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2020年1月14日 (火)

マスタークラス

「ヘンデル声楽作品の発音と様式を学ぶマスタークラス」を聴講した(神奈川県立音楽堂)。

講師はエルマンノ・アリエンティ氏(イタリア語ディクション)と原雅巳氏(声楽および上演様式)。チェンバロが伊藤明子氏。

7人の声楽家および声楽家志望の人が指導を受けた。会場は神奈川県立音楽堂のホールであった。声量の点では、参加者によって差があり、

人によっては会場全体にパーンと響き渡る見事な声もあった。

 原氏から、今回のマスタークラスでは、ヘンデルのオペラの特にレチタティーヴォに力点をおいて指導することが強調された。歌手あるいは歌手志望の人がレッスンを受ける場合アリア中心になってしまいがちだが、レチタティーヴォが劇の進展の上では劣らず重要だからである。

 実際の指導では、エルマンノ・アリエンティ氏は、受講生にまず、歌詞を朗読させる。そこでまず発音指導をして、それからレチタティーヴォとして発声し、さらに指導するのである。

例えば《リナルド》の Lascia ch'io pianga ではその前のレチタティーヴォの場面では

 1。この言葉を発するアルミレーナは怒っているということを示すように語ること

 2。1行の中では、各単語ごとにアクセントをつけず、1行に2つか3つアクセントをつければよい。

 3。piangere という単語の e が閉口音か開口音かを区別して発音すること

などが指摘、指導された。

 《ジュリオ・チェーザレ》の「父親の殺害に復讐せぬ者は息子ではないーー傷ついた蛇は休むことを知らない」のレチタティーヴォとアリアでは、最初のFiglio non e' というのが強い言葉だということが強調された。言われてみればその通りなのだが、オペラは音楽劇なので、劇としてここがどういう場面であり、登場人物はどういう感情を抱いている(はず)なのかが重要なのである。

 また、どの受講生もなのだが、子音の点では二重子音かそうでないかの区別は繰り返し指摘された。母音ではu が鬼門で、日本語的な(う)では響きが異なり、唇をすぼめて突き出して発音することが求められた。

 《ジュリオ・チェーザレ》のクレオパトラのレチタティーヴォとアリア「たった1日してこのようにーーこの胸に命ありかぎり」ではアリアの冒頭の Piangero' という未来形について、未来形は確固たる意志を示すのであって、〜でしょう、ではないということが強調された。

 原氏からは、レチタティーヴォで休符の長さが4分音符でも8分音符でもその他でもあまりこだわる必要がなく、休符の前後が同じ音ならむしろほとんどあけないで続けて読むこともあるとの指摘があった。あまり休符を意識しすぎると、音楽も、言葉の流れもブツ切れになってしまってよろしくないのである。

 こういったマスタークラスは、大変興味ふかいものだったが、前日のレクチャーコンサートよりも見学者は少ないのだった。勿体無いことである。

 

 

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