シンポジウムーバロックオペラ・ナポリ楽派
シンポジウムーバロックオペラ・ナポリ楽派を聴講した(ユリホール、昭和音大、新百合ヶ丘)
今となっては去年の11月のことになってしまった。日常の雑事に追われてはといえ、最近我ながら、自分が観たり、聴いたりしたものとそれがブログにアップされる時間差が甚だしいのでなるべく時間差を縮めていきたいと思ってます。
さて、このシンポジウムは、ベルカント・オペラ・フェスティバル・ジャパン2019の中の一つとして催されている。メインとなるのは、アレッサンドロ・スカルラッティ作曲のオペラ『貞節の勝利』の上演である。
シンポジウムは折江忠通氏(藤原歌劇団総監督)の司会とイントロダクションに続き、カルメロ・サントーロ(ベルカント・オペラ・フェスティバル総監督)、ラファエーレ・ぺ(カウンターテナー歌手)、ジャンカルロ・ランディーニ(音楽評論家)、アントニオ・グレーコ(指揮者)、エヴァ・プロイス(音楽評論家)が話した。通訳は井内美香氏。通訳は交代なしで、5人の話をずっと訳し続けたのだ。驚異的であり、ご苦労様であった。
カルメル・サントーロ氏は、1600年以降のベルカントの流れについて話した。とりわけナポリ楽派のなかで、作曲家ポルポラがカストラート歌手ファリネッリ、カッファレッリを指導し、さらに彼らが後進を指導したということ。また、前述のスカルラッティのオペラ上演はマルティナ・フランカのヴァッレ・ディトリア音楽祭との提携公演なのだが、このマルティナ・フランカで活躍したカストラートで声楽教師のジュゼッペ・アプリーレの教えがアンドレア・ノッツァーリ、ジョヴァンニ・バッティスタ・ルビーニへと継承されていったことが紹介された。
ジャン・カルロ・ランディーニは声、声種の問題について語った。また『貞節の勝利』がオペラ・ブッファとして限定できない、と。たしかに、このオペラには、オペラ・セリア的要素とブッファ的な要素が混在していると言って良いだろう。このオペラにはフラミーニオとコルネーリアという役で2人のテノールが出てくる。フラミーニオは年寄りで熟女のコルネーリアと婚約しているのだが、若いロジーナにも色目を使う。キャラクター設定はヴェネツィアオペラの伝統に沿ったものだが、ロマン派以降と異なるのは、テノールがヒーロー役ではなくて、ここではいずれもコミカルな役柄だということだろう。
ラファエーレ・ぺ氏は、話し始めるときに、私はカストラートではありません。という軽いジョークから始めた。そう、彼はカウンターテナーなのである。しかし、現代におけるバロックオペラ復興(日本ではまだ緒に就いたばかりだが)は、カウンターテナーの活躍抜きには考えられないだろう。逆に言えば、バロック・オペラがヨーロッパですたれてしまったのは、音楽様式の流行の変化ということもあるが、カストラート歌手がいなくなって超絶技巧を駆使した曲が歌えなくなってしまったことも原因の一つなのであろう。
ぺ氏は、まず、カストラートと同時代にも実はカウンターテナーがいたことが古文書を調査していて判明したという。ただし、その当時のカウンターテナーはオペラなどに出るのではなく、教会の合唱団にいて、ソプラノなどのパートを担当していたのだそうだ。つまり、カウンターテナーに比して、カストラートは声量が大きかったのだ。
歴史的には、周知のように、ブリテンが1960年代にオペラ『夏の夜の夢』でオベロン役をカウンターテナーのアルフレッド。・デラーに歌わせたことから現代のカウンターテナーのオペラにおける活躍の始まりがある。つまり、ブリテンがカウンターテナーに劇場への道を切り開き、それがバロック・オペラのレパートリーにまで達しているのが現在だ。
アントニオ・グレーコ氏は今回のアレッサンドロ・スカルラッティのオペラ上演の指揮者。彼はナポリの音楽院での教育法について語った。ナポリには当時四つの音楽院があったが、アレッサンドロ・スカルラッティも教育者でもあった。
ガエターノ・グレーコ(1,657ca--1728)という作曲家・教師がいて、ヴィンチやドメニコ・スカルラッティの先生であり、おそらくポルポラやペルゴレージの教師でもあったというのだが、彼はpartimenti (辞書によると、演奏者が独自に和音をつけて演奏するためのバス音、低音部)を用いて、作曲のメソッドを教えたという。彼によれば、ペルゴレージが若くして熟達した作曲技法を示すことができたのはこのメソッドによるところが大きい。将棋や囲碁などの定石のようなものだろうか。ある程度、お決まりのパターンを習い覚えてその上で独自の工夫をするのだということなのだと理解した。
エヴァ・プロイス氏は、聴衆の問題について概括的な話をした。
人によって話ぶりの違いや専門性の深い浅いはあれど、それぞれに興味深い話を聞けた充実したシンポジウムであった。
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