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2020年9月 8日 (火)

エリーザ・プリチェッリ・グエッラ著『紙の心』




エリーザ・プリチェッリ・グエッラ著長野徹訳『紙の心』(岩波書店)を読んだ。岩波も、ポップな表紙を出すのだなと思っていたら、この本はSTAMP  BOOKS というシリーズでティーンの喜びや悩みをつづった作品のシリーズだという。知らなかった。

ストーリーはダンとユーナという少年と少女が図書館で手紙をやりとりする(一度も相手の姿を見ないで)という書簡体小説である。書簡体小説は、18世紀のリチャードソンの『パミラ』の昔からあり、近代小説の歴史とともにあるといっても過言ではないだろう。手紙の往来というのは、この小説の場合、ダンとユーナの間に恋愛感情が芽生えるという点と、そもそも二人がいるのが謎めいた施設で、どうして二人はここに収容されているのか、という謎、この施設のどこにどんな秘密が隠されているか、という謎が絡みながら進み、ダンとその仲間がそれを探るべく冒険をするという仕掛けになっている。

手紙のやりとりだから、通常の小説の語り手はおらず、語り手の視点はそれぞれに限定されているわけだ。闇の中を二つの懐中電灯が照らし出すように次第に謎が明らかになったり、一つ謎が解けるとさらなる謎が出現したりする。

書簡体小説は、今でも現役で機能するのだということに感慨を覚えた。しかし考えてみれば、かつてコミュニケーションの手段として手紙はとても重要で、私の若いころには電話が幅をきかせていて手紙を書くことが極小化していたが、その後、インターネットの出現とともにメールを書くようになり、今では再び(電子)手紙を毎日書く(打つ)ようになっている。手紙は生きているのだ。ただし、この小説で出てくる手紙は、図書館である本の間にはさんで置く、という約束でやりとりされているので、紙に書かれた手紙なのです。だから紙の心。

 

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2020年9月 7日 (月)

『教皇たちのローマ』

石鍋真澄著『教皇たちのローマールネサンスとバロックの美術と社会』(平凡社、2800円)を読んだ。

大変面白かったし、大いに教えられるところがあった。石鍋氏の本はいつもそうなのだが、主張が明確で、これまである問題について言われてきたこと、それに対して氏がどういう問題意識を持って望み、それにどんな彼なりの仮説、新説に到達したかがくっきりと書かれている。だから、彼の見解と自分のその問題に関する意見が一致するところ、一致しないところを判断するのは容易だ。あるいは、こうも言えるだろう。氏の本を読んでいく過程で、自分が漠然と考えていた事柄・時代の隠れた構造が明らかになり、自分の考えの見通しが修正されたり、見直しを迫られたりすることになるだろう。

 たとえば、あとがきで「私は、ローマ美術の三つの黄金時代という言葉を使ったり、ルネサンスとバロックは一連の運動と考えるべきだといったり、またプサンはローマの画家だといったりしたが、もちろんこれは一般的な考え方、いわゆる定説などではない。それらは私のパーソナル・ヴュー、個人的な見解だ」と明言している。

 この本で、目からウロコのことはいくつもあった。まずは、言われてみればその通りなのだが、ローマにはルネサンス以前のコムーネ時代の作品がなぜ稀なのかが問われる。ローマにそうした作品がなかったはずはなく、破壊され失われてしまったのである。その貴重な例外の発見例として、コロッセオ裏手のサンティ・クワットロ・コロナーティ聖堂のアウラ・ゴティカが紹介されている。

 ここで、石鍋氏は、「極言すれば、イタリアの「近代絵画の祖」は、フィレンツェ画家か、それともローマ画家か、つまりジョットか、それともピエトロ・カヴァッリーニか」という問題意識が提出され、その解決の困難さが示される。

 第二章では、コンスタンツ公会議で「教会大分裂」の以異常事態が解消され、教皇はローマに戻ってくるが、どうやってローマを統治するかという問題に突き当たる。ローマにはコロンナ、オルシーニといったバローネと呼ばれる有力家系がたくさんあって彼らは婚姻関係を結びつつ抗争しあってもいた。ローマが「教皇の都市」になったのは、ようやく16世紀末になってからだとのことだ。本書では、マルティヌス5世以降、どんな人が、どういう家(コロンナ家、オルシーニ家、メディチ家)、勢力(スペイン、フランス)のサポートを得てコンクラーベ(その途中で何人死んだかなど、興味深いエピソードが語られている)で選出されたか、どんな政策、とりわけ美術・建築に関してどんな方針をとったかが詳しく語られる。一言でいえば、ルネサンス期の教皇は、パストーレ(司牧者)でありプリンチペ(君主)であったのだ。「教皇は教会の精神的指導者というより、むしろ教皇庁という官僚的組織のかじ取り役」だった。だから世俗的になるし、世俗的な一面の現れとして、ネポティズムがある。一族の者を枢機卿などに取り立て、秘書役として「甥の枢機卿(カルディナル・ニポーテ)」を任命した。事実上の国務長官である。このカルディナル・ニポーテの慣習はバロック期まで続く。愛人と子供の項も面白いが省略。

教皇とローマそしてパトロネージの関係に興味のある人には必読の書となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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