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2020年5月24日 (日)

フランコ・ファジョーリ《Veni Vidi Vinci》

カウンター・テナーのフランコ・ファジョーリの新譜《Veni Vidi Vinci》を聴いた。このタイトルはもちろんパロディで

カエサルがポントスの王ファルナケスに勝利した時の言葉 Veni Vidi Vici をもじったもの。最後がVinci に変わっているのは、このアルバムがレオナルド・ヴィンチのアリア集だからで、カエサルの言葉を引くのは、ヴィンチの活躍したバロックのオペラ・セリアの世界ではカエサルやファルナーチェや、つまり古代ローマ時代の英雄たちや彼らが戦った中東の王たちが出てくることが頻繁にあるので、まことにふさわしいタイトルと言えよう。オケはイル・ポモドーロ。指揮はゼフィラ・ヴァロヴァ。想像するに、指揮者がぐいぐい引っ張るよりはファジョーリの歌いやすいようにサポートしている感じだ。そのためか概ねゆったりとしたテンポが選択されている。

このアルバムにはRoberto Scoccimarro による丁寧なライナーノーツがついている。最近のバロック・オペラのCDは解説が研究者あるいは専門的知識を備えた人によるものが多く充実していることが多い。と言うのも、バロック・オペラの世界は研究と両輪で新たなレパートリーが開拓され、蘇演が多い、あるいは世界初録音といったものが多く、モーツァルト、ベートーヴェンやロマン派のように演奏者紹介や演奏評的なものでは不十分であるからだと思う。

筆者は、ヴィンチのオペラ《アルタセルセ》(残念ながら、本当に残念なことに、DVDとCDでしか経験したことがないのだが)によって、衝撃を受け、レオナルド・ヴィンチという1690年生まれのイタリアの作曲家を知り、その後、いくつかのDVDやCDでヴィンチの作品を観たり、聞いたりしてきた。

このCDはヴィンチの音楽世界の感情的豊さと音楽表現の振幅の大きさ、深さを極めて洗練した形で提出してくれたもので驚きのほかない。個々の曲のテンポについては好みの問題でもう少し早めでもという曲もあるのだが、どの曲もファジョーリ、そしてイル・ポモドーロは実に考え抜かれた演奏をしており、1つ1つのフレーズが音楽的に磨き抜かれている。ファジョーリという歌手は、単にアジリタが驚異的なだけでなく、スローな曲でもレチタティーヴォでも、普通の歌手であれば練習曲的な機械的なフレーズに聞こえてしまうところも実にエスプレッシーヴォに表情をつけることができるし、しかもそれが音楽的に説得力を持っているのである。天才というほかはない。

レオナルド・ヴィンチ(1690−1730)はナポリ楽派の1人だが、ナポリの音楽院(当時は4つあった)で学んだが、先輩にはポルポラがおり、後輩にはペルゴレージやレオがいた。以下、スコッチマッロのライナーノーツに依拠して書く。彼は、プレ・ガランテ(pregalante) と呼ばれる様式を開拓した代表者の1人だった。これは1720年代に発達した様式で、歌手の装飾的な歌唱法と密接に結びついていた。スコッチマッロによれば、後輩のレオが新しい様式と伝統的な対位法的な技法を折衷して書こうとしたのに対し、ヴィンチは新しい様式を大胆に推し進めようとした。メロディーに優先的にフォーカスが当たり、和声進行は遅く、通奏低音部が標準化、形式化している。噛み砕いて言えば、ピアノのソナタ・アルバムなどで右手が旋律、左手が伴奏となっていることが多いわけだが、そういう様式へと繋がっていく前段階を切り開いたのだと言って良いだろう。

ヴィンチはコメディアを1724年まで書いていた、その後はオペラ・セリアに集中した。オペラ・セリアでは若き日のメタスタジオと組んで仕事をした。ヴィンチの第6作目は, La Rosmira fedele (ヴェネツィア、1725年カルネヴァーレ)でリブレットは1699年にSilvio Stampigliaが書いたもので、幾人かの作曲家のほかサッロがすでに1722年に曲をつけていた。このCDで収録されているアリア'Barbara mi schernisci' はプリモ・ウォーモに与えられた5つのアリアの1つで、ヘンデルがパスティッチョ のElpidiaを上演したときにはこの曲がセネジーノによって歌われた。

ライナーノーツにはCDに収められたアリアが含まれるオペラが描かれた音楽的文脈や劇場、歌手が細かく記されている。リブレットの書き手はいろいろで後年になるとメタスタジオと組むことが多くなる。歌手も、ファウスティーナ・ボルドーニ(ヴィンチと親密な仲であった)の歌ったもの、カルロ・スカルツィ、ジョヴァンニ・パイタが歌ったもの、ファリネッリの歌ったものと様々だ。曲の並ぶ順は、作曲年代順ではないが、まずは、そう言った細かい情報は何も気にせずファジョーリとイル・ポモドーロの織りなすヴィンチの音楽に耳を傾けることをお勧めする。聞く回数が増すごとに気に入った曲が出てくるだろう。ここではファジョーリのヘンデル・アルバムと比較するとアジリタの超絶技巧を披露する曲は少ない。しかしファジョーリはスローな曲を聞かせるのも舌をまくうまさで、同じ音・音型を繰り返してもニュアンスに富んでいるし、半音ずれていけば色合いが変化していく。聞くごとに気に入る曲の数が増えて、いつの間にかヴィンチの音楽の虜になっているかもしれない。

 

 

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