の親友チェリンドと結婚していたことをしり、えらく落胆する(あまりに勝手な男で怒るより吹き出しそうになるー筆者の感想)。イレーネは、イダルマからリンドーロに捨てられたと聞いて激怒し、二人を仲直りさせることを決意する。しかしイレーネの怒りを聞いた召使いのドリッロは、イレーネがリンドーロに思いを寄せているものと誤解する。イレーネはドリッロにリンドーロを連れてくるように命じる。
第二幕
チェリンドは兄から手紙をもらい名誉にかかわることがあるのでナポリに来るように言われる。召使いのドリッロは、ローマに留まるように言う。なぜならイレーネはリンドーロの愛する人だからだ。リンドーロとのやりとりで、イレーネは彼の愛の誓いを信じるフリをし、彼が愛の《約束》(イダルマへの約束)を守るよう求める。イダルマは二人のやりとりを盗み聞きしているが、イレーネの意図を誤解し、嫉妬に燃える。イダルマがチェリンドにイレーネとはライバル関係だと言うと、チェリンドはリンドーロに不倫はさせないぞ、とイダルマに誓う。ところがこのやりとりを陰でみていたイレーネは、イダルマがチェリンドに愛の告白をしたのだ、と誤解してしまう。二人の女性は激しく対立する。アルミーロは再びイダルマに求愛するが拒絶され、イレーネはドリッロを使いにやってリンドーロを迎えにやる。
イダルマとイレーネは仲直りする。イレーネはリンドーロの良心に訴える、それをイダルマが盗み聞きしている。リンドーロはチェリンドが剣を持って迫ってくるのを見ると逃げ出す。チェリンドは、イレーネを殺そうとするが、イレーネも難を逃れる。イダルマはチェリンドに正しい認識を持たせようとし、アルミーロも彼女を助ける。
第三幕
リンドーロは自分の浮気性を認める。彼の召使いパンターノはドリッロにイレーネと話しをさせてくれと頼む。その間、チェリンドだけでなく、アルミーロもイレーネが浮気をしていると思い込み、二人はイレーネとリンドーロを殺そうと決意する。パンターノはイレーネに、リンドーロはあなたと駆け落ちしたいと願い、町の外で待っていますと言う。アルミーロは二人がいるところに乱入するが、パンターノは逃げる。イダルマは死んでしまいたいと思う。アルミーロはイレーネを殺そうとするが、イダルマが気絶するのに気をとられて、その間にイレーネは逃げる(確認のために言えばイレーネとアルミーロは兄妹ですー筆者註)。アルミーロとチェリンドは、パンターノを捕まえ、リンドーロの駆け落ちプランを白状させ、どこで待っているのかを吐かせる。ドリッロはイレーネに逃げるよううながす。イレーネはいっそ死んでしまいたいと思うが、しぶしぶ逃げる。リンドーロは森でチェリンドとアルミーロに捕まる。二人はリンドーロを殺そうと思うが、そこにイダルマが割って入る。リンドーロはこれまでイダルマに邪険にしたことを悔いる(遅すぎ!)。イダルマは、自分のためにイレーネはリンドーロと親密に話し合っていたのだと説明する。それでもチェリンドが彼女の話を信じようとしないので、彼女は自分の父親の名前を明かすーヴァレンツァのロズモンド、即ち、チェリンダの兄なのだ!(ということは、イダルマとチェリンドは叔父と姪ですねーなんで今まで知らなかったの?と思うかも知れないが、土壇場近くで、こういうもっとも肝心な身分・正体・アイデンティティーが明かされるというのは、バロック・オペラでは定番といってもいいくらいよくあるパターンですー著者註)。叔父であるチェリンドは姪のイダルマが家の名誉を汚したと言うが、ここでリンドーロが実はイダルマは自分の妻だと告白する(リンドーロとイダルマは秘密の結婚だったのですね)。ここでようやく、チェリンドは妻イレーネの潔白を信じる。イレーネがドリッロと一緒に現れると、チェリンドはイレーネと、そしてリンドーロとも和解する。最後に Chi dura la vince (耐えるものが勝つ)と歌いあげられる。
まあ、最後の最後には教訓めいたものがあるのだが、途中までリンドーロはどっから見ても、キリスト教道徳など体現してなどいない男なのだ。
逆に言えば、この当時は教皇は君主としての性格を強くもっているし、枢機卿はその補佐をしていて美術や音楽のパトロンとして重要な役割を果たしている。その際に、教会の聖職者だということに中身が縛られるということがほぼないのだ。オペラ関係で言えば、教皇国家では原則、女性歌手が歌えなかった、ということと、教皇によっては劇場というものをうさんくさいものとして、劇場を壊してしまう教皇も出たりすることがあった。
バロック・オペラとローマ、教皇庁の関係はこの後も浅からぬものがあるが、その話はあらためて。
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