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2021年3月 1日 (月)

映画『クリスチナ女王』

往年の映画『クリスチナ女王』を観た。グレタ・ガルボ主演で監督はルーベン・マムーリアン。1934年公開の白黒映画である。歴史上のクリスチナ女王は、プロテスタントからカトリックに改宗するために王位を捨てざるをえず、その後はローマで文化的なサロンを営み、そこにはアレッサンドロ・スカルラッティも出入りをしていたし、彼女のサロンが後のアルカディア会のもととなったことでも知られている。

彼女の改宗のきっかけは、クリスチナ本人によれば哲学を教えにきたデカルトとの対話であった。デカルトは、スウェーデンの寒さにやられて死んでしまう。

しかし、この映画では、クリスチナ女王の改宗は、スペインの特使との恋愛が原因ということになっている。そのことに気がついた筆者は、スペイン大使は、カトリック教会のアレゴリーなのだなあと(無理矢理)思い込んで見ていた。スペイン特使とクリスチナ女王の出会いでは、クリスチナ女王が男装し、かつ女王の身分を隠している。退位をめぐる事情は、史実と映画ではまったく異なるし、デカルト(一度だけ言及される)やイエズス会士も画面にはまったく登場しない。しかし、先述のような無理矢理の思い込みを持ってみると退位の場面は、それなりに感動的でなくもない、のだった。

ま、通常はこんな無理矢理の思い込みを持って見ないだろうから、へんてこりんなロマンスだし、それがこんな大袈裟な結末を引き起こすのか?という違和感を感じる人もいるのかもしれない。

歴史上のクリスチナもしばしば男装していたと言われ、ヨーロッパの移動も疲れ知らずの強行軍が多い。そういう凜々しい女性のイメージとしてはグレタ・ガルボはぴったりという気もするのだった。

 

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