ヘンデル『トロメーオ』(2)
ヘンデル『トロメーオ』(カールスルーエ)の続き。
指揮はフェデリーコ・マリア・サルデッリ。トロメーオはヤクブ・ヨゼフ・オルリンスキ。現在人気の歌手である。セレウチェはルイーズ・ケメニー。エリーザはエレオノーレ・パンクラーツィ。アレッサンドロはメイリ・リー、中国人である。アラスペはモルガン・ピアース。彼だけがバス。演出は、バンジャマン・ラザール。
指揮はかなりカッチリとした棒で、歌手にほとんど自由を与えず決めたテンポでグイグイ行く。個人的には、もう少し、曲の中間部では手綱を緩めて歌手に表現の工夫の余地を与えても良いかと感じた。ただし、彼のような指揮の場合、曲の音楽的構造は極めて明確になるし、テンポがダレてしまうことは決してない。歌手の方からいえば、言葉や曲想に合わせて細かなニュアンスを付加することが困難になる。もっともニュアンスを過剰に付けようとする歌手は往々にしてテンポが遅くなり、様式感も崩れてしまったりすることもあるので、このバランスをどうとるのかは肝心でかつ困難な問題なのだと思う。サルデッリは、ある意味で、ストイックな指揮ぶりだったわけだが、会場ではそれが大いにうけていた。
トロメーオのオルリンスキーは、人気が高いのは知っていたが、舞台を見るのは初めてで、容姿や歌いぶりからある程度人気が出るのは無理もないとも思ったし、オペラは興行だから、誰か大スターがいることは必要なので、誰がスターでも良いので、日本でも誰かバロック・オペラのスターとして認識され、バロック・オペラの上演が今よりずっと頻繁になってくれればと思う。この日の演出では、トロメーオは王子なのだが、流浪の身で、羊飼いに身をやつしているところをさらに現代化したのか、工事人か配達人か何かの労働者風に見えた。セレウチェはペロッとした1枚のネグリジェ風ドレス(ドレス感は最小)。キプロスの王はタキシード風。妹のエリーザはワンピースで登場人物の中で最もブルジョワ的だった(と言うのも変な話なんだが)。アレッサンドロも、上下の色がちぐはぐでカジュアルというか、全く王子らしくはない服装だった。舞台の真ん中に砂場のような四角く窪んだ空間がある。舞台転換がほとんどなく、舞台の上手、下手を移動すると別の場所ということになっていた。その意味では象徴的な空間である。 二幕以降、部屋の壁とおぼしきところに海、波の映像が投射されていた。
エリーザというのが心の揺れもあり、なかなか見所の多い登場人物であるが、コルシカ出身のパンクラーツィは確かな技巧とメゾらしい深みのある声で聞かせていた。彼女はテンポが速くなっても細かいニュアンスをそこに流し込めるところが見事。王アラスペのモルガン・ピアースも堂々とした歌いぶりが役柄にふさわしく、声量もたっぷりあって喝采をうけていた。オルリンスキーはちょっと疲れているのか、そこそこ高いレベルが続くのだが、ここで決めるという感じに欠けるところがあった。所作もフツーに動いていき、決めポーズ的なものはない。もっと様式美に覚醒してくれると良いのだが。。。
『トロメーオ』はレチタティーヴォがほとんどなくて、アリア、アリオーソでつながれていき、メロディのある音楽にあふれている。聴いて楽しいオペラである。
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